表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
THE BORDER 〜AI小説の定義〜 副題 実践型AI小説の見抜き方  作者: ヤーコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

 春の終わりを迎えた学園の中庭では、薔薇のアーチの下で幾つもの談笑が咲いていた。


 貴族の子弟たちは、授業よりもむしろこうした時間に価値を置く。

 誰と顔を繋ぐか。

 どの家と縁を結ぶか。

 どの派閥に属するか。


 この学園は、社交界の縮図だった。


「リディア、今日は随分と人が多いな」


 金髪の青年、アルヴェイン・グランツ公爵子息は、隣を歩く少女へ柔らかな笑みを向けた。


「皆様、もう夏季夜会を意識しているのでしょう」


 リディア・フェルナー。

 数年前に叙爵された新興伯爵家の令嬢だった。


 元は平民。

 商才で莫大な財を築いた父が爵位を得て、貴族社会へ参入した。


 彼女自身は聡明で慎ましく、上流貴族の令嬢たちに見られるような傲慢さもない。  だからこそアルヴェインは惹かれた。


「貴族というのは窮屈だな。君のような人間まで値踏みの道具にされる」


「……ですが、そういう世界ですから」


 リディアは少し困ったように笑った。


 彼女の周囲には最近、妙な噂が流れていた。

 公爵家嫡男であり、既に婚約者を持つアルヴェインに囲われている、と。


 それでもアルヴェインは意に介さなかった。


 嫉妬だ。

 古い貴族たちが、彼女のような新しい血を排斥したいだけ。


 そう信じていた。


「アルヴェイン様」


 不意に、背後から澄んだ声が響く。


 二人が振り返ると、一人の令嬢が立っていた。


 銀糸のような髪を結い上げ、深い藍色のドレスを纏った少女。

 学園の空気そのものが静まるような存在感。


 セレスティナ・ローゼンハイム侯爵令嬢。


 アルヴェインの婚約者だった。


 周囲の視線が一気に集まる。


 アルヴェインは眉を寄せた。


 来たか。

 ついに嫌がらせに。


「何の用だ、セレスティナ」


「少々、お時間をいただきたく」


 淡々とした声音だった。


 怒気もない。

 感情も薄い。


 それが逆に、アルヴェインには冷酷な圧力に見えた。


「リディアを責めるつもりなら無駄だ。彼女は何も悪くない」


「責める?」


 セレスティナはわずかに首を傾げた。


「そのようなことをする理由が、わたくしにはありません」


「では何だ」


「リディア様へ確認したいことがございます」


 リディアは緊張したように姿勢を正した。


「……私に、ですか?」


「はい」


 セレスティナは彼女を真っ直ぐ見た。


「リディア様。貴女は、ご自身が現在どのような立場に置かれているか、正確に理解なさっていますか」


「立場……?」


「公爵家嫡男であり、既に婚約済みである男性と常に行動を共にしている。その意味を、です」


 アルヴェインが口を挟む。


「だから何だと言う。私は彼女を大切にしている」


「ええ。問題はそこではありません」


 セレスティナは静かに続けた。


「学園は、若い令嬢たちが将来の婚約相手と出会う場です。皆、その前提で交流しております」


 周囲にいた令嬢たちが、わずかに視線を伏せる。


「ですが現在、リディア様は『公爵家嫡男に囲われた女性』として認識されています」


 リディアの顔色が変わった。


「そ、そんな……」


「高位貴族の婚約者持ち男性と親密に振る舞う令嬢に、正式な縁談を申し込む家はありません」


「待て」


 アルヴェインが低く言った。


「囲うなどと言うな。私は彼女を愛している」


「ええ。アルヴェイン様個人のお気持ちはそうなのでしょう」


 セレスティナは否定しなかった。


「ですが貴族社会は感情で動きません」


 その一言は、冷たい刃のようだった。


「仮に貴方様が婚約を破棄し、リディア様を正妻に迎えるとしても、ローゼンハイム侯爵家との関係悪化は避けられません。さらに『婚約者を捨て、平民上がりへ走った公爵家嫡男』という評判は社交界全体へ広がります」


「……」


「そして、もし迎えなかった場合」


 セレスティナはリディアを見る。


「リディア様は“愛人扱いされた令嬢”として社交界に残ります」


 リディアの唇が震えた。


「そんなつもり、じゃ……」


「もちろん承知しております。ですが、社交界において重要なのは事実ではなく、外聞です」


 アルヴェインは苛立ったように吐き捨てた。


「古臭い価値観だ」


「はい。ですが、その古臭い価値観で貴族社会は成立しております」


 静かな返答だった。


「特に新興貴族は、“下品である”と判断されれば即座に排斥されます。リディア様個人だけではなく、フェルナー伯爵家全体が“娘を高位貴族の妾として差し出した家”と見なされる可能性すらございます」


 リディアの瞳が大きく開かれる。


 彼女はそこで初めて理解した。


 自分が笑われるだけでは済まない。


 家族まで巻き込む。


 父の築いたものを壊しかねない。


「……わたくしは嫉妬で来たわけではありません」


 セレスティナは静かに言った。


「むしろ逆です。貴女が何も知らぬまま破滅するのを見過ごせなかった」


 沈黙が落ちる。


 アルヴェインは何か言い返そうとして、言葉を失った。


 彼は初めて気づいた。


 自分は恋愛だけを見ていた。

 だが彼女たちは、家を背負っている。


 恋愛の先にある現実を、セレスティナだけが見ていた。


「……では、私はどうすれば」


 かすれた声でリディアが問う。


 セレスティナは少しだけ考え、


「距離を置くことです」


 と答えた。


「少なくとも公の場では。今ならまだ、“一時の噂”で収められる可能性があります」


 アルヴェインが苦しげに拳を握る。


「私は……彼女を傷つけていたのか」


「はい」


 即答だった。


「無自覚に」


 その言葉は容赦がなかった。


 しかし侮蔑も嘲笑もない。

 ただ事実だけが置かれている。


 セレスティナは一礼した。


「お話は以上です」


 そして踵を返す。


 引き止める者はいなかった。


 中庭を去っていく背中は、最後まで淡々としていた。


 残された二人は、ようやく理解していた。


 あと少しで、自分たちは取り返しのつかない場所まで進むところだったのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