第79話 サウザンド家①
最後のあたりの流れを修正いたしました
白い空が広がり、丘を越えるとアリライ国の首都が見えてくる。
先に伝令があったのだろう。からんからんと鐘はなり、それに驚いて鳥が羽ばたいていた。
門は開かれ、凱旋を祝うべく人々の集う様子がここまで見える。古からある迷宮、その第一層を解放したからだ。
3体もの階層主を倒し、念願の宝物殿は開かれた。稀有な高難易度ということもあり数々の財宝、魔石、そして未知なるアイテム、書物、その他様々な収穫を得たというのに、これでまだ一層かと民は驚いたらしい。
派手な祝福へ驚きはしたが、それは当然かもしれない。これだけの純粋な利益を得るには「他国との戦争」あるいは「宝石などの産出」くらいしか手は無いからだ。
さて、精鋭である彼らは英雄に近しく迎えられるが、外の国からやってきた僕らは……まあおざなりな歓迎だね。そういうわけで早々に列から抜け出し、猫族ミュイのいる工房へ向かうことにする。
彼の家は町の外れにあるため、ざくざくと砂を踏みながら人気の少ない道を歩いていた。
エルフはこきりと肩を鳴らし、あまり見たことの無い無気力な顔をこちらへ向けてくる。気のせいか白い髪も光沢は薄れ、力無い雰囲気が漂っていた。
「はあ、疲れた……。人混みって嫌い」
「僕らは小さいから尚更だね。ウリドラも平気だった?」
少女の胸に抱かれていた黒猫は「にーう」と鳴いてくる。きっと「へーき」くらいの意味だろうけれど、つい先程はもみくちゃにされて大変だったよ。攻略隊への歓迎に巻き込まれてしまってね。
ただ、朝の電車通勤はあんなの比にならないくらいだし、梅雨時期は本当にひどい。濡れた傘をズボンに押し付けられたり……おっと、せっかく夢の世界へ来ているのだし、いまは考えなくて良いか。
とはいえ、マリーは先ほどの人混み以上に気力を奪われることになる。
曲がり角を過ぎると、僕らの足はぴたりと止まってしまった。宿泊のあてにしていた猫族ミュイの工房には、戸口から溢れるほど人が集まっていたのだ。
「うわ、魔石を大量に持ち帰ったから行列が出来てる」
「嘘でしょう……これじゃ挨拶も出来ないわ」
オアシスから長く歩いたせいもあり、マリーはへなへなと崩れ落ちてしまった。こちらへ泣きそうな顔を向けてくるが……うーん、困ったね。
いっそのこと僕の技能【旅路の案内者】で彼女の自国へ連れて行っても良いのだが、どちらにしろ明日の祝賀会には戻って来なければならない。
そのとき、もうひとつ宿泊のアテがあることを思い出した。
「あ、ゼラさんの家を尋ねてみようか。滞在を歓迎されていたからね」
「……ええー、あの人の身なりからしてあまり期待できないわ」
にーうと黒猫が鳴いたのは「同感」という意味かな。
まあ僕も歓待なんて期待していないけれど、どうせ眠る場所だけあれば良いのだし。
僕らにとって宿泊地はそれほど重要じゃないけれど、この寒暖の激しい地域で野営をするのは面倒だ。これなら迷宮の方がずっと眠りやすい。
と、黒猫がひょいと彼女の手から抜け出し、可愛らしく鳴いてきた。どうやら「マリーの手を引いてちょうだい」という意味らしい。
促されるまま小さな手を握ると、むすりと唇をとがらし、不機嫌そうな顔をこちらへ向いてくる。とはいえ、そのような顔もたまに見ると得した気になれるものだ。
くいくいと手を引くと、ようやく彼女は起き上がってくれた。
剣士として生き、戦争と血の歴史を持つサウザンド家。数々の英雄を生み出し、取り入れた血はいずれも強者のみ。
脈々と引き継がれるうち、ひとつの変化が起きた。
――サウザンド家の血は、生きている。
そのような噂が立ったのは、彼ら血族のうち優れた者にだけ奥義が授けられるからだ。かつて迷宮で魅せた【一千万の刃塵】もそのひとつ。
ただただ強者であろうとする鋼のような意志が血として具現化したのかもしれない。
