第七話 五行陣旗
“万剣斉発”
技のそれは死角がないように見えた。
袁天術が楚昊へ打つそれは無死角、いいえ、それというよりも、大量に囲まれた剣の気はもはや置き場すらなくして重なったようだった
大量に重なってはもはや見えるほどのものになって、重さなどの質量がないはずの存在が実態のように見える。
無色透明だった存在が形状を持つほどの物量。
守る相手を押して潰そうとする。
見えないという利点をも捨てた技。しかし、その捨てた点をも庇い切れるのがそこにある大量の全方位を囲む剣気。
もはや戦術などなく、ただ単に自身の力への自信を感じさせる攻撃だった。
「つぶす!」
袁天術が叫ぶと
楚昊の周囲を包む五色の陣旗が激しく揺れて光が乱反射する。
赤が青をそして黄が白を飲み込みさらには黒がすべてを押し返すように渦を巻く。
もはや発射や攻めるなど関係のないもの
「おい、見ろ!あそこ、割れてるぞ」 「結界がか!?」
割れている、楚昊くんの側を囲む光はひび割れている形をしていた。
(アルケミスト...楚昊が出している技をわかりやすく言えば?)
【バリア】
(うーん...そうだけど...もう少し原理とかわからない..?)
「まずい!結界が破れるぞ!」
「本当か!」
(にしてもさっきから同じな人が驚いていない..?)
結界というのか、それは確かに機能している。
だが、耐えどない万剣斉発には防御をしているだけでは無理だった。
「っ……」
楚昊の喉から、短い吐息が漏れた。
同時に環首刀を構える腕に、微かな震えが走っている、震えの先には刀身から滲む黒気があった。
それは何かを秘めているみたいで接触した無色の剣気を溶かし続けるが、溶けた分だけ新たな刃が押し寄せてくる。
(大技ですか...?しかし霊気ではないような、霊気の剣気を溶かしてはいますが....)
しかし溶けてるとしても、砂で水をせき止めるのと同じで、物量がまるで潮が引く暇もなく次の波が来るような、そんな容赦のない連撃には無意味に見える
あたりのざわめきが、一気に大きくなった。
「あれは……本当に?」
「剣気を質量があるかのように重ねている……袁家の何が目的ですか」
「楚昊の方は陣法だけで持っている。反撃はどうするつもりだ、守り手しか見せていないが」
【現在功法解析率: 41% 万剣斉発の構造を分解中 似ている術を作成しますか。】 (……範囲が広すぎる。形がないのに、空間を埋め尽くすとは...しかし、この物量で消耗をしているようには感じない....では推測を)
アルケミストの声が、頭の中で淡々と響く
擂台の上で、袁天術が優雅に片手を上げた。金糸の刺繍が光を受けて、まるで本物の龍が動いているかのように揺れる。
「蜜水は?」
(これって挑発じゃなくて、本当にハチミツ欲してそうだね)
「ゴク」
彼の呑気すぎる言葉に、周囲の内門候補たちの方から唾を呑む声がした。
「ならば、もう一段階」
袁天術が指を軽く弾く動きをすると、すでに包囲していた無色の剣気がさらに凝縮した。
そん重なり合っていた刃が、もっと収縮して重なり出しては一本の巨大な透明な剣へと収束していく。
軋む音が聞こえたような気もする
「万剣——合!一!」
巨大な無色の剣が、楚昊の頭上から真っ直ぐにある。
「巨剣術。こう呼んでいる、ありがたく思え、土佬が負ける前の土産だ」
五色の結界が最後の抵抗を試みるように激しく輝いた。
バリ
だが、その光は一瞬で押し潰され、砕けるように散った。
「くっ……!」
楚昊が環首刀を真上に突き上げる。
刀身の黒気が爆発的に広がり、巨大な剣気と正面からぶつかった。
「うぉ...」
霊気が激しくぶつかり合い、擂台の石畳に細かい亀裂が走る。
【遠方霊気衝突を検知……ではない。直近の高密度霊気反応】 (わかってる。今、目の前で起きてる)
透明な武将が、初めてはっきりと一歩前に出た。
(お、これはついにきたか、正体や力を見せてくれるか!)
