草凪ソプラはペットになる2
☆★
天ネェ監視の元、ソプラは俺の横に座り、ほっぺすりすり。
俺は麻痺して動けなかった。
潤んだ瞳で、「だめ?」と聞かれて、
「いゃ……」と、俺が言葉を紡ごうとすると、
泣き出しそうな顔をされた結果である。
天ネェからも、「ペットである以上、最低限遊んであげなきゃ、だめよ……」と、苦渋の決断をするみたいに、声を絞り出す始末。
天ネェの情緒が迷走していた。
「カナデだ。カナデだ。いい匂い……うへへ」
嗅いでもらうなら、詩にゃんが良い。
詩にゃんだったら喜べた。
「もう、いいよね? 離れようね」
ソプラはむっと不機嫌になる。
「Нет(やだ)!」
とにかく甘えてくる。
「ロシア語を使うなよ、何言ってんのかマジでわからない」
「Нет(やだ)」
プイと顔を背けた。
よし、拒絶の意味を意味する単語か何かだな。
ニェーッは、ニャーって聞こえて、少し可愛いと思いました。
今度詩にゃんに言ってもらう。
「他のМилашка(可愛い子)考えてる……」
ミラーシュカを考える、他の?
詩にゃんのことしか考えてないぞ?
「そもそも、ペットだ、なんだって言ってるのは、母さんと天ネェだから俺は関係ないだろう」
「……ソプラはカナデが好きだよ。それを自覚したときには遅かったし、カナデを傷つけてた」
急に滑らかに日本語喋り出したよ。今までのわざとかよ。
「ずっと謝りたくても、勇気が持てなかった。拒絶されるのが怖いと思ったから」
自分から拒絶した相手に、拒絶されることを恐れる。
それがどんな気持ちか俺には分からない。
「あの時、カナデの言葉、ソプラに近づくために作った、嘘だと思った」
俺の八年間の片思いを、特急工事のハリボテだと思っていたと。それを『気持ち悪い』と評する気持ちは分からないでもない。
要は見た目が良い留学生に近く言い訳。
昔、縁のあった相手が下心を隠すような嘘をついて、近づいてきたと思って幻滅した。
それでも、酷いこと言われた気もするが、もう水に流したのだから考えるのは止めよう。
「それで、酷いこと言った。ごめんなさい」
ソプラは俺から離れ、真正面に正座して、頭を下げてきた。
「もう、その件は水に流したから、頭を上げてくれ」
「許してくれる?」
「幼い時みたいに仲良くはできないと思うけど……」
「だから、ペットになるんだよ。一方的にカナデを愛してよくていい立場。カナデは気が向いた時に餌をくれたらいいし、くれなくてもいい」
だから、理屈がおかしいんだよな。
「はいはいはーい、もうタイムアウト。お姉さん、我慢の限界。かなでに抱きつくのはお姉さんのターン!」
俺の右側から天ネェが抱きついてくる。
「アマネ、ズルい! ソプラも!」
「かなで、コレはペットよ。頭よしよしまでの関係だからね。詩子ちゃんと真鈴ちゃんしか、お姉さんは妹として認めてないからね」
「アマネ、ソプラが嫌いなの?」
銀髪少女ソプラちゃんは、天ネェに潤んだ瞳を向けていた。
「べ、別に嫌いとか、思ってないわよ!」
「ずっと、ソプラのこと、コレとか、アンタとか、呼ぶもん」
「それは……お姉さんが悪かったと思う。ごめん、ソプラちゃん」
「じゃあ、ハグしてほしいな」
ソプラは甘えた口ぶりだった。
君ら、険悪なのか仲良しなのか、どっちなの?
天ネェは俺を抱きつくのを止めて、ソプラを抱きしめた。
最近、素直にお姉さんに甘えられない俺にとっては、貴重な時間だったことは言わないでおこう。
「ぎゅ~、これでいい?」
「頭もよしよしして」
「はいはい、お姉さん、とても複雑な気持ち」
ソプラは天ネェによしよしされて、ニンマリ笑う。
「カナデも、よしよし、してくれないの?」
「天ネェで我慢してくれ。俺のは予約済みなんだよ」
正確には予約受付中なんだけどね。枠に限りがあるから、すぐ済になる予定。
「アマネを独り占めしちゃうよ。いいの?」
「どうぞ」
俺にも、「ペットだよ」と意識付けたいみたいだが、そうはいかない。
どうして、「八木家のペット」に就任することになったのかは知らない。
姉と母、本人とその母親が認めてしまっている以上、俺の意見は通らない。
下手に、嫌だ、変だ、間違ってる、なんて言えない。何も知らずに、知ろうとせずに否定されるのは傷付くことだ。
じゃあ、理由を聞く?
聞いたて、もし、俺が納得しちゃったらどうする。
まりんの「失恋したい」を聞いちゃうほどよ。
たぶん、理にかなってたら、受け入れると思う。
「アマネって、色々と柔らかくて好きかも。それにいい匂い」
「お姉さん、甘えられるのに……もしかして、弱い?」
ソプラは俺に見せつけるように、天ネェに甘え始めた。
「――ひゃ、なにしてるの!」
ぺろりと、味を確かめ、ソプラは舌を見せる。
「カナデも、甘やかしてもいいんだよ。ソプラはペットだから」
俺に挑発するかのように、微笑みかけてきた。
過去のことは、ペットになったから、もうチャラだよね。
そう、アピールしているようにも見える。
「あー、言っておくが、俺はもう、ソプラには恋愛感情がないからね、他に好きな人がいるから……」
「それでも、いいよ。愛してもらえなくても、ソプラがカナデを愛したいだけだから」
安らいだ柔らかい微笑みを浮かべていた。
俺の今のレベルでは、片想い宣言に対するカウンターは決められなかった。
未来は明るいほうがいい。
明るい未来だと信じて、ペットに就任した片想いの女の子。
なんて言葉を返せばいいか、答えを知っているなら、誰か教えてほしい。




