エピソード3 「ギルド登録の条件」
向こうには。
何のウィンドウも見えていないようだった。
けれど。
……感じた。
間違いない。
「レン」
ダリウスが低い声で呼んだ。
「じろじろ見るな」
「誰?」
「ヘリオンだ」
「それ、俺が知ってる前提の名前?」
ダリウスの顔色がわずかに変わった。
「太陽神の一柱だ」
ああ。
なるほど。
胸の中に核融合炉みたいな太陽が入っていた理由はそれか。
ヘリオンはまだこちらを見ていた。
一瞬。
近づいてくるのではないかと思った。
だが。
隣を歩いていた女が何かを口にする。
神は視線を外した。
そして。
そのまま歩いていった。
俺は目で追う。
表示はすでに消えていた。
「じゃあ……」
「ああ」
「本当に神だったんだ」
「神々が俺たちの間を普通に歩いていると言っただろ」
「もっと雷とか落ちてるものかと思ってた」
ダリウスが鼻を鳴らした。
けれど。
俺はもう笑っていなかった。
この世界へ来てから初めて。
今の俺が持っている。
この――
何と呼べばいいか分からない力に。
直接反応する存在を見つけた。
«《Divine Soul detected.》»
神性魂魄を検知。
つまり。
俺の能力は神を識別できる。
面白い。
かなり。
だが。
いきなり神のところへ近づいて。
『こんにちは。昨日死んで、今はどうやら死神らしいです。友達になりませんか?』
なんて言うのは、さすがに賢くない。
まず情報。
その後で判断。
皮肉はこの世界でも持ち歩いていい。
馬鹿まで持ってくる必要はない。
新しい人生だ。
できれば長く生きたい。
◇◆◇
エレティスへ入ってから。
さらに一時間近く歩いた頃。
俺たちは巨大な広場へ辿り着いた。
そこで。
遠くから見えていたものが何だったのか。
ようやく理解した。
塔。
街の中心に立つ。
黒く。
巨大な。
けれど。
正確には塔ではない。
巨大な円形の穴を囲むように建築物が組み上げられている。
内壁。
橋。
昇降機。
管理施設。
何千もの人間が出入りしていた。
広大な待機場所には。
遠征隊がいくつも集まっている。
二十人。
三十人。
中には五十人近い冒険者からなる集団もいた。
物資を積んだ荷車。
装備。
神官。
魔法使い。
戦士。
全てが。
下へ降りるために準備されている。
「タルタロスだ」
隣でダリウスも足を止めた。
俺は下を見る。
ここからでは内部までは見えない。
けれど。
感じる。
まただ。
森にいたときから感じていたもの。
何か。
深いもの。
一瞬。
視界が変わった気がした。
周囲の人々の炎が。
急に鮮明になる。
何千。
何万。
そして。
その下。
闇。
けれど。
その闇の中にも。
光があった。
無数の。
深すぎて。
かろうじて存在を認識できる程度の光。
瞬きをする。
元に戻った。
「レン?」
「大丈夫」
本当にそうかは分からない。
ただ。
今すぐ危険という感じでもなかった。
ただ。
妙な。
懐かしさ。
いや。
馴染む感覚。
足元の遥か下にある何かが。
俺と関係しているような。
自分の手を見る。
何も表示されない。
「まだ最下層には誰も到達してないの?」
ダリウスが首を横に振る。
「していない」
「どこまで行った?」
「誰に聞くかによるな」
「そういう答えって大体、秘密があるやつだよな」
「エレティスには酒場より秘密の方が多い」
周囲の通りを見る。
酒場。
めちゃくちゃ多い。
「相当な数だな」
そのとき。
タルタロスの入口から。
大きな集団が姿を現した。
周囲の人々が道を空け始める。
「アストラ神族の遠征隊だ!」
「帰ってきたぞ!」
「見ろ! ワイバーンだ!」
人々が駆け寄る。
俺も目を向けた。
十数人の冒険者が。
大量の素材を運びながら進んでくる。
その後ろ。
荷車に載せられていたのは。
巨大な生物の頭部だった。
紫色の鱗。
角。
バイク一台なら丸呑みにできそうな顎。
「……あれが下に住んでるの?」
「ああ」
「なるほど」
少し間を置く。
「絶対入る」
ダリウスが俺を見る。
「何?」
「タルタロス」
「数時間前までグールすら知らなかっただろ」
「覚えるのは早い方なんだ」
「レン」
「それに金も必要だし」
「何一つ説得力が増してないぞ」
冒険者たちを見る。
喜んでいる者。
疲れ果てている者。
腕を包帯で固定している男。
担架で運ばれている女。
周囲は歓声を上げている。
すでに商人たちが近づこうとしていた。
複数の店の買い付け担当が。
素材を巡って言い争っている。
何もかも。
本当に。
何もかもが。
あの場所を中心に回っている。
タルタロスが生み出すもの。
富。
力。
名声。
技術。
そして。
機会。
この世界で生きるなら。
金がいる。
情報がいる。
寝る場所もいる。
そして何より。
自分が死神になったという事実が。
一体どういう意味なのか。
知る必要がある。
もう一度。
タルタロスの入口を見る。
小さく笑った。
「まあ……」
ダリウスがため息をつく。