「……」
しかしそれよりも楚昊が先だった。
「ほう。まだ立てるのか。凡俗の身で、よくぞここまで」
抵抗を続けようとする楚昊に袁天術が右手を軽く振ると、巨大な剣気がさらに加速した。
楚昊の両足が、石畳に沈み込んでは陣旗はすでに半分以上が破られ、五色の光はほとんど残っていない。
「終わりだ」
袁天術が、静かに宣告した。
その瞬間、楚昊の背中に残っていた最後の陣旗が、ひとりでに震えた。赤、青、黄、白、黒——すべてが同時に輝きいては小さな光の柱となって彼の体を包む。
いや、正確には包むというよりは串刺ししているように見えなくもないがそれ。
私は思わず、前のめりになった。情景が特殊で、人体イリュージョンみたいに思えるから
【異常値検出 出力急上昇 62%……78%……300%以上】 (ほほう、大技、決め技、あるいは隠し玉。それか漫画でよくある封印された存在の力を借りたりする。)
擂台の中央で、楚昊の体がわずかに浮いた。
環首刀の黒気が光の柱と混ざり合い、黒い渦を形成し始める。
袁天術の巨大な剣気がその渦に飲み込まれていく。
「なに……?」
袁天術の余裕の表情が、初めて崩れた。
(...余裕の顔なのかな...)
「蜜は...蜜は我が母上から禁じられているだと...?本当か、晋陽」
(いや、余裕のままでした。)
そんな一人の世界にいる袁天術をおいて、黒い渦が止まらずに無色の剣気を次々と吸収し、内部で圧縮していく。
まるでブラックホールだった。
(……これが、楚昊の本当の力か)
【解析完了 最適対策功法 仮構築完了 模型想像 仮想形式 現行より20倍程倍率上昇 推測完了明日】
(……そうか。じゃあ、明日以降が楽しみだな)
こちらのアルケミストの解析が進むように、同時に擂台の上で二人の少年の戦いが新たな局面を迎えようとしていた。
楚昊の技で五行陣旗が防御を得意としてることは、すでに多く理解し始めていた。
だが、その真の運用法はまだあった。
【赤・青・黄・白・黒——】
アルケミストが機械的な説明をするため、少し聞くのに時間がかかるが、つまり5色の光を持つ五つの旗はそれぞれが五行に対応している。
火・水・土・金・木と属性ごとに得意とする役割が明確に分かれており、同時に使えるものの主要属性を必要とする。
つまり楚昊は一度に主旗として発動できるのは、そのうちの単独属性のみだ。
複数を同時に全力で振るうことはできない。
だからこそ選択がすべてを決める。
今、頭上から落ちてくる巨大な無色の剣気を前に、この状況もどうするか問われる状況であろう。
金は殺傷担当で最も鋭く、最も破壊力が高い。
だが、今ここで金を主旗に据えれば防御が薄くなる。
大量に押し寄せる剣気をただ斬り捨てるだけでは追いつかないし、むしろ斬った瞬間に生じる反動で体勢を崩される危険がある。
袁天術は力押しでとにかく押し潰す。
量で圧倒する。
だからこそ、真正面からぶつかり合うのは愚策だ。
(なら、彼はどう判断...する)
楚昊の指が、背中に残った陣旗のひとつに触れた。
その途端に黄の光が、一気に膨張した。
主旗——“土”
擂台の石畳がまるで蛇や蛸などの生き物のようにうねり始め、楚昊の足元がわずかに盛り上がり、巨大な剣気が落ちてくる軌道をわずかに逸らすように彼を動かした。
それとすぐに周囲の地面が柔らかく沈み込み、交わして落ちた剣気の衝撃を吸収していくように変形をしていた。
「……地形変更か、自分自身で躱そうとすれば、その動きを読まれるが...」
(そうか、両者共に霊気持ちの修行者ならば、確実に霊気を高く持つ対象、すなわち相手に感覚を研ぎ澄ませているからあたりへの変化は自然的に鈍るのか。)
誰かが小さく呟いたを先に候補から外門弟子たちの間まで、さらにざわめきが広がる。
「なぁ、兄者外門の方騒がしくないか?」
「え?」
「む」袁天術の眉が、わずかに動いた。
力押しの攻撃が想定通りに着弾しないこと、土など強化しても彼の剣気対抗できないと油断したからだ、とでもいいたげな顔だと思う。
しかし現実、無色の剣気は質量を持たないはずなのに土なんぞの結界に飲み込まれて勢いを削がれていく。
