さながらホラー
グレイが飛び降りてくる直前、地上では異変が起こっていた。
ホワイトが次々と薬物兵を処理していく中、突然、地中から伸びてきた手が、ホワイトの足首をがっしりと掴んだのである。
ホワイトはそれが何かを確認することもなく、これまでに仕留め損ねた薬物兵によるものと判断し足を振り払う。
すると腐った死体の腕がブンと宙を舞って飛んでいった。
そこでようやく、どうやらこの腕は薬物兵によるものではないぞと気づいたホワイトがあたりを見回すと、庭中からボコりボコりと腕が飛び出し始めている。
クルムの足元にも同様に腕が生えてきたことに気付き、ホワイトは面倒なことになったと眉間に皺を寄せる。足元からの攻撃は回避しにくい。
ホワイトほどの強者ならば無視して戦っていれば、勝手に振り払うことができるが、クルムが掴まれて引きずり倒されでもしたらどうなるか分かったものではない。
グレイは何をしているのかとホワイトが屋根を睨むと、ちょうどグレイがローブをなびかせながら飛び降りてくるところだった。
「前へ進め!」
大声が飛んできたところでホワイトは振り返るのをやめて、ジグの方へ向けて走り出す。
護衛の交代だ。
猛然と進みだしたホワイトの背後では、グレイが着地と同時に足元に特大の破裂魔法を放ち、地面にクレーターを作り上げる。
土や小石と共に巻き上げられたのは、粉砕された腐った人の死体や骨。
力のかかる方向まで調整したのか、それらが見事にクルムがいる場所だけを避けて吹き飛んでいく。
「小賢しいわ!」
一歩進むごとに足元が炸裂し、アンデッドたちが吹き飛び、もの言わぬ物体に戻っていく。
流石に足元からの突然の襲撃には驚いていたクルムであったが、周囲が穴ぼこだらけの悲惨な状況になっていくのを見ていると、驚いているのも馬鹿らしくなっていく。
自分も一応警戒しつつ、ホワイトが向かう先にいる、ジグたちの様子を観察する。
ホワイトは薬物兵たちに、ジグはルミネ王女の方に集中する中、首が逆さになったまま立っている教皇の亡骸が僅かに動いた。
まさかと思って目を凝らしたクルムだったが、間違いなくその左手が何やら規則的に動き、右手に握られた杖の頭がぼんやりと光を放ちはじめていることを確認する。
「教皇が何かしています!」
ジグは振り返るがルミネ王女を抑えているため動けない。
ホワイトもクルムの言葉で教皇の動きに気付くが、それを阻止できるような場所にはいない。
やがて杖の先に出現した白色の炎が、大きく膨れ上がり、やがて教皇の腕を燃え上がらせた。教皇は体を燃やしながらも膨れ上がった巨大な炎の塊を、ホワイトに向けて放った。
ホワイトは、剣を近くにいる大柄な薬物兵に突き刺したまま体当たりし、そのまま青白い炎に向けて突っ込んでいく。
ぶつかった瞬間、庭中をまばゆいばかりの光が照らし、それが収まった時には、地中から這い出してきていたアンデッドが、その場で脱力し動きを止めていた。
ただの死体に戻ったのだ。
ホワイトは燃え上がった薬物兵をそのまま蹴り飛ばして、ジグの方へ向けて再度駆け出す。
「なんですか、今のは」
「邪なものを払う聖職者の魔法じゃろうが……、自身が燃え上がっていては世話ないのう」
教皇が自ら生み出した魔法に焼かれ崩れ落ちるのをみながら、グレイがほっほと笑う。不謹慎な老人であるが、その姿勢には油断がない。
「上で何が」
「あの逃げ出した騎士と、しわくちゃな魔法使いの婆がおった」
「倒したのですか?」
「分からんが、おそらく婆には逃げられた」
「先生がですか!?」
「ありゃあ手練れじゃ。一瞬意識から外しただけで、消えおった。あたり一面切り裂いてやったんじゃが、出血もうめき声もないということは、逃げたという事じゃろう」
思えば最初にスカベラとやり合っていた、あの小物じみたやり取りも演技だったのかもしれない。スカベラさえ殺せばあとはどうにでもなる魔法使い、と思えばグレイだってどうしても注意を怠ることがある。
それでも最速で命を奪うべく魔法を放ったつもりだった。
だが、スカベラの魔法斬りに感心したあたりで、ちょうど【人形遣い】は完全にスカベラと重なってグレイの視界から消えていたのだ。
その隙に何らかの魔法を使って逃げ出した。
グレイとはまた違ったタイプの魔法を極めている魔法使いである。
相性はお互いに良くないし、当然互いの手の内もあまりわからない。
「この死体が動き出したのも、あの死んでる教皇が動いたのも、あの魔法使いの仕業じゃろうな。逃げるための時間を稼がれた」
今回のところは諦めである。
相手の準備が良すぎた。
まるでグレイの行動を予測していたかのような鮮やかさであった。
「厄介な相手ですね。……薬物兵を操っていた魔法使いでしょうか?」
「そうじゃろうな」
話をしているうちに、ホワイトがジグの元までたどり着く。
薬物兵は全て斬り捨てた。
教皇は倒れて燃え続け、屋根の上にも死体が一つ。
抵抗する者はもういない。
ホワイトは、ジグの首元に剣を突き付けて口を開く。
「何があったか説明しろ」
「……もちろんです。そのためにも、ルミネ様を治癒室へ運ぶのを手伝っていただけませんか?」
ジグは冷静だった。
ホワイトが自分を斬り捨てないことも、この申し出を断らないことも、長年の付き合いでよく理解していた。
どうやら、今夜の戦いは謎を多く残したまま、これで終わりのようである。




