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魔王の血を引く花屋は、花を守りたいだけなのに世界を救ってしまいます  作者: momotarou


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第7話 王宮に花を届けたら、庭園の花が困っていました

 ロゼッタ花店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 私はいつものように顔を上げた。


 入ってきたのは、レオンハルト様だった。


 けれど、今日は少し様子が違う。


 鎧を着ている。

 姿勢もいつも通りまっすぐ。

 でも、顔が少しだけ不安そうだった。


「レオンハルト様」


「ミリア・ノクス」


「白百合ですか?」


「いや」


「確認ですか?」


「違う」


「では、何でしょうか」


 レオンハルト様は、少しだけ言いにくそうにした。


「王宮へ、花を届けてほしい」


「王宮へ」


「ああ」


 私は手に持っていた花切りばさみを止めた。


 王宮。


 王様や王妃様や王子様がいる場所だ。


 花屋としては、とても名誉なことなのだと思う。


 けれど、胸の奥が少し冷たくなった。


 私は人間だ。


 でも、血の奥には魔王のものが混じっている。


 そんな私が、王宮に入っていいのだろうか。


「……私ではない方がいいと思います」


 私が言うと、レオンハルト様は少し眉を寄せた。


「なぜだ」


「王宮なので」


「王宮だから、花を届ける者が必要だ」


「でも、私は」


 危険人物として牢屋に入れられたことがある。


 馬車を持ち上げた。

 魔物を放り投げた。

 ドラゴンも飛ばした。

 岩も砕いた。


 そして、誰にも言えない血を持っている。


「普通の花屋ではありません」


「普通ではないな」


 レオンハルト様は、はっきり言った。


 少しだけ胸がちくりとした。


 けれど、彼はすぐに続けた。


「だが、君は花屋だ」


「……はい」


「エリシア王妃様が、君を指名された」


「王妃様が?」


「ああ」


 奥でロゼッタさんが目を丸くした。


「王妃様が、うちのミリアちゃんを?」


「岩を砕いた花屋の娘を見てみたい、と」


「やっぱり岩ですか」


「そうだ」


 私は少し困った。


 花屋として呼ばれるならうれしい。


 でも、岩を砕いた娘として見られるのは、少し困る。


「ドラゴンのことも、ご存じですか?」


 私が聞くと、レオンハルト様は一瞬だけ目をそらした。


「それは伝えていない」


「なぜですか?」


「話が大きくなりすぎる」


「もう大きい気がします」


「これ以上大きくしたくない」


 それは少し分かる。


 ロゼッタさんが腕を組んだ。


「王妃様は、怖い方なのかい?」


「いいえ」


 レオンハルト様はすぐに答えた。


「優しい方です。花をとても大切にされる」


「なら、ミリアちゃんとは合いそうだねえ」


「ロゼッタさん」


「行っておいで」


「でも」


「王妃様からのご依頼なんだろう? 花屋が花を届けないでどうするんだい」


 ロゼッタさんはそう言って、私の前に白い花を置いた。


 白百合。

 淡い紫の花。

 小さな青い花。


「きれいに作っておいで」


「はい」


 私はうなずいた。


 怖い気持ちは残っている。


 でも、花を届けるなら、ちゃんとやりたい。


 私は花を一本ずつ選んだ。


 王妃様に届ける花。


 華やかすぎないように。

 でも、寂しくならないように。

 白を中心に、淡い紫と青を少しだけ入れる。


 茎の長さをそろえる。

 葉を整える。

 花の向きを見ながら、紙で包む。


 花たちは静かだった。


 でも、嫌がってはいない。


 この組み合わせで大丈夫。


 そう思えた。


「できました」


 私は花束を両手で持った。


 レオンハルト様はそれを見て、少し表情をゆるめた。


「きれいだな」