「その顔、もう分かるぞ」
「どんな顔?」
「これから馬鹿なことをやる奴の顔」
「知り合ってからまだそんなに経ってないのに、判断早くない?」
「猫系亜人の耳について本人に感想を言った男だからな」
「反論できない」
両手をポケットへ入れる。
「まあ、餓死するより冒険者の方がマシだろ」
「もっと安全な職業はいくらでもある」
「商人とか?」
ダリウスの怪我した脚を見る。
彼も見る。
「……今の質問は撤回する」
「助かる」
◇◆◇
別れる前。
ダリウスはどうしても昼食を奢ると言って譲らなかった。
俺も断らなかった。
主な理由は。
現在の全財産がガム二個だからだ。
広場近くの小さな酒場へ入る。
そこで。
ボアホーンという魔獣の肉を食べた。
味は豚肉に近い。
もし豚が。
一生筋トレを続け。
人類を心の底から憎んでいたなら。
たぶんこんな味になる。
食事をしながら。
ダリウスはいくつかの基本的なことを説明してくれた。
冒険者になるなら。
エレティス中央ギルドで登録しなければならない。
ギルドは神族ではない。
特定の神にも正式には属していない。
依頼。
記録。
ランク。
素材。
トラブル。
そういったものを管理している。
そして。
何より重要なのが。
タルタロスへの入場管理。
「ただ、一つ問題がある」
肉を口へ運ぼうとしていた手が止まる。
「新しいやつ?」
「神族の後ろ盾が必要だ」
ゆっくりフォークを下ろした。
「冒険者になるのに?」
「正式登録にはな」
「なんで?」
「刻印を持たない冒険者は、驚くほど寿命が短い」
「……ああ」
「それに、神族が所属者の責任を負う」
「そっちは急に魅力が下がったな」
ダリウスが飲み物を口にする。
「お前、神族には入ってないんだろ?」
「今朝まで神族というものの存在すら知らなかった」
「ならまず、お前を眷属にしてくれる神を探す必要がある」
ヘリオンを思い出す。
あの。
巨大な黄金の魂。
そして。
視界に浮かんだ文字。
«《Divine Soul detected.》»
さらに。
もう一つの表示も思い出す。
«【GRIM REAPER】»
«現在同調率:1%»
何となく。
神に会いに行くという行為は。
面白いことになりそうな気がした。
良い意味でも。
悪い意味でも。
食事を終える。
代金はダリウスが払った。
俺は立ち上がる。
「いろいろありがとう」
「俺の命を救ってくれたんだ」
「ならこれでチャラ」
「飯一回で命と同額になるわけないだろ」
「店によっては議論の余地あると思うけど」
ダリウスが笑う。
それから。
何枚かの硬貨を取り出した。
俺の前へ置く。
硬貨を見る。
彼を見る。
「いや」
「持っていけ」
「チャラって言っただろ」
「俺は、エレティスに来たばかりで一文無しの男は橋の下で寝ることになると言ってる」
「もっと酷い場所で寝たことあるよ」
「お前の世界でか?」
山登りに行ったときのことを思い出す。
「……間違いなく」
ダリウスは硬貨をこちらへ押した。
「貸しだと思え」
その言い方なら。
話は変わる。
「利息は?」
「ない」
「商人として失格じゃない?」
「お前は本当に面倒くさいな」
硬貨を受け取る。
「返すよ」
「分かってる」
金をしまう。
この借りは忘れないつもりだった。
人の好意を受け取って。
『いつか返す』
と言うのは簡単だ。
俺は。
ちゃんと返す側でいたい。
握手する。
「どこに行けば会える?」
ダリウスは商業区にある店の名前を教えてくれた。
そして。
眉を上げる。
「それから、レン」
「何?」
「神を挑発するのだけはやめておけ」
数秒考える。
「約束はできない」
「それが一番怖かったんだよ」
◇◆◇
酒場を出る。
太陽は少しずつ傾き始めていた。
それでも。
エレティスは活気に満ちている。
冒険者。
亜人。
商人。
神々。
神族。
タルタロス。
通りの真ん中で。
数秒。
立ち止まった。
俺は。
今朝。
死んだ。
……たぶん。
そして。
異世界で目を覚ました。
魔物を殺した。
魂を刈り取った。
自分が“GRIM REAPER”なるものだと知った。
そして今度は。
何百万もの魂が眠っているかもしれないダンジョンへ入るために。
どこかの神を説得して。
その組織へ入らなければならない。
なかなか充実した一日だ。
ダリウスに教えられた方向を見る。
数ブロック先。
巨大な白い建物が立っていた。
入口の上には紋章。
交差した剣と鍵。
――エレティス中央ギルド。
歩き出す。
「まず仕事」
その次。
飯。
寝る場所。
それから。
死神というものが。
具体的に何なのか調べる。
合理的だ。
たぶん。
だからこそ。
絶対に予定通りにはいかない気がする。
ギルドの扉の前で足を止めた。
何十人もの冒険者が。
ひっきりなしに出入りしている。
息を吸う。
「……よし」
扉を押した。
「仕組みを見てみるか」
中へ踏み込む。
「異世界で仕事を見つけるくらい、そんなに難しくないだろ」




