06_現実
「は?」
何を言い出すんだいきなり。この世界が現実? そんなわけはないだろう。確かにこの世界は現実のようにリアルだが、秋葉原が廃墟だったり、蛇女が出てきたり、それを日本刀で攻撃したり、どう考えてもゲームではないか。カズトはダイチの意味不明な発言にドン引きする。
(どうせこのゲームのクリエイターが、リアルであることを強調するために、わざわざNPCにこんなことを言わせているのだろう)
「そんな馬鹿らしいこと言うと、折角のリアリティが台無しだよ、NPCさん」
カズトは半ば呆れ顔でダイチを冷やかしたが、
「俺はNPCなんかじゃない! お前と同じ血の通った生身の人間だ。大体こんないい男がNPCなわけないだろ!」
ダイチは興奮気味に唾を飛ばしながら怒鳴り声を上げる。カズトに名前ではなくNPC、NPCと言われ、いいかげん頭にきていたのだろう、物凄い形相だ。ただ、彼の台詞に異論があったのか、カオルがすかさず小声でツッコミを入れる。
「そうだな、私がゲームのクリエイターなら、こんなゴリラみたいなやつじゃなく、もっとスマートなイケメンNPCを作る」
「ぷっ」
彼女のツッコミに思わずカズトは吹き出してしまった。
「ゴリラは言いすぎでしょ、ゴリラは」
ダイチは眉をひそめていかにも不満そうだ。確かにゴリラはちょっと言いすぎかもしれない。彼はイケメンではないにしても、そこまで不細工でもなく、とても男らしく凛々しい風貌をしているからだ。
「とにかくこの世界が現実なんだ! お前の今の記憶はこのVRゲームが書き込んだ設定に過ぎない。馬鹿になったつもりで全てを受け入れてみろ! そうすれば元の記憶も戻りやすくなるはずだ!」
ダイチはそう言いつつカズトを壁に追い詰める勢いで迫った。どうもすぐに熱くなる性格のようだ。しかも、彼は180センチを超える大男、威圧感が半端じゃない。カズトは圧倒されるように後ずさりせざるを得なかった。が、
「……で、でも」
何とかVRゲームマシンを指差しながら反論に出る。
「もし仮にこの世界が現実だとすれば、逆に俺がやっていたというこのVRゲームが超リアルすぎるんじゃないのか? 俺はその世界で普通に生活していたんだぞ」
「だから、そういう記憶を強引に脳に送り込んで楽しむゲームなんだよこれは。お前は生まれてからずっとその世界で暮らしてきたと思い込んでいるだろうが、実際にお前がこのVRゲームをプレイしたのはたかだか10分程度だ。それ以外は全て作られた記憶なんだよ」
「んなわけないだろ、だいたい脳に記憶を送り込むゲームなんて聞いたことがない。そんなの現代の技術じゃ絶対に無理だ」
「そりゃあ、お前の知っている『現代』ならな。でも、現実の『現代』なら可能だ、いや可能だったというべきか」
「現実の、現代?」
「そう、ここはお前が思い込んでいる『現代』じゃない。それから25年も後、西暦2043年の世界なんだからな」
「2043年!!?」
「で、こいつは5年前にリリースされた最初で、恐らく最後の記憶操作型VRゲームだ」
「そ、そんな、馬鹿げてる! 信じられるわけないだろそんなの!」
「じゃあ聞くが、お前の言う『現代』で、この世界のようにリアルな仮想現実のゲームが作れるとでもいうのか? プレイヤーが主人公と完全に同化し、現実と同じサイズの町があり、NPCが自由にしゃべりまくる、そんなゲームが!」
「そ、それは……」
ダイチに突っ込まれ、カズトは言葉を失う。そう言われてみればそうだ。巷ではVRという単語をよく耳にするようにはなったが、でも、これほどリアルなVRゲームを作ることは恐らく、いや、絶対に無理だろう。
ただ、だからといって今までの生活を全否定することなんてできるわけがない。それはつまり、自分自身を全否定するのと同じことだからだ。
「……と、時々あるじゃないか、世間じゃあまだ無理だろうと思われていた技術が唐突に出現した例が。た、例えば……、そ、そう! ロボットの二足歩行の技術とか、それから……えーと…………」
カズトは何とか反論しようと試みたのだが、しかし、言えば言うほど自分自身を追い詰めていくような気がしてならなかった。だいたい、彼の前に立つダイチがリアルすぎるのだ。おでこに浮き出た青筋、微妙に長さの違う無精髭、興奮して荒くなっている鼻息、これらをカズトの『現代』の技術で完全再現できるだろうか? 彼の声は次第に小さくなり、先細りしていく。
そんな煮え切らないカズトをダイチは黙って見守っていたが、
「そうだ!」
何かを思い出したのか急に大声を出し、カオルとサクラの間をすり抜けて通路に出ると、そのまま階段の方に走っていってしまった。
「??」
みんなは何事かと彼の向かった先を静かに眺めていたが、彼はすぐに戻ってきて「これを見ろ」と言うなりカズトの前にあるものを広げる。
