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馬車を持ち上げただけなのに、危険人物として牢屋に入れられました  作者: momotarou


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第11話 弱点を探しに来た密偵たちは、花が好きになりました

 ロゼッタ花店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 私はいつものように顔を上げた。


 入ってきたのは、見慣れない男の人だった。


 黒い髪。

 目立たない服。

 静かな足取り。


 旅人に見える。


 でも、花屋に来た人にしては、少しだけ固い顔をしていた。


「こちらに、ミリア・ノクスという娘はいるか」


「私です」


 男の人は、ほんの少しだけ目を見開いた。


「あなたが」


「はい。お花をお探しですか?」


「……そうだ」


 少し間があった。


「花を買いに来た」


「ありがとうございます」


 私は店先の花を見た。


「どなたに贈るお花ですか?」


「それは……」


 男の人は困ったように黙った。


 贈る相手を考えていなかったのかもしれない。


「ご自宅用ですか?」


「そうだ」


「では、落ち着く花がよいでしょうか」


「落ち着く花」


「はい。少しお疲れのようなので」


 男の人は黙った。


 図星だったのかもしれない。


 私は白百合を一本手に取った。


「白百合は、静かな場所に合います。花びらが傷みやすいので、あまり強く触らない方がいいです」


「……なるほど」


「お水は清潔なものに替えてください。茎は少し斜めに切ると、水を吸いやすくなります」


「斜めに」


「はい」


 男の人は、なぜか真剣に聞いている。


「お包みしますか?」


「ああ」


「ありがとうございます」


 私は白百合を丁寧に包んだ。


 その様子を、男の人はじっと見ていた。


「君は、どの花が好きだ」


「どの花にも、いいところがあります」


「一番好きな花は」


「一番ですか」


「そうだ」


 私は少し考えた。


 白百合は静かで好きだ。

 黄色い花は明るくて好きだ。

 青い花は落ち着く。

 赤い花は元気が出る。

 小さな野花もかわいい。


「難しいです」


「難しい?」


「はい。どの花も好きなので」


 男の人は、さらに困った顔になった。


 私は首をかしげた。


「白百合ではいけませんか?」


「いや。いけなくはない」


「では、白百合です」


 私は包んだ花を渡した。


「ありがとうございました」


 男の人は花を受け取った。


 しばらく花を見ていた。


 それから、小さく言った。


「……悪くない」


「はい。いい花です」


 男の人は何か言いかけて、やめた。


 そして、静かに店を出ていった。


 奥で見ていたロゼッタさんが、少し目を細めた。


「ミリアちゃん」


「はい」


「今のお客さん、ちょっと変だったねえ」


「そうですか?」


「花を買いに来た顔じゃなかったよ」


「でも、白百合を買ってくださいました」


「それはそうだけどねえ」


 ロゼッタさんは、店の外をちらりと見た。


「今日は、少し気をつけな」


「はい」


 私はうなずいた。


 何に気をつければいいのかは、よく分からなかった。


 少しして、また扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 今度入ってきたのは、明るい顔をした若い男の人だった。


