第83話 未来の勇者とエルフの邂逅 前編
はぁー、と展示ケースを見上げてしまう。
そこには堂々とした全身鎧が飾られており、関節まで隙間なく埋めている豪華さに思わずうっとりしてしまう。
「うーん、ヴェイロンの新作かぁ。かっこいいな」
もちろんただの鎧などではなく、元は金属性の巨人から抽出したものだ。硬そうに見えても実は弾力があり、魔術と組み合わせて人体の動きを補助してくれる。使いこなせば軽く地面を蹴るだけで屋根へ飛び乗れるはずだ。
「あなたも意外な趣味をしているわね。こんな鎧を見て何が楽しいのかしら……」
などとエルフの少女、マリーは不思議そうに覗き込む。
まあ僕が着るには身長が足りないし、重量オーバーで使えない技能まで出てきてしまう。だけど鎧や盾みたいな中世的な代物というのは子供のころからの憧れだ。
「なのにどうして僕は服なんだろう。いまから筋力をあげてみようかなぁ」
「やめてちょうだい。もしあなたが筋肉ムキムキになったら、私は見捨ててしまうかもしれないわ」
…………。
ええ、それほど!?
少しの間を空けて僕は驚愕し、慌ててマリーへ振り返る。しかしちょうど魔術師らしき人物が彼女へ声をかけており、冗談だと笑ってくれる事は無かった。
「……ええ、後ほど検討させていただきますので……」
「ぜひ、色よい返事を期待させて……」
などと話す様子に、僕と黒猫はフスーとため息を吐く。
入場の際、必要以上に目立ったせいで色々な相手から声をかけられることが多いのだ。魔術師としての引き抜き、悪魔を倒した方法についての聞き取り、統主だが一員に加わらないか、などなど。
こきりと首を鳴らして戻ってくる少女は、会場に入ってからというもの機嫌をみるみる悪くさせていた。
「ほらね、だからこっそり入場すれば良かったのに」
「悔しいけれど今は後悔しているわ。あなたみたいに日陰者として生きていれば楽だったのに……」
あれ、僕はいつの間に日陰者になったのかな。ぐぬぬと苦悩の表情を見せているけれど、どちらかというと僕のほうが悲しい思いをしているからね。
さて、祝賀会場は二階まで吹き抜けになっており、通路からがやがやした喧騒を見下ろせる。
もう一度少女へ視線を戻すと、やはりどこか疲れている様子だ。半妖精であるマリーは人ごみや騒がしいところが苦手で、頻繁に見知らぬ者から声をかけられるのはストレスになる。
「向こうのバルコニーで休もうか。どうせもうすぐ僕らは帰らないといけないし」
「ええ、そうしましょう。そっか、明日は月曜だったわね」
そう、月曜日……僕の一番嫌いな曜日だ。ついでにいうと6月は祝日の無い月であり、我が家では「最も呪われた月」などと呼んでいる。
「テレビで見たわ。この時期の結婚式をジューンブライドと言うのでしょう。何でもかんでも横文字にして誤魔化すのはどうなのかしら」
「え、そんな事まで知ってるの? ほら、梅雨時期って人が来ないからさ、どうにかこうにか騙して……」
おっと、そんな事を言ったら失礼か。
マリーは不機嫌になると口が悪くなる癖がある。今は会話よりも落ち着いた場所へ案内すべきだろう。
ぺたんと口を閉ざし、それから少女の手を引いた。
夜風の通るバルコニーへ出ると会場の喧騒は静まり、少女はほっと息を吐く。
手すりの向こうには細かい雨がさらさらと降り、落ち着いた空気を届けてくれる。社交の場ということで誰もおらず、長椅子へ腰を下ろさせると若干不機嫌な顔がこちらを向く。
「飲み物かフルーツでも取ってこようか。なにがいい?」
「あまおう……」
ふふ、まだそれを言うんだね。
6月になるとほとんど入荷はしないけれど、ひょっとしたらまだあるかもしれない。いや、いっそのこと苺のケーキを買った方が良いかもしれないぞ。
などと思いながら2人へバイバイと手を振り、会場へ僕は戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
