ケルンの告白
クルムとの勘違いの一件以来、開き直ったらしいケルンは、以前にもまして顔を見せる頻度が上がった。ラウンドはそれが気に入っているらしく、毎日のように入念にかわいがっている。
この場合のかわいがっているというのは、優しく撫でまわすことではなく、厳しい訓練を課すという意味である。
王族だと分かっていてなお、「軟弱者!」とか「その程度か!」とか檄が飛んでいくのは中々に見られない光景である。
ラウンドがぎりぎりのところで喝を入れるものだから、ケルンも負けず嫌いが発動してものすごい形相で無茶をする。それがまた楽しいらしく、ラウンドは調子に乗ってケルンのことを追い詰めていた。
そして訓練が終われば根性があるとさりげなく褒めるのだから質が悪い。
一連のラウンドの行動は『ケルンのようなタイプの男はこうやって育てるのか』と、クルムに新たな知見を与えた次第である。
そんなケルンが、ある日意を決したように、クルムの近くへやってきた。
あの食事の日以来、すっかり避けていたというのに何があったのかと思いつつ、クルムが黙っていると、ケルンは咳払いをしてから口を開く。
「実は……、先日ジグラ兄上から、手を組まないかと話がきた。お前のことを警戒しているようだった」
「そうですか。実は私のところにも来ました」
「やはりか……」
クルムのところへやってきたジグラは、ケルンについては一切触れていなかったけれど、それは言わないでやるのが慈悲というものだろう。
ケルンは同じように手を組まないかと誘われたと思い込んでいる。
「実際どうなのだ」
「何がですか?」
「受けたのか?」
「お断りしました。連合したところでヘグニお兄様の勢力に及ぶわけでもなし。私を中心にまとまるのならばまだ考えますが、手を組むだけならばあまり意味がないので」
「偉そうに」
生意気な妹の言葉を非難しながらも、ケルンは自分が返答した時の心境を思い出し歯噛みした。
貴族の思うままに育ち、自主性は足りず、挙句見下していたクルムの勢力には到底及ばないことを自覚し、それでも最後のプライドでジグラに屈することだけはしなかった。
同じ答えを出したようで、クルムとは全く違う立場に置かれていることに、ケルンは自覚的であった。
「わざわざ教えてくださったと言うことは、お兄様も断られたのでしょうね」
「当然だ」
「なぜです?」
クルムはケルンを見上げ、真っすぐにその目を見つめて尋ねる。
これまでの仕打ちを考えれば、味方に抱き込もうという気にもならないけれど、ケルンが近頃随分と心変わりしていることは見ていれば分かる。
その内心をクルムは知りたかった。
「……嫌いだからだ。卑怯な真似が」
「お兄様がですか?」
嫌みではなく、思わず漏れた言葉だった。
ケルン陣営の貴族たちの一部は、割とやりたい放題やっているイメージがある。
「何だその言い草は。……私にだって理想がある。理想の王の形がある」
「そうでしたか」
「お前、私のことを馬鹿にしているだろう」
「いえ」
さっとクルムは目をそらす。
気を遣う必要もなくなったからか、あるいは、弱点を握っているという状況のせいなのか、話し始めてみるとあまりに話しやすく、ついごまかしがきかない。
「腹が立つが別にいい。お前がそういう性格の悪い奴だというのはもうよく分かった。どこでそんなに捻くれたのだ、まったく」
クルムは近くにいるグレイを見上げる。
先生のせいですとは言わないけれど、視線が物語っていた。
ケルンも同じようにグレイに怪訝な視線を向けたが、グレイは腕を組んだまま首を横に振る。
「いいや、儂が会った頃からこ奴は性格が悪かった」
「そんなことを思っていたのですか?」
「直接伝えていたはずじゃが?」
「……そういえばそうでしたね」
クルムは過去のグレイの発言を思い出して素直に引き下がる。
そういえば、性格が悪い奴の方が王に向いているとか、褒められているのか貶されているのかわからないようなことを言われていた。
「私が言いたかったのは!」
話を持っていかれたことに腹が立ったのか、ケルンが声を上げて注目を自分の元に戻す。
ケルンには、今日、どうしても言っておくべきことがあったのだ。
ラウンドに出会って以来、真面目に考え、自分一人でずっと悩み続けてきたことだった。ほとんど初めて、貴族たちの意見を聞くこともなく、冷静に自分の知識をもとに判断したことであった。
「……ジグラ兄上が王になるくらいならば、私はお前が王になったほうが良い」
「それは私の陣営にくだるということですか?」
「どうしてそうなる!」
クルムは意外な発言に何度も瞬きしてから問い返したが、ケルンの発言の目的はそうではないようだった。
「じゃあなんですか」
「邪魔をしないでやると言っているのだ」
「なるほど……、わかりました」
「分かったか」
「はい。ヘグニお兄様に手を貸しても相手にしてもらえないでしょうし、ジグラお兄様は気に食わない。だったら私と手を組もうと、そういうことですね」
そういうことなのだが、冷静に分析されて言語化されると許せないこともある。
「お前は……! どうしてそう……!」
「お兄様。自ら王になることは諦めるのですか?」
クルムとて、別にケルンを怒らせるためだけに言語化したわけではない。
明確に現実を叩きつけた上で、ケルンがどんな反応をするか確認しているのだ。
改めて真正面からケルンをまっすぐに見つめる。
怒っていたはずなのに、ケルンはクルムの表情に一瞬怯まされる。
ギラギラとした意志の強い瞳の輝きと、かつてないほどに真剣な表情。
この小さな体のどこに隠しているのかというような覇気に気圧されたのだ。
そしてその瞬間に改めてケルンは思い知る。
なけなしのプライドで奥歯を噛みしめ、眉間に皺を寄せたまま、ケルンはその場に踏ん張ってクルムを睨み返して小さな声で、しかしはっきりと返答した。
「そうだ。私は、器ではない」




