騎士団の派閥
「ルミネ王女の体から薬が抜けるまでどのくらいかかりますか?」
「分からない。だがそれほどかからない」
「そうですか」
ジグは穏やかな表情で頷いたが、今の状況に納得していないのはホワイトだ。
騎士団の副団長であるジグが、なぜあの場所にいたのかが分からない。
クルムから言われた通り裏切っていたのだとすれば、今回の行動はおかしいし、そうでなかったにしては用意周到すぎた。
「事情を話せ」
ホワイトは眉間に皺を寄せたまま、ジグを問いただす。
ジグは苦笑いしてホワイトに向き合い口を開く。
「もう少し違う反応があるかと想像していました」
ジグからすればホワイトは真っすぐで単純な男だ。
自分のことを信頼していることも分かっていたし、今回の件が終われば酷く責め立てられるのではないかと考えていた。
これでも、思っていたよりもずっと緩い反応だ。
最悪その場で敵とみなされて斬られることすら想定していた。
「クルム王女から、お前が教会についている可能性を指摘されていた」
「どうやらことはもっと複雑なようですが。余計なことを言ったかもしれません」
「いえ、この短い期間でよくぞそこまで見抜かれました。流石の慧眼です。……ということはおそらく、ハップス殿との関係は改善されたのですね」
「……お陰様で」
今回の件を見返してみれば、ジグが長いこと暗躍していたことは明らかだ。
どこまでジグの手のひらの上だったのかを考えると、クルムはあまり言葉を発する気にはならなかった。状況を読み切れていない上、まだここから敵になり得る可能性もあるのだ。
「ジグ……!」
「話します、昔のことから話しましょう。始まりは、そうですね、十年以上前のことになります」
じれたホワイトをなだめるように言ってから、ジグはゆっくり過去を振り返る。
◆
ジグは礼拝の日には欠かさず教会に祈りをささげる、信心深い両親の下に育った。
他人のために働くことを美徳とする教えを受けて育ったジグは、街の人々を守るために兵士となり、ホワイトの父であるトルメンに才覚を認められてやや遅れて騎士となった。
今よりもずっと、コネで入団した者が多く、正直なところ騎士団の内情は荒れ果てていた。騎士団長にはラバラン家ではないものが就任し、トルメンは実力と責任感がありながらも、部隊長に甘んじていた。
それでもラバラン家の名は大きく、他の騎士たちから疎まれつつも、トルメンの一派は騎士団内でそれなりの派閥を築いていた。
トルメンは騎士団が二つに割れていることをよしとは思っておらず、なんとか騎士団長とうまくやって行こうと努力していた。騎士団長の方はそんなトルメンの努力を、自分の地位を脅かそうとしていると捉え、ますます対立構造は深まっていた。
トルメンの推薦で騎士になったジグは、同期と比べるとやや年上で、派閥問題などで色々と摩擦はあったが、賢く我慢強く、そして柔軟なジグは、意外なほどに相手派閥の兵士たちとも仲良くやった。
トルメンもそんなジグが、派閥の融和を図る存在になってくれるのではないかと期待していたようだった。
実際ジグは上手くやっていて、騎士団長の派閥とトルメンの派閥、そして騎士団を一致団結させようというジグを慕う第三の派閥が形成されるほどであった。
十年と少し前のことだ。
ジグにルミネ王女外遊の護衛という役割が回ってきた。
その頃には治癒魔法使いとして頭角を現していたルミネ王女が、国外の教会に顔を出すことになったのだ。
その頃にはトルメンが副団長。
ジグは騎士団の部隊長の一人。
ホワイトはまだ騎士団にも入っておらず、武者修行と称して各地の剣術道場を荒らしまわっていた頃だ。
部隊長として一部隊を率いて護衛に臨んだジグは、物静かなルミネ王女に付き添って旅をした。
ルミネ王女は元からあまり表情を変えず、喋ることもないことで有名だった。
特にジグは昔から教会に世話になっていたので、噂は聞いていた。
静かに、厳粛に進んでいた旅だったが、途中の森でルミネ王女の従者の一人が熱を出した。教会が選んだ、見目の良い子供の一人だ。旅慣れていないため、無理がたたっての発熱だったのだろう。
方針としては街までそのまま進むつもりだったが、途中でルミネ王女が馬車を止めた。
そして薬草を摘むために森の中へ入るので、護衛を一人出してほしいと言ってきたのだ。
街から出たこともない王女が何を言っているのだろうと、責任者であるジグは幾度か断ったが、ルミネ王女は穏やかながらも『すぐに済みます』『危険なことはしません』と譲らない。
仕方なくジグが護衛をして森の中へ入ると、ルミネ王女は確かに、数分と経たずに薬草を見つけだした。
他にも、魔物との戦いで騎士が傷ついた時には、大量の出血や衣服の汚れを気にすることもなく、ルミネ王女が地面に膝をついて治癒魔法を施す、というようなこともあった。
ジグがルミネ王女を見直し、一人の人物として敬意を抱いたのはその時からだった。
旅の間に、ジグはルミネ王女と幾度か話すことがあった。
ジグがルミネ王女に対して敬意を抱いたのと同じように、ルミネ王女もまた、自分の周りにはあまりいない、女性に対して下心なく真摯に接するジグを気に入ったようであった。
その旅以来、ルミネ王女は何かあった際には、ジグを護衛に名指しすることが増えた。おかげでジグは騎士団の中でも、より認められるようになっていったし、ルミネ王女もまた、以前よりも少し活動的になっていた。
いずれジグは騎士団を抜け、ルミネ王女専属の騎士になるのではないかと噂をされていたくらいだった。
その噂は、自分の派閥の力を伸ばしたい騎士団長にとっては面白くないものだったし、ジグに期待をしていたトルメンにとっても、あまり良い話ではなかった。