「あっ!」
それは階段の踊り場の壁に貼られていたポスターだった。全体的に薄汚れていたが、秋葉原の町並み――カズトがよく知っている――が印刷されているポスターだ。
「ほらこれ、今のアキバの町じゃ――」
カズトは嬉しそうにそのポスターを指差しつつダイチに訴えようとしたが、
「よく読んでみろ!」
ダイチはカズトの言葉を強引に遮り、彼にポスター内の文章を読むよう促した。
「え……」
カズトは改めてポスターの内容を確認する。
そのポスターの上部に書かれていたものは、
『最新VRアドベンチャーゲーム【秋ブラ】2038年4月リリース!!』
という題字。2038年とあることから、これがダイチの言うVRゲームの広告用ポスターだろうか。さらに、その題字のすぐ下には、
『平成の時代にタイムスリップ! 古き良き秋葉原の町を満喫しよう!』
という謳い文句が。
さらにさらに、ポスターの下の方にはカズトが通う高校のブレザーを着た男女のキャラクターが描かれており、その脇に簡単なゲームの説明が記載されていた。
『あなたは上野北高校に通う17歳の高校生。つらいテスト期間が終わり、晴れ晴れとした気分で秋葉原に突入! という設定をログイン時に脳に書き込みます。スタート地点は旧秋葉原駅。そこから平成の雰囲気漂うレトロな秋葉原の町を満喫しよう! イベント多数ご用意。もしかしたら、その時代のアイドルに会えるかも!? 制限時間は夜の10時まで。それではGOOD LUCK!』
「…………」
ポスターの内容を読み進めるにつれ、カズトの顔が驚きの色を帯びていく。その説明が、見事なまでに彼自身の状況と一致していたからだ。テストが終わり、はつらつとした気分で秋葉原に来た。そして町を堪能し、夜の10時には帰宅しようと思っていた。すべて同じだ。同じなのだ。何故? どうしてここまで……。
さらにダイチが補足する。
「お前が旧秋葉原の散策を始めてからすぐに雨か雪が降り始めたんじゃないか? その後、今までなかったはずの店が急に出現したりしただろう? それは、このVRゲームのシステムがバッテリー残量の少なさを検知して、プレイヤーをログアウトポイントに誘導した結果なんだ。お前は普通に生活していたような気がしていたかもしれないが、全てこのゲームの中に組み込まれたプログラムなんだよ!」
「!?」
ダイチの話にカズトが驚愕の表情を浮かべる。青空が見えていたのに急に雨が降り、雨宿りしようとしたところで見覚えのない階段を見つけ、このネカフェに入った。カズトの行動そのままではないか。でも、それがゲームに組み込まれたプログラムだなんて……
(俺の記憶は、本当に作られたものなのだろうか……)
「………………」
カズトは完全に沈黙する。頭の中の何もかもがこんがらがり、もはやそれを解すことなどできない状態になっていた。この世界が現実で、今までの世界がVR。自分が暮らしていると思い込んでいた世界をログアウトし、現実の世界――2043年――に戻った? そんなこと全く信じられないが、今までのダイチの説明にこのポスターの内容、もしかしたら、本当に自分がゲームの世界を現実だと思い込んでいるだけなのか。そんな思いがどんどん幅をきかせ、それにともなって自分というものを支えていた土台がガタガタと音を立てて崩れていく。自分はいったい何者なのだ?
カズトの思考は完全にクラッシュし、力が抜けたようにその場にへなへなと座り込んでしまった。
「…………」
そんな彼を、ダイチもカオルもサクラも無言で見守っていたが、やがてカオルがため息をつき、その後、当面の予定を簡潔に述べた。
「もうすぐ日が暮れる。話は上野に戻ってからにしよう」
けれども、カズトは座り込んだまま動かない。いや、動けないでいた。完全に魂が抜けてしまっているようだ。
「はぁ」
仕方なく、ダイチがカズトの肩を担いで地上まで連れて行くことになった。
そのまま薄暗いB2のフロアを抜け、荒れ果てたB1の店内を通り、地上への階段を上る。みんなカズトに気を使いながら時間をかけて進んでいった。
ただ、地上に出たところで、
「カズト、ここからは自分で歩け。記憶がなくてもそれくらいできるだろ」
我慢できなくなったのかカオルが厳しい口調で言う。
「…………」
カズトはまだ何も考えられない状態だったが、彼女の声に反応し、肩から垂れ下がった重い頭を何とか持ち上げた。その瞬間、
「!?」
カズトの目に飛び込んできたのは廃墟になった秋葉原の町。さっきまでVRゲームだと思って気にしていなかった。が、そうだ、そうなのだ、この世界が現実ということは、この秋葉原の景色も当然、
「げ、現実!!?」
そんな言葉足らずの質問に、ダイチが冷静に答える。
「そう、これが現実。2043年の現実なんだ」




