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魔王の血を引く花屋は、花を守りたいだけなのに世界を救ってしまいます  作者: momotarou


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第5話 好きの意味が、少し違うようです

 ロゼッタ花店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 私はいつものように顔を上げた。


 入ってきたのは、レオンハルト様だった。


 今日は鎧ではなく、少し軽い服を着ている。


 それでも背筋はまっすぐで、騎士団副団長らしい雰囲気はそのままだ。


「白百合ですか?」


「いや」


 レオンハルト様は、少しだけ真面目な顔で言った。


「今日は、君と出かけたい」


「配達ですか?」


「違う」


「仕入れですか?」


「違う」


「では、何でしょうか」


「君と出かけたいと言った」


「私と、ですか?」


「ああ」


 私は少し考えた。


「お店の用事ではなく?」


「違う」


「騎士団の用事でもなく?」


「違う」


「では……」


 レオンハルト様は、少しだけ目をそらした。


「確認も兼ねる」


「確認」


「君が、普通に王都を歩けるかどうかの確認だ」


 奥で、ロゼッタさんが小さく笑った。


「それは世間では、デートって言うんじゃないかい?」


 レオンハルト様が固まった。


 私はレオンハルト様を見た。


「デートは確認の一種ですか?」


「……違う」


「違うそうです」


「ミリアちゃん、そこは真面目に聞かなくていいんだよ」


 ロゼッタさんは楽しそうに笑っている。


「お手伝いの人も増えてお店は大丈夫だから、たまには楽しんでおいで」


「でも、お花が……」


「いいから、行ってきな」


 レオンハルト様は軽く咳をした。


「確認だ」


「はい」


「王都を歩くだけだ」


「はい」


「危険なことはしない」


「はい」


 ロゼッタさんが、そこで真顔になった。


「ミリアちゃん」


「はい」


「今日は何も持ち上げないこと」


「はい」


「馬車も」


「はい」


「魔物も」


「はい」


「ドラゴンも」


「はい」


「崖も」


「崖はまだ持ち上げていません」


「まだ、って言うんじゃないよ」


「はい」


 私はうなずいた。


 今日は何も持ち上げない日。


 そう覚えておく。


 私は店先の花を少し整えてから、レオンハルト様と一緒に外へ出た。


 王都の通りは、明るかった。


 人々は普通に歩いている。


 屋台からは焼き菓子の甘い匂いがした。

 布屋の前には色とりどりのリボンが並んでいる。

 噴水の近くでは、子どもたちが笑っていた。


「王都は広いんですね」


「住んでいるのではないのか」


「花屋と市場と仕入れ先くらいしか、あまり行きません」


「そうか」


「はい。花屋が好きなので」


 レオンハルト様は少しだけ表情をゆるめた。


「今日は、見て回るといい」


「確認では?」


「確認でもある」


「でも、出かけたいとも言いました」


「……言ったな」


「では、確認とお出かけですね」


「ああ」


「分かりました」


 私はうなずいた。


 確認とお出かけ。


 少し不思議な組み合わせだ。


 まず、焼き菓子の屋台の前で足が止まった。


 丸い焼き菓子が並んでいる。


 表面に砂糖がかかっていて、甘い香りがする。


「食べたいのか」


 レオンハルト様が聞いた。


「見ていただけです」


「食べたい顔をしている」


「そうでしょうか」


「ああ」


 私は焼き菓子を見た。


 甘いものは久しぶりだ。


「一つください」


 私が言う前に、レオンハルト様が屋台の人に言った。


「二つだ」


「二つですか?」


「一つでは足りないだろう」


「そんなに食べそうに見えますか?」


「君はよく動く」


「今日は何も持ち上げません」


「歩くだけでも腹は減る」


 屋台のおじさんが笑いながら、焼き菓子を二つ包んでくれた。


 私は両手で受け取る。


 温かい。


 甘い匂いがする。


「ありがとうございます」


「礼は食べてからでいい」


 私は少しかじった。


 外はさくっとしていて、中はやわらかかった。


 甘い。


 とても甘い。


「おいしいです」


「そうか」


 レオンハルト様は、自分の分をゆっくり食べた。


 私はもう一口かじる。


 甘いものを食べて、普通に町を歩く。


 それだけなのに、胸の奥が少しふわっとした。


 次に立ち止まったのは、小さな露店だった。


 花飾りを売っている。


 布のリボンに、小さな花を合わせた髪飾り。

 腕に巻く花飾り。

 帽子につける花飾り。


 かわいい。


 でも、少しだけ気になる。


「どうした」


 レオンハルト様が聞いた。


「花が少し苦しそうです」


「苦しそう?」


「はい。向きが逆です。このままだと、花が早くしおれます」


 露店の女性がこちらを見た。


「分かるのかい?」


「はい。少しだけ」


