第46話 ドラッグストアに行きましょう
うわあ、すごいなぁ。
からっぽになったカレー鍋を覗き込み、思わず二度見をしてしまう。
おかしいな、たっぷり2日はもつはずだったのに。ちらりとテーブルを見れば竜とエルフは椅子へもたれかかり、満足そうにお腹をさすっていた。
はあ、一日と半日分をウリドラは食したのか。相変わらず底なしの胃袋っぷりなのに、ぽこんとお腹が膨れている程度なのは不思議だ。
カレーは時間が経つと洗うのが面倒になるので、さっさと綺麗にしてしまおう。そう考え、洗い物をしつつ話しかける。
「そういえばさ、二人とも温泉を楽しんでいたじゃない」
「うむ……味のある良い湯であったぞ。久方ぶりにさっぱりとしたし……あの蒸し風呂も案外と良かった……」
「ええ、私も楽しかったわ……広くて、清潔で……ふあ……」
おや、お腹が膨れてだいぶ眠くなっているようだ。先ほど僕も昼寝をしたのだし、とやかく言うことはできないけど。
「そういえば温泉の素というのをお店で売っていてね、自宅でも温泉気分を味わえるんだって。二人とも興味ある?」
「「あるっ!」」
あ、ぱっちりと目覚めちゃった。
この二人が揃うと、どうもノリが良いというか明るい雰囲気に変わる気がするなぁ。
よいしょと2人は立ち上がり、洗い物をしているこちらへ寄ってくる。そしてウリドラは尻尾を振り振り覗き込んできた。
肩を抱かれるとですね、少しその……胸が当たってますよ。
「というよりも、まさか家に風呂があっていつでも入れるということかのう?」
「え、そりゃもちろんあるよ。ほら、あっちのベッド脇の……」
そう言って指差しかけたところで、たたたと小走りにバスルームへ消えてゆく。そして勢いよく戻るなり「風呂じゃ! ほれ、ここに風呂があるぞ!」などと伝えてきた。
うん、だからそう言っているのに。相変わらずウリドラは元気だなぁ。
「向こうへ戻る前にウリドラも入るといいよ。さっぱりとして迷宮に行けるからね。じゃあ洗い物も終わったし入浴剤を買いに行こうか」
「行く行くっ。ねえ、ウリドラはどうするの?」
「ふうむ、すぐに浸かりたいものじゃがなぁー……よし、一番風呂を譲るというならついてゆこう」
う、うん、別について来て欲しいとお願いしてるわけじゃないんだけど。
などと思う僕は、どうもウリドラに冷たいというか大人へ接するものと大差ない。そう考えると、やはり年上であろうともマリーは子供だと捉えてるのかもしれない。
「ほら、マリー。耳隠しを忘れているよ」
「あらごめんなさい、お下げを摘まんでいてくれるかしら」
だからこうして世話を焼きたがるのか。
玄関口で左右のお下げを摘まんでいると、パチンとワイヤーが長耳を覆う。そしてしゅわしゅわと音を立てて覆われてゆく光景を眺めた。
「ン、どうかしら?」
「綺麗に隠れているよ。マリーは肌も髪も白いからぜんぜん分からないね」
耳は後頭部へと伸び、その先端同士が結ばれる。
どう?と耳のあたりを差し出されると、ほっそりとした首筋といい、どこか女性的なものを覚えて少しだけ頬が熱くなった。
さて、裏道を通ってドラッグストアへ向かうことにする。外は明るく、日曜の午後にふさわしい日差しに包まれた。
頭一つぶん背の低いマリーを中心にすると、何やら親子に近しい構図になる。とはいえウリドラはヒールのあるショートブーツを選んでいるので一番背が高い。
「それで迷宮でのことじゃが、わしはパーティーとやらを組まぬぞ」
「えっ、どういうこと? だって一緒に遊びに行くのでしょう?」
エルフに触発されたのか、腰まである長い髪を三つ編みにしつつ「もちろんじゃ」と答えた。
くせっけの無い黒髪はあっという間に束ねられてゆき、最後にはしゅわりと音を立ててまとめられる。
どうじゃ、と片方までの髪型を示されると可愛いというよりはカッコイイという表現が似合う。
二人で拍手をすると、竜はにっこりと美しく笑った。
では忙しいウリドラに代わって僕が答えようか。
「たぶん言いたいのはレベル差がありすぎるってことだよね。ただでさえ僕とマリーのレベルは40も離れている。そこへウリドラが加わるとパーティーを組むと経験値をほとんど得られない」
こくりと彼女からも頷かれた。そして足りないところを補ってくれる。
「それもあるが、どちらにせよわしは腕輪を持っておらぬ。わざわざ人里に出て登録する気にもならぬからのう」
「ああ、なら組みようがないわねぇ。今からだと登録までに何週間かかかるでしょうし……でもパーティーなら意思疎通もできて楽しそうなのに」
などとマリーは残念そうに唇を尖らせる。
反対側の髪を編みながら、うーんとウリドラは首を傾げた。