己の身体へ気を満たし、放たれるそれは触れた者をことごとく血煙へと葬り去る。戦場の一角で、全身を刃に刺されて死ぬ集団がいたとき、そこにはサウザンド家の血族がいるはずだ。
さて、そのような血生臭くも歴史ある家へ僕らは訪れることになったらしい。
鉄柵の向こうには高級地が広がり、そこから一人の女性が小走りに駆けてくる。向かえるよう衛兵が道を開け、そして僕らの前で立ち止まった。
髪は明るい茶色、亜麻色といえば良いのか。
肩のあたりで綺麗に揃えているのを見ると、図書館に勤める一条さんを思い出す。
「お待たせいたしました、カズヒホ様でございますね」
「こちらこそ急にご連絡をして申し訳ありません」
「いえ、ゼラ様は大層お喜びでしたので、私たちもこうして歓迎できることを嬉しく思います」
はきはきと答える様子は、一条さんと同じくらい真面目そうに見えた。
彼女はサウザンド家の使用人らしい。黒に染めた衣装はメイド服というより稽古着に近しく、凛とした雰囲気をまとっている。
うん、黒染めの巫女服に少しだけ似ているかな。
「どうぞこちらへ」
彼女の案内で高級地へと足を踏み入れた。
レンガを敷いた道、そして街路樹、さらさらと流れる水路まであり、今まで過ごしていた地域とはがらりと変わる。歩きやすく、空気もどこか穏やかな様子は雲泥の差と言える。
マリーも先ほどまでの疲れが幾分か晴れた様子で、ものめずらしげに周囲を見回していた。
「わあ、すごく過ごしやすそうですね。こんな整備された所があるなんて」
「アリライ国にとって重要な方々がお住まいですので、働きに見合った待遇を整えていただいております。私の仕えるサウザンド家は、長きに渡り戦争で活躍しておりますから」
誇らしげに答える表情は、どこか機嫌が良さそうに見える。
僕らよりも年上で落ち着いている女性だ。とはいえ、しっかりとした背筋といい、どこか腕が立ちそうにも見える。武家は使用人でさえ手練なのだろうか。
マリーと話す仕草を見てそのように僕は思う。
「本当にお金持ちなのですね。はあー、人は見かけと違うというのは……あっ、失礼しました」
「いえ、ゼラ様はお優しい方ですよ。ああ見えて一途ですし、女性への扱いは心得ていらっしゃいます」
慌てて口を閉じたマリーに、使用人はくすくすと笑う。そして彼女の藍色の瞳がこちらを向いた。
「ゼラ様をお救いいただいたこと、言葉で表せられないほど感謝しております。こうしてお迎えできたことに私は喜びを感じております」
「そんな、僕らはたまたま出会っただけで、実際はとても運が良かったんです」
「ええ、素晴らしい幸運です。きっと神のご加護でしょう」
いやいやと手を振ったが、どうやらあまり聞いてもらえなそうだ。
このままでは神の使いのように言われそうで、日本生まれの僕としてはいたたまれない思いをしてしまう。お寺も神社もクリスマスも何でも気にせず接しているからね。
と、使用人が足を止めた先にサウザンド家はあった。
鉄柵の門の向こうには緑が生い茂り、中央には噴水らしきものがある。よく手入れをされた庭園、隙間なく石を組んだ二階建ての屋敷、さらには敷地の左手には異なる建物も見えた。
「うわあー……場違い感がすごいなぁ」
「あの、ローブで来てしまって平気ですか……?」
くすくすと使用人は微笑み、どうぞお構いなくと敷地の向こうへ案内してくれた。
そういうわけで、僕らは屋根つきの四方へ壁の無い空間――ええと、ガゼボとでも言うのかな――の長椅子へ座っていた。
今までぽかんとしていた僕らだが、ようやくにして正気に戻る。いやぁ、あまりに待遇が良過ぎると呆然とするんだねぇ。
などと思う僕の前で少女は立ち上がり、とことこと建物の縁へと歩いてゆく。その先に地面は無い。一面を水が張っており、銀色の小魚が泳いでいるのだ。
反対側の敷地へ渡る小さな橋が浮いており、辺りは緑生い茂る空間なのだから驚かされる。
