第14話 隣国の花畑が困っていたので、ゴーレムを投げました
その朝、ロゼッタ花店の前で、町の人たちが話していた。
「隣の国で、古いゴーレムが動き出したらしいよ」
「ゴーレムですか?」
私は白百合を整える手を止めた。
「ああ。ヴァルトリアの山の方で眠っていたやつだって話だ。それが急に歩き出して、花畑を踏み荒らしてるらしい」
「花畑を」
私は顔を上げた。
花畑が踏まれている。
白い花も。
黄色い花も。
赤い花も。
土に埋まっているかもしれない。
「確認しに行かないと」
私がつぶやくと、ロゼッタさんが額を押さえた。
「ミリアちゃん。隣の国だよ」
「はい」
「遠いよ」
「はい」
「今、行く方法を考えた顔をしたね」
「しましたか?」
「したよ」
私は少し考えた。
遠い。
走ると時間がかかる。
馬車でも遅い。
でも、クロさんなら早い。
私は胸の奥に意識を向けた。
言葉というより、気持ちを送るように。
クロさん。
聞こえますか。
花畑が困っています。
少しして、遠くから返事のようなものが伝わってきた。
みりあ。
花、こまってる?
「はい。とても困っています」
ロゼッタさんが目を丸くした。
「ミリアちゃん、誰と話してるんだい」
「クロさんです」
「どこにいるんだい」
「たぶん、空です」
その時、王都の外から大きな翼の音が聞こえた。
ばさり。
ばさり。
町の人たちが一斉に空を見上げる。
「ドラゴンだ!」
「王都の上にドラゴンが来たぞ!」
「あれは、クロさんじゃないか?」
黒い翼が、王都の上空を大きく旋回していた。
でも、降りてこない。
王都には屋根が多い。
道も狭い。
人も多い。
クロさんが降りたら、たぶん屋根が壊れる。
それは困る。
「クロさん、そこで待っていてください」
私は店の前に出た。
「ミリアちゃん?」
「行ってきます」
「どこへ」
「花畑です」
私は地面を蹴った。
体がふわりと高く上がる。
下で町の人たちが声を上げた。
「飛んだ!」
「花屋の娘が飛んだぞ!」
私は屋根より高く跳び上がった。
クロさんが近づいてくる。
みりあ。
のる?
「はい。お願いします」
私はそのまま、クロさんの背中に着地した。
クロさんは少しだけうれしそうに鳴いた。
いく?
「はい。ヴァルトリアの花畑へお願いします」
クロさんは大きく翼を広げた。
次の瞬間、王都の風が大きく揺れた。
王都の屋根が下に流れていく。
城壁が遠ざかる。
山が近づく。
クロさんの背中は大きくて、温かい。
私は鱗にしっかりつかまった。
「急がせてすみません」
いい。
花、こまる。
たすける。
「ありがとうございます」
クロさんは、ぐるると小さく鳴いた。
しばらく飛ぶと、遠くにヴァルトリアの山が見えてきた。
山裾には、広い花畑が広がっている。
でも、その一部が荒れていた。
土がえぐれている。
花が倒れている。
そして、畑の真ん中に、巨大な影があった。
ゴーレムだ。
石でできた体。
太い腕。
岩のような足。
一歩動くたびに、花畑の土が沈む。
白い花が土に埋まる。
黄色い花が倒れる。
赤い花が踏まれる。
「ひどいです」
私は胸の奥がきゅっとなった。
クロさんが低く鳴いた。
ごーれむ。
花、ふむ。
「はい。止めます」
上から見ると、投げる場所が分かった。
少し離れたところに、花も畑もない岩場がある。
あそこなら、花を踏まない。
「あそこです。花のない岩場があります」
クロさんが、そちらへ首を向けた。
あっち。
「はい。あそこへ投げます」
クロさんが少しだけ目を丸くした。
なげる?
「はい」
私はクロさんの背から飛び降りた。
風が耳元を通り過ぎる。
地面が近づく。
ゴーレムの足元へ降りた瞬間、私は両手を伸ばした。
私はゴーレムの足をつかんだ。
重い。
とても重い。
けれど、ここに立たせておくわけにはいかない。
「花を踏まないでください」
ゴーレムは答えない。
古い石の体が、ぎしりと音を立てる。
私は足に力を入れた。
土が沈む。
花畑の端が揺れる。
「いきます」
私はゴーレムの足を持ち上げた。
巨大な体が、ゆっくり傾く。
農家の人たちが遠くで悲鳴を上げた。
でも、今は止まれない。
花のない方。
畑のない方。
岩場の方へ。
「えい」
ゴーレムは大きな弧を描いて飛んでいった。
どおん。
遠くの岩場に落ちた音が、山に響いた。
岩場に落ちたゴーレムは、しばらくぎしぎしと動いていた。
けれど、やがて静かになった。
花畑には、もうゴーレムの影はなかった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
風だけが花畑を通っていく。
私は踏み荒らされた花畑を見た。
全部は守れなかった。
でも、まだ残っている花も多い。
「よかったです」
クロさんが空から降りてきて、私の近くに首を下げた。
なげた。
ごーれむ。
とんだ。
「はい。飛びました」
クロさんは岩場を見て、それから私を見た。
みりあ、すごい。
「クロさんも教えてくれて助かりました」
ほめた?