「売れなくて困っていたんだよ。直せるかい?」


「触ってもいいですか?」


「もちろん」


 私は花飾りをひとつ手に取った。


 力を入れすぎないように、そっと。


 細い茎の角度を直す。

 リボンの結び目を少しゆるめる。

 花が前を向くように整える。


 それだけで、花飾りの印象が変わった。


「こちらの方が、花がきれいに見えます」


 露店の女性が目を丸くした。


「あら、本当だね」


「この花なら、淡い色のリボンの方が合うと思います」


「そうかい?」


「はい。やさしい感じになります」


 私はいくつか並べ替えた。


 赤い花は明るい場所へ。

 白い花は影にならないところへ。

 黄色い花は子どもの目線に近いところへ。


 すると、通りを歩いていた人たちが足を止め始めた。


「かわいいね」


「娘に買っていこうか」


「その黄色いの、ひとつください」


 露店の女性の顔が明るくなる。


「あらまあ。急に売れ始めたよ」


「よかったです」


「ありがとうね、お嬢さん」


「いえ。花がきれいだったので」


 レオンハルト様が、私をじっと見ていた。


「何でしょうか」


「君は、力を使わなくても人を助けるんだな」


「花を少し直しただけです」


「それで笑う人がいる」


「それなら、うれしいです」


 本当に、うれしかった。


 馬車を持ち上げなくても。

 魔物を投げなくても。

 ドラゴンを飛ばさなくても。


 花を少し整えるだけで、誰かが笑う。


 それは、とても良いことだと思う。


 露店の女性が、淡い青い小花の髪飾りをひとつ手に取った。


「お礼に、これを持っていきな」


「いえ、売り物なので」


「いいんだよ。おかげで売れたんだから」


「でも」


 私が迷っていると、レオンハルト様が代金を置いた。


「それを一つ」


「レオンハルト様」


「買った。なら問題ない」


「私にですか?」


「ああ」


「お店に飾りますか?」


「違う」


「では、ロゼッタさんに?」


「違う」


「では、どなたに?」


「君に」


「私に?」


「ああ」


「私は花瓶ではありませんが」


「知っている」


 レオンハルト様は、少しだけ困った顔をした。


「君につけるために買った」


「私に、ですか」


「ああ」


「でも、私は花屋です」


「花屋が花をもらってはいけない決まりはない」


 私は返事に困った。


 露店の女性がにこにこしている。


 レオンハルト様は、淡い青い小花の髪飾りを私に差し出した。


「似合うと思った」


 胸の奥が、少し変な感じになった。


 月眠花の香りとは違う。


 落ち着くというより、少し落ち着かない。


「ありがとうございます」


 私は髪飾りを受け取った。


 どうつければいいのか分からずにいると、露店の女性が笑った。


「つけてあげるよ」


「お願いします」


 髪の横に、小さな青い花が添えられる。


 風が吹くと、花びらが少し揺れた。


「どうでしょうか」


 私はレオンハルト様を見た。


 彼は少しだけ目を細めた。


「よく似合う」


「ありがとうございます」


 なぜか、顔が少し熱くなった。


 甘い焼き菓子を食べたからかもしれない。


 そのあとも、私たちは王都を歩いた。


 布屋の前でリボンを見た。

 果物屋で小さな赤い実を買った。

 噴水のそばで、子どもたちが鳩を追いかけているのを見た。


 一度、荷車の車輪が溝にはまりかけていた。


 私は反射的に手を出そうとした。


 でも、ロゼッタさんの声を思い出す。


 今日は何も持ち上げないこと。


 私は手を引っ込めた。


「レオンハルト様」


「何だ」


「あの荷車、困っているようです」


「分かった」


 レオンハルト様が荷車の方へ行き、近くの人たちに声をかけた。


「押すぞ。せーの」


 何人かで押すと、荷車は無事に溝から出た。


 私一人なら、すぐ持ち上げられたと思う。


 でも、今日は持ち上げなかった。


 みんなで押して、ちゃんと出た。


 それも悪くないと思った。


「我慢したな」


 レオンハルト様が戻ってきて言った。


「はい」


「偉い」


「偉いですか?」


「ああ」


「では、今日は普通ですか?」


「かなり普通に近い」


「近い」


「完全に普通かどうかは、まだ判断が難しい」


「そうですか」


 少し残念だ。


 でも、普通に近いなら良いのかもしれない。


 昼過ぎ、私たちは小さな広場の石段に座った。


 レオンハルト様が買ってくれた赤い実を食べる。


 甘くて、少し酸っぱい。


「おいしいです」


「そうか」


「王都には、知らないものがたくさんありますね」


「君は花屋にこもりすぎだ」


「花屋が好きなので」


「それは分かる」


 レオンハルト様は、少し遠くを見た。


「だが、花屋の外にも、君が笑える場所があると知っておいて損はない」


 私はその言葉を、少し考えた。


 花屋が好きだ。


 ロゼッタさんの店が好きだ。


 白百合を包む時間も、花を選ぶ時間も、売れた花を見送る夕方も好きだ。


 でも今日、王都を歩いた。


 焼き菓子を食べた。

 花飾りを直した。

 人が笑うのを見た。