「すごいわ! 私、いつかお金持ちになりたい!」
などと、とても綺麗な笑顔で少女は振り返った。
うん、エルフとは思えないほど俗っぽさだね。ただサラリーマンの身としては気持ちが分かるかな。
この東屋は休息のためのものであり、向こうにはちゃんとした母屋がある。テーブルの上にはフルーツ。漂う風にはわずかなお香が漂い、客人をこれ以上なく歓迎するための施設だと感じられる。
そのフルーツを少女は手に取り、ぱくりと食す。
すると、ほんの少し微妙な顔を浮かべたようだが……。
「……いま『あまおう』がとても食べたくなったわ」
「まあ、フルーツは流石に日本のほうが上だろうからね」
日本のフルーツはどこか変で、糖度と風味をとことん模索している所がある。本場のものよりずっと甘くてクドくない味へ改良をしているのは、もう当たり前のことだ。
「これじゃあ夕飯も期待はできなそうね。ああ、カツカレー美味しかったなあぁ」
「どうだろう。アリライ国は比較的調味料が豊かなんだけど……ゼラさんを見る限り、料理は肉だ!くらいの雰囲気があるよね」
そのような会話をしていると、クッションに埋もれてくうくうと寝息を立てていた黒猫がむくりと起きる。彼女はこっくりと力強く頷き、てろんと涎を覗かせている様子だが……きっと昨夜の味を思い出しているのだろう。
「ま、その点は俺も否定しないぜ」
と、そのとき黒猫はひょいと何者かから持ち上げられた。
どうやら美味しいものが頭を占めて油断していたらしく、宙でわたわたと暴れて大男から抱き寄せられる。
にやりとした顔は、迷宮で何度となく顔を合わせた人物だ。
「あっ、ゼラさん」
「よおっ、待たせたなぁ」
そう言う彼は黒塗りのタイトな服を着ており、落ち着きを見せている。普段の鎧とは異なる凛々しさをにじませていた。
とはいえゼラの表情はいつもと変わらず、不思議そうに黒猫を覗き込む。
「んー、お前は何て名前の動物なんだ? 顔つきは少し猫族に似てるかー?」
そう言いながらウリドラの顔をまじまじと見るが、すぐにバリーッ!と引っ掻かれてしまう。魔導竜も根は優しいのだが、まだまだ人に慣れてはいないらしい。隙あり!と抜け出し、待ち構えるマリーの腕へ収まった。
この世界に猫族はいても、このようなまるっきり猫という存在はいない。不思議に思うだろうけど、中身は魔導竜なのだから跳ね除けられても仕方ない。
「いててー……。おっと、要件を忘れてたわ。おまえらは何泊でも歓迎するが、今夜は少し荒れるかもしれないから向こうのでかい建物には近づかないように、って言いに来たんだ」
「荒れる? 今夜は何かあるんですか?」
大きな建物とは、彼らが住む側の邸宅だろう。池と林に挟まれているが、ここからも二階建ての大きな外観が見える。
そう尋ねてみたところ、以外にもゼラさんの顔はだらしなくゆるんだ。でへへ、という表現がぴったりなのだが……?
「なに、荒れると言っても身内のことだ。もうすぐドゥーラが来て、俺の両親へ挨拶をする。ほれ、最近はなかなか迷宮から戻って来れないだろう。こういうのは早いほうが良いってアイツも聞かなくてな」
その言葉に、僕とマリーはピン!と来た。
結婚秒読みと思えるほど二人の仲はよく、日に日に距離を縮めつつある。となれば、これはもう婚約をする流れに違いない。
「おめでとうございます!……って、それでなぜ荒れるのです?」
「ま、それは俺の勘だ。俺の家もさ、いろいろ面倒なんだよ」
どうやらそれ以上の説明をする気は無いらしく、僕らは「ふうん」と小首を傾げてしまった。
そういえば先ほど聞いた話だと、このサウザンド家はたとえ嫁であろうとも強者を求めるらしいが……まさか腕試しをするとか、そういうわけじゃないよねぇ?
そんなねぇ、まさかねぇ、とマリーと顔を見合わせたが、それを否定する言葉はゼラから発せられることは無かった。
と、そのとき一台の馬車が敷地へ入るのが見えた。




