第53話 エルフさんと初めての連携
さて、引き続き迷宮の探索だ。
あたりまえだけど迷宮から太陽を見ることは出来ない。しかしそれでも僕の時間への感覚はかなり鋭い。でなければ月曜に目覚め、会社へと向かうことができないから……って、少しだけ悲しい理由だね。
そういうわけで今はだいたい午後4時くらいだ。昼食を終えてから2時間ほど過ごした計算になる。
その間、僕はとても大変だった。まあ、主にウリドラからの訓練のせいだけど。
ガキュッ!という音は鋼同士の当たる音だ。
火花じみた破片といい、まるで弾丸が跳ねたかのように見える。しかし、ただ剣と刀が当たった音に過ぎない。
いんいんと揺れる模造刀を黒髪の女性はじいと見つめ、それからこちらへ黒曜石に似た切れ長の瞳を向けてくる。
その中にわずかな殺気が漂っているのは、彼女の血が滾りはじめているかのようだ。
「ふうむ、なかなかやる。どうもぬしは速さに慣れておるのう。いつもぴょんぴょん飛びまわっているせいかもしれぬな」
「お褒めにあずかりまして……。とはいえ虫みたいな表現だね」
手にへばりついた汗をズボンで拭き、どうにか平静を保って答える。どうやら僕も男性らしく、師を相手に多少なりとも見栄を張りたがる性分らしい。
地面に転がっている8つもの塵山は、先ほど僕が仕留めた魔物だ。あっさりと片付いた場合にはこうして追加特訓をしてくれるという実に優しい……まあ野球部のシゴきみたいなものだね。
本当にぎりぎりまで鍛えてくれるものだから、チンと彼女が武器を納めたとたん、僕はガクリとひざをついてしまう。
「すごいわねえ、いまの短時間で2つも武器レベルを上げるなんて。……そのまま座っていて、風邪をひくから汗を拭いてあげる」
「ありがとう、マリー。正直、たった2つしか上がっていないのかと驚くよ」
それほどに密度のある修行だと感じさせる。
夢の世界なので痛みというのはほとんど無い。それと同様に疲れもほとんど感じないのだが、集中しすぎたせいで視界がくらりと歪んでしまう。
目の前に、ほかほかと湯気を立てるコップが現れる。見上げれば腰までの黒髪をしたウリドラが立っていた。
「意識せず、凝縮した時間をうまく扱えるようになってきておる。新たな技能候補が目覚めるやもしれぬぞ」
「凝縮した、時間?」
聞きなれぬ言葉に僕とマリーは小首をかしげた。
スポーツ選手とかはアドレナリンを流し、精神的に高揚するような感覚を覚えるらしいが……それに近いだろうか。
ごくりと茶を飲むと、甘さがジンと身体に染みる。
冷たいほうが嬉しいけれど、迷宮は冷えるので体温調整も大事だろう。もちろんそれは現実世界での常識であり、この夢の世界ではどうだか分からないが。
「そっちはどうかな、マリー。使役のレベルは上がった?」
「ええ、これで14ね。レベル2から練習しているから上がりは早いでしょうけれど、ウリドラの杖のおかげでかなり使い勝手は良くなってきたわ」
ふきふきと僕の額をぬぐいながら少女は答える。
迷宮に入ってからというもの、僕と少女はひたすら技能レベル上げを行っている。これは職業レベルとは異なるもので、剣や魔法などの熟練度のようなものだ。上げれば上げるほど効果は高まり、最大値は職業レベルまでとされている。
「本当ならここまで何日もかかるでしょうけれど、魔力補助のおかげで疲れも少ないの」
「うむうむ、わしの補助は精神力、そして魔力に及ぶからな。ぜひ有効活用するのじゃぞ」
迷宮探索の合間に、僕はこうして剣の修行を、そしてマリーはレンガ大の石の精霊を操り続けることで着々と上昇し続けていた。
ぐい、と茶を飲み干すと、僕らはまた迷宮の奥深くへと歩き出す。
さて、真っ直ぐだった通路はいつの間にやら複雑になり始め、下へと伸びる階段もいくつか出てくる。助かるのは今のところ地図に悩まされないことだ。魔導師アジャ様のくれた魔具のおかげで立体地図が見れるので、先へ進むことも引き返すことも容易だ。
