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第80話 サウザンド家②

 ドゥーラは決戦に挑む思いだった。

 何しろドレスは鎧のように重く、ほとんど袖を通していないせいで窮屈だ。鍛え上げた身体をこれ以上なく締め付け、さらには胸もとを思い切り強調させている。

 幸いなことは肌にある傷を隠すため、はだけさせていないことか。


 迎えに来てくれた黒塗りの馬車といい、服も乗り物も息苦しい事この上ない。さらには雨季に入ったことで馬車から見える空さえどんよりと薄暗く、間もなく陽も完全に落ちるだろう。

 もうひとつ、面倒だと感じるのは同伴者から好奇の瞳を向けられていることだ。


「……なによ、その目は」


 思わず声には鬱屈した不満がにじみ出てしまう。

 じとりと視線を向けたものの侍女はひるむことはなく、むしろ興奮のせいで前のめりぎみに口を開かせる。


「まさかまさか、まさかですよ! 墓場まで処女を持っていくと豪語していたドゥーラ様が、こうして殿方へ会いにいくだなんて!」

「……そんなこと言ってないし、私は晩餐の招待を受けただけ。あなた、もう帰ったら?」


 うるさいし、という冷たい目を受けても侍女は知らん顔をする。ドゥーラと同じく顔へそばかすを浮かせており、年は少しだけ下のはずだ。他の誰かがいれば空気の読める彼女は静かにするが、そうでなければこのように口煩い。

 ゆらゆらと足をご機嫌そうに揺らし、侍女はドゥーラへと視線を向ける。


「ですが本番は明日ですね。祝賀会には多くの方が招かれます。ゼラ様の衣装と合わせられるよう、私の方で確認を致しますので」

「ン、任せるわ……」


 頬杖をかきながら脱力ぎみにそう答え、窓へ向けてドゥーラはため息を吐く。

 彼女の家はそう裕福では無い。今ある資産を潰して生き残っている。そのため長女であるドゥーラは存続のために男より強くあろうと考え続けていた。


 戦について学校で学ぶのは女性にしては珍しい。そして団体模擬戦では優秀な成績を残し、幾つかの新たな戦術論も残している。

 聖属性の障壁を操り、冷静に指揮をする美しさに惚れ込む者も多いらしい。しかし色恋沙汰よりも「男より強くあろう」という精神が邪魔をして、これまで浮いた話のひとつも無かったのだが……。


 と、気がつけば侍女はニヤニヤとした笑みを主人へ向けている。


「? どうかしたの?」

「いいえ、別になんでもありません」


 先ほど侍女は、祝賀会でゼラと揃いの衣装を準備するということに了承をした。王族が主催する祝賀会となれば、揃いで出席すること即ち婚姻を宣伝するという事だ。

 たとえ社交に慣れていないドゥーラでも、それくらい薄々気がつくだろう。


 なのに否定をしないどころか前向きな返答をされたとなると……これは本物ね、と侍女はひっそり考えたようだ。


 とはいえ、事はそう簡単では無い。

 あの家へ嫁ぐとしたらまず統主へ力を示さなくてはならない。サウザンド家が求めているものは品格や外見、教養などではなく、ただ「強者の血」であるという噂だ。


 となると侍女の持っている知識ではドゥーラの後押しをすることは難しい。血塗られた歴史ある家へ嫁ぐのは、それほど容易いことではないのだ。


 乗り越えるべき課題は決して小さなものでは無い。

 一波乱があるかもしれない。

 しかし、この道がもっとも主人を幸せにすることの出来る道だと、どこかで侍女は確信していた。


 できれば楽しむことに専念できるほど容易い相手であれば良かったのだが……と、人知れず侍女もひっそりと内心で息を吐いたらしい。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ホッ、ホー。


 聞きなれぬ鳴き声に、ふと少女と共に夜を見上げる。

 池に囲まれた離れには灯篭のような明かりはあるが、月も見えないせいで夜空を見通せない。


 屋根と柱だけあるこの休憩場は、日本に無い開放感がある。だから母屋には戻らず、夜が更けるまでエルフ、そして黒猫と楽しんでいたのだが思わぬ発見があった。


「ふくろう?」

「近かったわね。砂漠にふくろうがいるのかしら」


 そう答える彼女は、ぴんと長耳を立てて声を聞こうとしていた。

 厚手のクッションのある長いすから立ち上がり、古代迷宮から持ち帰った書物をそっと閉じる。日本でも夢の国でも読書がちではあるが、これは梅雨時季の正しい過ごし方だろう。

 少女を追い、池の縁に揃って立つともう一度おなじ声が響いてきた。


「うん、ふくろうみたいだ。日本ではもう少ないから自信は無いけど」

「私、エルフの森を離れてからほとんど目にしていないわ。こちらへ遊びに来てくれないかしら」


 ふくろうにとって夜は餌をとる大事な時間だし、わざわざ来ることは無いだろうね。そう思いながらテーブルの上にあるフルーツを手に取り、怪訝そうに見るマリーの手にそれを乗せる。


「砂漠に住むふくろうは珍しくてね、果物も食べるという噂がある。この世界の鳥について詳しくは無いけれど、ひょっとしたら来てくれるかもしれないよ」

「あ、来てくれたら嬉しいわ。えーと……美味しいですよー、あまおうには負けるけどー」


 両手に果実を乗せ、エルフは夜へ誘いかける。

 それはどこか可愛らしく、いつまでも見守りたくなる姿だ。


 彼女は日に日に姿を変えている。女性的な柔らかさを身につけ始め、顔つきや態度、声でさえ数ヶ月前とはまるで異なると僕は気づいている。

 エルフは長い時を生きるけれど、森を出てから成長をすると聞いたことがある。ゆりかごのなかで育ち、巣立つと共に世界へ混じってゆくらしい。


 丈の長い夜着姿をした横顔を眺めながら、つい物思いに沈んでしまう。それはきっと妖精じみた美しさもさることながら、こうして良い方向へ成長をしてゆく彼女に見とれていたのだろう。


 わす、わす、わす……。


 そのような音が聞こえ、僕も空を見上げる。

 星も見えない夜ではあるが、かすかに鳥が羽ばたいてゆくのが視界に入る。僕らが揃って見つめていると、それは旋回するよう角度を変えて……。


 わすすっ!


