馬鹿娘
計画は順調に進んでいるようであった。
クルムは午前中の早い時間に書類仕事を済ませつつ、毎日のように現場を訪れ進捗を確認する。
他の勢力であれば、王族が現場に赴くことなど滅多にないのだろうけれど、何せクルムの周りには人が足りない。十数年かけて積み上げてきたものを、この数カ月から一年で作り直そうとしているのだから、どうしたって動ける人材をフルに活用していくしかないのだ。
そんなある日。
ファンファが暇だからと言って、クルムの外回りについてくることになった。
貧民街の住人たちにより、勝手に建てられたぼろ小屋が次々と取り壊されて更地にされていくのを、東から順繰り確認していく。
それぞれのトップである四天王から問題があれば聞き取り、解決しながら回っていくのであるが、西のブルトンのところへ訪れた際に、一つ忠告をされた。
「気をつけろって言うから警戒して見回ってたらよぉ……、見たことのねぇ、妙な奴らがうろついてたぜ。俺が声を掛けたら逃げていきやがった」
「ありがとうございます。背格好なんかはわかりますか……?」
「暗かったしよく覚えてねぇな。でも立派な武器を装備してやがったな」
心当たりのない話であった。
立派な武器と言うと、またジグラ王子辺りが妙な輩を送り込んでいるのかもしれないとも考えられるが、だとしたら逃げ出すというのも妙な話だ。
工事の邪魔をしてクルムの評判を下げるにしても、わざわざ目印になるような立派な武器を装備させる必要はない。
とにかく不審な輩がいるようだから、気をつけようという話を聞いて、そのまま北の貧民街へ行くが、こちらでは不審者の目撃情報はないようだった。
どこも今の時点では滞りなく順調に進んでおり、来月から始まる建築の方の作業員への志願者も続々と集まっているようであった。一応前科がないかどうかは、四天王の方に指名手配書を渡しつつ、確認してもらっている。
帰り道。
貧民街の住人による立ち退きにより、以前より少しばかり静かになった場所を通って街へ戻る途中だった。
近くから怒声と剣戟の音が聞こえてくる。
「ふむ、ちと見に行ってみるか」
クルムとファンファという王族を二人連れているのに、勝手に音の方へと歩き出すグレイ。一応護衛のために連れ歩いていることを考えれば、危険に飛び込んでいくなど論外である。
しかし、グレイがそういうとクルムもきりっとした表情をして「そうですね」と答えて後についていく。
ファンファはそんな二人の少し後ろで肩をすくめて、自身の護衛冒険者であるニクスとドーンズの方に振り返る。
「まぁ、グレイ殿ですから」
「ついていっても問題ないかと」
「んもう。クルムはもう少し、自分が王族だってことをわきまえたほうがいいと思うの」
同意するわけにはいかない二人の冒険者が愛想笑いを返すと、文句を言いながらもファンファはドキドキと楽しそうな表情でついていく。
二人の冒険者同様、ファンファもなんだかんだグレイがいれば大丈夫だろうと思っている節があり、危機感よりも好奇心が勝っているのだろう。
さて、先に現場にたどり着いた二人が見たものは、波状攻撃と遠距離攻撃を繰り返す暗殺者めいた集団と、その真ん中で戦っている男たちの姿だった。
地面には既に血を流して倒れている者も数人いる。
グレイはその男たちに見覚えがあった。
「ありゃあ、件の隣国の冒険者じゃな」
「……ファンファお姉様と話していた人たちですよね?」
「そうじゃ。放っておくか?」
「駄目ですわお爺様! 助けますわよ!」
追いついてきたファンファが、グレイの言葉を聞いて一歩大きく前に踏み出し、冒険者たちを指さしながら大声を出す。
あの冒険者たちは一応一生懸命勧誘をした優良物件なのだ。
このまま失うのはもったいない、という、非常にわがままで自分勝手な、ファンファらしい理由である。
当然、一斉にその場の視線がクルムたちに集まった。
「馬鹿娘が……!」
誰が止める間もなく、グレイのげんこつがファンファの脳天に落ちる。
明らかにグレイがいるから別に大丈夫だろうという油断が、ファンファに大声を出させたことを、グレイは見透かしていた。
グレイは利用されることが嫌いである。
よって、容赦なく鉄拳制裁した。
「いったぁっ!」
一応やや身内に換算する位置にいるお陰でこの程度で済んだのだから、頭を押さえてその場にうずくまったファンファは、これまでの付き合いに感謝すべきだろう。
ファンファ親衛隊であるドーンズとニクスも、これに関しては苦笑いで受け入れるしかない。
痛みがなければ覚えないこともある。
グレイたちの出現によって、辺りを囲んでいた者たちが一斉に姿を消す。
それはもう見事な撤退ぶりで、グレイが追いかける間もなかった。
正しくは追いかければ数人捕まえることができたかもしれないが、その間にこの場に戻って来られて襲撃されれば、クルムやファンファが無事で済むとは限らない。
あえて襲撃者たちを見送ったグレイは、舌打ちを一つして、未だにしゃがみこんでいるファンファをじろりと睨みつけた。




