第15話 褒美をもらいに行ったら、ゴーレムが泣いていました
ヴァルトリア王国から、使者が来た。
ロゼッタ花店の前に止まった馬車から降りてきた使者は、深く頭を下げた。
「ミリア・ノクス様。ヴァレリウス王陛下より、お言葉を預かっております」
「はい」
「先日の花畑の件について、褒美を授けたいとのことです。ヴァルトリア王宮までお越しいただきたい、と」
「褒美ですか?」
「はい」
私は少し考えた。
花畑が残ったなら、それで十分なのだけれど。
「行っておいで」
ロゼッタさんが言った。
「でも、お店が」
「褒美を断る方が面倒なことになるよ」
「そうなのですか?」
「そういうもんだよ」
私はうなずいた。
ヴァルトリア王国は遠い。
普通に馬車で行くと時間がかかる。
でも、クロさんなら早い。
私は店の外へ出て、胸の奥に意識を向けた。
クロさん。
ヴァルトリアへ行きたいです。
少しして、遠くから返事が返ってきた。
みりあ。
いく?
そんな気持ちが、胸の奥に伝わってくる。
「はい。褒美をいただくそうです」
ほめる?
「たぶん、そうです」
ほめる。
うれしい。
すぐに、空から大きな翼の音が聞こえた。
ばさり。
ばさり。
王都の上空に、黒い翼が見えた。
クロさんだ。
王都には降りる場所がないので、私は地面を蹴った。
ふわりと高く跳び上がり、クロさんの背中に着地する。
クロさんは少しだけうれしそうに鳴いた。
のった。
「はい。お願いします」
クロさんは大きく翼を広げた。
王都が下に遠ざかっていく。
風が強い。
でも、クロさんの背中は大きくて温かい。
「クロさん、ヴァルトリアの王宮に降りられますか?」
おおきい。
こわがる。
「そうですね。クロさんは大きいので、皆さん驚くかもしれません」
クロさんは、少し考えるように首を動かした。
その時だった。
風の音の向こうから、小さな声が聞こえた。
いたい。
うごけない。
まおうさま。
なぜ、なげた。
私は顔を上げた。
「クロさん、今の声、聞こえましたか?」
きこえた。
した。
いしのこ。
「石の子?」
ごーれむ。
私は下を見た。
山の岩場に、大きな石の体が横たわっているのが見えた。
この前、花畑から投げたゴーレムだ。
「少し降りてもらえますか?」
クロさんはこくりとうなずいた。
大きな翼が風を切る。
私たちは岩場へ降りた。
そこには、前に投げたゴーレムがいた。
大きな体は、岩場に横向きに倒れている。
石の目から、ぽろぽろと砂のようなものが落ちていた。
泣いているように見えた。
まおうさま。
気配、した。
うれしい。
でも、なげた。
うごけない。
そんな気持ちが、私にだけ伝わってくる。
「すみません。花畑を踏んでいたので」
花。
ふんだ。
だめ?
「はい。花は踏まない方がいいです」
だめ。
しらなかった。
ゴーレムは、さらにぽろぽろと砂を落とした。
私は胸の奥を押さえた。
魔王の血。
クロさんだけでなく、ゴーレムにも分かるらしい。
これは、少し困った。
「でも、このまま置いていくわけにもいきません」
おいていく?
さみしい。
「そう言われると、もっと困ります」
私はクロさんを見た。
「クロさん。王宮へ行くには、クロさんもゴーレムさんも大きいです」
クロさんは首をかしげた。
ちいさく。
なれる。
「小さくなれるのですか?」
なれる。
「見せてもらえますか?」
ぽふん。
目の前にいた大きな黒いドラゴンが消えた。
代わりに、私の足元に灰色の猫がいた。
背中には、小さな翼が生えている。
赤い目だけは、クロさんのままだった。
みりあ。
ちいさい。
「クロさん、かわいいです」
ごろごろ。
クロさんはすぐに喉を鳴らした。
猫みたいだ。
今は本当に猫みたいだけれど。
「ゴーレムさんも、小さくなれますか?」
クロさんは、羽の生えた猫の姿で、ゴーレムを見上げた。
なれる。
ゴーレムは、少し考えるように黙った。
ちいさい。
なる。
石の体が、ゆっくり光った。
ごごご、と音を立てて、大きな体が縮んでいく。
やがて、子供くらいの大きさのゴーレムが、岩場に座っていた。
丸い石の頭。
短い手足。
少しだけ欠けた鼻。
まおうさま。
なげない?