 にこにこしている。


 けれど、その笑顔は少し固かった。


「花を買いに来たんだ」


「ありがとうございます」


「明るい花がいいな。明るくて、元気で、こう、ぱっとしたやつ」


「贈り物ですか?」


「ああ。まあ、そんなところだ」


「どなたに?」


「それは……大切な相手だ」


 少しだけ声が上ずった。


 私は店先の黄色い花を見た。


「では、黄色い花を少し入れるといいと思います」


「黄色い花」


「はい。部屋に置くと明るくなります」


「なるほど」


「でも、明るすぎると疲れてしまうこともあるので、白い花を少し合わせます」


「疲れる」


「はい。無理に明るくしなくても大丈夫なので」


 男の人の笑顔が少し止まった。


「……無理に、か」


「はい」


「そう見えるか?」


「少しだけ」


 私は花を選びながら言った。


「こちらの花は、明るいけれど強すぎません。こちらの白い花と合わせると、少しやわらかく見えます」


 男の人は黙って花を見た。


「それを頼む」


「はい」


 私は黄色い花と白い花を合わせた。


 紙で包み、リボンを結ぶ。


「できました」


 男の人は花束を受け取った。


 さっきまでの作ったような笑顔ではなく、少しだけ普通の顔になっていた。


「……花というのは、思ったより難しいな」


「そうですか?」


「ああ。だが、悪くない」


「ありがとうございます」


 男の人は代金を置いて、店を出ていった。


 ロゼッタさんが、また目を細めた。


「二人目だねえ」


「二人目?」


「何でもないよ」


 そして昼過ぎ。


 三人目が来た。


 今度は大柄な男の人だった。


 肩幅が広く、腕も太い。


 いかにも力がありそうな人だ。


「いらっしゃいませ」


「あの鉢は売り物か」


 男の人は、店の隅に置いてある大きな鉢植えを指さした。


「はい。売り物です」


「重そうだな」


「少し重いです」


「持てるか」


「はい」


「では、見せてくれ」


「分かりました」


 私は鉢植えの横へ行き、片手で持ち上げた。


 鉢の中には土がしっかり入っている。


 花も葉も元気だ。


「こちらです」


 私は男の人の前に置いた。


 男の人は、鉢を見たまま固まった。


「どうしましたか?」


「……片手で」


「はい?」


「いや、何でもない」


「お持ち帰りになりますか?」


「……そうだな」


「この子は日当たりが好きですが、強すぎる日差しは少し苦手です。朝の光が入る場所がいいと思います」


「朝の光」


「はい。水はあげすぎないでください。土の表面が乾いてからで大丈夫です」


「水をあげすぎない」


「はい」


 男の人は、ものすごく真剣な顔でうなずいた。


「分かった」


「お持ちになりますか?」


「持つ」


 男の人は鉢を持とうとした。


 少し持ち上がった。


 でも、すぐに腕が震えた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


「無理をすると腰を痛めます」


「……大丈夫ではないかもしれない」


「では、店の外まで運びますね」


 私は鉢を持ち上げ、男の人の荷車まで運んだ。


 男の人は何も言わなかった。


 ただ、荷車に乗せた鉢をじっと見ていた。


「ありがとうございました」


「……こちらこそ」


 男の人は、なぜか少し深く頭を下げた。


 それから店を出ていった。


 ロゼッタさんが腕を組んだ。


「ミリアちゃん」


「はい」


「今日は、やけに目立たない客が多いねえ」


「目立たないのに、多いのですか?」


「そういう意味じゃないよ」


「そうですか」


「たぶん、あれは普通のお客じゃないね」


「でも、お花を買ってくださいました」


「それはそうだけどね」


 ロゼッタさんはため息をついた。


「花を買うなら、お客だよ。けど、うちの子を変なことに巻き込むんじゃないよ」


「はい?」


「こっちの話だよ」


 私は首をかしげた。


 その日の夕方。


 ロゼッタ花店は、いつもより少しだけ売り上げがよかった。


 白百合。

 黄色い花。

 大きな鉢植え。


 変わったお客さんが多かったけれど、みんなちゃんと花を買ってくれた。


 それなら、よい日だったと思う。


 そのころ。


 ヴァルトリア王国の王宮では、ヴァレリウス王が報告を待っていた。


 玉座の前には、三人の密偵が並んでいる。


 セリオ。

 明るいふりをしていた密偵。

 大柄な密偵。


 三人とも、なぜか花を持っていた。


 ヴァレリウス王は、それを見て眉を寄せた。


「なぜ全員、花を持っている」


「怪しまれないために購入しました」


 セリオが答えた。


「それは命じた」


「はい」


「だが、なぜそんなに大事そうに持っている」


 三人は少し黙った。


 セリオが先に口を開く。


「白百合は、花びらが傷みやすいため、扱いに注意が必要です」


「ミリア・ノクスの弱点を聞いているのだ」


「はい」


「白百合の説明ではない」


「ですが、白百合を粗末に扱うと、悲しそうな顔をする可能性があります」


