第52話 サンドイッチですよ、お二人とも
とぽぽと水筒から注ぐと、湯気とともにふわりと紅茶の香りが漂う。
火を焚かなくても日本から持ち込んだ魔法瓶があれば、いつでも温かい茶を飲めるのは嬉しい。
迷宮は少し冷えるので、明日は温かい料理を視野に入れるべきかもしれない。カバンにしまったキャンプ道具もそろそろ出番がやってきそうだ。
「ちょうどいい部屋があって良かったよ、テーブルまであるなんて。昔はマリーと同じ椅子で読書をしていたかもしれないよ」
「その人はよほど快適に読書をしたかったのね。ふうん、私と気が合いそうだわ」
本を読む手を止め、ローブ姿の少女は振り返った。
元は書庫か何かだったのだろうか。部屋の棚には書物がいくつもあり、保存効果のおかげで痛みは少ない。古代からある貴重な本ではあるが、持ち歩くのは難しいので読みながら食事をしようというわけだ。
「やあ、埃が少ないのも助かるね。これだけ綺麗ということは空気循環の仕組みでもあるのかな」
「ええ、あってもおかしくないわ。古代はそういう技術が盛んで――あら、ありがとう。お行儀が悪くてごめんなさい」
書物を読むマリーの隣へ、ことりと紅茶の入ったカップを置く。光の精霊により部屋は明るく、読むことに苦労はしなそうだ。
「いいんだよ、それが仕事なんだし。こぼさないよう気をつけて」
そう言うと、こちらを見上げていた少女は、にへらと緩んだ笑みへと変える。
最近気がついたけれど、彼女は世話をされるのが好きなのだ。そして僕が世話好きなのを彼女はとっくに知っている。
そして、くいと袖を引いてきたのは隣に座って欲しいという意味だろう。
まあ、僕らはだいたい触れ合って過ごしているからね。隣へ腰掛けると大きな瞳が待っていた。
「さて、いまは何を読んでいるのかな」
「ええとね、原始の生物……魔に属する者が生まれた考察についてよ。今は人の時代と言われているけれど、ずっと昔は魔の時代だったの。夜の時代とも言うそうよ」
知っていたかしら?と問いかけられ、僕は首を横へ振る。
すると解説できるのが嬉しいらしく、大きな本を2人で見れるよう広げてくれた。
「ずっとずっと昔、世界には夜しか無かったの。生き物は誰もが弱々しかったらしいわ」
「ふうん、それならずっと気持ちよく眠れたかもね」
「あら、そんなに寝たらあなたの目が溶けてしまうわよ」
くすくすと互いに笑いあう。
いつもは絵本を読んであげる立場だが、今日ばかりは彼女が語り手だ。それがマリーにとって嬉しいのだろう。
細く白い指がカップを手に取り、そしてこくりと飲む。
その姿を見るだけで、なぜか僕は得をしたような気持ちになれる。
さらさらの白い髪には艶があり、そして印象的なアメシスト色の大きな瞳がこちらを向く。ほっそりとした喉を鳴らし、僕が作ったものを飲んでくれるだけで嬉しさを感じるのは不思議だ。
「おいし……。甘くて香り豊かで、ここが古代迷宮だなんて忘れてしまいそう。なんとなくあなたの部屋にいる気がするの」
「サンドイッチもあるから一緒に食べようか。ウリドラ、ご飯にするからこちらにおいで」
「んむっ、待っておったぞ!」
棚を検分していた黒髪の女性も、くるりとこちらへ振り返る。ドレスに似た形状の重装備だというのに、軽々と動いているのは不思議だ。
しかし僕らの向かいへ腰掛けると、ギイッ!と大きく椅子はたわむ。
「きっとウリドラの旦那さんは、すごい力持ちなのでしょうね」
「んむ、もちろん強いぞ。……今となればどこで遊んでいるかも分からぬがな」
前半は自慢げに、後半は悪態をつく様子で、くるくると表情を忙しく変える。それがまた僕らの笑いを誘い、そしてテーブルにある包みを開く。
そこにはずらりとサンドイッチが並んでおり、白いパンを基調にし、赤、緑、黄色と食欲をさそう色合いをしている。コンビニを習って具だくさんにすると見栄えはずっと良くなった。
それを見て2人は明るい声を上げる。
「わっ、綺麗! お野菜を挟んでいるなんて。それにふんわりとした美味しそうな香り」
「おおーっ、真っ白いパンとは珍しいのう。んん、確かに良い香りじゃ」
マリーは朝食で見慣れているけれど、ウリドラにとって白いパンというのは珍しい。
それぞれに紅茶を配ると、僕らは手を合わせて「いただきます」と日本語で元気よく挨拶をした。
「あら、柔らかくてふわふわしてる。それじゃあ、さっそく……」
両手に掴み、あんむっと少女は噛み付いた。
柔らかなパンはあっさりと千切れ、ふわりとした香ばしさを漂わせる。チーズ、ハム、そして野菜を挟んだサンドイッチはじゃくりと音を立て、ひとつ、ふたつと噛むたびに味は混じり、じわりと甘さを舌へ届ける。
「「んーーっ、やわらかあいっ!」」
二人は顔を見合わせると笑みを浮かべ、そろって瞳を輝かせていた。チーズの風味、お肉の存在感、そしてシャクシャクとした触感の野菜が混じると軽やかな味わいを楽しめる。
「んーっ、お野菜が新鮮で歯ごたえが気持ちいいっ。んふふ、トマト美味しー」
「うむっ、これはいかんのうっ。噛みごたえと味わいが楽しくて、ずっと咀嚼してしまう。こんなに柔らかいというのに!」