大きな扉を前にし、ぺたりと僕は手をつけた。
「この先に敵がいそうだなぁ。この手の大きな扉って、だいたい強めの敵が出るんだよ」
「ふうん、そういう法則でもあるのかしら。ほら、迷宮って形は違っても基礎の部分は同じでしょう。エネルギーを循環させて機能を保っているところが」
うーん、そう言われてもピンと来ない。
分析についてはマリーに任せるとして、それよりも強敵が出たときのために防衛策を考えないと。
こういうとき、ウリドラは決まって静かに見守っている。これは事前に決めていたことで、とても頼りになる彼女がいなくても、僕らだけでどうにか出来るようになりたいからだ。
「うーん、マリーはまず攻めよりも守りだね。今までのクッパーだって一応と強敵なんだから」
「そうね、防衛用にこの石の精霊を使おうかしら。大きさを変えられるし、ウリドラの杖ならきっと強度も高いわよ」
ふむ、そういう使い方もあるのか。
防衛を築くとしたらどういう形が良いのかな。ぱっと思いつくのはお城や砦など戦争で活躍していた布陣だ。
「どこまで出来るか分からないけれど、囲い、そして高さで優位に立てないかな」
「あら、高さというのは新しいわね。試してみようかしら」
詠唱のあとに杖を振るうと、レンガに足の生えた石の精霊はゆっくりと大きくなり、やがてズズンと地面を揺らした。軽自動車くらいあるサイズに、僕とマリーはビクッと震えた。
「わっ、すごく大きくなるのね! 魔力増幅がこんなに効いてるなんて。普通の5倍くらいになっているわ」
「うむ、技能が低くとも実戦で使えるよう初期増幅を高めておる。いずれはマリーもそれくらいまで扱えるようになるぞ」
なるほど。確か魔導竜の杖を持っているときだけ【魔導に目覚めし者】が発動すると聞いていたが、名前の通り低レベルでも活躍出来るのか。
「はあ、すごいなぁ。かなり重さもあるし硬そうだ。形は変えられるの?」
「一度戻せば平気よ。……よい、しょっ」
こぉん!と杖で地面を叩くと元のブロックサイズまで縮み、そして今度は円筒形へと変わる。発動まで30秒、最大の大きさになるまで同じ秒数といったところか。
ここから自在に動かしたりは出来ないらしく、二人して石のオブジェを見上げて考え込む。
「なんだろ、色々と活用できる気がするけど……とりあえず4つくっつけて高台を作ってみたら安心かな」
「うーん、それだと遠距離攻撃をされたら嫌ね。家のようにしたほうが良いかしら。ただ窓のような穴までは作れないと思うわ」
そうなると完全に篭城となり、今度は戦いに参加しづらくなる。
石垣のお城を想像し、どうすれば一番効果的なのかもやもやと考えてみよう。防衛するのに一番向いている布陣は……。
「あっ、そうだ」
ピンと浮かぶものがあり、それを彼女へ提案してみる。
最初驚かれたものの、意図を伝えるとすぐに薄紫色の瞳を笑みへと変えた。
ぎぃ、いーーっ……。
重い扉を開いて少し広めの間に入ると、暗闇のなかで白く光る目が幾つもあった。じいとこちらを見つめ、ギャアと叫ぶとぞろぞろ穴から魔物が出てくる。
――暗がりでよく見えないけど、たぶん20体はいるかな。まだ隠れているようならその倍か。
マリーの詠唱の響きを感じ取ったのか、ぞろ、ぞろ、という足音が聞こえ、それからどろどろと音を立てて迫りくる。このまま待てばあっという間に取り囲まれ、四方八方から噛みつかれてしまうだろう。
「30秒だけ耐えて頂戴、そうしたら楽になるから」
「分かった。これくらいならウリドラの訓練のほうが大変そうだ」
「よーし、よくぞ言うた。後でしっかり鍛えてやろう」
おっと、いらないことを言ってしまった。
