運動不足
「ほれ、さっさと何とかせんか、馬鹿娘」
グレイは茫然としている冒険者たちを顎で指して、ファンファに何とかしろと催促する。
「酷いですの、叩くなんて。痛い、頭の骨が折れたかもしれませんわ」
涙目で見上げてくるファンファに、グレイは呆れかえった顔でため息を吐く。
こういう輩は決定的にグレイと敵対することはないのだが、隙を見せるとすぐに調子に乗るのだ。
世渡り上手であるが、グレイとして相手をするのがめんどくさいと思うタイプでもある。
「折れぬ程度に手加減しておるわ。これに懲りたら儂を利用しようなどと二度と思わんことじゃな」
「ちょっと頼ろうとしただけですのに、けちですの……」
「けち?」
「ドーンズ、ニクス! 何とかしに行きますわよ!」
グレイが拳を振り上げたところで、ファンファは慌てて冒険者たちに駆け寄っていく。グレイは一応後ろから何かあってもいつでも助けられるようについていくが、おそらく必要はないだろうと踏んでいた。
何せ彼らの足元に倒れている者のほとんどは、すでに命を落としている。
そうまでして、偶然この辺りを通りかかったグレイたちをはめるとは思えない。
「助けに来ましたわ」
「な、何でここに……?」
「そんなことよりも、倒れている中にまだ助かりそうな方はいませんの!?」
ファンファの都合のいいセリフに対して、一人の冒険者が疑問を持つ。
助けに来た、のではなく、偶然やって来たのだから答えられるわけもない。
ファンファは答えを曖昧にしたまま、話題をさらりとすり替えた。
「あ、ああ!」
冒険者たちは慌てて足元の仲間の生死を確認し、即座に応急処置を始める。
どうやら一緒にいた他の面々はすでにこと切れていたようで、倒れていてなお生きているのは、以前ファンファに最初に話しかけてきた冒険者だけのようだった。
「毒じゃな、傷の根元を強く締めておけ」
「あ、ああ……! おい、大丈夫か、おい!」
冒険者たちは処置を施しながら声をかけるが、意識が戻ってくる様子はない。
「やべぇ……、ち、治癒魔法士! 腕のいい治癒魔法士は知らないか!?」
「ついてくるといいですわ、お爺様、よろしいです?」
「好きにするが良い」
ファンファのこの確認は、冒険者たちをスペルティアの元へ連れてってもいいかという確認だ。グレイがスペルティアと仲が良いことは、ファンファも知っている。
先ほど怒られたばかりなので、よく知らない冒険者たちを連れてっても良いものか、一応確認を取ったのだろう。
別にスペルティアがどうするかはスペルティアの自由なので、グレイは勝手に動き出しても邪魔するつもりなどなかったけれど。
急いでも間に合うかどうかは微妙なところだ。
ファンファが走り出すと、彼らも詳細を聞かずに瀕死の仲間一人だけを担いでついてくる。
グレイが瀕死の男を背負って全力で走れば、まず間違いなく間に合うのだが、それをした場合信用のならない冒険者と、クルムたちだけをこの場に残すことになってしまう。
「先導してやろう」
ファンファよりも、グレイの方が王都の裏道をよく知っている。
先頭に躍り出たグレイは、曲がりくねった道を的確に王宮に向けて進んでいき、ぎりぎりのところで大通りに飛び出して、そのまま王宮内に駆け込んだ。
「急いでおる、止めるな」
グレイは立っている兵士にそう告げて王宮内になだれ込むと、そのままスペルティアが常駐している治癒室の方へと向かう。
クルムとしてはこんな騒ぎは起こしたくなかったが、こうなってしまったものはもう仕方がない。あとで騎士団やらにあれこれ言われることを覚悟して、どうしようかと悩んでいる兵士たちの間をすり抜け、グレイを追いかける。
グレイは治癒室へ到着するや否や、何のためらいもなく扉を開け放つ。
「急患じゃ! 金払いはいい! 腕と腿から毒。泡を吹いておった。怪我からおよそ二十分、ぎりぎりじゃ! そいつをそこへ寝かせろ!」
グレイが大きな声で状況を伝えれば、奥からぬっとスペルティアが姿を現す。
冒険者たちは、グレイに言われるがままに慌てて仲間を仰向けにして床に寝かせた。
そこでグレイは意識を失っている男の服を力任せに引き裂いて、他に怪我がないかを確認し、魔法で水を出して傷口の全てを洗い流す。
水浸しのその場に何も言わずにしゃがみこんだスペルティアは、傷と肌の血色などを確認して、即座に治癒魔法を行使し始めた。
「離れて静かにしとれ」
グレイは近寄ろうとする冒険者の前に立ちはだかり、接近を阻止する。
集中しているスペルティアの近くに、どこの誰とも知らない輩を近づけるつもりはなかった。
すぐ隣に立てられた真新しい建築物の中から、バミが顔を出し、その場から経過を見守る。本当にすぐ隣に引っ越して、スペルティアと仲良く仕事をしているようだ。
数分したころ、ようやく息を切らしたままドーンズにお姫様抱っこされたファンファが到着する。
途中から走るのに疲れて置いていかれたのだ。
それを考えると、肩で呼吸をしながらも最後までちゃんとついてきたクルムは大したものである。毎朝訓練している成果が出ているというものだ。
やがてスペルティアはゆっくりと顔を上げると、立ち上がり何も言わずに治癒室の奥へと引っ込んでいく。
「ど、どうなったんだ……?」
グレイは駆け寄ってくる冒険者のことを、今度は邪魔しなかった。
「あ奴は死んでおらねばなんだって治す。お主らは支払いの心配だけしておくんじゃな」
冒険者たちは仲間の無事を確認すると、その場にしゃがみこみ、肩を叩き合って喜ぶのであった。