 髪飾りをもらった。


 それも、嫌ではなかった。


「はい」


 私はうなずいた。


「覚えておきます」


 レオンハルト様はしばらく黙っていた。


 それから、少しだけ低い声で言った。


「ミリア」


「はい」


「私は、君が好きだ」


「ありがとうございます。私も好きです」


 レオンハルト様が止まった。


「……本当か」


「はい」


「本当に、私を好きなのか」


「はい。お花も、ロゼッタさんも、街の人たちも、みんな好きです」


「……そういうことか」


 レオンハルト様は、ゆっくり息を吐いた。


「違いましたか?」


「いや。間違ってはいない」


「よかったです」


「だが、今の好きは、少し違う」


「好きに違いがあるのですか?」


「ある」


「難しいですね」


「そうだな」


 レオンハルト様は少しだけ空を見上げた。


 困っているようにも見えた。


 でも、怒ってはいない。


「今は、それでいい」


「そうですか」


「ああ」


「レオンハルト様も、お花がお好きですよね」


「今は花の話ではない」


「違うのですか?」


「違う」


「でも、白百合をよく買われます」


「それも、理由はある」


「白百合が落ち着くからですか?」


「それもある」


「それ以外にも?」


「ある」


「何でしょうか」


 レオンハルト様は、少しだけ私を見た。


 そして、また目をそらした。


「いつか話す」


「分かりました」


 好きという言葉には、種類があるらしい。


 花が好き。

 ロゼッタさんが好き。

 王都の人たちが好き。

 レオンハルト様が好き。


 全部、好きだと思う。


 でも、レオンハルト様の言う好きは、少し違うらしい。


 難しい。


 夕方が近づく頃、私はロゼッタ花店へ戻った。


 ロゼッタさんは店先で待っていた。


 私の髪飾りを見ると、すぐに目を細める。


「あら、かわいいじゃないか」


「露店でいただきました。いえ、レオンハルト様が買ってくださいました」


「へえ」


 ロゼッタさんの声が、少し楽しそうになる。


「確認に行ったんじゃなかったのかい?」


 レオンハルト様が咳をした。


「確認です」


「花飾りを買う確認かい?」


「王都で普通に過ごせるかの確認です」


「はいはい」


 ロゼッタさんは笑った。


「それで、ミリアちゃん。今日は何か持ち上げたかい?」


「いいえ」


「馬車は?」


「持ち上げていません」


「魔物は?」


「いませんでした」


「ドラゴンは?」


「飛ばしていません」


「崖は?」


「登っていません」


「よろしい」


 ロゼッタさんは満足そうにうなずいた。


 私は少し誇らしい気持ちになった。


 今日は何も持ち上げなかった。


 走ってもいない。

 崖にも登っていない。

 ドラゴンも飛ばしていない。


 普通に近い日だった。


「楽しかったかい?」


 ロゼッタさんが聞いた。


 私は少し考えてから、うなずいた。


「はい。楽しかったです」


「ならよかった」


 レオンハルト様は、店の前で立ち止まった。


「では、私は戻る」


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


「確認はできましたか?」


「ああ」


「私は普通でしたか?」


 レオンハルト様は少しだけ黙った。


「普通ではない」


「そうですか」


「だが、悪くない」


 私は瞬きをした。


 レオンハルト様は、私の髪の小さな青い花を見た。


「今日の君は、よく笑っていた」


「そうでしょうか」


「ああ」


「それは、よかったです」


「また、王都を歩こう」


「確認ですか?」


「……君と歩きたい」


「私と、ですか?」


「ああ」


 レオンハルト様は、少しだけ目をそらした。


「君と歩きたい」


 私は少し考えた。


 確認ではなく。


 配達でもなく。


 仕入れでもなく。


 私と歩きたい。


「分かりました」


 私はうなずいた。


「では、また一緒に歩きましょう」


「ああ」


 レオンハルト様は、少しだけほっとしたように見えた。


 私は頭を下げた。


「またお越しください」


「ああ」


 レオンハルト様はそう言って、騎士団の方へ歩いていった。


 その背中を見送ってから、私は店の中へ戻った。


 ロゼッタさんが、にやにやしている。


「ミリアちゃん」


「はい」


「楽しかったんだねえ」


「はい」


「そうかい」


 それ以上は何も言わなかった。


 私は窓辺に置かれた白い花を見た。


 今日は、何も持ち上げなかった。


 魔物も投げなかった。

 ドラゴンも飛ばさなかった。


 ただ、王都を歩いて、甘いものを食べて、花を見て、少し笑った。


 髪には、レオンハルト様が買ってくれた青い小花が揺れている。


 好き、という言葉の意味は、まだ少し難しい。


 でも、レオンハルト様と歩いた王都は、いつもより明るく見えた。


 こういう日が、ずっと続けばいい。


 私は、そう思った。

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