「小手先だな」
彼が右手を軽く振ると剣気がさらに凝縮し、今度は縮み始めては加速をした。
攻撃を分散させる分厚い土の防御を、ただの力で押し潰そうとするのをやめて速度を主とした戦法でしょ。
(最初は範囲、次は破壊力、今度は速度か。)
そんな袁天術に対して楚昊は即座に主旗を切り替えた。
ピト
青の光がその足元から静かに広がる。
擂台の空気が一気に湿り気を帯びるようにして、肌にまとわりつくような冷たさ広がった。
「湿気..?」
「水だな」
だが、それは単なる水ではなかった。
水の幕
剣気の軌道上に、薄い水の膜が幾重にも、しかし不規則に重なっていく。一枚一枚は、指で触れればすぐに破れてしまいそうなほど薄い。
しかし形なくして質量のない刃であっても、水の膜を通過するたびにわずかに速度が落ちて鋭さが鈍る——
「ただの水に霊気か、だがしかし...それでは...単に霊気が無駄では....貯蔵式の浄水とも違う...どういう技だ....?」
一人の内門候補者がそういう。確かにそうだ、法術や法宝と言った多くは特殊な水や土、金属などを使役していくものだが、格別特殊でない自然のものを動かしてもあまり霊気を持つ存在には効かないはずだった。
(それに...確かにここは霊気に富んでいる場所ではあるが、それでも体内にある人の臓腑からくる火や水と違うから...どういうつもりだろう。)
ましてや今は力の差がある相手には意味がないどころか悪手ではないのか。
楚昊の口が、わずかに動いた。誰にも聞こえないほど小さな声だ。
「禦ぎ、重刻、そして——」
水は、ただ遮るものではない。
【伝達を予測 距離を測定 探索機能を主にしていると想定】
薄い水膜は、剣気が通過するたびに微細な振動を拾いその軌道と速度の変化を楚昊の足元の石畳へと伝えている。水が伝導する、伝達している。
衝撃を、気配を、そして次の動きの予兆を。
己の霊気でないものこそ気づかれずにその行動ができるとでもいうのか。
(そうか、この水の探知機さえあれば先に動ける。いやたとえ楚昊が後発でも先発の剣気より先に行ける。)
力で真正面から受け止めれば、一瞬で粉砕される。
私の感覚で楚昊の霊気は、袁天術に比べれば明らかに弱い。
つまり正面衝突など、論外だ。
だからこそ土でもそうしたように、水も受け止めるのではなく導く。
だがさっきのと違って今度は、楚昊の感覚を導くために水を出している。どう回避すればいいかと。
(しかし、五行説では、土...水って壊すと言ったら、すだが)
剣気が水膜を破るたびに生じる微細な水しぶきが、空気中に散り湿度をさらに高める。
湿度が高まるほど次の水膜は形成されやすくなり、剣気の鋭さはさらにわずかに鈍る。
連鎖だ。
だから楚昊は足元の地形は変更して、土を操り歪んだ場所は水が染み込んでは石畳がより柔らかく、より柔軟に変形する。泥濘へと変わる
(やっぱりそうだ。いくら特殊なこの山でも修行者、修仙者の霊気の技を、法術に対抗できない。)
「悪手だ、足場がそれでは我の剣をこれ以上は躱そうとしても無理だ。」
まるで水に流される小舟のように、楚昊はすでに己の動きを制御できない体制。
【水は舟を覆すと言いいます】
(いいえ、どうやら今度の舟は生きているみたいね)
黒に近い深緑の光が擂台の端から端まで広がった。
主旗が、再び切り替わる、今度は木。
石畳の隙間から、細い木の根のようなものが急速に伸びる、しかしそれは楚昊を守るためではない。
足場を狙っていた。
「なに……?」
泥濘は、単なる副作用ではない。次の手のための、必要な準備だった。
楚昊から袁天術の方にかけて全ての地面が割れてきたのだ、当然両者共に足元が不安定になる。
根が石畳を割り、彼らのバランスを崩したのだった。
「ふん!」
しかしそれでも袁天術は一瞬で姿勢を戻した、しかも楚昊よりも早く。
力押しの彼の攻撃は足場が安定してこそ真価を発揮する。力む必要があるから
だから、楚昊は足場を狙い続けてきたのか。
(連環策...しかし時間稼ぎなのかな...それでは、今体制を崩している彼が、楚昊が不利益では...?)