「はい。ありがとうございます」
クロさんは少しうれしそうに喉を鳴らした。
ごろごろ。
その時、後ろの道から馬の音が聞こえてきた。
何頭もの馬が、こちらへ近づいてくる。
「ミリア!」
レオンハルト様の声だった。
レオンハルト様、アルフォンス殿下、ヴァレリウス王が、騎士たちと一緒に花畑へ駆けてきた。
三人は、花畑と、岩場と、私と、クロさんを順番に見た。
そして、遠くの岩場に転がっているゴーレムを見た。
アルフォンス殿下が最初に口を開いた。
「投げたね」
レオンハルト様が額を押さえた。
「投げましたね」
ヴァレリウス王は、岩場の方を見たまま低く言った。
「ゴーレムは、投げるものではない」
「でも、花畑にいましたので」
「だから理由になっているようで、なっていない」
レオンハルト様が私に近づいた。
「怪我はないか」
「はい」
「クロに乗って飛んでいったと聞いた」
「はい。早かったです」
「そういう問題ではない」
「でも、花畑が困っていたので」
レオンハルト様は何か言いかけて、踏み荒らされた花畑を見た。
そして、まだ残っている花を見た。
深く息を吐く。
「……助かったのは事実だな」
「はい」
ヴァレリウス王は黙って花畑を見ていた。
踏みつけられた跡。
倒れた花。
まだ残っている花。
泣きそうな顔で花を支えている農家の人たち。
私は近くの花にしゃがみ込んだ。
茎が倒れているものもある。
花びらが汚れているものもある。
でも、根が無事なものは多い。
「水をあげて、倒れた茎を支えれば、元気になる花もあります」
「本当かい?」
農家の人が駆け寄ってきた。
「はい。全部は難しいですが、まだ助かる花があります」
農家の人たちの顔が少し明るくなった。
その時、畑の向こうから三人の男の人が走ってきた。
見覚えがある。
白百合を買った人。
黄色い花を買った人。
大きな鉢植えを買った人。
ヴァレリウス王の密偵だった人たちだ。
三人は花畑を確認し始めた。
「白い花の区画は、まだ根が残っています」
「黄色い花は少し倒れていますが、茎は折れていません」
「こちらの赤い花は、支えを立てれば戻るかもしれません」
ヴァレリウス王がゆっくり振り返った。
「なぜお前たちは、花畑の被害確認ができるのだ」
三人はまじめな顔で答えた。
「ロゼッタ花店で学びました」
「また花屋か!」
山に声が響いた。
アルフォンス殿下が腹を抱えて笑った。
レオンハルト様は目を閉じていた。
私は少しうれしくなった。
「お花を覚えてくださったのですね」
三人は少しだけ気まずそうにした。
「少しだけです」
「白百合は扱いに注意が必要です」
「鉢植えは水をあげすぎない方がよいと教わりました」
「はい。大事です」
ヴァレリウス王は頭を抱えた。
「私の密偵が、花畑の手伝いをしている……」
「よいことだと思います」
「お前はそう言うだろうな」
ヴァレリウス王は疲れたように息を吐いた。
それから、私を見た。
「なぜ助けた」
「花畑が困っていたので」
「ここは、ルミナリアではない」
「はい」
「私の国だ」
「はい」
「それでも助けたのか」
「花畑なので」
ヴァレリウス王は、しばらく黙っていた。
眉間のしわはある。
けれど、前より少しだけ浅く見えた。
「……そうか」
小さな声だった。
「ミリア・ノクス」
「はい」
「礼を言う」
私は少し驚いた。
「はい」
「驚くな」
「すみません」
「謝るな」
ヴァレリウス王は、ふいと顔をそらした。
「花畑が残った。それは、悪くない」
「はい。よかったです」
クロさんが横で、ぐるると鳴いた。
よかった。
花、のこった。
「はい。クロさんもありがとうございます」
私はクロさんの鼻先をそっとなでた。
ごろごろ。
大きな喉の音が鳴る。
ヴァレリウス王はそれを見て、また少しだけ後ろへ下がった。
「……そのドラゴンにも、あとで礼を用意する」
クロさんの目が丸くなった。
れい。
ほめる?
「たぶん、褒めてくれるのだと思います」
ごろごろ。
クロさんはうれしそうだった。
アルフォンス殿下が笑いながら言った。
「伯父上、ついにドラゴンにも礼をするのですね」
「黙れ、アルフォンス」
「花屋とドラゴンに助けられる隣国の王。なかなか珍しい光景です」
「黙れと言っている」
レオンハルト様は、私を見て少しだけ表情をゆるめた。
「ミリア」
「はい」
「次からは、せめて行き先を言ってから飛んでいけ」
「分かりました」
「本当に分かったか」
「たぶん」
「たぶんじゃない」
私はうなずいた。
夕方。
ロゼッタ花店に戻ると、ロゼッタさんが店先で待っていた。
「ミリアちゃん」
「はい」
「隣国のゴーレムを投げたって聞いたよ」
「はい」
「花畑は?」
「全部ではありませんが、たくさん残りました」
「そうかい」
ロゼッタさんは、ほっとしたように息を吐いた。
「それなら、よかったよ」
「はい」
「でもね、ミリアちゃん」
「はい」
「隣の国でゴーレムを投げる花屋なんて、普通はいないよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「でも、花畑にいました」
「それは分かるけどねえ」
ロゼッタさんは少し笑った。
「まあ、花が残ったならいいかね」
「はい」
その夜。
私は店先の花を整えながら、ヴァルトリアの花畑を思い出した。
踏まれてしまった花。
まだ残っていた花。
花を支えていた農家の人たち。
花のことを覚えてくれていた密偵の人たち。
そして、礼を言ってくれたヴァレリウス王。
ルミナリアの花も、ヴァルトリアの花も、咲いている時は同じだ。
どこの国でも、花は花だ。
残ってよかった。
助けられてよかった。
私は白百合の向きをそっと直した。
やっぱり私は、花屋が好きだ。
ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。
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こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。