そして香りある紅茶を口に含むと、すっきりと口内は洗い流される。おかげで次の一口も新鮮な味を楽しめるだろう。
「こっちの小皿には塩、それと胡椒が入っているから。好みに合わせて付けてね」
「あなたってほんとうに気が利くわね。暗い迷宮だというのに、まるでお店にいるような気分よ」
ああ、そう言われるとお店のような雰囲気にも見える。
骨董品ともいえる家具に囲まれ、暖色の明るい部屋というのがまさしくレストランだ。
少女はにこにこと嬉しそうに食しており、とっくに書物はテーブルの端へと追いやられていた。それを見て、知識欲よりも食欲のほうが強いのだなと思わせる。
「こっちの黄色いのは何じゃ。おほっ、コクがずいぶんとあって、ほんのりとした甘さが……ああ、これはたまらぬっ」
「卵サンドだね。あとこっちはウリドラの好きなツナサンド。どっちも美味しいよね」
がしり、とマリーとウリドラの手がツナサンドを掴み、ケースからごっそりと抜き去られた。ぽかんと見ている僕の前で、二人は幸せそうな顔をして頬張る。ぱっぱっと胡椒をかけると、味わいはさらに豊かになるようだ。
ただ、彼女らのこういう顔を見れるのは僕にとって嬉しい。決して特別な料理などでは無いのに、子供のように喜んでくれると何故かほっとするのだ。
「ふうー……茶も香り高いし、ここが古代迷宮とは思えぬな」
「うん、趣があって個室の高級レストランみたいだね。普段食べているより美味しく感じられるかもしれないよ」
もぐもぐと咀嚼をしながら、二人は揃ってこくりと頷いた。
「うん、そんな気がするわ。最初迷宮は不安もあったのに、来てみたら楽しくて拍子抜けしちゃった」
「わしもそうじゃなあ。怖いなどとは思うておらぬが、昔を思い出せるし飯は美味いし、ぬしらと話せるのも実に楽しい」
なら良かったよ。迷宮が楽しいところだと分かってもらえて何よりだ。
それから互いのステータス画面などを見たりし、楽しく談笑して過ごした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あーーッ、死んだ、くそっ! くそっ!
こちらアンダルサイト、陣は破棄して後退するわ!
対物理の障壁展開! 反転魔法の準備急いでッ! そこっ、勝手に下がるなあッ!
ッキィ――――ン……ザザッ……
こちらブラッドストーン。後退を支援する。おいおい、どうなってんだこりゃ……肉食魚みたいにウヨウヨと……うへぇ、さっさと逃げてえなぁ……。
扉への仕掛けは終わったな! よしお前ら、全力でこっちへ走れ!
(激しい戦闘音)
あッ、あーッ、あああッ! まっ、魔族っ! 魔族が見えたッ!
でかい黒い角をした奴だ、あいつが魔物を生んでいるッ!
いいから逃げろッ! 走れ、走れ、走れッ!
30秒後に扉を封鎖するぞッ、死にたくなかったら全力で走れえッ!
(激しい戦闘音、そして爆発音)
ああ、ゼラ……ブラッドストーン隊のあなたが、どうしてここへ……はやく逃げなさい。
そして私のことを忘れるのです。
いやあ、それは無理さ、ドゥーラ。告白の返事をまだ聞いてないからな。このまま保留になんてされたら、俺はくたばる時までお前のものだ。
……馬鹿ね、そんな答えなんかを聞くために。
ええ、私の答えは、このままで、よ。
おい、笑えないぞ……。
宙ぶらりんで俺を殺す気か。
ええ、ずっと私を捕まえていて。
ゼラ、あなたの手から離さないで。
(身体をぶつけ合い、唇を重ねる音)
ああ……記念に俺のとっておきを見せてやる。
こいつはな、サウザンド家の血筋から継いだ奥義だぜ。
い…ぞおおッ、広範囲極大魔……ッ……、
【一千万の刃塵】……!
(とても激しい爆発音)
…………。
……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お茶を飲み終えると、身体はずいぶんと体力を取り戻していた。
といっても道中にウリドラから鍛えられているだけで、まともな戦闘なんてほとんど無かったけどね……。
振り返るとエルフの少女は書物を戸棚へ戻そうか悩んでいるようだった。本が大きいせいで、いつもより小柄に見えることもあり優しく声をかけてしまう。
「今日はこの部屋でのんびり過ごしても構わないんだよ」
「ううん、いいわ。まだ入口から遠くないし、後ですぐに来れるでしょう。それよりも奥には中ボスとか居るだなんて楽しそう」
うん、それには僕もウリドラも賛成だ。
ヴンッと立体地図を表示すると、攻略組はどうやら中央と西に集中しているようなので、もう一つの東方面へと向かう予定である。こちらもポツンと光源はあるものの、多くは引き上げている最中だ。
ただ、思ったより皆の前進はゆっくりだなあと思わせる。まあ無理をせず休憩しながら進んでいるのだろう。
とはいえのんびりし過ぎていては、目ぼしい物は無くなってしまいそうだ。
「――ふむ、その心配も無さそうじゃが……ふ、ふ、この魔具とやらは映画のように面白いのう」
「え、なにか言った、ウリドラ?」
そう尋ねると、ううんと彼女は黒髪を左右へ振った。
まあ、ほどよくお腹も膨らんだし、そろそろ先を目指そうか。まだ魔石を一つも見つけていないからね。
うーん、と揃って伸びをして僕らは休憩所を後にした。




