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馬車を持ち上げただけなのに、危険人物として牢屋に入れられました  作者: momotarou


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11/12

第12話 イナゴが来たら、クロさんが助けてくれました

 その朝、ロゼッタ花店に来たお客さんは、花ではなく空を見ていた。


「黒い雲みたいだったよ」


「雲ですか?」


「いや、雲じゃない。イナゴだ。山の方から、ものすごい数が飛んできてる」


 私は手に持っていた白百合を止めた。


 イナゴ。


 花も葉も食べる虫だ。


 一匹なら小さい。


 でも、大量に来ると、花畑も穀物畑も食べられてしまう。


「花畑は大丈夫ですか?」


「分からないねえ。けど、農家の人たちが大騒ぎしてるって話だよ」


 ロゼッタさんの顔が険しくなった。


「この前は水不足で、今度はイナゴかい」


「困ります」


「困るねえ」


 花畑が食べられる。


 穀物畑も食べられる。


 そうしたら、花が届かなくなる。


 ご飯も少なくなる。


 それは、とても困る。


「ロゼッタさん」


「行くんだね」


「はい」


「だろうと思ったよ」


 ロゼッタさんは、もう止めなかった。


 代わりに、私の肩をつかんだ。


「いいかい、ミリアちゃん」


「はい」


「虫を追い払うのはいい」


「はい」


「でも、畑を吹き飛ばすんじゃないよ」


「はい」


「山も飛ばさない」


「はい」


「王都の屋根も飛ばさない」


「はい」


「それと、無理はしないこと」


「はい」


 私はうなずいた。


 花店を出て、山の方へ向かった。


 王都の外へ出ると、すぐに分かった。


 空の端が黒い。


 雲ではない。


 細かく動いている。


 イナゴの群れだった。


 ばさばさ、ざわざわと、嫌な音が遠くから聞こえる。


 花畑の方へ急ぐと、農家の人たちが布を振ったり、煙を焚いたりしていた。


「こっちへ来るな!」


「畑を守れ!」


「穀物の方にも回ってるぞ!」


 でも、イナゴは多すぎた。


 黒い群れが、花畑の上を覆っている。


 花びらが揺れる。

 葉が食べられる。

 茎が折れる。


「やめてください」


 私は思わず畑へ走った。


 両手で虫を払う。


 風を起こすように腕を振る。


 何匹かは飛んでいく。


 でも、すぐに別の群れが戻ってくる。


 多すぎる。


 花が食べられていく。


 このままでは、花畑がなくなってしまう。


「困りました」


 私がつぶやいた時だった。


 空から、大きな影が落ちた。


 ばさり。


 強い風が吹いた。


 私は顔を上げる。


 黒い翼。

 長い首。

 太い尻尾。

 赤い目。


「クロさん」


 クロさんが空から降りてきた。


 大きな体を低くして、私の前に首を下げる。


 みりあ。


 こまってる?


「はい。イナゴが多すぎます」


 むし。


 いっぱい。


 花、たべる。


「はい。花も、穀物も食べられてしまいます」


 クロさんは畑を見た。


 黒い群れが、花の上をうごめいている。


 クロさんの目が少し細くなった。


 花。


 守る。


「はい。守りたいです」


 クロさんは翼を広げた。


 ばさり。


 大きな風が起きた。


 イナゴの群れが押し流される。


 農家の人たちが声を上げた。


「ドラゴンだ!」


「風が!」


「イナゴが飛ばされたぞ!」


 でも、だめだった。


 群れは少し散っただけで、また黒い雲のように戻ってくる。


 クロさんがもう一度羽ばたいた。


 ばさり。


 またイナゴが流れる。


 でも、多すぎる。


 後ろから後ろから、次の群れがやってくる。


「風が足りません」


 私は畑を見た。


 このままでは、押し返すだけで終わってしまう。


 もっと大きな風が必要だ。


 畑のない岩場の方へ、まとめて吹き飛ばすくらいの風が。


 私はクロさんを見た。


「クロさん」


 クロさんが、びくっとした。


 なに?


「少しだけ、力を貸してください」


 クロさんは、黒いイナゴの群れを見た。


 それから、私を見た。


 すこし。


 すこしなら。


「ありがとうございます」


 私はクロさんの尻尾を両手でつかんだ。


 クロさんの体が、びくっと震える。


 ぐるぐる。


 こわい。


「大丈夫です。畑のない岩場の方へ飛ばします」


 私は遠くの岩場を指さした。


「あちらです」


 クロさんは、ぎゅっと目を閉じた。


 すこし。


 すこしだけ。


「いきます」


 私は足を踏ん張った。


 そして、その場で回った。


 一回。


 クロさんの翼が風をつかむ。


 二回。


 大きな風が畑の上を走る。


 三回。


 イナゴの群れが、黒い布のように空へ持ち上がった。


「すごいです、クロさん」


 ほめた。


 でも、ぐるぐる。


 こわい。


「もう少しだけです」


 私は向きを整えた。


 畑ではない方。


 花のない方。


 穀物のない方。


 岩場の方へ。


 もう一回。


 ぐるん。


 風がうねった。


 イナゴの群れが、空中で大きく流される。


 もう一回。


 ぐるん。


 黒い雲のような群れが、畑を離れ、岩場の方へ押し流されていった。


 農家の人たちが空を見上げる。


「飛んでいくぞ!」


「畑から離れた!」


「花が残った!」


 私はクロさんから手を離した。


「終わりました」


 クロさんは、ふらふらしながら地面に降りた。


 大きな体が、どすんと座り込む。


 ぐるぐる。


 おわった?