「ありがとうございます」


「では、行こう」


「はい」


 王宮は、遠くから見ても大きかった。


 白い壁。

 高い塔。

 広い門。

 磨かれた石の道。


 近づくほど、足が少し重くなる。


 私は花束を抱え直した。


「緊張しているのか」


 レオンハルト様が聞いた。


「はい」


「王妃様は、君を責めるために呼んだのではない」


「分かっています」


「なら大丈夫だ」


「でも、王宮なので」


「私が一緒にいる」


 私は顔を上げた。


 レオンハルト様は前を見たまま言った。


「何かあれば、私が止める」


「何をですか?」


「君が不安になるようなことをだ」


 少しだけ、胸の奥が温かくなった。


「ありがとうございます」


「ああ」


 王宮の中は、花屋とはまったく違った。


 床が光っている。

 壁に絵が飾られている。

 窓が大きい。


 歩くだけで、靴音が響く。


 私は花束を落とさないように、慎重に歩いた。


 案内された部屋には、ひとりの女性がいた。


 薄い金色の髪。

 やわらかい目。

 淡い色のドレス。


 エリシア王妃様だった。


 私は慌てて頭を下げた。


「ロゼッタ花店のミリア・ノクスです。お花をお届けに参りました」


「顔を上げてちょうだい」


 声は、とてもやさしかった。


 私はゆっくり顔を上げる。


 エリシア王妃様は、私を見て少し目を丸くした。


「まあ……あなたが、あの岩を砕いた娘なの?」


「はい。たぶん、私です」


「たぶん?」


「岩を砕いたのは私です」


 王妃様はしばらく私を見つめた。


 それから、くすりと笑った。


「こんなにも華奢な娘が、あの岩を砕いたのね」


「すみません」


「どうして謝るの?」


「驚かせてしまったので」


「いいえ。むしろ感謝しているのよ。川の流れが戻ったおかげで、村も畑も助かったと聞いています」


「花も戻ってきました」


「ふふ。あなたは、まず花なのね」


「はい」


 私は花束を差し出した。


「ご依頼のお花です」


 王妃様は花束を受け取った。


 そして、すぐに表情を変えた。


「まあ……」


 王妃様の指が、白百合の花びらにそっと触れる。


「とても綺麗に整えられているわ。花が苦しくなさそう」


 私は少し驚いた。


「分かりますか?」


「ええ。王宮にもたくさん花はあるけれど、こんなふうに花の向きまでやさしく整えられているものは少ないわ」


「花は、向きが大事なので」


「そうね」


 王妃様はうれしそうに笑った。


 岩を砕いたことより、花束を見てくれた。


 そのことが、私は少しうれしかった。


 その時、部屋の扉が開いた。


「母上、こちらにいらしたのですね」


 明るい声だった。


 入ってきたのは、若い男性だった。


 金色の髪。

 整った顔。

 明るい青の瞳。


 私は思わず背筋を伸ばした。


 この人は、たぶん。


「アルフォンス殿下」


 レオンハルト様が頭を下げた。


 やっぱり王子様だ。


 第一王子、アルフォンス殿下。


 私は目を丸くした。


「本物の王子様ですか?」


 部屋が一瞬静かになった。


 アルフォンス殿下は、それから声を上げて笑った。


「ああ。本物だよ」


「すごいです」


「すごい?」


「王子様を初めて見ました」


「ははっ。そんなに素直に喜ばれたのは久しぶりだな」


 私は慌てて頭を下げた。


「失礼しました」


「いいよ。面白い子だね」


「面白いですか?」


「ああ、とても」


 アルフォンス殿下は私に近づいた。


 レオンハルト様が、ほんの少しだけ前に出た。


「殿下」


「レオン、そんなに固くなるな。君の連れてきた花屋だろう?」


「王妃様への配達人です」


「同じことだ」


「違います」


 二人は親しいらしい。


 けれど、レオンハルト様は敬語のままだ。


 アルフォンス殿下は、それを楽しんでいるように見えた。


「君がミリアか。岩を砕いた娘」


「はい。花屋です」


