エルフの冒険者さん
「お客様でしょうか?」
「奴にも客くらいはくるじゃろう」
ここへ入れている以上、バミが設けた基準を乗り越えている客であるはずだ。
スペルティアに危険があるわけでもなし、グレイは然程興味なかった。
とても失礼な考えであるが、クルムからすれば、怪我をした者以外がスペルティアを訪ねているのは意外である。なにせスペルティアは事あるごとに金をむしり取ろうとして来るのだ。
余程の金持ちか、昔からの知り合いが訪れてきているのだろう。
たまにはそんなこともあるかと、治癒室をスルーして、バミの仕事場へ移動。
そよそよとした秋風が吹く中、扉はあけ放たれている。
仕事場を移設こそしたが、ここはここで王宮の端の方にあるため、部外者は滅多にやって来ない。
バミと共に働く者たちの間では、日当たり、風通し共に良い場所へ移動できたことで喜びの声が上がっている。
バミがこれまであんな奥まった場所で仕事をしていたのにはいくつか理由があった。
根っこの部分には、バミ自身が貴族の間で疎まれていたので、王宮の端の方に追いやられたというのがあるのだが、実際は様々な貴族の後ろ暗い部分を握っているバミならば、やろうと思えばそんなものは、いつでも跳ねのけることができた。
やらなかった理由は、別に跳ねのける必要もなかっただけのことだ。
王宮の端の方はなんとなく暗くてじめじめしていて人通りもなかったが、仕事をするのにそんな条件は関係ない。
人が通らないなど、むしろ重要な書類を扱う以上、メリットにしかならない。
その上スペルティアと会わないようにするために、色々と仕掛けをするには便利だったのだ。
まぁ、今はそんな理由もなくなって、気持ちの良い秋空の下で仕事をしているわけだが。
クルムを出迎えたバミの顔色は、心なしか以前よりもよくなっている。
日の光を浴びていることが効いているのかもしれないし、色々な意味でスペルティアと一緒にいるお陰であるのかもしれない。
以前は間もなくお迎えか、というくらいに萎れて見えていたが、今はまだまだ元気に頑張れそうな肌の張りがあった。
「クルム様、お呼び立てして申し訳ありません」
「いえ、お気遣いありがとうございます。お陰様で用事を済ませてからくることができました」
形式上バミは謝罪をする。
だがクルムも、バミがクルムの忙しさを考慮したうえで、手が空いた時にという意味で声をかけてくれたことを理解しているので、腰を低くして礼を言う。
この二人のやり取りは、互いに相手の気遣いと意図を読み合っているため、非常に穏やかに進んでいく。
「前置きもなく恐縮ですが、実はヒストル財務大臣殿より、クルム様と話す時間を作って欲しいと相談されました。急ぎではないようですが、何か問題でも起こりましたか?」
「ヒストル大臣は何かおっしゃっていましたか?」
「業務的な話をした流れでさらりと頼まれましたので何とも」
一応バミには問い返してみたけれど、これはクルムにとっては当然の接触であった。ヒストル=ドクト侯爵は、バミたちよりも少しばかり下の世代の老人で、ケルン王子の祖父にあたる、法服貴族の元締めのような男である。
クルムはこの男がどのようにケルン派閥に関わっていたのかは知らない。
しかし無関係であるはずはないので、想像通りの接触であったということだ。
「実は、先日ケルンお兄様から派閥貴族の一部を託されました」
「なるほど、それならば自然な流れですね。こちらで日取りを調整しても?」
「お願いいたします。場所は……、先生が同行できるのであればどちらでも」
「ではそのようにいたしましょう」
穏やかで、まともな会話であった。
一切の無駄なく話がまとまったところで、治癒室から足音がして、二人の女性が姿を現す。
一人は当然スペルティアであり、そしてもう一人は、スペルティア同様耳の尖った背の高い美女であった。控えめな、しかし各所に魔法的な意味のある刺繍がされたローブを身にまとい、腰にはレイピアと呼ばれる細剣がさげられていた。
王宮の、しかもスペルティアの下へまで武器を持ち込めるなど珍しいことだ。
スペルティアは廊下で話しているクルムたちに気が付くと、何か一言告げて、その女性と一緒に近寄ってくる。
グレイはその二人の姿を確認した瞬間、顎を引き、ローブのフードを深々と鼻のあたりまでかぶり直した。
スペルティアは当たり前のように接近してきてバミの隣に立ったが、もう一人のエルフは、武器を持っていることを自覚しているからか、クルムとはそれなりに距離を保った場所で足を止めて、優雅に頭を下げる。
「皆さま、はじめてお目にかかります。私、隣国で冒険者をしております、メナスと申します。スペルティア様が生まれる前にエルフの森を離れた身ではありますが、今もこうして時折ご挨拶をさせていただいております」
「はじめまして、冒険者の方でしたか。私はハルシ王が第十一子、クルム=ハルシと申します」
「バミ=レックスだ。高名な冒険者と伺っている」
「いえそんな……お恥ずかしい。バミ殿はかつて、エルフの森が危機に陥った時に、スペルティア様を救ってくださった方の一人と聞いております。当時何も知らずに過ごしていた自分が恥ずかしい限りです」
スペルティアはエルフの中でも王族の血を引いている身分の高い存在だ。
外へ出ていたメナスからすれば、自分の国の王族の恩人ということになる。
「いえ、その時も私は大した役には立っていない。ただ隣にいるグレイが暴れ回るのを後ろで見ていただけだ」
「グレイ……?」
メナスが怪訝な顔をして首をかしげる。
「なんだか今日は静か」
「グレイ、どうした?」
「先生?」
グレイは黙ったままだ。
そんなグレイをしばし見つめ、メナスはやがてその顔を覗き込むように体を傾けながら呟く。
「まさかお前、グレイなのか……?」