「終わりました」


 私は地面を蹴って跳んだ。


 ふわりと空へ上がり、クロさんの頭の上に着地する。


 クロさんは目を丸くした。


 あたま。


 のった。


「はい。よく頑張りました」


 私は角の間に座り、クロさんの頭をそっとなでた。


 大きな鱗は硬い。


 でも、少し温かい。


「クロさんは、いい子です」


 ごろごろ。


 低い音が、クロさんの喉の奥から響いた。


 猫みたいだ。


 とても大きいけれど。


 うれしい。


 ほめた。


 もっと。


「はい。いい子です」


 私はもう一度、頭をなでた。


 ごろごろ。


 クロさんの喉の音が大きくなる。


 農家の人たちは、畑の前で固まっていた。


 無理もない。


 花畑の前にドラゴンがいて、その頭の上に私が座っている。


 たぶん、普通ではない。


 でも、イナゴはいなくなった。


 花はまだ残っている。


 穀物畑も、何とか助かりそうだ。


「よかったです」


 私は胸をなで下ろした。


 その時、馬の蹄の音が聞こえた。


「状況は!」


 よく通る声。


 レオンハルト様だった。


 騎士たちを連れて、畑の方へ駆けてくる。


 そして、私とクロさんを見て止まった。


 レオンハルト様は、ゆっくり目を細めた。


「ミリア」


「はい」


「なぜドラゴンの頭に乗っている」


「褒めています」


「何を」


「クロさんが頑張ったので」


 クロさんが、またごろごろと喉を鳴らした。


 レオンハルト様は額を押さえた。


「その音は何だ」


「喜んでいます」


「ドラゴンが?」


「はい」


「……そうか」


 レオンハルト様は、少しだけ遠い目をした。


 騎士の一人が空を指さす。


「副団長、イナゴの群れは岩場の方へ流れています!」


「畑への被害は?」


「一部は食われましたが、大半は無事です!」


「よし。農家の確認を手伝え」


「はっ!」


 騎士たちが動き出す。


 農家の人たちも、ほっとしたように畑へ戻っていった。


 レオンハルト様は私を見た。


「君がやったのか」


「はい。クロさんと一緒に」


「クロさん」


「はい。友達のドラゴンです」


 周囲が静かになった。


 騎士たちも、農家の人たちも、レオンハルト様も、みんな私を見ている。


「ミリア」


「はい」


「今、友達のドラゴンと言ったか」


「はい」


「ドラゴンは、普通、友達になるものではない」


「そうなんですか?」


「そうだ」


 私はクロさんを見た。


 クロさんは、少しだけ首をかしげていた。


 ともだち。


 そんな気持ちが、ふわりと伝わってくる。


「でも、クロさんは友達です」


 クロさんが、少しうれしそうに喉を鳴らした。


 ごろごろ。


 レオンハルト様は額を押さえた。


「……王都の防衛記録に、何と書けばいいんだ」


「イナゴを追い払いました、でいいと思います」


「そこではない」


 レオンハルト様は深く息を吐いた。


「畑を救ったことには感謝する」


「はい」


「クロにも礼を言わなければならないな」


 クロさんが、ぴくりと動いた。


 れい。


 ほめる?


 レオンハルト様はクロさんを見上げた。


「ありがとう、クロ」


 クロさんの目が丸くなる。


 ほめた。


 きし。


 ほめた。


 うれしい。


 ごろごろ。


 また低い音が響いた。


 レオンハルト様が一歩下がった。


「……本当に喜んでいるのか」


「はい」


「分かりにくいな」


「そうでしょうか」


「ドラゴンだからな」


 私はクロさんの頭をなでた。


 クロさんは大きい。


 怖い顔をしている。


 でも、褒められると喜ぶ。


 頭をなでると、猫みたいに喉を鳴らす。


 とても良いドラゴンだ。


 夕方。


 ロゼッタ花店に戻ると、ロゼッタさんが店先で待っていた。


 腕を組んでいる。


「ミリアちゃん」


「はい」


「イナゴを追い払ったって聞いたよ」


「はい」


「ドラゴンもいたって?」


「はい。クロさんです」


「クロさん」


「友達です」


 ロゼッタさんは、しばらく黙った。


「……ミリアちゃん」


「はい」


「花屋が、ドラゴンの友達を作って帰ってくるんじゃないよ」


「でも、クロさんはいい子です」


「いい子でもドラゴンだよ」


「はい。大きいです」


「大きいとか、そういう話じゃないんだよ」


 ロゼッタさんは大きく息を吐いた。


「で、畑は?」


「全部ではありませんが、たくさん残りました」


「そうかい」


 ロゼッタさんの表情が少しやわらいだ。


「それなら、よかったよ」


「はい」


「でもね、ミリアちゃん」


「はい」


「友達のドラゴンを、あんまり怖がらせるんじゃないよ」


「はい」


「助けてもらったなら、ちゃんと大事にするんだよ」


「はい。クロさんはいい子です」


「それなら、なおさらだよ」


 私はうなずいた。


 クロさんは怖がりながらも、力を貸してくれた。


 次に会ったら、また頭をなでようと思った。


 その夜。


 私は店先の花を整えながら、今日のことを思い出した。


 黒いイナゴの群れ。


 食べられそうになった花畑。


 怖がりながらも、少しだけ頑張ってくれたクロさん。


 ごろごろと喉を鳴らしていた音。


 花が残ってよかった。


 畑が残ってよかった。


 クロさんが、少しだけ怖いことを乗り越えてくれてよかった。


 私は白百合の向きをそっと直した。


 やっぱり私は、花屋が好きだ。

ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。

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こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。

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