第13話 王宮でお茶を飲んでいたら、隣国の王様が来ました
王宮の庭園で、お茶を飲んでいた。
白い丸い卓。
小さなお菓子。
香りのよいお茶。
そして、目の前にはアルフォンス殿下とレオンハルト様。
なぜこうなったのかというと、少し前、ロゼッタ花店の前に王宮の馬車が止まったからだ。
金色の飾りがついた、とても立派な馬車だった。
馬車から降りてきた使者は、深く頭を下げて言った。
「アルフォンス殿下が、王宮の庭園でお待ちです」
私は白百合を包む途中だった。
「今ですか?」
「はい」
「白百合が」
「殿下がお待ちです」
「水替えが」
「殿下がお待ちです」
気づけば、私は馬車に乗っていた。
そして今、王宮の庭園でお茶を飲んでいる。
王宮の庭園は、前に来た時よりも元気になっていた。
花びらの端が丸まっていない。
茎もまっすぐ立っている。
葉の色も明るい。
よかった。
「ミリア」
アルフォンス殿下が、楽しそうに私を見ていた。
「はい」
「君は本当に、庭園を見る時の顔が分かりやすいね」
「そうですか?」
「ああ。お茶より花を見ている」
「すみません」
「謝ることじゃないよ。君らしくていい」
レオンハルト様が、横で少しだけ眉を寄せた。
「殿下」
「何だい、レオン」
「あまり近づきすぎないでください」
「庭園でお茶を飲んでいるだけだよ」
「それでもです」
「相変わらず固いな」
「職務です」
「便利な言葉だね」
アルフォンス殿下は笑っている。
レオンハルト様は笑っていない。
私はお茶を一口飲んだ。
香りがよくて、少し落ち着く。
「それで、ミリア」
アルフォンス殿下が身を乗り出した。
「聞きたかったんだ。君は本当にドラゴンと友達になったのかい?」
「はい。クロさんです」
「クロちゃんではなく?」
「クロさんです」
「そこは大事なんだね」
「はい。お名前なので」
レオンハルト様が額を押さえた。
「問題はそこではありません」
「では、どこですか?」
「ドラゴンと友達になっているところだ」
「クロさんはいい子です」
「ドラゴンだ」
「はい。大きいです」
「大きさの話ではない」
アルフォンス殿下は、声を出して笑った。
「それで、クロさんは本当に喉を鳴らすのかい?」
「はい。ごろごろと鳴ります」
「猫のように?」
「はい。とても大きい猫みたいです」
「ドラゴンを猫みたいと言う人は初めて見たよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
レオンハルト様が静かに言った。
「普通は、ドラゴンを見たら逃げる」
「クロさんは逃げなくても大丈夫です」
「それは君だからだ」
「そうでしょうか」
「そうだ」
私は少し考えた。
クロさんは怖い顔をしている。
体も大きい。
翼も大きい。
尻尾も太い。
でも、頭をなでるとごろごろ鳴る。
やっぱり、いい子だと思う。
「では、今度クロさんに会ったら、レオンハルト様も頭をなでますか?」
「なぜそうなる」
「ごろごろ鳴るかもしれません」
「鳴らなくていい」
「でも、クロさんは喜ぶと思います」
「私は喜ぶとは限らない」
アルフォンス殿下は、さらに楽しそうに笑った。
「レオンがドラゴンの頭をなでるところは見てみたいな」
「殿下」
「きっと王都中の噂になる」
「やめてください」
「すでに、ドラゴンと友達の花屋の噂でいっぱいだけどね」
私は少し困った。
「私は、噂になりたいわけではありません」
「分かっているよ」
アルフォンス殿下は、少しだけ目を細めた。
「でも、君が何かするたびに、王都は明るくなる」
「そうですか?」
「ああ。魔物も、ドラゴンも、岩も、イナゴも。本来なら不安になる話だ。でも最後には、なぜか花屋の娘の話になっている」
「それは、少し困ります」
「どうして?」
「花屋なので、花の話の方がいいです」
アルフォンス殿下は笑った。
「やっぱり君は面白い」
その時だった。
「楽しそうだな」
低い声がした。
庭園の入口に、ひとりの男性が立っていた。
立派な衣装。
鋭い目。
眉間の深いしわ。
空気が少し変わった。
アルフォンス殿下が立ち上がる。
「ヴァレリウス伯父上」
レオンハルト様も、すぐに姿勢を正した。
私は慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「ロゼッタ花店のミリア・ノクスです」
「知っている」
低い声だった。
私は顔を上げた。
「私をご存じなのですか?」
「有名だからな」
「花屋としてですか?」
「……いろいろとな」
ヴァレリウス王。
隣国ヴァルトリアを治める王様。
オルディス王様のお兄様。
そう聞いたことがある。
ヴァレリウス王は、私をじっと見ていた。
「お前が、ミリア・ノクスか」
「はい」
「魔物を投げた娘」
「はい」
「ドラゴンを飛ばした娘」
「はい」
「川の岩を砕いた娘」
「はい」
「王宮庭園の不調を見抜いた娘」
「はい」
「イナゴをドラゴンで吹き飛ばした娘」
