後編
流れついたのは、小さな教会だった。
古びた木椅子。
ひび割れた壁。
決して豊かではない。
「助かったよ」
「ありがとうね」
その言葉に少女は小さく頭を下げる。
ここには少女が聖女候補だったと知る者はいない。
誰も少女の名前を知らない。
過去も知らない、尋ねない。
何も言わずに受け入れてくれた年老いたシスターと、静かに繰り返す日々。
「……」
両手を組んで祈っても、何も起きない。
国を出た時から少しずつ弱くなった聖女の力。
最初は小さな違和感だった。
祈っても、以前ほど光が強くない。
小さな傷を癒やすだけで、酷く疲れる。
国境を越えて遠く離れるほど、神の気配が薄れていくようだった。
それでも少女は振り返らなかった。
そしてある日。
ぷつりと糸が切れるように、光は完全に消えた。
今はもう、祈っても光は零れなかった。
二度と誰かを救うことはできない。
近所の老婆が、掃除をしていた少女へ声を掛ける。
「これ運べるかい?」
「……はい」
それだけだった。
祈りも奇跡も求められない。
誰も少女を特別扱いしない。
「最近、よく笑うようになったね」
「ここでは、誰も比べないから」
「?」
「いいえ、なんでもありません」
ここには何もない。
聖女としての栄光も、眩しすぎるあの人も……。
ようやく、息ができた。
机に並べられているのは、「問題ありません」と繰り返し綴られた報告書。
消えることを許してほしいと書かれた手紙。
そして――派遣された大切な聖女を見失ったことに対する、辺境伯の謝罪もそこにあった。
「追いますか」
神官の問いに、リュシエンヌは静かに首を横へ振った。
「神の力を失った者のために、国境を侵してまで兵を派遣できません」
聖女の力は国を守護するための力。
国から離れれば自然と力を失う。
同時に、試練で手に入れた知識も本人が知らない間に消えていく。
消えたことすら気付かないのはきっと神の慈悲だろう。
『力を手放して、安心していたよ』
「……そうですか」
リュシエンヌは静かに目を伏せた。
「どうか、あの方の心が穏やかでありますように」
祈りの光が部屋に満ちる。
だがその光が彼女に届く日は来ない。
彼女は不要とされた。
――誰に?
己自身に。