「それは弱点なのか?」


「判断が難しいです」


 ヴァレリウス王は額に手を当てた。


「次」


 明るいふりをしていた密偵が前に出た。


「黄色い花は、部屋を明るく見せる効果があります」


「花の説明はいらん」


「白い花と合わせると、明るすぎず、やわらかくなるそうです」


「だから花の説明はいらんと言っている」


「しかし、ミリア・ノクスは相手に合わせて花を選びます」


「それが何だ」


「客は、だいたい買います」


「商売が上手いだけではないか!」


「はい。かなり上手いと思われます」


 ヴァレリウス王は、また頭が痛くなった。


「次」


 大柄な密偵が、鉢植えの横に立った。


「大きな鉢植えを確認しました」


「ほう。力の正体は分かったか」


「分かりません」


「なぜだ」


「片手で持っていました」


「誰が」


「ミリア・ノクスが」


「……そうか」


「私も持とうとしましたが、腰を痛めそうになりました」


「お前は何をしている」


「申し訳ございません」


「それで、弱点は?」


「この鉢植えは、強すぎる日差しが苦手です」


「鉢植えの弱点を聞いているのではない!」


 広間に声が響いた。


 側近たちが肩を震わせる。


 密偵たちは真面目な顔をしている。


 真面目な顔なのが、余計に悪い。


「私は、花屋の娘の弱点を探れと言った」


「はい」


「なぜお前たちは、花に詳しくなって帰ってくる」


「花屋でしたので」


「それは分かっている!」


 ヴァレリウス王は玉座の肘掛けを叩いた。


「好きな花は分かったのか」


 セリオが答えた。


「どの花にも、いいところがあるそうです」


「一番好きな花は」


「難しいとのことです」


「難しい?」


「はい」


「なぜ花屋の好きな花を調べるだけで難航するのだ」


「全て好きなようです」


「全て」


「はい」


 ヴァレリウス王は天井を見上げた。


 まただ。


 また分からない。


「では、嫌いな花は」


「確認できませんでした」


「弱点は」


「花を粗末にされると、悲しむ可能性があります」


「それ以外は」


「ありません」


「本当にないのか」


 三人は顔を見合わせた。


「花を買いに来た客には、とても親切です」


「疲れている相手には、落ち着く花を選びます」


「鉢植えは店の外まで運んでくれます」


「報告が、ただの感想になっている!」


 ヴァレリウス王は叫んだ。


 その時、セリオが一歩前に出た。


「陛下」


「何だ」


「こちらを」


 セリオは、淡い青い花を差し出した。


 ヴァレリウス王は目を細めた。


「これは何だ」


「ロゼッタ花店の花です」


「なぜ持ってきた」


「陛下には、少し気持ちを落ち着ける花がよいかと」


「誰が選んだ」


「ミリア・ノクスです」


「なぜ私のための花を選んでいるのだ!」


 ヴァレリウス王の声が広間に響いた。


 セリオはまじめな顔で答えた。


「店主のロゼッタという女性に、誰に贈るのか聞かれました」


「それで」


「少し怒りっぽい方、と答えました」


「お前は何を答えている!」


「するとミリア・ノクスが、この花がよいと」


「余計なことを!」


 ヴァレリウス王は花束をにらんだ。


 淡い青い花だった。


 小さくて、静かな色をしている。


 にらんでいるうちに、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


「……悪くない」


「陛下?」


「何でもない!」


 ヴァレリウス王は花束から目をそらした。


「よいか。次こそは、必ず弱点を探れ」


「はっ」


「花の育て方ではない」


「はっ」


「花束の作り方でもない」


「はっ」


「ミリア・ノクスの弱点だ」


「かしこまりました」


 三人の密偵は深く頭を下げた。


 ただし、帰り際にセリオは白百合をそっと抱え直した。


 明るいふりをしていた密偵は、黄色い花の香りを少しだけかいだ。


 大柄な密偵は、鉢植えの置き場所について真剣に考えていた。


 ヴァレリウス王は、それを見て頭を抱えた。


「なぜ私の密偵まで、花を好きになっているのだ……」


 誰も答えられなかった。


 そのころ。


 ロゼッタ花店では、私は店先の花を整えていた。


「ミリアちゃん」


「はい」


「今日のお客さんたち、また来るかもしれないねえ」


「はい。お花を気に入ってくださったなら、うれしいです」


「そうだねえ」


 ロゼッタさんは、少しだけ笑った。


 私は白百合の向きをそっと直した。


 今日も花が売れた。


 誰かが花を持って帰ってくれた。


 それなら、やっぱり良い日だと思う。

ポイントを入れていただけると、大きな励みとなります。おもしろければ入れてください。

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こちらの作品もおもしろいと思います。お読みいただければ有難いです。

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