呪い
教会裏にある大邸宅の庭は、それはもう酷い有様だった。
地面にはボコボコと穴が開いて、ばらばらの死体が散乱し、教皇が燃え尽きて倒れている。
しかしそれらすべてを無視してでも、今は移動をする必要があった。
子供たちはぼんやりとしていたが、教皇の死体から火が消えたあたりで、急に目に光が戻り、周囲の様子に混乱して泣いたりホワイトたちを怖がったりしている。
ただ、暴れ出したりしない、比較的穏やかな子たちばかりがいるのは幸いだった。
いつの間にかルミネ王女もぐったりとしていて、先ほどまでの様に積極的に自死を図る動きはなくなったようだ。ジグはそれでも警戒をしているようであったが、しばらく様子を見てそっとルミネ王女を抱き上げると、怖がっている子供たちに声をかける。
「大丈夫だ。この人はホワイト騎士団長という。君たちを助けに来てくれたんだ。静かに一緒について来てくれるね?」
ホワイトはじろり、じろり、と順番にジグと子供たちを見る。
何を言うべきか分からず厳めしい表情を維持し、片手に血塗れの大剣をぶら下げたホワイトは、どう見ても恐ろしい存在であるが、子供たちはジグの言葉を信じて静かに頷いた。
余程ジグに対する信頼があるようだ。
一行は後片付けもせずに、そのまま王宮へと向かう。
門番には細かな事情は説明しなかったが、騎士団長と副団長が揃っていれば、余計なことを聞かずに通さざるを得ない。
そのまま寝静まった王宮を歩き、やがてスペルティアのいる治癒室へとたどり着くと、グレイが歩みを緩めずに、まっすぐにスペルティアの待機する部屋の中へ入っていく。
「急患じゃぞ、さっさと起きんか」
一応身分の高い女性の寝所だというのに、一切の遠慮なしである。
すぐに布のこすれる音がして、昼間と変わらぬ服装のスペルティアがのそりと姿を現す。目は半分閉じて、髪はやや乱れているが、その美しさは変わらない。
「お主の望んだルミネ王女を連れてきた」
「ここに連れて来る」
「おい、遠慮せずに中へ入るんじゃ」
グレイが勝手に入室許可を出すと、ぞろぞろと残りの面々が入ってくる。
その中に子供たちも混ざっているのを見て、スペルティアは眉をひそめつつ、すっと空いているベッドを指さす。
視線はルミネ王女を抱いたジグに向いていた。
「失礼します」
ジグは静かに歩き、そっと優しくルミネ王女をベッドに寝かせ、そのすぐ横にたたずむ。いつ先ほどの様に動き出しても大丈夫なように待機しているのだろう。
「何があったか説明」
「……どこから話せばよいのか」
「この娘の状況、何があったか」
「毎日意識を混濁させる薬物を投与され、【人形遣い】と呼ばれる、エルフの魔術師により操られていました。教皇かその魔術師のどちらかが命を落とした場合、自死するよう洗脳されていたようです。今はなぜか意識がないようですが、戻ればどうなるか分かりません」
「十分。そこを離れる」
「起きた時に自死を止める必要があります。できません」
スペルティアは言うことを聞かないジグを睨みつけたが、ジグはそれを受け止めてその場から一歩も動こうとしない。
やがて根負けしたのはスペルティアの方だった。
「……グレイ、私様の横で待機。誰も近寄らせないように」
「仕方ないのう。お主らちょっと離れておれ」
普段ならば憎まれ口の一つでも叩くところだが、スペルティアが今日はいつにもなく真剣だ。ホワイトやクルム、それに子供たちに少し距離をとらせてスペルティアの横に並ぶ。
ルミネ王女を挟んで、ジグと向き合うような状態だ。
グレイが横に来ると、スペルティアはゆっくりとルミネ王女に顔を寄せて、額を突き合わせて目をつぶる。何かをしているようには見えないが、スペルティアは身じろぎすることもなく、たっぷり十分間は黙り込んだ。
「……グレイ殿」
「黙っておれ」
心配になって言葉を発したジグを、グレイが一言で黙らせる。
グレイもスペルティアが何をしているのかわからなかったが、何か重要なことをしているのだろうということだけは信じていた。
それからさらに五分ほど経ったところで、スペルティアがゆっくりと顔を上げる。
その拍子にふらりと倒れそうになったスペルティアの腰をグレイが支えた。
グレイは行儀悪く足を伸ばし、丸椅子をひっかけて引き寄せると、スペルティアをそこに座らせて「それで?」と尋ねる。
「私様は呪いの解除は専門外。でもほころびが酷かったから何とかなった。既に呪いを払う魔法を受けた後のような状態だった。誰か神官が魔法を使った?」
「そんなことは……、……教皇様が最後に使った魔法が、そうかもしれません」
「ああ、あの自殺魔法か。あれはなんだったんじゃろうな。死んだ後に改心でもしたんじゃろうか? 馬鹿も死ねば治ることがあるんじゃな」
「いや、多分馬鹿は死んでも治らない」
グレイが不謹慎なことを平気で言うと、座ったままのスペルティアがグレイを見上げながらそれに続いた。
「……まさか儂のことを言ったのか?」
「心当たりがある?」
「ぶち殺すぞ」
「すみません、状況の説明の続きをお願いします」
いつもの調子に戻ったスペルティアが、更にペースを取り戻すべくグレイと遊んでいると、それどころではないジグが間に割って入った。
なかなかの勇者である。
「今残っているのは薬物だけ。時間を掛けて体から抜いて行けば問題ない。自死をするようにかけられていた呪いは、もう解消されている」
「そうですか……、ありがとうございます」
ジグは大きく安堵の息を吐いてから、絞り出すように礼を述べた。
「私様は残った余韻を掃除しただけ」
スペルティアにしては随分と控えめな評価だとグレイは眉を上げた。
そうして明日は雹が降るに違いないと天気の心配を始める。
スペルティアはじっとジグを見つめながらさらに続ける。
「でも大変だった。これは高くつく」
やはりスペルティアはどんな状況でも変わらず守銭奴のようである。
グレイは明日はきっと晴れだなと、納得して頷くのであった。