【理由は簡単 樹木等植物の成長の周期】
どうやら楚昊が選んだ使い方は、ただ根を張って地面を固めるような単純なものではなかった。
地中に染み込んだ水分を細い根が貪欲に吸収し始める。
最初は目に見えないほど細いものだ。
石畳の隙間、泥の中から、無数の白い根がゆっくりと、しかし確実に伸びていく。
そうして水を吸い上げるたびに根はわずかに太くなり、絡み合い、地中を縫うように広がっていく、だから地面を動かすほどの力が生まれる。
植物物元来の力を利用して地面をえぐらせた。
それだけならば、土を動かせばいいのではと思う。
でもここで重要なのは、アルケミストが言っていたように植物のこの成長の性質だ。
根が水を吸って伸びるのは、植物が本来持っている性質であり、楚昊はあくまでそれを推進させただけ。
だから半分自動に近く敵の袁天術に気づかれにくい。
それだけじゃなく自ら土を大きく動かしたり、霊気を爆発的に消耗して地形を強引に変える必要がない。水さえあれば、根は自然に、静かに、そうして成長していく。
霊気の流れが極めて薄い、相手に気づかれにくい戦法
本人すらも目的地が予測できない戦法
己の霊気の一部を当てればいいもの
バン!
楚昊が、さらに主旗を変えた。
火というよりは赤の光が爆発的に広がると、擂台の中央に濃い煙が立ち上る。
炎そのものではない、熱を帯びた靄だ。
火の副産物
(やっぱり...さっきからずっとその属性自体で戦うというより派生させて戦っているみたい...かなり真逆な二人だ。)
無色の剣気は目に見えないが、今度は楚昊が熱の揺らぎでその存在自体をぼやかす。
袁天術自身の視界も、わずかに歪んだ。
「霊気……!?」
袁天術の声に、初めて苛立ちが混じった。
「おい見ろよ!」
「みてどうする、霊気を感じるが先...?!」
「霊気が...霊気が充満している?」
今までの足場の回避や破壊の本当の目的はその場のためじゃなかった。
今のためにあったんだ。
(楚昊...どうも彼は自分の霊気で植物を育てていたもの...か)
「何処だ...?」
袁天術が迷っている。
無理もない、視界が霞む中で、霊気を調べるにもあたりの木々にその霊気が充満していた。
地面に張り巡らせていたその植物たちは、楚昊の霊気で大量発生したから、霊気の性質が彼に近い形になっていた。だから迷彩となる、その上視界まで隠していけば相手は、その姿を見失う。
斬ッ!
ここで、楚昊は最後の選択をした。
主旗——金。
白く輝く光が彼の環首刀に集中する。
殺傷担当 最も鋭い属性
今まで温存していたものここにある。
そして楚昊はついに攻撃を初めて行った。
その刀がついに解放されて鞘から少しだけ離れた。
そんな環首刀が、一直線に振り上げられた。
金の属性を纏った金属の刃だ。属性も完璧
そんな刃物が巨大な霊気を帯びた存在、全ての無色の剣気の中心、袁天術を正確に捉える。
鋭い斬撃だった剣気さえ左右に割れ、衝撃が擂台全体に広がる(いや、こっちまで衝撃がきた!?)
「ぬるい!」
楚昊がつい迫る。相手に見えない場所からの攻撃。
袁天術が、なんとそんな視界や感知に不利があった体勢から、すぐに自身を浮かばせて、迫り来る楚昊の技を防げる体勢に変わった。
そして今度は今までのように遠距離から剣気を飛ばすのをやめて、手刀で楚昊の剣からの斬撃波を吹き飛ばしながら、環首刀にその手を当てた。
【戦闘解析率: 楚昊の五行陣旗の運用パターン把握】
ガキン!
そんな轟音がして、楚昊が吹き飛ぶ。
「イッ...いたい、痛い....う...」
楚昊を吹き飛ばした袁天術がポロポロと泣いていた。
「ハァ....すっ」
楚昊は息を整えながら、環首刀でその体を支えて立ち上がる。
金の光はすでに収まり、刀は先ほど剣気を飲み込んだ黒いものに包まれていた。
「い..痛い...手が、我の手が」
「元宝!!」
彼が刀に当てた左手をゆっくりと顔の前まで上げて、もう片方の手で揉んでいた。
「晋陽...晋陽....好、痛いよ、好痛(とても痛い)」
少し腫れている程度だった。
(......ポロポロ涙こぼしてる...でも外傷なんて見えない。強いな)
「ば、化け物かよ」
楚昊はそういうと刀を完全に鞘から取り出して構えた。
先の攻め手だった方の彼の方が明らかな傷を負っていた。