「クロさんが助けてくれました」
「そこではない」
ヴァレリウス王は眉間を押さえた。
レオンハルト様と少し似た仕草だった。
王族の人と騎士の人は、よく眉間を押さえるのかもしれない。
「伯父上」
アルフォンス殿下が軽い声で言った。
「せっかくです。お茶でもいかがですか?」
「私は茶を飲みに来たのではない」
「では、何をしに?」
「その娘を見に来た」
ヴァレリウス王は、まっすぐ私を見た。
「どんな怪物かと思っていた」
レオンハルト様の表情が硬くなった。
でも、私は少し首をかしげた。
「私は人間です」
「知っている」
「花屋です」
「それも聞いている」
「では、怪物ではないと思います」
ヴァレリウス王は黙った。
アルフォンス殿下が、少しだけ笑いをこらえている。
「伯父上、とりあえず座りませんか」
「……少しだけだ」
ヴァレリウス王は、そう言って席についた。
座る動作まで、どこか不機嫌そうだった。
私は、ヴァレリウス王の顔を見た。
鋭い目。
固い口元。
深い眉間のしわ。
怒っているようにも見える。
でも、疲れているようにも見えた。
私は卓の近くに飾られていた小さな花瓶を見た。
淡い青い花が挿してある。
青静花。
気持ちを少し静かにしたい時に、そばに置くとよい花だ。
「ヴァレリウス様」
「何だ」
「こちらの花を、近くに置いてもよろしいですか?」
「私に花を置くのか」
「はい」
「なぜ」
「眉間が疲れているようなので」
アルフォンス殿下が吹き出した。
レオンハルト様は目を閉じた。
ヴァレリウス王は、私をにらんだ。
「眉間が疲れるとは何だ」
「たぶん、怒りすぎです」
「私は怒ってなどいない」
「眉間がそう言っています」
「眉間は何も言わぬ」
「そうですか?」
「そうだ」
私は少し考えた。
花は言う。
でも、眉間は言わないのかもしれない。
難しい。
私は青静花の花瓶を、ヴァレリウス王の近くへそっと置いた。
「お茶と一緒に見ると、少し落ち着きます」
「私が落ち着いていないと言いたいのか」
「はい」
「正直だな」
「すみません」
「謝るくらいなら言うな」
「でも、落ち着いた方がよいと思いました」
ヴァレリウス王は花を見下ろした。
淡い青い花。
小さく、静かに咲いている。
彼はしばらく黙っていた。
「……以前、似た花を見た」
「そうなのですか?」
「部下が持ち帰った」
「花を買ってくださった方でしょうか」
「そうだ。なぜか三人とも花に詳しくなって帰ってきた」
「よかったです」
「よくない」
「花を好きになったのなら、よいことです」
「私は弱点を調べさせたのだ」
言ってから、ヴァレリウス王は少しだけ口を閉じた。
空気が変わった。
アルフォンス殿下の笑みが薄くなる。
レオンハルト様の手が、剣の柄に近づく。
私は首をかしげた。
「弱点ですか?」
ヴァレリウス王は、私を見た。
「お前は、怖くないのか」
「何がですか?」
「私が、お前を探らせたと聞いて」
「お花を買ってくださったので」
「そういう問題ではない」
「でも、花を粗末にしなかったので」
ヴァレリウス王は目を細めた。
「私は敵かもしれぬぞ」
「敵なのですか?」
私は聞いた。
ヴァレリウス王は、すぐには答えなかった。
「でも、今はお茶を飲んでいる方です」
「何?」
「お茶を飲んでいる時は、お茶を飲む方だと思います」
アルフォンス殿下が、とうとう声を出して笑った。
「ミリア、それはすごい考え方だね」
「そうでしょうか」
「伯父上をそう扱える人は、なかなかいないよ」
レオンハルト様は、まだ警戒したままだった。
「ミリア、相手は隣国の王だ」
「はい」
「そして、君を探らせたと言った」
「はい」
「もう少し警戒しろ」
「でも、今は花の近くにいます」
「それは警戒を解く理由にならない」
「そうなんですか?」
「そうだ」
ヴァレリウス王が、低く笑った。
さっきまでの怒ったような声ではなかった。
少し、力が抜けたような笑いだった。
「変な娘だ」
「すみません」
「謝るな。褒めてはいないが、怒ってもいない」
「難しいです」
「私もそう思っている」
ヴァレリウス王は、また青静花を見た。
眉間のしわが、ほんの少しだけ薄くなっている気がした。
「お前は、なぜ力を望まぬ」
「力ですか?」
「魔物を投げ、岩を砕き、ドラゴンまで従える力だ」
「クロさんは従っていません。友達です」
「そこは重要なのか」
「はい」
「……では、なぜその力で何かを得ようとしない」
「何かとは?」
「地位だ。名誉だ。金だ。望めば得られるだろう」
私は少し考えた。
地位。
名誉。
お金。
お金は花屋に必要だ。
でも、王様になりたいわけではない。
偉くなりたいわけでもない。
「私は、花屋なので」
ヴァレリウス王は黙った。
「花を売って、買ってくださった人が少し笑ってくれれば、うれしいです」
「それだけか」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「魔物を投げられるのに?」