「そこを先に言うんだね」


「はい」


 アルフォンス殿下はまた笑った。


「母上、この子は確かに面白い」


「でしょう?」


 エリシア王妃様も笑っている。


 レオンハルト様だけが、少しだけ嫌そうな顔をしていた。


 でも何も言わない。


 相手が王子様だからだと思う。


「ミリア」


 王妃様が言った。


「せっかくだから、王宮の庭園も見ていかない?」


「王宮の庭園ですか?」


「ええ。珍しい花も多いのよ」


「見たいです」


 私はすぐに答えた。


 レオンハルト様が小さく息を吐いた。


「即答だな」


「珍しい花なので」


「そうだな」


 王宮の庭園は、とても広かった。


 花壇がいくつも並び、噴水があり、白い石の小道が続いている。


 見たことのない花がたくさんあった。


 薄い桃色の花。

 青い星のような花。

 葉が銀色に光る花。

 香りの強い白い花。


「すごいです」


 私は思わず声を出した。


「こんなにたくさん」


「君は、気に入ったかな?」


 アルフォンス殿下が聞いた。


「はい。とても」


「君は、花の前だとよく笑うんだね」


 レオンハルト様が横で黙っている。


 少しだけ、顔が硬い。


「レオンハルト様?」


「何だ」


「花はお嫌いですか?」


「嫌いではない」


「では、どうして難しい顔をしているのですか?」


「……何でもない」


 よく分からない。


 アルフォンス殿下は、レオンハルト様の顔を見て楽しそうに笑っていた。


 私は庭園の花を見た。


 とても綺麗だ。


 でも、少し気になる。


 花びらの端が、ほんの少し丸まっている。

 茎がまっすぐ立ちきれていない。

 葉の色も、少しだけ鈍い。


 元気がない。


 こんなにきれいに手入れされている庭園なのに。


 どうしてだろう。


「王妃様」


「何かしら」


「この庭園の花は、少し前まで元気でしたか?」


 王妃様の表情が変わった。


「ええ。そうなの。少し前までは、もっとよく咲いていたわ」


「やはり」


「分かるの?」


「はい」


 私は花壇の前にしゃがんだ。


 小さな青い花を見る。


 寒い。

 夜がつらい。

 冷たい風が通る。


 そんな感じが、花びらの奥から伝わってきた。


 私はそっと花びらに触れた。


「夜になると、ここに冷たい風が通っているようです」


 王妃様が目を丸くした。


「冷たい風?」


「はい。花びらの端が丸まっています。茎も少し固くなっています」


「まあ……そんなことまで分かるのね」


「花屋なので」


 アルフォンス殿下も花壇をのぞき込む。


「冷たい風か。母上、心当たりは?」


 私は顔を上げた。


「最近、庭園を変えられましたか」


 王妃様は少し考えた。


「新しい宮殿を建てたわ。そちらから庭園へ直接入れるように、入り口を一つ増やしたの」


「入り口を」


「ええ。あちらよ」


 王妃様が指さした先に、白い石の入り口があった。


 新しく作られたものらしい。


 私は立ち上がり、その方へ歩いた。


 花の声が、少し強くなる。


 冷たい。

 ここから来る。

 夜になると、ここから流れてくる。


 入り口のそばに立つと、風が頬をなでた。


 昼なのに、少し冷たい。


「ここです」


「ここ?」


「この入り口から、冷たい風が庭園へ流れ込んでいます。昼は弱いですが、夜になると強くなるのだと思います」


 王妃様が口元に手を当てた。


「まあ……」


「このままだと、花が疲れてしまいます」


「そうなのね」


 王妃様は心配そうに庭園を見た。


 アルフォンス殿下が、楽しそうに笑う。


「すごいな。岩を砕くだけじゃなく、花の不調まで見抜くのか」


「岩より、花の方が得意です」


「それは頼もしい」


「そうでしょうか」


「ああ。王宮には岩より花の方が多いからね」


 アルフォンス殿下の顔が近づいた。


 私は不思議に思った。


 近づかなくても声は聞こえるのに。


 レオンハルト様は、やっぱり少し嫌そうな顔をしている。