迎え撃つ形で前へ出ると、ぐんと彼らは突進の角度を僕へと変える。視界に見えるだけでクッパーが多数だが、のそりと動く大きな影も潜んでいる。
瞬きする間に、彼らの先頭の魔物は頭部を貫かれた。
ぎゃっ!と【道を越えて】を使用した僕が即死させたのだ。
すとん、というスイカを切ったような軽い手ごたえに驚かされる。
はあ、武器技能が上昇すると、これほど楽になるのか。
側面、側面、側面と、3体の横っ面へと瞬間移動をし、続けざまに即死をさせるとようやく彼らも慌てた。くさび型だった突進体勢はくずれ、ばらばらと周囲へ群がりだす。
あっという間に速度は緩まり、少女への脅威はひとまず消えた。
「わ! すごいわね、一人で迷宮を遊んでいたと言うだけあるわ」
「うん、なんとなく悲しくなる響きだね。じゃあまずは数を減らそうかなあ」
訓練で疲れていたけれど、片手剣技能が上がっているのが効いている。それに知能が低い相手だけあって、僕の分身を生み出すと面白いくらいに食いつく。山のように襲い掛かっている彼らを、後ろからザクザクと倒し続ける簡単なお仕事だ。
ピュイ!とそのときウリドラからの口笛が鳴った。マリーの準備が整ったということだろう。
このままでも倒しきれたろうけれど、今回は僕らの初めての連携だ。
短時間で決めた作戦なので失敗してもおかしくない。しかし、ウリドラのおかげでまったくリスクが無いというのは精神的に落ち着けるな。
ひゅんと広間の中央へ戻ると、石の精霊は姿を変えだした。むくむく大きさを変えてゆき、魔物がたどり着く前に陣地を形成してゆく。
「やあ、初めてなのに隙間無く組むだなんて。さすがマリーはキッチリしているね」
僕の背と同じくらいの壁が左右へ生まれた。
前にも後ろにもずらりと並ぶ光景は、まるで迷宮の中に迷宮が生まれたようだろう。これで広間にも関わらず前方だけを相手すれば良いことになったわけだ。
まあ、もちろん仕掛けはこれだけじゃない。
ガチンガチンと歯を鳴らし、通路の中へと魔物は飛び込む。
それを見て、ぴょんと僕は後方へ飛んだ。
仲間から押されて壁に激突する者もいたが、さほど速度はゆるまず通路を進んでくる。そして、彼らが色つきの地面を踏んだ瞬間、ばあん!と床は爆ぜた。
精霊魔術師であるマリーが仕掛けた設置式の魔術であり、さほど珍しくも無いものだ。しかし、このような場所では効果を発揮する。
密集した彼らは満遍なくダメージを受け、下から上へ向けられる力学そのままに宙へ飛ばされたのだ。
ばっ! ばつっ! ばんっ!
宙に浮いたクッパーはジタバタと短い手足を振り回し、地面へたどり着く前に僕の剣に両断される。
仲間の死骸を踏み越えて、後続の奴らが来たときには僕はさらに後方へ下がっていた。
「うん、やっぱりダメージ狙いよりあなたの補助をした方が早いわ。となると次は造りを工夫しようかしら」
「ぐるりと一周させてもいいし、一の陣、二の陣と築いてもいいね。こう見るとやっぱり魔術士は戦争の花形だと思うな」
ようやく意思疎通を活用し、その間も着実に敵の数は減ってゆく。
無理だと思っても時すでに遅く、帰り道には新たな設置魔法が置かれている始末だ。
結局、彼らは通路を踏破することはできなかった。
彼らの上位種である大型クッパーもしこたま地雷めいた魔術を喰らい、ふらふらになったところで頭上の光の精霊から魔術が放たれ、ぶじゅう!と全身を燃え上がらせる。
それでも進もうとする彼だったが、もう一発地雷魔術を受けるともう駄目だ。どすんとお尻から地面へ崩れ、バタバタともがいた後に塵と化してしまう。
はあ、上位クッパーをほとんど一人で倒しちゃったか。
「うん、出てきていいよ、マリー」
コンコンと背後の壁を叩くと、ぐにゃりと石壁は崩れてゆき、ローブ姿のエルフ、それにウリドラが現れた。
互いににんまりと笑みを浮かべあい、ぱちんと宙で手を叩き合う。
「いくつレベルが上がったかな、マリー?」
