➃
昼下がりの陽光が、白い石畳へ柔らかく降り注いでいた。
王立アルヴェイン貴族学院。
その中庭の東屋では、一組の男女が人目も憚らず語り合っている。
「カーラ、君は気にしすぎだ」
「ですが……わたくし、本当に皆様に避けられていて……」
「くだらない嫉妬だろう。平民から男爵家へ迎えられた君が珍しいだけだ」
ルーク・エスハルト伯爵次男は、安心させるようにカーラの肩を抱いた。
カーラ・ミレーユ男爵令嬢。
三ヶ月前、功績を上げた商会主の養女となり、貴族籍を得た少女である。
学院では注目の的だった。
平民出身でありながら愛らしい容姿を持ち、さらに伯爵家の令息が熱心に庇護している。
噂にならないはずがなかった。
「それに、何かあれば僕が守る」
「ルーク様……」
二人の空気が甘く溶けかけた、その時だった。
「お取り込み中、失礼いたします」
静かな声が割り込む。
二人が振り返ると、石畳の向こうに一人の令嬢が立っていた。
銀灰色の髪を緩やかに結い上げた少女。
アリアベル・フォン・ユスティーナ侯爵令嬢。
そして、ルークの婚約者でもある。
カーラの肩が震えた。
「ひっ……」
「アリアベル。カーラに近づくな」
ルークは立ち上がり、カーラを庇うように前へ出る。
「また嫌がらせをするつもりか」
「嫌がらせ?」
アリアベルは小さく首を傾げた。
「そのような暇はありませんわ。わたくしは忠告をしに来ただけです」
「忠告だと?」
「はい。カーラ・ミレーユ男爵令嬢の将来についての」
カーラが不安げに目を見開く。
アリアベルは感情の薄い声で続けた。
「男爵令嬢。あなた、最近同年代の令嬢方から茶会へ招かれておりませんね?」
「そ、それは……」
「当然です。あなたは既に“囲われた女性”として扱われ始めていますので」
ルークが眉を吊り上げた。
「何を馬鹿な」
「馬鹿なのはあなたです、ルーク様」
ぴしゃりと言い切られ、ルークの表情が固まる。
「本来、爵位を得たばかりの令嬢は、学院で同格の友人を作り、その親族や縁者との交流を通じて婚約相手を探します」
「だから何だ」
「婚約者持ちの男性が四六時中付きまとっていては、縁談の声など掛かりません」
カーラの顔色が変わった。
「ま、待ってください……ルーク様はただ親切に……」
「親切で済む段階ではありません」
アリアベルは容赦なく言葉を重ねる。
「周囲はすでに、“あなたが伯爵家次男の愛人候補になった”と認識しています」
「違っ……」
「違いませんわ。この国で、高位貴族の男性が若い未婚令嬢を囲う意味など、一つしかありませんもの」
カーラの唇が震えた。
「そんな……わたくしは、ただ……」
「安心できる居場所が欲しかったのでしょうね」
初めて、アリアベルの声にわずかな柔らかさが混じる。
「ですが貴族社会では、善意だけでは生きられません」
ルークが苛立ったように舌打ちした。
「脅しか?」
「事実です」
即答だった。
「すでに複数の家が、カーラ様への縁談打診を取り下げています。ミレーユ男爵も理由を探り始めている頃でしょう」
「……っ」
カーラの呼吸が止まる。
「そしてルーク様。あなたにも処分が下ります」
「何?」
「伯爵家から、学院卒業後の役職推薦が白紙にされました」
「な……」
ルークの顔から血の気が引いた。
「次男であるあなたには、本来、家名を広げるための政治的価値が求められていました。しかし未婚令嬢を潰したとなれば、話は別です」
「そんなことで……」
「“そんなこと”で、貴族は簡単に終わります」
中庭に沈黙が落ちる。
噴水の水音だけが静かに響いていた。
アリアベルは二人を見つめ、静かに一礼する。
「以上です。あとはご自由になさってください」
そのまま踵を返し、彼女は去っていく。
残されたカーラは青ざめた顔で立ち尽くし、ルークは拳を震わせながら動けずにいた。
もう誰も、先ほどまでの甘い空気を信じられなかった。