「殿下、近すぎます」


「そうか?」


「そうです」


「レオンは心配性だな」


「職務です」


「今は庭園の散歩だよ」


「王宮内ですので、職務です」


 アルフォンス殿下は肩をすくめた。


 王妃様はそれを見て、静かに笑っている。


「では、この入り口を閉じればよいのかしら」


「ご不便でなければ、それが一番よいと思います」


「そうなのね」


「この庭園は、太陽の当たり方と風の流れをよく考えて作られています」


「あら、昔とても優秀な庭師がいたの。そこまで考えていたのね」


 王妃様は深くうなずいた。


「ミリアは、とても花に詳しいのね」


「いえ、花のことなら、少し分かるだけです」


「あら、そうかしら」


 王妃様は、やさしく微笑んだ。


「花屋ですから」


「今日、あなたを呼んでよかったわ」


 私は胸の奥が温かくなった。


 王宮は怖い場所だと思っていた。


 けれど、王妃様は優しかった。


 王子様は少し近いけれど、明るかった。


 レオンハルト様は、ずっとそばにいてくれた。


 そして、庭園の花は困っていた。


 来てよかったのかもしれない。


 帰る前、アルフォンス殿下が私に言った。


「ミリア。また王宮へおいで」


「よろしいのですか?」


「ああ。庭園の花を見に来るといい」


「ありがとうございます」


「それに、君と話すのは面白い」


「面白いですか?」


「とても」


 レオンハルト様が一歩前に出た。


「殿下、そろそろ戻る時間です」


「分かっているよ」


 アルフォンス殿下は笑った。


「レオン、そんな顔をしなくても、ぼくらは親友だろ」


「そういう問題ではありません」


「どういう問題かな?」


「……職務です」


「便利な言葉だな」


 王妃様がくすくす笑った。


 私はよく分からなかった。


 でも、レオンハルト様が少し不機嫌そうなのは分かった。


 帰り道、私はレオンハルト様に聞いた。


「レオンハルト様」


「何だ」


「アルフォンス殿下は、怖い方ではありませんね」


「ああ」


「明るい方ですね」


「ああ」


「王子様なのに、近くで話してくれました」


「ああ」


「すごいです」


「……そうだな」


 レオンハルト様の返事が短い。


「怒っていますか?」


「怒っていない」


「でも、少し怖い顔です」


「元からだ」


「そうですか?」


「そうだ」


 私は少し首をかしげた。


 でも、深く聞かないことにした。


 ロゼッタ花店へ戻ると、ロゼッタさんが待っていた。


「おかえり、ミリアちゃん」


「ただいま戻りました」


「王宮はどうだった?」


「王妃様は優しい方でした。王子様もいました」


「王子様まで?」


「はい。本物でした」


「本物って、そりゃそうだろうよ」


「庭園の花もたくさんありました。でも少し元気がありませんでした」


「それで?」


「冷たい風が通っていたので、王妃様に伝えました」


 ロゼッタさんは私をじっと見た。


「……ミリアちゃん」


「はい」


「余計なことはしなかったかい?」


「岩は砕いていません」


「岩の話はしてないよ」


「ドラゴンも投げていません」


「それも聞いてないよ」


「花を見ました」


「それならいいかねえ」


 ロゼッタさんはため息をつきながらも、少し笑っていた。


 その夜。


 私は店先の花を整えながら、王宮の庭園を思い出していた。


 冷たい風に震えていた花たち。


 入り口を閉じれば、きっと元気になる。


 そうなったら、王妃様も喜ぶと思う。


 アルフォンス殿下も、また笑うかもしれない。


 レオンハルト様は、少し嫌そうな顔をするかもしれない。


 それは、なぜか分からない。


 でも。


 王宮の花も、街の花も、ロゼッタ花店の花も。


 みんな元気に咲いてくれるなら、それが一番うれしい。


 やっぱり私は、花屋が好きだ。

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