「今日は投げません」
ゴーレムは、ほっとしたように肩を落とした。
「お名前はありますか?」
なまえ。
ない。
「では、ゴロさんでどうでしょうか」
ごろ。
なまえ。
ぼくの。
「はい」
ゴーレムは、少しうれしそうにこくりとうなずいた。
私はクロさんを見た。
「クロさん、もう一度、大きくなれますか?」
なれる。
クロさんの小さな体が、ふわりと光った。
次の瞬間、岩場に大きな黒いドラゴンが戻っていた。
ゴロさんが、びくっと私の後ろに隠れた。
こわい。
「大丈夫です。クロさんは友達です」
ともだち。
クロさんは、少しうれしそうに喉を鳴らした。
私はクロさんの背中に乗った。
それから、子供くらいの大きさになったゴロさんを膝に抱える。
ゴロさんは石でできているので、少し重い。
でも、持てないほどではない。
まおうさま。
いっしょ。
「魔王様ではありません。花屋です」
ゴロさんは、不思議そうに私を見上げた。
「花屋です」
私はもう一度言った。
クロさんが大きな翼を広げる。
風が岩場をなでた。
「クロさん、ヴァルトリア王宮までお願いします」
いく。
クロさんは空へ舞い上がった。
私の膝の上で、ゴロさんは小さく丸まっていた。
こわい。
でも。
いっしょ。
「はい。一緒です」
私はゴロさんの石の頭をそっとなでた。
王宮が近づくと、私は下を見た。
大きな庭。
白い建物。
広い門。
でも、クロさんの大きな体で降りるには、少し狭そうだった。
「クロさん、このままだと皆さんが驚きますね」
ちいさく。
なる。
「お願いします」
王宮の外れの広い草地に降りると、クロさんはぽふんと小さくなった。
灰色の羽が生えた猫。
赤い目だけは、クロさんのままだ。
私はクロさんを抱き上げた。
ゴロさんは、私の横をとことこと歩く。
こうして、私は灰色の羽つき猫のクロさんと、小さなゴーレムのゴロさんを連れて、ヴァルトリア王宮へ向かった。
ヴァルトリア王宮の門番の人は、私を見て、次に腕の中のクロさんを見て、最後にゴロさんを見た。
「ミリア・ノクス様ですね」
「はい」
「その……猫は?」
「クロさんです」
「猫、ですか?」
「今は」
門番の人は、深く聞かないことにしたらしい。
「では、その石の子は?」
「ゴロさんです」
「石の子」
「はい」
門番の人は少し黙った。
「陛下へお取り次ぎいたします」
王宮の広間に通されると、ヴァレリウス王が待っていた。
相変わらず、眉間にしわがある。
でも、前より少しだけ浅く見える。
「ミリア・ノクス。よく来た」
「お招きありがとうございます」
ヴァレリウス王はうなずいた。
それから、私の腕の中を見た。
「……その猫は何だ」
「クロさんです」
「クロ?」
「はい」
「ドラゴンではなかったのか」
「小さくなりました」
「小さくなった?」
ヴァレリウス王は眉間を押さえた。
やはり疲れているのかもしれない。
「では、その石の子供は何だ」
「ゴロさんです」
「誰だ」
「前に投げたゴーレムさんです」
「連れてくるな!」
広間に声が響いた。
ゴロさんは、びくっとして私の後ろに隠れた。
「ヴァレリウス様。ゴロさんが怖がっています」
「私の方が驚いている!」
「そうなのですか?」
「そうだ!」
クロさんが私の腕の中で、ごろごろと喉を鳴らしている。
ヴァレリウス王はそれも見た。
「その猫は、なぜ喉を鳴らしている」
「褒められるのが好きなので」
「誰も褒めていない」
「かわいいと言いました」
「それで鳴るのか」
「はい」
「ドラゴンが?」
「はい」
ヴァレリウス王は、しばらく天井を見上げた。
「……私は、褒美を渡すだけのつもりだった」
「はい」
「なぜ、ドラゴンが猫になり、ゴーレムが子供になって増えている」
「途中で泣いていたので」
「誰が」
「ゴロさんです」
「ゴーレムが泣くのか」
「砂がぽろぽろ落ちていました」
「それは泣いているのか?」
「泣いているように見えました」
ヴァレリウス王は深く息を吐いた。
「もうよい。考えると疲れる」
「青静花を飾りますか?」
「いらん。いや、少し欲しい」
「はい」
「今は褒美の話だ」
ヴァレリウス王は、横に控えていた者に合図した。
運ばれてきたのは、いくつかの箱だった。
一つ目の箱には、珍しい花の苗が入っていた。
葉の縁が銀色に光っている。
二つ目の箱には、小さな球根がたくさん入っている。
三つ目の箱には、ヴァルトリアの花畑からロゼッタ花店へ定期的に花を届ける証書が入っていた。
「金貨も用意したが」
ヴァレリウス王は言った。
「お前はこちらの方が喜ぶだろうと思った」
「はい。とてもうれしいです」
「本当にそれでよいのか」
「はい。花屋なので」
「……そうだったな」
私は苗をそっと見た。
知らない花だ。
でも、元気な葉をしている。
「大切に育てます」
「そうしろ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
クロさんも、私の腕の中で小さく鳴いた。
ありがとう。
ほめる?
