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第45話 遠近

結界使いは、東京の外縁に近い、廃墟群に、潜んでいた。


討伐隊が、その一帯に、足を踏み入れた瞬間――空気が、変わった。


ドーム状の、巨大な結界が、展開された。半透明の、膜のようなものが、広範囲を、覆う。そして、その内側に、もう一枚。二重の、ドーナツ状の結界。


その光景は、異様だった。廃墟群の、空一帯を、半透明の膜が、ドーム状に、包み込む。そして、その内部に、もう一回り小さな、ドーナツ状の膜。外側の輪と、内側の円。二つの領域が、入れ子のように、重なっている。


「説明した通りだ」


神影が、低い声で、言った。


「外側の輪の中では、神力が使えない。内側の円の中でだけ、神力が使える。本体は、おそらく、内側の、さらに奥にいる。我々は、外側の無効領域を、突っ切って、内側に、踏み込むしかない」


つまり、敵に近づくまでの間、こちらは、丸腰になる。神力を、使えないまま、無効領域を、走り抜けなければならない。その間に、攻撃されれば、為す術がない。よく、考えられた、布陣だった。


俺は、試しに、火を、出そうとした。だが――何も、起きなかった。手のひらに、火は、灯らない。神力が、封じられている。これが、外側の結界。遠距離無効の、領域だった。


俺の、最も得意とする、遠距離の範囲攻撃は、ここでは、完全に、封じられる。神力を使うには、内側へ。敵の、すぐそばまで、踏み込むしかない。


接近戦。俺が、ずっと、避けてきたもの。


「行くぞ、城井」


「あー、はいはい。面倒だけど」


俺は、城井と、手を繋いだ。CTの、条件。そして、二人で、内側の結界へ向かって、走り出した。


◇


内側の結界に、入った瞬間、神力が、戻ってきた。手のひらに、火が、灯る。


ここでなら、戦える。


だが、内側は、戦場だった。結界使いが、放ったのか、近接戦に特化した、手下のような存在が、何体も、待ち構えていた。討伐隊の、近接戦力が、それらと、激突する。アリシアも、会長も、前線で、戦っていた。


俺と城井の、役割は、その近接戦力の、武器に、炎を、付与して回ること。


「城井、あいつの剣に!」


「はいはい」


俺が、火を出し、城井が、近接戦闘員の剣に、それを付与する。剣が、炎を、纏った。炎の剣を得た戦闘員が、手下を、斬り伏せる。火に弱いのか、手下は、炎の刃に、面白いように、倒れていった。


「すごいですね、これ! 普通に斬るより、全然、効きます!」


炎を付与された戦闘員の一人が、感嘆の声を上げた。確かに、効果は、絶大だった。手下は、おそらく、結界使いが生み出した、何らかの存在。生身に近いのか、炎には、滅法、弱い。一度、炎の刃で斬りつければ、火が燃え移り、戦闘不能になる。


俺は、城井と手を繋いだまま、戦場を、駆けた。次の戦闘員へ。また次へ。一本、二本、と、炎を、付与していく。炎の武器は、確実に、討伐隊の戦力を、底上げしていた。


二人で走る分、背負っていた時より、ずっと、楽だった。城井が、自分で動いてくれる。それでも――エネルギーの供給は、きつかった。一回付与するごとに、体の奥から、何かが、絞り出されていく感覚。蛇口を全開にして、水を流し続けるような。元の水は無限でも、流し続ける労力は、確実に、俺を、削っていく。


三回。五回。七回。


付与の回数が、増えるごとに、俺の息は、上がっていった。額に、汗が、滲む。足が、重くなる。


◇


戦いは、長引いた。


手下は、倒しても、倒しても、湧いてくるように、思えた。結界使い本体は、内側の、さらに奥。守りの中心に、いるらしい。そこへ、たどり着くまでに、討伐隊は、手下に、足止めされ続けていた。


そして、俺は、気づいた。


近接戦メインの、この戦い方は――長期戦に、弱い。


近接戦は、体力を、消耗する。接近し続ける、リスクもある。そして、俺と城井のCTは、一日十回が、限界だ。すでに、八回。あと、二回しか、付与できない。


考えてみれば、当然だった。遠距離なら、安全な位置から、一方的に、攻撃できる。だが、近接は、常に、敵の間合いの中にいる。被弾のリスクを、抱えながら、削り合う。そして、こちらの、付与という支援にも、限りがある。回数を使い切れば、ただの、消耗戦に、なる。


遠距離無効の結界は、ただ、攻撃を防ぐだけの能力では、なかった。こちらを、長期戦の、消耗戦に、引きずり込む。じわじわと、体力と、リソースを、削り取る。それが、この結界使いの、本当の、恐ろしさだった。


「……っ、はあ……城井、あと、二回が限界だ」


「マジで? じゃあ、温存した方がいいんじゃない?」


城井の言う通りだった。だが、温存しても、状況は、好転しない。手下は、湧き続け、本体には、近づけない。このまま、長引けば――討伐隊は、じわじわと、削られて、いずれ、力尽きる。


会長を見た。神月華は、無傷で、手下を、反射で、倒し続けていた。だが、彼女一人では、手下の数を、捌ききれない。アリシアも、斬撃を、放ち続けていたが、本体に、届かない。本体は、守りの奥。アリシアの斬撃も、手下の壁に、阻まれていた。


