05_精神障害
「何なんだ、このNPCは!」
掴まれている腕が痛い。カズトは何とかダイチの手を払おうとしたが、ビクともしなかった。モンスターならともかく、NPCがこんなにもプレイヤーの行動を制限してよいものだろうか?
(きっと傲慢なクリエイターが作ったクソゲーだな)
新しい技術で作られたゲームというのは実は面白くない確率が高い、とゲーマーのカズトは常々思っている。クリエイターが技術に溺れ、ゲームそのものの面白さを追求しないからだ。恐らくこのゲームもその類だろう。
そんなふうに思いつつ、カズトは荒れ果てた秋葉原の大通りをNPCのダイチに引っ張られながら嫌々歩いた。いくらクソゲーでも、これだけのクオリティだ。少しは町を見て回りたいのに。
ただ、それから何分と経たないうちにダイチは立ち止まり、そして、
「…………」
カズトも沈黙する。そこは、あのネカフェのあるビルの前。
ダイチはそこで周囲の様子を軽くうかがった後、カズトの腕を引っ張りながら地下へと続く階段を下りていく。
「…………」
そんなダイチに、カズトも大人しく従った。このNPCがこのネカフェに自分を連れてきた理由、それに興味を持ったからだ。彼らの後にはカオルとサクラもいて、興味深げにキョロキョロしながら歩いている。
ネカフェの店内は、相変わらず滅茶苦茶だった。レジのスペースや壁が激しく傷み、床には漫画本が散乱している。完全な廃墟。これを初めて見た時、カズトは得もいえぬ恐怖を感じて逃げるようにして外に出た。が、これがゲームだとわかってしまえばまったく恐怖は感じない。むしろ、「よくできているなぁ」と関心すらしてしまうくらいだ。ゲーム内では単なるオブジェでしかないはずの漫画本も、ちゃんと読めるほどのクオリティ。本当にすごい出来だ。ただ、漫画好きのカズトでさえ知らない漫画ばかりなのは、著作権等の配慮で、恐らく架空のものなのだろう。
そんな店内を注意して歩き、一行は奥の階段にたどり着く。ここまで来ると、外の光はわずかしか届かない。何とか見えるレベルだ。そして、B2へと続く階段の下方は、地獄への入口がごとく満々と漆黒を湛えている。カズトはさっきこの中を何の灯りもなく進んできたことに我ながら驚いた。
(懐中電灯がいるな)
すると、急にカズトの視界が緑色になり、その後すぐ暗い電灯が点いた様に目の前が薄っすら明るくなった。どうやらかけているゴーグルには暗視機能も付いているようだ。暗闇を感知して自動で暗視モードに切り替わったのだろう。しかも、普通の暗視スコープ――緑色やモノクロの視界――ではなく、ちゃんと色まで識別できる。
(さすがゲームだ)
カズトは何でもありだなとニヤニヤしつつ、ダイチに続いてB2への階段を下り始めた。
さっき通った時には真っ暗でわからなかったが、階段もB1のフロアと同じようにぼろぼろだった。壁があちこち崩れ、その破片が床に散らばっている。あの時にも何か堅いものを踏んづけた感触はあったが、これだったのだ。
B2のフロアに着くと、ダイチはそのまま真っ直ぐに通路を進み出す。ここまでくるとカズトにも彼がどこを目指しているのか大体わかった。たぶん、あのブースだ。
やがて、ダイチは通路の突き当たりで立ち止まった。目的地のブースに着いたのだ。ドアが開け放たれているのは、カズトが出た際に閉めていかなかったからだろう。
ダイチはそのドアを静かにくぐり抜け、続いてカズトも中に入った。ただ狭いブースのため、それ以上は入れない。カオルとサクラはドアの外側にいて、中を覗き込む形になった。
「…………」
ブースの中はだいぶ現実と違っていた。その最たるものがネカフェでは不可欠であるはずのPCやモニタの欠如だ。ブースの真ん中にリクライニングチェアがぽつんと置かれているだけ。それ以外には何もない。いくらVRゲームでも所詮ゲームはゲーム、ネカフェの雰囲気を出すためだけに作られた無意味な空間のようだ。わざわざ来る必要もなかった。が、カズトはそこであることに気付き、少し不安になる。
(あれ、ここにPCがないとすると、どうやってログアウトするんだろう?)