「それじゃがのう、マリーに与えた杖は遠からずわしと繋がっておる。そのぶん魔力を補助できるし、意思疎通もやろうと思えばできるじゃろう」
「はあ、そんな高度な……。ひょっとしてあの杖、かなりすごいものなのかな?」
竜と繋がっているアイテムなんて聞いたことも無い。
硬度の高い竜の素材は、さまざまな防具などに使われている。しかしそれらは下級竜が大半であり、彼女のような伝説級には遠く及ばない。
「ふふん、当たり前である。言うておくがのう、これでもわしは凝り性でな。世にある武具など鼻で笑うようなものしか作らぬぞ。ま、それが易々と出来るのは、あの猫族が逸材のおかげじゃ」
どうやら話しによると、猫族の中でもミュイはかなり見込みがあるらしい。
数としては激減している部族だが、そのぶん突然変異として能力に目覚めつつあるそうだ。
などという高度すぎる会話だったが、近所のドラッグストアへ辿り着くなり「おおー!」と二人の思考はそっちへ持っていかれてしまった。
まあね、ドラッグストアというのはとにかく品揃えが豊富で、所狭しと並ぶ光景は物珍しいだろう。
あちこちに興味を引き付けるポップがつけられ、花粉症など専用のコーナーには同系列の製品が山と積まれている。
女性なら気になるものもきっと多いだろう。
それよりも周囲がザワリと驚いているようだけど……気にしちゃいけない。彼女たちと過ごす以上、こうして注目されるのは仕方ないことなんだ。
まあ、そのあたりは流されやすい現代人というべきか、僕は人の目を気にしないことにも長けている。
「あっちが入浴剤コーナーかな。こっちは洗顔料、シャンプー、お風呂上りの乳液とか普段使うもので……」
興味深げにきょろきょろと見渡す少女へと、あたりの製品について順に教えてゆく。
たぶんマリーは幻想世界の住人のせいか肌が強い。見た目はもちろん透き通るような肌をしているが、乾燥や紫外線にめっぽう強い印象がある。
それはエルフとしての特性かもしれない。
半妖精であるエルフ族というのは人とはどこか違う作りをしている。暑さにぐったりすることはあっても日焼けに悩む姿を見たことが無いのだ。
ひょっとしたら長寿が約束されている事にも関係があるのではと思わせる。
「この小さいのがテスターで、試しに使っても良いんだよ」
「まあ、親切ねぇ。高価なものを自由に使って良いだなんて」
あ、そのあたりの認識も食い違うのか。
向こうの世界では当たり前だけど化粧品は高い。店先に売られているというよりは、貴族を相手にした専門の商人がいたり、あとは「へちま水」みたいな自家製のものがある。
手にクリームをつけ、くんくんと二人の女性が匂いを嗅ぐ。
近くにアドバイザーらしき女性は立っていたが「おっふ」という声を上げたきり近づかれることは無い。
まあそうか、アドバイスのしようが無いよね。共通語で話していることも遠ざける要因かもしれない。
「ぬうう、新しい趣味に目覚めそうであるなぁ……こちらの世界で金銭を稼ぐ技能を持つべきかのう」
「う、うん、あんまり怖いことはしないでね。いちおうと僕の国なんだから」
たまにボソリと怖いことを言うなぁ、ウリドラは。
などと考えていると、横からにゅっと白い手が伸びてくる。見ればマリーはにこにこと嬉しそうに微笑んでおり、ふわりとグレープフルーツに似た香りが漂った。
「ほら、すごく良い香り。これは何の匂いかしら?」
「本当だね、美味しそうな匂いがする。フルーツか何かかなぁ。お風呂あがりに試してみたいなら一つだけ買っていっても良いんだよ」
いいの?と心配そうに見上げて来られるが、そんな顔を見せられると「もちろん」と答えてしまう。
くんくんと竜も匂いを嗅ぎ、どうやら気に入ってくれたらしい。二人して微笑み、カゴへボディークリームを入れた。
さて、目的を忘れてしまいそうになるのがドラッグストアの怖いところだ。
本来なら温泉に似た入浴剤を探し求めてきたはずなのに、いつのまにやらあちこちのブースを覗いてしまう。
きゃいきゃいと楽しげにはしゃぐ二人を微笑ましく眺め、精算レジに向かうまでには長い時間がかかってしまった。
店を出るときには「ありがとうございましたーー」という声を受け、ウリドラはひらひらと手を振って店員さんの頬を赤くさせていた。
結局、買ったのは先ほどのボディークリーム、そして小分けにされた入浴剤を数種類だ。これだけに1時間以上かけてしまうとは、薬局恐るべしといった所か。
さて、それでは日曜の午後だというのに、入浴して過ごしましょうか、エルフさん。
見れば少女は大きく伸びをしており、木漏れ日のなか綺麗な笑みをこちらへ向けている。
はやくはやくと手を握られ、そして3人で歩き出した。




