第82話 祝賀会
しとしと小雨の降るなか、敷地へ停められた二台の馬車へと僕らは向かう。雨を避けるよう早足で進むと、待っていた御者は一礼して扉を開いた。
ちなみにこの世界には傘という文化はほとんど存在しない。
「けっこう降って来たわねぇ。あ、ごめんなさい、黒猫は汚れていないから乗せても平気かしら?」
どうぞと御者から身振りで示され、小柄なエルフは黒猫を抱えたまま乗り込んだ。中はそう広くは無いが、僕らの背丈には十分だ。丈の長いスカートに慣れていないのか、ずるりと滑りかけた少女を、慌てて後ろから抱き支えた。
「あら、ありがとう。裾を踏みかけてしまったの」
「いいんだよ。さ、気をつけて」
やはり体重は軽く、振り返った薄紫色の瞳からにこりと微笑まれる。いつもとは異なり白色のドレスに身を包むと、普段より彼女の美しさが際立つなぁ、などと思う。
馬車は向かい合う形で革張りの座席があり、マリーと黒猫が先に窓際へ腰掛けた。僕も肩掛けについた水滴をパサパサと払い、この屋敷に住むゼラと共に馬車に乗り込む。
彼が声をかけるとパシンという音と共にがらがらと馬車は進む。少々曇ったガラス窓の向こうには緑鮮やかな庭園が流れてゆき、晴れていればもっと景色を楽しめたことだろう。
首元をゆるめ、一息つきながら向かいに座るゼラに声をかけた。
「ありがとうございます、衣装まで貸していただいて」
「うん、そう固くならなくていいって。どうせ埃をかぶっていたものだからな。というよりも、うちに来なければいつもの一張羅で向かってたのか?」
その問いかけに僕らは「えへへ」とごまかし笑いを浮かべる。夢の世界では家さえ持たない僕らに、そのような服などあるわけ無いし。
いつもとは異なり、僕も裾の長い落ち着いた色のローブ、そして黒いブーツと肩掛けをしている。武家として認められているサウザンド家らしく短剣を腰から下げているが、これは単なる飾りだ。
「あら、少しは凛々しく見えるわよ。その眠そうな目をつぶりさえすれば」
「そう言うマリーは似合っているから反論しようが無いや。花の髪飾りがとても綺麗だと思いました」
などと月並みな感想を伝えると、にんまりと少女は嬉しそうに微笑む。やはり女性らしく、いつもの魔術師姿とは異なる服を楽しんでいるらしい。
わずかに塗られた口紅といい、長い耳へと飾られた刺繍といい、少女の持つ魅力を引き出していると思う。つい先ほどまで使用人はノリノリで衣装合わせをしていたものだ。
門をくぐると道は石畳へと変わり、がらがらという音が強くなる。
振動はそれほどではないが、車に比べるとずっと大きな音だ。
街路樹はやがて途絶え、少しだけ雰囲気の暗い道を進んでゆく。どうやら国の中心にある城とは反対方向へ進んでいるらしい。
「これから祝賀会に行くが、ちょいと寄り道するぜ。ドゥーラを迎えに行きたいからな」
「ええ、もちろんです。他の隊員はそれぞれ向かっているのですね」
「ま、乗合馬車じゃないからな。俺としては、この砂国へ無理して異国文化を持ち込まなくても良いと思うんだが」
なるほど、つまり整備されたところしか馬は走れないのか。
固くならされた道であれば問題無いが、さすがに砂の上を自由に進むには異なる動物が必要らしい。
さて、ドゥーラの待つ邸宅は幾分か古めかしい印象をしていた。
庭はよく手入れをされているものの敷地は狭く――といってもサウザウンド家と比べればの話だが――御者を待たせてゼラは雨のなかを歩いてゆく。
それを眺めていると、少女はぽつりと呟いた。
「ねえ、あの2人は結婚できるかしら?」
「どうかなぁ。頑張り次第だけど、まだ二層の主を僕らは見てもいないからね」
噂によると謎の多い階層主らしい。特定の場所以外にも現れ、ひっそりと後ろから魂を抜いてゆくのだとか。さらには集中攻撃をして撃滅しても新たに現れてしまうという厄介さだ。
「不死者は僕にとって天敵だから、いままで逃げ回ってたんだよねぇ」
「あら、意外……でもないわね。聖属性を扱えないなら逃げたほうが早いでしょうし」
そうそう、だから「よく分からない」という印象しか無い。
などと話していたときに、がちゃりと扉は開かれる。そこには赤い髪を水滴に濡らすドゥーラがいた。雨避けなのか襟付きのケープをつけ、いつもより女性らしさを強調させたドレス姿をしている。
「あら、可愛らしい子達。おめかししてどこへ行くの?」
「こんにちはドゥーラさん。ええ、これから豪華な祝賀会というものを楽しもうと思いまして」
彼女は席を陣取る黒猫としばし見つめ合う。ぱちぱちと互いにまばたきをし、それからひょいと黒猫をかかえてから腰を下ろしたようだ。