滞在のため用意された個室は、青白く明滅していた。
陣の中心に立つ男、ザリーシュなる人物は勇者候補とさえ呼ばれている人物だ。文字通り桁違いのレベルを保有し、ひとたび腰を上げれば滅ぼせぬ相手はいない、とまで豪語する。
「――そちらは順調か? ああ、数が足りないのは分かっている。それはもうすぐ済むはずだ」
そう言い、彼は先ほど談笑をしていた冒険者ギルドの重鎮たちを思い返す。
「この祝賀会が終われば奴らが押し寄せてくるが、進行を遅らせる事だけを考えろ。ああ、後は俺が整えてやる」
いんいんと音を立てるこの陣は、彼独自が保有する技能のうちのひとつ。あらゆる探知や解析を許さず、また絶対的に己を守護する効果がある。だからこそ陣の外は一切の無音だ。
「気張れよ。明後日から忙しくなるぞ」
最後にそう言い、何者かとの会話は途絶えた。
青白い明滅も消え去り、そしてザリーシュは楽しげな息を吐く。
と、そのとき極秘会話が流れてきた。どうやら領域守護をしているあいだも何度となく連絡があったらしい。
「――ああ、少し貴婦人と談笑していた。それで動きはあったのか?」
「ええ、いまガキが離れました。対象はバルコニーに1人です」
がちゃりと扉を開けば、吹き抜けの階下から賑やかな様子が伝わってくる。そこには眠そうな顔をした少年が歩いており、そばにいる褐色の肌をした女性へと極秘会話を飛ばす。
「任務開始だ。イブ、これ以上の失態をするなよ」
「……分かりました、必ずやご期待に応えます」
一部のメンバーとは事前にパーティーを組んでおり、こうして極秘会話を行うことが出来る。とたんに彼らにとって祝賀会は戦場に姿を変え、気配遮断などの技能を展開し始めた。
「ボス、いつもの手は使わないので?」
「ただの小娘だ。その必要はない。イブはあの少年を抑えておくように」
「……了解」
イブなる女性にとっては気の乗らない任務だろう。ひょっとしたら己と「入れ替わる」存在かもしれないし、その手伝いをやらされるのだ。しかし、応じなければ間違いなく彼の宝物から追い出される。
彼女は飲み物を受け取ろうとする少年へ目を向け、のそりと重い腰を上げた。
夜気の流れ込む会場は静かな盛り上がりを見せている。演奏家たちによるセッションが始まり、古来からある伝統音楽をアレンジしたものが流れてくる。
皆はうっとりと聞き、娯楽目的ではない者たちは廊下でひそひそと商談を交わす。
「隣国が戦の準備をしていると聞きましたが……」
「あやつらは魔族の血が流れた野蛮人。おかしなことをしても何らおかしくは……おっと、これはザリーシュ様」
武具商人らは慌てて頭を下げ、ザリーシュは目礼をして通り過ぎる。
王族の根城が近ければ、きな臭い会話はどこにでも転がっているということか。
しかし、とザリーシュは考える。
ただの小娘と思い、放っておいたのは失敗だった、と。
精霊魔術なる職があるとは知っていたが、あれほど大量の敵を殲滅できるとは予想出来なかった。
いや、あのエルフが特別なのだ。
バルコニーに出ると、見慣れぬ動物を抱き、雨を見上げる少女がいる。そのほっそりとした首筋、そして品のある横顔へ目を吸い寄せられ、先ほどの直感は真実であると確信する。
妖精の女王と思うほどだ。
髪も肌も、夜だというのに眩しく感じる。色素は薄く、さらりと流れる髪は見たこと無いくらい白い。周囲から浮いてさえ見えるのは、子供から大人へと成長する瞬間の危うさのせいだろうか。
(宝物としては十分だ。あの竜人も手に入れたかったが……まあいい)
竜人というものは文献にしか残されていないほど貴重だ。
一説によると大そう気まぐれであり、短気であり、それらの欠点を補うほど強大な力を有しているらしい。
それもこれも、あのぼんやりとした少年が悪い。どうしてあと数日引き止められなかったのかと、頬をはたきたくなるほど憎らしい。
歩み寄ると最初に愛玩動物がこちらを向き、そして半妖精エルフ族もザリーシュへと気づいた。




