理解と勘違い
ラウンドは毎日貧民街に出現し、その度に肉体言語を行使している。
すなわち拳で対話というやつなのだが、意外とこれが貧民街の住民とは相性がいいようで、次々と仲間を作り出している。
たまに訪れて眺めているクルムは、ぼんやりとその今一つ理解できないやり取りを眺めているのだが、暴力にも色々あるのだなぁと思うわけだ。
徹底的に相手の心を砕く暴力を行使するタイプのグレイと、前向きに相手を評価しようというラウンドの暴力は、どうやらまた別のタイプらしい。
ラウンドは毎日夕暮れ時になると、慕ってきた者たちを集めて貧民街のどこかの広場で訓練を始める。それは基礎的な体力や筋力をつける訓練であり、地味で決して面白いものではないのだが、なぜだか翌日以降にも八割くらいの人間がやってくるのだ。
その訓練を繰り返した結果辿り着く場所をラウンドが体現しているおかげなのか、それとも、訓練の後には美味しい飯がついてくるのが分かっているからなのか、とにかくクルムには不思議でならなかった。
だので、三度目の遭遇の時にさりげなくケルンの隣の席に座って食事をとることにした。
「……お兄様はなぜここで訓練をされているのです? お忙しくないのですか?」
「お前に心配されるまでもない。するべきことはきちんとこなしている」
偉そうにしているけれど、先ほどまで足を小鹿のように震わせながら歩いていたのを知っているから、あまり腹も立たない。
「心配はしておりません。質問に答えていただけませんか」
「……生意気な口をきくな。ついこの間までへらへらと笑っているだけだったくせに」
「へらへらと笑っていたのには、へらへらと笑わなければならぬ事情があったからです」
「そのようだな。まさかそのような鉄面皮が正体とは。お前の母親とは似ても似つかんな」
身内が多い中、ややプライベートな気分のまま話しかけたせいで、クルムは一瞬むっとした。
しかし、そんな表情は見せることなく、一つの違和感を覚える。
「……ケルンお兄様は私のお母様をご存じなのですか?」
「数度見ただけだ」
確かにクルムの母はよく笑う人であったし、情が深くて明るい人物であった。
王に娶られてからは決して幸せなばかりの人生ではなかったはずだが、少なくとも子供たちの前ではそんな人であった。
元が王都一の女優であるから、もしかしたらクルムの知らぬところではそうでなかったのかもしれないけれど。
そんな母のことを思い出しつつ、クルムはしばらく考えてから、ケルンの横顔をじっと見つめる。
普通は人の母親の顔などいちいち覚えていない。
ましてクルムの母が死んだのは、それなりに昔の話だ。
わざわざクルムとの話にそんな対比を持ち出してくるということは、最近クルムの母親について思い出していた可能性が高い。
「なんだ、見るな」
色々な想像を複合した結果、クルムは一つの答えに辿り着く。
周囲に人はいるが、皆大きな声で喋っていて、クルムの言葉など聞こえていないだろう。それでも一応ケルンに配慮して、クルムはコッソリと少しばかり体を寄せて囁く。
「……もしやケルンお兄様は、私のお母様と」
耳の近くで囁かれた瞬間、ケルンは横目でクルムの顔を確認。
囁かれた内容に驚き、驚いてそのままむせ込んだ。
あまりにも激しくむせ込んだため、クルムは最後まで喋れず、そのままケルンの背中をさすってやることになる。
「なにをっ、馬鹿なっ! ふざけっ」
これだけ動揺しているのだからもう間違いなかった。
むせながらも話そうとするケルンに、クルムは訳知り顔で返事をする。
「落ち着いてください、お兄様。誰に話したりしませんので」
「私は! そんなっ」
「まぁまぁ」
納得してしまったクルムは、ケルンを今までとは違った優しい目で見る。
そう、ケルンは実は自分の母親と仲が良かったのだろう、と気づいたのだ。
自分の母は、見かけた王子や王女に分け隔てなく優しくするところがあった。
ファンファやハップスが当たり前のように遊びに来ていたのもそのお陰で、きっとクルムの知らぬところで、母とケルンにも親交があったのだろうと思うのだ。
「それでケルンお兄様は、いつも私にきつく当たっていたのですか。なるほど、私はお母様に結構似ていますからね」
仲が良かったせいで、顔を見る度寂しくて八つ当たりをしてしまった。
その割にケルンは直接クルムの邪魔をするようなことはなかった。
つまり口ばっかりであった。
考えれば考えるほど納得してしまう。
「似ていない!」
「いえ、似ています。鏡を見る度に似てきたと思っています」
「黙れ、雰囲気が全然違う!」
「よくお母様のことを見ていらしたのですね」
他意はない。
自分の母のことをよく覚えていて、かつ、良い印象を持っていたというだけで、クルムにとってはだいぶ相手の印象が変わるのだ。
当然、ケルンが自分の母に懸想していたなどとまでは一切思っていない。
しかし、ケルンの方は違った。
完全に隠してきた自分の思いが全てばれてしまったと思っている。
最近クルムの優秀さを認めたばかりであるがゆえに、恋愛方面への察しが非常に悪く、そちらに限っては年頃の少女以下であるクルムの能力を、高く見積もりすぎたのだ。
顔を真っ赤にして黙り込んでいるところにクルムがまた囁く。
「安心してください。秘密だというのならば誰にも話しませんので」
「なっ、こっ!! ぐっ」
ケルンはぐうの音も出ない。
すぐ隣でかたい肉をかみちぎっていたグレイは、どちらも馬鹿だが、口を挟まない方が面白いかと、黙って見守ることにするのであった。