扉は閉められ、反対側からゼラが乗り込む。
「不死者は面倒よ。肉体が残っているのはまだマシ。未練があるから肉体から離れられないけど、幽体、それを利用した動く鎧の発見報告もあるわ」
「へえ、それは楽しみだなぁ。ぜひとも目にしたい」
おや、女性2人から「変わってるわねぇ」という目で見られてしまった。
いやいや、もちろんゾンビなんて相手にしたくないけれど、動く鎧だなんて一度は見ておきたいじゃない。
剣と鎧をつけた相手と正面から殴りあう。それこそファンタジー世界の醍醐味だからね。
「あー、分かるわ。ぴょんぴょん跳ねる魔物なんかより、そういう奴等が隊列を組んでるほうが燃えるな。一度奴らに包囲されたことがあって……おっと、出してくれ」
ぱしんと音を立て、今度こそ馬車は城へと向かう。
やはりゼラ、そしてドゥーラは白と紺を基調としたお揃いの衣装をしており、隣に座るとお似合いだと思わせる。しかし、未来の花嫁はエルフばかりを見ているようだ。
「やっぱりマリアーベルはエルフ族のなかでも飛び抜けているわね。もう少し近くで顔を見せてくれる?」
「こらこら、俺たちの恩人で遊ぶなって」
「いいじゃない。これから仲間なのだし互いのことを知っておくべきよ」
などと言い、マリーの腕と肩をつかんで抱き寄せようとしているが……。
足元が斜めになった黒猫は、むすりと不機嫌そうな顔を浮かべる。
「あの、ドゥーラさん、近くないですかっ?」
「構わないでいいわ。私は綺麗な子が好きだし、あなた以外の皆はとっくに諦めているから」
うわー、戦場から離れると自由奔放だな、この人は。
すべすべの頬へ触れ、うっとりとした顔で囁く姿を見ると……僕としては複雑な心境だ。どうやら彼女は、ええと、つまりは同性愛的な趣味をお持ちなので?
「ちがうわ、これは美しい花を愛でているだけ。あなた、今夜はうちへ泊まりなさい」
「ひぃっ! た、たすけて一廣っ!」
ああー、助けてあげたいのは山々だけど、僕はとことん女性に弱いからね。せいぜい2人から押し潰されようとしている黒猫を救い出すことしか出来ないよ。
まあ、そんなこんなで騒がしくも僕らは祝賀会へと向かったわけだ。
やがて一際大きな門をくぐると、花に飾られた華やかな会場に迎えられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、その日の祝賀会には多数の出席者があった。
迷宮攻略による益は大きく、成果を見せ付けるべく王族が設けたからだ。その見せ付ける相手とは、まだ攻略参加を許されていない各組織――冒険者ギルドや聖職者、その他の有権者などなど。
そのような事情をゼラ、そしてドゥーラから聞きながら馬車は敷地をゆったりと進む。
この国には「統主」という言葉がある。
いわゆるパーティーメンバーを統括する存在であり、サウザンド家のように召抱えの組織体が点在しているわけだ。彼らが今回の攻略において中心的な存在であり、逆にいうとそれ以外の者は指をくわえて見ていることしか出来なかった。
会場は華やかであり、僕らを歓待するという名目は保っているものの、一番の目的は彼ら有権者たちによる投資だ。いまこの波に乗らなければ何年も暗い道を歩き続けることになる、という情報操作を王族達は作り出していた。
だからこそあちこちで交渉が行われ、参加権を得るための投資により国庫は膨れ上がってゆく。
「ええ、夢が無いですねぇー……」
「そう言うなって。財の流れを操るのも国の仕事さ。だから俺たちは食事と酒を楽しむことが許される……だろ?」
にかりとゼラは笑い、絨毯の敷かれた道を歩く。
そのように聞いてしまうと華やかな周囲の談笑もまた違って見えてしまう。
表面では紳士的な笑顔を、裏側では血まなこになり権力を守ろうとしている。そのような思惑により、この豪華な会場は支えられていた。
唯一の救いは、周囲から浮いて見えるほど可愛らしい少女、マリーの手を引いている事か。物珍しげに黒猫と周囲を眺めていた少女は、僕の視線に気づいてにこりと微笑んでくれた。
「すごい豪華ね。あとで一緒に歩いて回ってみましょう」
「うん、そうしようか。さすがに僕らはお酒を楽しんだら駄目かな?」
「私はエルフだから平気。あなたは人間だから駄目よ」
ええ、そんなぁー……。まさか日本とは真逆の立場になるだなんて。
悲しそうな顔をするとマリーは腕を抱きかかえて屈託なく笑い、周囲の人々はその華やかさに歓談をしばし忘れてしまうほどだった。小さな声で「エルフ族」「珍しい」「妖精のよう」などという声が響き、少しだけマリーは身をこわばらせ、僕の腕を強くつかんだ。