膠着。


このままでは、勝てない。長期戦になれば、なるほど、こちらが、不利になる。


何か、突破口が、要る。本体に、決定打を、届かせる、何かが。


◇


俺は、戦いながら、必死に、考えた。


遠距離は、無効。内側でしか、神力は、使えない。だが、内側でも、本体には、手下の壁が、阻んで、届かない。アリシアの斬撃ですら、壁を、抜けない。


どうすれば、本体まで、攻撃を、届かせられる。


その時、ふと、頭をよぎったのは――縛り、だった。


神影が、前に言った。神力には、制限を加えることで、限定的に、強力にできる種類が、存在する、と。会長が、対象を三つに絞ることで、強くなるように。今回の、結界使いも、結界を、外側だけに適用する、という制限で、効果を、底上げしているのかもしれない。


縛り。制限を、加えることで、力を、変質させる。


俺は、自分の、風の神力を、見つめ直した。


今まで、俺は、風を、圧縮燃焼にしか、使ってこなかった。広範囲に、大規模に。空気を、圧縮して、火を、つけて、爆発させる。範囲攻撃。


だが――その、逆を、やったら。


範囲と、規模を、極限まで、下げる。広げるのではなく、絞る。一点に、薄く、鋭く。


そうすれば、風は――刃に、なるんじゃないか。


◇


俺の、脳裏に、アリシアの、斬撃が、浮かんだ。


何度も、見てきた。夢の中で。試験で。襲撃で。そして、今、この戦場で。アリシアは、空間に、斬撃を、配置し、飛ばす。刀身の長さの、見えない刃を。


あれを、風で、再現できないか。


風を、極限まで、圧縮し、絞り、薄く、鋭く、一点に、収束させる。広範囲の突風ではなく、一筋の、空気の刃。それを、飛ばす。アリシアの斬撃の、疑似的な、一発。


縛り、だった。


風を「範囲と規模を極限まで下げる」という、制限を、かける。その代わりに、「斬撃性」という、今までに、なかった性質を、得る。広く使える力を、狭く絞ることで、鋭さを、得る。


これが、縛りの、実践なのかもしれない。


考えてみれば、俺は、ずっと、自分の神力を、「広く」使うことばかり、考えてきた。火も、風も、大規模に。範囲を、広げて。圧縮燃焼で、敵をまとめて焼く。それが、最も、効率がいいと、思っていた。だが、その発想を、捨てる。広さを、捨てて、鋭さを、取る。真逆の、使い方。


縛りとは、つまり、そういうことなのかもしれない。何かを、捨てる。その代わりに、捨てたものと、引き換えに、別の何かを、尖らせる。万能を、手放して、一点を、極める。


俺は、戦いの中で、初めて、その感覚を、掴もうとしていた。今まで、漠然とした、可能性でしかなかった、縛り。それを、実戦のプレッシャーの中で、体得しようと、している。失敗すれば、エネルギーの大半が、無駄になる。だが、成功すれば――。


「城井」


俺は、言った。


「少しだけ、離れていてくれ。試したいことがある」


「……何する気?」


「分からん。だが、やってみないと、始まらない」


城井は、訝しげな顔をしたが、俺の、何かを、感じ取ったのか、一歩、引いた。


◇


俺は、手のひらに、意識を、集中した。


風を、出す。だが、今までのように、広げない。圧縮する。一点に。さらに、絞る。薄く。鋭く。


風が、抵抗した。広がろうとする空気を、無理やり、一筋に、束ねる。エネルギーが、暴れる。制御が、難しい。縛りは、繊細な技術だった。少しでも、絞り方を、間違えれば、ただ、空気が、霧散するだけ。エネルギーの、大半が、無駄になる。


集中しろ。


俺は、自分に、言い聞かせた。範囲を、捨てる。規模を、捨てる。その代わりに、一点の、鋭さを。


手のひらの上で、空気が、薄く、鋭い、刃のような形に、収束し始めた。


いけるか――?


まだ、不完全だった。だが、確かに、今までとは、違う、手応えがあった。風が、刃に、なろうとしている。アリシアの斬撃に、近い、何かに。


そして、もし、これに――炎を、加えたら。


俺の、頭の中で、もう一つの、考えが、繋がった。


風の刃に、燃焼を、乗せる。炎を、纏わせる。そうすれば――炎属性を、追加した、斬撃を、飛ばせる。ただの空気の刃ではなく、燃える、刃を。


火と、風。二つの能力の、新しい合わせ技。圧縮燃焼とは、別の形。


俺は、その可能性に、戦慄した。これが、できれば。手下の壁を、貫いて、本体への道を、切り開けるかもしれない。


だが――まだ、不完全だ。ぶっつけ本番で、これを、戦場で、成功させられるのか。


俺は、手のひらの、未完成の、風の刃を、見つめた。


時間は、なかった。膠着は、続いている。討伐隊は、削られ続けている。やるなら、今しか、なかった。


「城井」


俺は、振り返った。


「アリシアさんに、伝えてくれ。俺が、道を、開く。本体への、道を」


「は? 道って――」


「説明してる暇はない。頼む」


俺は、手のひらの、風の刃に、火を、灯し始めた。炎が、刃に、纏わりつく。不安定に、揺れながら。


成功するか、自爆するか。分からない。


だが、やるしか、なかった。


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