第51話 いざ古代迷宮へ③
ひどくゆっくりと、ウリドラの模造刀が頭の上を通り過ぎる。
しかしどうも速度に見合った一刀ではない。その証拠に、僕の全身からは脂汗がぶわりと吹き出していた。
「うふふ、ふ、いまのはクッパーを山盛りで殺せる一撃じゃなかった?」
「何を言うておる、あのようなオタマジャクシなんぞにわしの相手が務まるか。ほれ、ほれ、速度を上げてゆくぞ」
通路を進む歩調だけは緩めずに、僕は魔導竜と対峙していた。
おかしいな、確かのんびりと観光しながら進もうと皆で決めたはずなのに。とはいえマリーは部屋や彫刻をゆっくりと観察しているし、僕が息切れしている時にはウリドラも探索へ加わっている。
たまにひょこりと魔物は出てくるものの、僕とウリドラが手合わせをしていると、迫力に負けてすぐ逃げ出してしまう始末だ。
あれえ、僕だけ忙しくない?
「あら失礼ね、私だってちゃんと技能上げをしているのよ。ほら見てちょうだい」
「地面で何か動いて……あ、これは石の精霊?」
そこにはブロック状の短い手足をつけたものがおり、がちん、がちん、と互いに合わさったり縦に積まれたりしている。まるで組体操のようだが、彼女の持つ技能、【使役】を鍛えているのだと分かる。
「んふ、小さくて可愛いでしょ。もう2つほど上がっているし、あなただって……うわ、見て見て、片手剣レベルが3つも上がっているわ」
「ふうむ、まだ余裕がありそうじゃなあ。いつも眠そうに怠けておったようじゃしバリバリと鍛えてやろう」
僕は小首を傾げた。なぜウリドラがステータスを覗きこんでいるのか。
「どうして閲覧権限を与えてるのかな、マリー?」
「ええ、何も問題無いからよ。パーティーを組んでいなくても、私たちは仲間なの」
「うむうむ、それにもしものことがあっても日本で目覚めるだけじゃろ」
どっと笑うウリドラだけど、いまの笑いのポイントがまるで理解できないよ。
「まあ、シンカンセンに乗れぬ憂さ晴らし……おっと、日ごろの感謝の意味で思い切り鍛えてやろう」
うん、心の声が聞こえちゃったね。できれば聞きたくなかったなあ。
とはいえやはり上がりの早さに驚かされる。
技能上げは相手のレベルが高いほど、そして内容が濃いほどに上昇しやすい。ウリドラはあえて殺気を込めることで訓練密度を高めてくれている……と信じたい。
もう一つの利点は、夢の世界ということで痛みや疲れはほとんど無いことか。汗でぐっしょりでも少々のダルさを感じているくらいで済んでいる。
でも、そろそろ休憩したいなあ……。
何か休める口実は無いかと考えていると、すぐにそれは見つかった。
「他のチームが急いでて良かったね。宝箱が手付かずだ」
「「えっ、宝箱っ!?」」
どうやら気を逸らすことに成功したようで、内心ほっと胸をなでおろす。
薄暗い通路の奥を指差すと、ででんっと宝箱が置いてある。四角くて上が丸いゲームの中ではごく一般的な形状だ。
「ああいう場所こそ危なくてね、例えば上に……」
大またでウリドラは歩き出し、その瞬間天井から何かが降ってきて……ぱあんっ!と彼女の尻尾により弾けとんだ。
クッパーの数倍の大きさみたいだったけど、よく見えなかったなぁ。
「鍵がかかっておるのうー。ふうむ、壊したほうがはやい」
「うん、罠とかあるかもしれないから僕が調べ……」
がんっ、がんっ、ばきゃっ! ぱあんっ!(毒針の弾けとんだ音)
ああー、情緒が無いなあ……。
まあ仕方ないか、あの魔導竜が迷宮へ入り込んだのだ。この程度は予想できていたよ。
くすんだ色をした貨幣、それに宝石がキンキンと音を立てて地面へ散らばった。
「わ、ばらばら出てきたわね。……ええと、古いお金?」
「へえ、ずいぶんと古い硬貨だね。どれ見せてごらん」
おっとこれは……。
少女から手渡されたものは、見た目よりもずしりと重いものだった。あまりこの世界でお金への興味は無かったけれど、こうして手に取ると少しだけ汗をかいてしまう。
水筒から水をたらし、それからゴシゴシと服の裾で拭く。傷つくし本当は良くない拭き方だけど、一枚きり試すだけだから。
光の精霊が辺りを染めるなか、ピカリと光る貨幣にマリーは目を見開いた。
「間違いない、これは金貨だね。うん、良い色だ。かなり昔のものだけどまるで使われた気配は無いし、保存状態も良さそうに見える」
「つまり金、ってこと?」
ぺたりと少女の手に戻すと、ほおとため息をこぼす。
