好循環
いよいよ宿屋街の建築が始まった。
街のあちこちから建築の音が聞こえてくることで、王都の住民は〈万年祭〉の来訪を感じるようになる。
十年に一度、王都がまた大きく華やかに成長する合図だ。
クルムは貧民街の住人と深くかかわり、真面目に働きそうなものだけを労働力として雇うことができているが、残念ながら労働を指示し、導いていく者たちが足りなかった。
この問題も、ついに木材を確保していた業者たちがパクスに頭を下げ始めたことで解決した。一人が折れてしまえば、ドミノ倒しのように業者たちはパクスの下を訪れる。
パクスは早く来た者たちから優先して木材を買い取り、そのつながりで建築関係で力を持っている小さな組合を次々と自分の商会へと寝返らせた。
王都には建築関係のまとめ役をしている大きな商会がある。
それこそパクス同様、商業組合の代表となっているような、王都の顔とも言える商会の一つである。
建築関係の大きな商会といっても、元々は歴史のある王都の大工連合の頭だ。
昔気質で筋を通すことこそ第一と考える、古くさい男が頭に据えられており、新しい考えと金儲けを主に考えているパクスとは絶対に馬が合わないはずだった。
だからこそ、周囲の大商会は固唾を飲んでその行く末を見守っていたが、意外なことに本格的な争いになることもなく、二つの商会は手を組むことになった。
そこにいたるまでにはもちろん、パクスによる非常に高度な仕掛けが繰り返されてきたのだが、結果だけ見ればあっけない、の一言であった。
簡単に言えば、パクスは今回の〈万年祭〉にあたって、業者や大工の仕事がどうにもならなくなったのを、他の王族のせいにしつつ、自分たちは十分に利益を共有するつもりがあるという態度を示したうえで、年老いた相手方の商会長相手に、義理やら人情やらめいた演説をばしりと打って丸め込んだわけである。
感情面はともかく、実際に動く金など、数字で見える部分に関しては一切偽りを述べていないのがパクスのうまいところだ。
相手が海千山千の商人であろうと、十分な情報と事前準備の時間が相手よりもあったのだ。これで騙し合いに勝利できないのならば、一代で大商会など作り上げられるはずもない。
そんなわけで、やる気と人数だけは有り余っている貧民街の素人集団に、指導者ができた。
貧民街の住人たちのやる気の源は様々だ。
もう一度王都の民として生きようという熱い気持ち。
なんか怖い〈要塞軍〉とかいうのの訓練に参加するくらいだったら、素直に建物を作っているほうが良いという気持ち。
そして下手な真似をして指導をしている王女様がぶちぎれると、よく分からない爺が暴れて、そのまま街を引きずり回された上に投獄され処刑されるかもしれないという恐怖。
とにかく真面目にやる気だけはあった。
何とか仕事を得て指導に来た者たちも、最初は半信半疑であったが、不器用ながら一生懸命に働く貧民街の住民たちを少しずつ見直していく。
怒声が飛び交うこともあったが、そういった現場に麗しく優しい王女様がやってくると、必ず悪さをした貧民街の住人の下へ直接やってきて、「何があったのですか」と尋問、もとい、聞き取りをしてくれるため、現場は日を追うごとに落ち着いていった。
あの王女様は空の上に目を持っていると、貧民街の住人たちの間ではまことしやかにささやかれているそうだ。
もちろんクルムはそんな千里眼は持っておらず、単純に貧民街四天王や、〈要塞軍〉たちの報告に基づいて、目立っている奴から順に潰していっただけだ。
とてもとても戦略的で、師匠であるグレイではなく、散々プレッシャーをかけられてきたパクスのやり方に似た意地悪さである。
まだまだ子供であるクルムは、とにかく経験からの吸収が速い。
いくら優秀な人物たちであるとしても、子供の傍に置く人間は選ぶべきだというのがよく分かる例である。
ものの数カ月で予定していた計画を遂行すると、クルムは今度はそのまま、建築活動に参加していた貧民街の住人のための家を建て始めた。
仕事がなくならぬよう、そしてまとまった金を手にした者が無駄に使わぬよう、まっとうに生きていけるようにするための、帰れる場所を用意することにしたのだ。
自分たちでそれぞれ手を貸し合って作るので費用は材料費とほんの僅かだけ。
安い値段で立派な家が建ち、そして彼らは次々に家を建てていくことで、毎日働くことが当たり前になり、技術までも身につけていく。
まだまだ仕事がないものや、毎日の暮らしに困っている者はいるが、そういった者はルミネが教会で保護していく。
炊き出しをして、望むものには最低限の知識を授け、その上で仕事を紹介していく。
〈万年祭〉に向けて経済活動が活性化している王都では、猫の手でも借りたいほどに人手が足りない。
それほど忙しくても、普段であれば貧民街の住民が雇用されることは滅多にない。そもそも窓口もないし、汚らしい貧民街の住民ならば、猫の方がまだましと言われかねない。
だが姿を小綺麗にした上で、教会からの紹介となれば、人手不足の者たちは思い切って彼らを雇用してくれるようになる。
彼らも、教会や、どこで見ているかわからない王女様への恩に報いるために一生懸命に働く。
それでもたまにうまくいかないことだってあるが、そんな時は教会が間に入って、真面目に調停をしてくれる。
貧民街はクルムの指導のもと、完全に良い循環に入りつつあった。
そしてその様子をかぎつければ、腰を低くして今更ごまをすってくる者もいる。
王都に住んでいない貴族たちに書状を出すのに忙しいクルムは、そんな小物たちの相手をしている場合ではなかったので、基本的には面会を断っていた。
しかしある日小物たちは、プライドも捨てて、以前の仲間であるバッハ侯爵家に縋りついたらしい。モーリスが直接クルムの下へやってきて、そんな話をしている最中、また一人の来客があった。
「どなたですか?」
「ケルン様です」
クルムはモーリスの方をちらりと見て、さて、どうしたものかと思案するのであった。