さて、そのような宴ではあるが、迷宮攻略隊ごとに紹介されてゆくと空気は一変する。弦楽器が明るく響くなか、係りの者による紹介と共に階段から降りてゆく。
ひょっとしたら将来の嫁ぎ先を品定めする意味があったかもしれない。興奮を隠し切れない表情をした女性たちが、さわさわと楽しそうに品定めをしていた。
まるで品評会のようではあるが攻略隊にとってはまんざらでは無いらしく、そして統主にとっては己の価値をアピールする場でもある。声援に応えつつ会場へと降りてゆく。
「勇者候補とさえ噂されるダイヤモンド隊、ザリーシュ様――……!」
と、紹介の言葉を掻き消すほどの声が広間に響いた。
しかし、それは仕方ないだろう。なにしろアリシア国において最も高い実力を持ち、推定レベル140という存在だ。顔立ちや衣装も華々しく、複数いた第一階層主のうち最も手ごわい存在を倒したと言われている。
周囲には美しい女性たちを8人もはべらせ、またそれぞれが一騎当千のつわものであるらしい。だからこそ男女それぞれの注目を集め、なみなみならぬ興奮が場を満たしてゆく。
せめて一声でも話をしたいと押しかけ、場の喧騒はなかなか収まらなかった。
さて、ざわざわとした喧騒のなか、係員は僕らを促した。先へ進んで紹介を受けるように、という意味だろう。
「あ、緊張してたけど、あの人の後なら誰も見ないね。こりゃあ助かった」
「あなたね、階層主を最も早く倒したのは私たちなの。決して活躍は負けていないのに」
彼女の手を取り、階段をゆっくり下りながらこそこそと会話をする。今なら普通に話しても誰にも聞こえないだろうし、やはり係員の紹介は僕らにさえ届かない。
うん、こりゃあ助かったぞ。……などと思うのは早かったかもしれない。
ぐぬぬと悔しそうな顔をしていた少女は、大きく息を吸い、そして指先へ向けて「ふう」と吹きかける。すると半透明の花びらが舞い、熱気に包まれる会場へと送られた。
「あ、まさかこれは……」
「ええ、あなたの部屋で覚えたものよ。匂い以外にどんな効果も無いけれど」
少女が届けたのは、ただの清涼な風に過ぎない。
しかし喧騒は一瞬だけ静まり、そして瞳を向ければ年若い少女、それに黒猫を抱いた少年が歩んでいる。周囲とかけ離れたその印象は、彼らの気を引くに十分だったかもしれない。
はっと我に返った係員は、よせば良いのに僕らの紹介に声を張り上げてしまった。
「最も年若く、最も少人数で、そして最も早く階層主を倒してアリライ国へ益をもたらしたのは……アメシスト隊! 彼らは諸外国からの参加にも関わらず、開け放った宝物殿に目もくれず立ち去ったという噂で……」
たびたび少女とアニメなどの物語を見てきたが、最も観衆の目を引くのは「意外性」であることを僕らは知っている。
妖精のように美しい少女、そして眠そうな顔をした僕という第一印象を、これ以上なく係員の声は打ち砕いてしまう。うん、正直なところ「やめてくれ」と笑顔で詰め寄りたくなるね。
「あーあ、変なところで張り合うなぁ、うちのエルフさんは」
「んふ、たまには良いでしょう。私たちに拍手のひとつも無いなんて、それこそ許されないもの」
おや、花のこぼれるようなその笑みが、さらに観衆の注目を集めてしまうと少女は分からないらしい。まったく、見慣れている僕でさえまともに見れないというのに、観衆なんて……ああ、やっぱり夢見るようなとろんとした顔をしているね。
さて、僕らの知らぬところではあるが、ダイヤモンド隊のザリーシュなる人物も熱い瞳を向けていたらしい。ただし向けられる先は僕や黒猫などではない。
彼はおざなりに周囲の相手をし、そして笑みを崩さずエルフの少女を眺めた。
精霊魔術師なる珍しい職を手にした少女。
調べによると彼女の用意した罠により百体以上もの魔物は塵と化し、レベル82もの悪魔さえ封じ込めたらしい。あとは竜人の女性がいれば簡単に階層主を駆逐できたことだろう。
気がかりなのは、美しい黒髪をした女性をあれから目にしていない事か。恐らくはあの頼りにならなそうな少年を見限ってしまったのだろう、などとザリーシュは考える。
――逃がした魚は大きかったな。せめてこちらは逃がさないようにしなければ。
そう思い、笑みをより深いものへ変える。
離れた位置にいた彼の隊員、褐色の肌をしたエルフは、その表情を見てなぜか悪寒を感じた。まるでザリーシュが、己とあの少女を見比べているように覚えたのだ。
「おまえさぁ、あのエルフに負けてるんじゃねえか?」
などと傍らにいた男から耳打ちをされ、どきりと痛いほど彼女の心臓を鳴らす。ただの冗談に過ぎないが、今の彼女にとっては恐ろしい真実のように聞こえてしまう。
ゆっくりと、祝賀会は夜に包まれていった。