そんな気持ちが伝わってくる。
「クロさんにもお礼を言ってくださるそうです」
ヴァレリウス王は目を細めた。
「私はまだ言っていない」
「でも、たぶん言ってくださいます」
「勝手に決めるな」
ヴァレリウス王は少し黙った。
それから、クロさんを見た。
「……花畑の件は助かった」
クロさんの赤い目が丸くなった。
ごろごろ。
クロさんの喉の音が大きくなった。
「喜んでいます」
「分かるのか」
「はい」
「そうか。もう驚かぬ」
でも、少し驚いている顔だった。
ゴロさんが、私の後ろからそっと顔を出した。
私にも。
ほめる?
そんな気持ちが伝わってきた。
「ゴロさんも、花を踏まないように気をつけるそうです」
「そうなのか」
ゴロさんはこくりとうなずいた。
ヴァレリウス王は、少しだけ目を細めた。
「ならば、もう花畑を踏むな」
ゴロさんはまた、こくりとうなずいた。
はな。
ふまない。
みりあ。
はなや。
「はい。私は花屋です」
ヴァレリウス王が怪訝そうに私を見る。
「何を急に言っている」
「確認です」
「そうか?」
「はい」
クロさんが、私の腕の中で目をそらした。
私はそっとクロさんの頭をなでた。
ヴァレリウス王は、もう一度ため息をついた。
「とにかく、褒美は受け取れ」
「はい。ありがとうございます」
「それから、そのゴーレムだが」
「はい」
「王宮に置くのか?」
ゴロさんはびくっとした。
おいていく?
いや。
そんな気持ちが伝わってきた。
私は少し考えた。
「ロゼッタ花店で、手伝ってもらってもいいですか?」
「花屋でゴーレムを働かせるつもりか」
「小さいので」
「そういう問題ではない」
「力持ちです」
「そういう問題でもない」
「花を踏まないそうです」
「それは大事だが、やはり問題はそこではない」
でも、ヴァレリウス王はそれ以上止めなかった。
たぶん、考えるのに疲れたのだと思う。
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
「ただし、大きくなるな」
ゴロさんはこくりとうなずいた。
「はい。花屋では小さいままでお願いします」
小さい。
てつだう。
ゴロさんは、少しうれしそうだった。
ロゼッタ花店に戻ると、ロゼッタさんが店先で待っていた。
私は苗の箱を抱え、クロさんを肩に乗せ、ゴロさんを連れて帰った。
ロゼッタさんはしばらく何も言わなかった。
クロさんを見る。
ゴロさんを見る。
もう一度、クロさんを見る。
「ミリアちゃん」
「はい」
「その羽の生えた猫は?」
「クロさんです」
「クロさんはドラゴンじゃなかったかい?」
「小さくなりました」
「そうかい」
ロゼッタさんは額を押さえた。
「じゃあ、その石の子は?」
「ゴロさんです」
「誰だい」
「前に投げたゴーレムさんです」
「連れてきたのかい」
「泣いていたので」
「泣いていたなら、仕方ない……のかねえ」
ロゼッタさんは深く息を吐いた。
「うちは花屋なんだけどね」
「はい」
「ドラゴンとゴーレムがいる花屋なんて、聞いたことないよ」
「私も初めてです」
「そりゃそうだろうよ」
クロさんは窓辺へ跳び乗った。
灰色の羽をたたみ、丸くなる。
ごろごろと喉を鳴らしながら、すぐに眠り始めた。
ゴロさんは店の奥で、小さな鉢を両手で持ち上げた。
私は、ゴロさんの方を見た。
てつだう。
花。
ふまない。
そんな気持ちが伝わってくる。
「ありがとうございます。そこに置いてください」
ゴロさんは、ゆっくり歩いた。
一歩ずつ。
とても慎重に。
花を踏まないように、床の隙間まで確かめている。
鉢を棚に置くと、こちらを見た。
できた。
「はい。助かりました」
ゴロさんは、少しだけ胸を張った。
ロゼッタさんはそれを見て、またため息をついた。
「まあ、花を大事にするなら、悪い子じゃないかね」
「はい。ゴロさんはいい子です」
「クロさんも?」
「はい。いい子です」
窓辺のクロさんが、寝ながらごろごろ鳴った。
その夜。
ロゼッタ花店の窓辺では、灰色の羽が生えた猫のクロさんが丸くなって眠っていた。
店の奥では、子供くらいの大きさのゴロさんが、ゆっくり鉢を並べていた。
ヴァルトリアからもらった苗は、水を吸って、静かに葉を広げている。
私は白百合の向きをそっと直した。
ドラゴンも、ゴーレムも、花を大事にしてくれるなら、きっと一緒にいられる。
花屋が少しにぎやかになった。
やっぱり私は、花屋が好きだ。
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こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。