 ばさりと少女の腕へとしがみつき、着地を済ませたふくろうが現れた。

 大きな瞳、すずめに似た色をした羽、片手で握れそうな小さな身体だけど、それはきょとりと小首を傾げて「くれないの?」という感情を見せる。


「うわ、あー……っ」


 アメシスト色の瞳は真ん丸に見開かれ、その重さを腕に感じているだろう。どうしよう、という顔をこちらへ向けてくるが、僕としては「どうぞご馳走してあげて」と身振りを返すしかない。


 やがて砂漠に住むふくろうは差し出された果実を受け取り、また夜へと羽ばたいていった。

 後に残されたのは気が抜けたような表情をしたマリー、それとクッションへ丸まる黒猫きり。ウリドラは片目を開けていたけれど、すぐにつぶってうつらうつらと船を漕ぎ始める。


「ふくろう、見ちゃったわ」

「見ちゃったね。すごく小さくて驚いたよ」


 うん、と少女は嬉しそうに頷き、そして空っぽになった手をじっと見る。


「私、エルフの森から離れてもう随分経ったわ。人嫌いで有名だったでしょう? だからすぐ帰ってくるってずっと言われていたの」

「マリーは本当に人嫌いなのかな。僕の目からは違って見えるよ」


 首を傾げる少女の手を取り、手ぬぐいで赤い果汁を拭いてゆく。ほんの少し甘い匂いを残し、柔らかい手は綺麗になった。


「色んな人がいるからね。マリーは人を見る目が確かなのかもしれないよ」

「ふふ、だったら良いな。私、江東区に住みたいと言ったのは本気なの。あそこに暮らして、近所の皆さんと仲良くしたいわ」


 うん、綺麗な笑みでそう言えるのなら、人嫌いでは無いだろうね。

 少なくとも日本で出会う人々と、エルフは良い関係を築きかけている。日本語、それに文字を覚えているのは近所に溶け込みたいという思いもあったろう。


「まあ、僕に言えるのはなるべく楽しむこと、かな。マリーは人を惹きつけるところがあるから、きっと結果は伴うと思う。あのふくろうのようにね」

「んふ、あなたはそればかり。私を楽しませること以外は思いつかないのかしら?」


 ふむ、疲れ果てて唇を尖がらせているエルフを眺めるのも、実は楽しめていたけれどね。ま、そのことは僕の胸にしまっておこうか。



 と、そのときのことだ。

 かすかな喧騒が聞こえて振り向くと、大きい方の屋敷から歩いてゆく人影が見えた。先頭を歩くのはドレスを着た女性で、後をついてゆくのは男性ということしか分からない。


「あれ、ひょっとしてゼラさんかなぁ」

「すると女性はドゥーラさんかしら。確か晩餐会でご挨拶をしていたでしょう?」


 はて、と互いに首を傾げていると、追うゼラは彼女の手を掴む。そして何やら話し合いをして……彼が何かを言うと、思い直したようこちらへ方向を変え、ずんずんと歩いて来る。


「こっちに来るのかな?」

「この距離だとよく見えないけれど機嫌が悪そうねぇ」


 やがて池にある小さな橋を渡り、赤い髪をした女性がやってきた。重そうなドレスだけど、さすがに落ち着いた身のこなしだ。


「おい、ドゥーラ、落ち着けって」

「落ち着いているわ。私はとても冷静。……あら2人とも、お邪魔をするわね。ついでにお願いもするわ」


 明かりに包まれると、彼女は頬を上気させ鋭い顔つきをしていた。まるで迷宮へ突入するかのような迫力だ。その剣幕に驚きつつも「お願い」の意味を僕は訊ねた。

 すると彼女は袖をまくり、健康的に肉づいた素肌を見せ付ける。


「協力してちょうだい。第二層の主を私たちで倒す。そしてここの統主に私を認めさせてやるわよ」


 はい?と僕らは目を丸くしてしまう。いったい挨拶の場でどのような会話がされていたのだろうと考えてしまったのだ。刃のような鋭い瞳、そして「ふんっ!」と鼻息も荒い様子は、ドゥーラがふつふつと怒りを沸かせていると分かる。


 そっとゼラを伺うと「悪い」と無言で侘びをして来るが……。


「アメシスト隊、私のアンダルサイト隊、ゼラのブラッドストーン隊。これら3隊の協力体勢レイドを要請します」


 だんっ!とテーブルを勢いよく叩かれ、迫力に負けた僕らは「ひゃい」「お、おう」と返事をしてしまった。


 いやぁ、どんな凄惨な晩餐会だったのかなぁ。

 ゼラさんの助言通り、離れでゆっくりしていて助かったよ。

 だけどまあ、生まれて初めての協力体勢レイドというのは少しだけワクワクするね。


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