竜にとっては珍しくもないだろうが、僕らにとっては違う。錬金術という言葉があるように、金というのはこの世界でも価値がある。そして女性というのは誰もが憧れるものだ。
じいと覗き込んでいたウリドラは、何かを言いかけて口をつぐむ素振りをしたが……。
「? まあせっかくだし貰っておこうか。そういえばさっき宝石みたいなのが向こうへ転がらなかった?」
3人で手分けして探してみると、石畳の隙間に挟まっているのを見つけた。ひょいとウリドラが摘まみ上げる。
「ふうむ、こちらのほうが価値があるやもしれぬ。一度きりの模倣の魔法効果があるようじゃ」
どうやら対象の色と形をそのまま真似ることが出来るらしい。ただし生物や魔力のあるものを模倣することは出来ない。
ふむ、どういう使い道があるか分からないけれど、そのうち出番もあるかもしれない。ありがたく金貨と宝石をカバンへとしまいかけたところで少女の声が響く。
「それにしても不思議ね。ここが見つかったのはもう二百年も前なのに、入口近くの宝箱はずっと手付かずだなんて」
「あ、確かにそうだ。今の攻略チームは急いでいるから分かるけど、先行隊なら調べてもおかしくないし……」
ちゃり、と手の中の金貨を見つめる。
20枚くらいあり、ズシリとした重さは金の比率が高いと思わせる……が、これは本当に金なのだろうか? もしも金では無いとしたら、どうやって調べればいいだろう。
うーんと悩んでから、僕は先ほど拾ったばかりの宝石を掲げた。
「……起動、【一度きりの模倣】を行使する」
宝石からは一条の光が伸び、その先を金貨に指定する。かち、かち、と鳴っているのは解析中なのだろう。
やがてピーと音を立て、宝石の上へ「複製不可」の文字が表示された。つまりこれは「物」では無いということだ。
その瞬間、気配を察したらしく金貨は姿を変えた。
ぞろりと細かい足を生やし、そして僕の手の上からぞろぞろと落ちてゆく。
手の平へと伝わる彼らの感触、そしてボトボト零れてゆく光景はかなりの鳥肌モノだった。おぞぞぞぞ、と背筋へ悪寒が走る。
「ひぃう……ッ!」
「にゃああ――……ッ!」
わたわたと僕とマリーは金貨もどきから這って逃げ、慌てて互いに肩を抱き合う。どっどっどっ、と少女の心臓は鳴っており、たぶん僕も同じような心拍数をしていたろう。
彼らは鈍い輝きを放ちながら隙間へ逃げてゆき、あっという間に消えてしまった。
「ぐふっ、ぐっ、ぐふふ……っ! ぐふふーーっ!」
通路には、くの字になって腹をかかえるウリドラの姿があった。
「わ、分かってたのね、ウリドラ! 私たちを見て遊んでいたなんて!」
「こほん、こほん、何のことやら分からぬのう。それにほれ、わしはパーティー外じゃということを忘れてはならぬぞ。人の子らよ、何事にも注意をして迷宮を進むのじゃ」
きりっとした顔をしているが、手で口元を押さえている。きっと堪えきれぬ笑みを隠しているに違いない。
「……宝箱を開けたのはウリドラだよ?」
「開けたのではない。小突いたら壊れたのじゃ。そして拾ったのはおぬしである」
腹をプルプル震わせながら言われても説得力はまるで無い……。とはいえ害がないから黙っていたのだろうし、今回は構わないか。
振り返ると壊れかけの宝箱へ戻る金貨もどきの姿があった。
はあ、なるほどね。ああして潜り込み、カバンの中身からお宝を頂戴して戻るわけだ。
すると残されたのはこの小さな宝石も、元は誰かのお宝だったわけだ。きらりと光る宝石を見て、僕は少しだけ目を見開いた。
「あ、これの価値は凄いかもしれない」
「どういう事かしら。さっきみたいに生体か見破れるっていうこと?」
「ううん、そうじゃなくて国宝級の宝石だって模倣できるってことだからさ。ほら、凄いと思わない?」
あっ、と少女は声を漏らす。
今は大した価値が無くても、いずれは化ける品かもしれない。
「いや、良かったよ。さっきのが本物の金貨じゃなくて。危ない危ない」
「ぞっとするわねぇ。ほら、今度こそ大事にしまっておきましょ」
こうして僕らの初めての戦利品、一度きりの模倣はカバンへと仕舞われた。
少女と一緒に宝石をつまみ、ぽとりとカバンへしまう。そしてにんまりと少女と笑みを交わしたのは、これが僕らにとって初めての戦利品という意味だ。
できればこれはずっと使わずにいたいな。
などと考えていたら、まるで僕の心の声が伝わったように少女からこくりと頷かれた。
あれ、ひょっとして意思疎通はもういらないのかな。
かあっと少しだけマリーの頬は熱くなった。