その時、
「あっ、カズト君の装備が!」
中を覗き込んでいたサクラが不意に声を上げる。
「え?」
その声に釣られてカズトがブースの隅を見ると、日本刀とパワードスーツが無造作に置かれていた。
『日本刀(攻撃力:+63 俊敏性:-2)
MIGUパワードスーツ タイプA(能力×5)』
「やっぱり……」
ダイチもそれを確認し、小さな声を漏らす。少し残念そうな声音で。どうしてその装備が自分のものなのか、そして、ダイチの言う「やっぱり」とはどういうことなのか、カズトにはさっぱりわからなかった。
その後、ダイチはカズトの方に向き直り、険しい表情で問う。
「お前、これをやったんだな?」
「……これ?」
ダイチの言に、カズトが困惑の表情で聞き返した。「これ」と言われてもそこにあるのはリクライニングチェアのみ。これでいったい何をやったというのだ。
「これとは?」
カズトが返答に窮していると、カオルも首を傾げつつダイチに向かって質問。どうやらダイチの言ったことを理解できなかったのはカズトだけではなかったらしい。
カオルの問いに、ダイチはカズトに向けていた視線を一旦彼女に移し、「これ」についてわかりやすく言い直した。
「情報が未登録なのでNゴーグルには何も表示されませんが、これは最新のVRゲームマシンだったやつです」
「VRゲームマシン?」
カズトとカオルは不審げに揃って目の前のリクライニングチェアを注視した。これが最新のVRゲームマシン? にわかには信じがたかったが、よくよく見ると、椅子の横や肘掛の辺りに小さなボタンやLEDのランプらしきものがいくつも並んでいる。何かの装置であることは間違いないようだ。
「この椅子のヘッドレストからデータや画像を直接脳に出力するタイプのマシンです。さっき俺とカズトが見つけました。まあ、別にこのマシン自体はそれほど珍しくないんですが、こいつはバッテリーが少し残っていて、10分くらいならプレイできる状態でした」
(さっき見つけた?)
当然ながらカズトにそんな記憶はない。が、NPCが言っているということは、もしかしたらこれはゲーム内のイベントかもしれない。よくMMORPGなどでは、ちょっとしたイベントやクエストがゲーム内にたくさん散りばめられていて、プレイヤーを飽きさせないように工夫されている。恐らくこれもその類だろう。そう思ってカズトはその部分を軽く聞き流すことにした。
なおも、ダイチの説明は続いている。
「このバッテリーの回収をカズトひとりに任せたのがいけなかった。こいつはプレイヤーが精神障害を起こすことが稀にあって当時から問題になっていたマシンなんです」
「精神障害?」
ダイチが吐き出した負のワードに、今まで黙っていたサクラが心配そうな顔つきで呟くように問う。
「ああ、簡単に言えば記憶喪失。VRゲームの内容を本当だと思い込み、現実の記憶を忘れてしまうらしいんだ」
「そんなことがあるのか?」
カオルが驚いたように聞き返す。
「ええ、『悪夢』より前、医療の分野で実用化されていた『記憶を操作する技術』というものがあったのを知っていますか?」
「えーと、確か記憶喪失や痴呆症などの患者に対し、その者の経歴や写真などの画像を生体電気信号に変換して、それを強制的に脳に送り込むことで、失った記憶の回復を図る、とかいうやつか?」
「そうです。こいつはその技術をVRゲームに応用した最初で、恐らく最後のマシンです」
「そんなものがあったのか」
「はい。ゲームを始める前に、あらかじめ主人公の生い立ちや家族構成、現在の生活などの設定データを脳に送り込んでおくことで、プレイヤーはあたかもVRゲームの世界に昔から住んでいたような感覚に陥り、よりゲームにのめり込める、といった画期的なマシンだったんです」
「なるほど。詳しいな」
「俺も昔は相当のVRゲーマーでしたから……。ただ、さっきも言いましたけど、このゲームには致命的なバグがあって、通常はログアウトする際にゲーム内での設定を全て脳から消去し、ゲームを楽しんだ記憶だけを残すようプログラムされているんですが、稀にそのプロセスが実行されず、ゲーム内の記憶のままログアウトしてしまうことがあるらしいんです」
「…………」
「そうなると、プレイヤーは記憶喪失のような状態に陥り、現実の生活ができなくなってしまうということで、その当時かなり問題になっていました」
「それじゃあ、これをカズトがやって、記憶喪失になってしまったということか?」
「症状から見て、恐らく……」
「それは厄介だな」
「な、直せるんですか?」
そこまで聞いて、相当不安になったのかサクラがすがる様な目でダイチに問う。
「わからん。その当時なら病院で治療すればすぐに直ったらしいが、今は……」
「…………」
「…………」
そこで、三人はカズトの顔を見ながら黙り込んでしまう。酷く深刻そうな表情を浮かべ。
「……え? なに? どうしたの?」
けれども、カズトはダイチ達が何を言っているのかさっぱりわからず、きょとんとした顔で彼らの視線を浴びていた。何となく自分のことについて言い合っていたような気はしたのだが、話がまったくみえない。
そんな阿呆面したカズトに対し、
「よく聞け、カズト!」
ダイチが大声を発しながら真剣な表情で詰め寄ってきた。
「お前が現実だと思っている世界は、実は現実じゃない。このVRゲームマシンが作り出した仮想現実だ。それで、今お前がいるこの世界が現実なんだ。わかるか?」