「んふ、2つよ! それに使役は3つ。パーティーを組んでいても補助が大きいわね。経験値アップの技能もつけていて正解みたい」
とても嬉しそうな顔を見せるのは、きっと前みたいな裏技的なレベリングではなく、正攻法で戦闘をしたことが誇らしいのだろう。
そして一緒に広間を眺めると少女は瞳を丸くした。
「えっ、何体いたのかしら。凄い量の塵の山じゃない」
「ええと増援があったから34体かな。それほど広い部屋じゃないのに、ずいぶんと出てきたね」
そのとき、わしっと僕らの頭が包まれた。
見上げるとウリドラの優しい笑みがあり、くしゃくしゃと髪の毛をなでてくる。
「ふ、ふ、独創的でかつ効果的じゃった。初めての連携とは思えぬ精度だったおぬしらに、文句なしの合格をやろう」
気恥ずかしく、何やらくすぐったい思いもある。
社会人だというのに、こんな風に褒められるとは思わなかったよ。
クスクスと3人で笑い、そして奥の扉へと向かった。
ときおり小部屋があるのは、ひょっとしたら休憩のためのものかもしれない。
補助があるとはいえ、まだまだ技能の低いマリーは疲れを覚え、この日は毛布に包まれて眠ることにした。
やあ、初日にしては調子が良かったね。
まったく、明日が月曜じゃなければもっと楽しめるというのに。
などと考えていると、つんっと額を突付かれた。薄暗いなか見上げれば、ウリドラが悪戯ぎみの瞳をこちらへ向けている。
「ほれ、一つ忘れておるじゃろう」
そう言い、続けて彼女は魔具を指さした。
これに何か問題でも?と問いかけそうになったが、すぐその理由に気がついた。
「あ、このまま寝たら僕らは消えて……」
「そう、上の者たちか周囲の者に怪しまれる。どれ、だいぶ構造は把握したし、こればかりは手助けしてやろう」
構造を把握したとはどういう意味だろう。
怪訝に思う僕の前でウリドラはひょいと魔具を摘まみ上げ、そして立体地図を浮かび上がらせる。
僕らの位置を知らせる光源へと彼女が触れると、ヴンとわずかにそれが揺らぐ。
「あ……ひょっとして、僕らの位置情報を操作した?」
「うむ、正解じゃ。ぬしら現の者は、情報関連に聡いのう」
パチンと音を立てて立体地図は空間から消える。どうやらこれで気にせず眠りにつけるらしい。
ちらりと横を見ると、うつらうつらとマリーは船を漕ぎ出していた。
慣れない迷宮で気張っていたところもあるだろう。それでも一言も弱音を吐かないのは立派なものだ。
カバンを枕にしていたが、どうも合わないらしく寝ぼけまなこで胸の中へと潜り込んでくる。それがまるで猫のようで、あるいは子供のようで可愛らしい。
ウリドラもこちらへどうぞ、と開いた毛布だったが、やんわりと彼女は押しとどめた。
「うむ、前にも言うたがたまには母体へ戻って共有をせねばならぬ。今夜はゆっくりと2人きりで過ごすが良い」
「あ、そういえば……。でも、ここから歩いて戻るのかい?」
いいや、と竜は首を横へ振る。
すい、と手を振ると壁に黒い染みが広がった。どうやら魔導竜は秘密の抜け穴を作れるらしい。
「また明日に、その杖が戻った時に来るとしよう。それではな、少年よ」
指でキスを送るしぐさを見せられ、少しだけ頬は熱くなる。妙齢の彼女はそのような動きだけで色気を伝えてくる人だ。
「じゃあ、おやすみウリドラ。また明日ね」
「うむ、おやすみカズヒホ。良き剣の腕であったぞ」
あなたこそ、と呟くとウリドラはにこりと綺麗な笑みを見せてくれた。
やあ、一日だけとはいえ彼女と別れるのを寂しく感じるとはね。
ひらひらと手を振る彼女を、僕は寝ぼけまなこで見送った。
おやすみなさい、また明日ね。
いつの間にやら毛布は温かく変わっており、すぐに僕の瞳は閉じられた。
修正:魔具は主人公たちの位置情報を拾っていた為、ウリドラが操作する記述に変更しました。