「はい」
「ドラゴンと友達なのに?」
「はい」
「岩も砕けるのに?」
「はい」
「花屋でいいのか」
「花屋がいいです」
ヴァレリウス王は、長く息を吐いた。
怒った息ではなかった。
疲れたような、あきらめたような息だった。
「分からぬ」
「すみません」
「だから謝るな」
アルフォンス殿下が、楽しそうに頬杖をついた。
「伯父上、ミリアは本当にこういう子ですよ」
「そのようだな」
ヴァレリウス王はお茶を一口飲んだ。
それから、また花を見た。
「この花は、何という」
「青静花です」
「せいせいか?」
「はい。気持ちを静かにしたい時に、そばに置くとよい花です」
「……腹立たしい名だな」
「そうですか?」
「今の私に合いすぎている」
「では、よかったです」
「よくはない」
でも、ヴァレリウス王は花瓶を遠ざけなかった。
アルフォンス殿下が笑った。
「伯父上、その花、お似合いですよ」
「黙れ、アルフォンス」
「眉間にも効いているようです」
「黙れと言った」
レオンハルト様は、まだ少し警戒しているが、さっきよりは肩の力が抜けていた。
「ミリア」
ヴァレリウス王が私を見た。
「はい」
「お前は、私が何者か知っているか」
「隣の国の王様です」
「それだけか」
「オルディス王様のお兄様です」
「他には」
「眉間が疲れている方です」
アルフォンス殿下がまた吹き出した。
レオンハルト様は小さくため息をついた。
ヴァレリウス王は私をにらんだ。
でも、前ほど怖くはなかった。
「覚えておけ。私は甘い王ではない」
「はい」
「お前を利用しようとする者もいる」
「はい」
「花を買う者が、全員善人とは限らぬ」
「はい」
「警戒しろ」
私は少し驚いた。
「心配してくださっているのですか?」
「違う」
「違うのですか?」
「違う」
「そうですか」
ヴァレリウス王は、お茶をもう一口飲んだ。
「……少しは心配している」
とても小さな声だった。
「ありがとうございます」
「礼を言うな。調子が狂う」
「はい」
私はうなずいた。
よく分からない人だ。
怖そうで、怒っていそうで、でも少しだけ心配してくれる。
青静花が似合っている。
私はそう思った。
お茶会が終わる頃、ヴァレリウス王は立ち上がった。
「帰る」
「もうですか?」
「十分見た」
「何をですか?」
「花屋をだ」
「花は見ましたか?」
「……見た」
「よかったです」
ヴァレリウス王は一瞬だけ黙った。
それから、青静花を指さした。
「これは、持ち帰ってもよいのか」
「はい。お水に挿してください」
「水だな」
「はい。茎を少し斜めに切ると、水を吸いやすいです」
「斜めに」
「はい」
ヴァレリウス王は真面目な顔でうなずいた。
その顔が、前に来た密偵のお客さんたちに少し似ていた。
「……なぜ私まで花の扱いを聞いているのだ」
「花を持ち帰るので」
「それはそうだが」
アルフォンス殿下が笑った。
「伯父上、花が好きになりましたか?」
「黙れ」
「否定はしないのですね」
「黙れと言っている」
ヴァレリウス王は青静花を手に取った。
乱暴には扱わなかった。
花びらを傷つけないように、少しだけ慎重に持っている。
私はそれを見て、少しうれしくなった。
ヴァレリウス王は帰り際、私を見た。
「ミリア・ノクス」
「はい」
「私は、お前をまだ信用したわけではない」
「はい」
「だが」
「はい」
「花は悪くない」
「ありがとうございます」
「お前のことではない」
「はい?」
「花のことだ」
「はい」
ヴァレリウス王は背を向けた。
少しだけ、来た時よりも眉間のしわが薄い気がした。
お茶と花は、すごい。
そう思った。
ロゼッタ花店に戻ると、ロゼッタさんが待っていた。
「おかえり、ミリアちゃん」
「ただいま戻りました」
「王宮のお茶会はどうだった?」
「王様が来ました」
「王様?」
「隣の国の王様です」
「また大きな話になってるねえ」
「青静花を持って帰ってくださいました」
「花を?」
「はい」
「そうかい」
ロゼッタさんは少しだけ笑った。
「王様でも、花を大事にしてくれるなら悪くないね」
「はい」
その夜。
私は店先の花を整えながら、王宮の庭園を思い出した。
アルフォンス殿下の笑い声。
レオンハルト様の心配そうな顔。
ヴァレリウス王の眉間のしわ。
そして、青静花。
怒っている人も、疲れている人も、花をそばに置けば少しだけ落ち着くことがある。
隣の国の王様でも、同じなのかもしれない。
私は白百合の向きをそっと直した。
やっぱり私は、花屋が好きだ。
ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。
https://ncode.syosetu.com/n2477md/
こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。




