お目こぼし
「……そうですか」
自分の起こしてきた行動が、一応は兄であるケルンの人生を大きく変えたらしいことは、クルムにとっても色々と感じるところがあった。
「だからといって、お前と手を組もうというわけではない。私は……、私のできることをやる。それだけだ」
「強がりますね。私は今のお兄様ならば、もう少しお話をしてもいい気がしてきましたが」
「うるさい! それだけと言ったらそれだけだ!」
ケルンはプンプンと怒りをあらわにしながらクルムから離れていく。
そんなところは以前と変わりないが、考え方は前とまるっきり変わっている。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、と言う。まぁ、刮目するほどではないが、何か変わったようじゃな」
「先生が作った言葉ですか?」
「いいや、昔の偉人が言ったことじゃ」
「先生にしては評価が高いですね」
グレイならば散々罵ってきたやつなのだから、弱ってきた今こそ叩き潰してやれとか言い出しそうなものだとクルムは思う。
それから、いや、敵にすらならなくなったような者には意外に優しいのかもしれないとも思う。
グレイのぶち殺しラインを探るのは意外と難しい。
「儂は別に大した変化とは思っておらん。だがお主にとっては違うじゃろう。奴が少しでも変わったおかげで、兄弟を殺さねばならぬ可能性が一つ減った」
「……はい」
どんなに許せなかろうが、クルムにとってケルンは半分血のつながった兄だ。
クルムが王位継承争いに臨んでいる理由の一つは、このくだらない兄弟間の殺し合いをなくすためでもある。
クルム自身だって、相手を殺さずに済むのならばそのほうが良いに決まっている。
覚悟はあるつもりだ。
しかし、ケルンがこれ以上余計な手出しをしないと、王位継承争いから下りると言ってくれたことは、クルムを少しばかり安心させたのも事実であった。
「何より真面目に体を鍛えておるようじゃ。途中で逃げ出しさえしなければ、そのうちもう少しましな男になるじゃろう」
「なるほど、未来のことも含めてでしたか」
ラウンドは常に、それぞれの体を限界まで追い詰めるような訓練をする。
グレイが見ている限り、ケルンは本当にその時の限界まで動いているように見える。そんな厳しい訓練に自主的に参加しに来るというのは、何かを変えようともがいているからだ。
クソガキなので悪口を言われた分は、そのうち訓練と称してぶちのめしてやるつもりでいるが、変わろうともがいている若者まで無意味に殺す必要はないだろうとグレイは思う。
こう見えて意外と、ラインさえ越えなければ、未来ありそうな若者には優しい方なのだ。
十九歳で、クルムを殺しに来るわけでも、兄弟姉妹を殺したわけでもなく、ただいきり散らしていただけの馬鹿王子。
ケルンは、ほんっとうに、ぎりぎりのぎりぎりでグレイが許せるラインより下にいた。あと一つくらい何かやらかしていたら、あるいは気付くのが遅れていたら、『関係ない、ぶち殺せ』モードに入っていた可能性もある。
今の状態から変わることができず、また堕落するようなことがあれば話は別だが、グレイにとってケルンは現状様子見の段階である。
むしろもうちょっと元気に跳ね回って、訓練をつけても死なぬ程度に育ってくれないと、過去に悪口を言われた仕返しができないので困ってしまう。
そういった意味でも、グレイはケルンの将来には大いに期待している。
「しかしこうなると、本格的に倒すべき相手は定まりました。ケルンお兄様は脱落し、ジグラお兄様は見に回っている。まともに見据えるべくはヘグニお兄様だけです」
「ま、あの取り返しのつかなそうな愚か者は、途中で邪魔をしてくるじゃろうけどな」
ケルンと違って、どうやらジグラはやることをやっている。
自らの命令で人を殺すことを何とも思っていないし、邪魔をするものを排除することにも躊躇がない。
「味方にしないのならば敵なのですが……、正直相手にするだけ無駄だというのも事実です。私はジグラお兄様と争っている場合じゃないのです」
「そうじゃろうな。普段領地に引きこもっている貴族共のほとんどが、現政権とヘグニに頭を下げておる」
「勝負は、年が明けてからの〈万年祭〉。それまでにどれだけ積み重ね、始まってからどれだけを味方につけられるかです」
いつもの通り、クルムはその瞳にめらめらとやる気の炎をともしているが、グレイにとってはぴんと来ない話である。
グレイも元は貴族であるけれど、そもそも辺境の蛮人アルムガルド家の次男。
貴族の付き合いなどろくにしてこなかったし、そういった交渉事に関して役に立つとも思っていないし、役に立つつもりもない。
クルムが勝手に頑張ればいい話だ。
そんなことよりもグレイが気にしているのは、〈万年祭〉で王都に人や荷物の出入りが増え、それに乗じて刺客も暗躍するようになるであろうことだ。
貴族との密会を繰り返す間に、どれだけクルムが狙われるか分かったものではない。前回の〈万年祭〉の頃には、おそらく今代の王位継承争いの参加者もたくさん命を落としているはずである。
ここまでが前哨戦。
ここからが本番。
グレイもまたどんな大馬鹿共が現れるのかと、ある意味心を躍らせているのであった。




