第45話 エルフさんとのお食事会③
普段は夕方からだけど、明るい時間に料理をするのも新鮮で良い。なんとなく家庭科の授業を思い出すものがある。
「じゃあ順に洗おうか。そのあと皮むきするのも向こうの世界とそう変わらないだろうね」
じゃが芋をしげしげと眺めていたマリーは、声をかけると嬉々として蛇口をひねった。
ああ、彼女のために踏み台を用意したほうが良いかもしれない。つま先立ちをしている様子を見てそのようなことを思う。
包丁はすこし心配だったけど、向こうでは彼女も自炊をしていたのだし問題は無さそうだ。はらはらと見守ってしまうのは、たぶん僕の性格のせいだろう。
いや、こんな小さな子なら誰でも同じ思いをするか。
「あなたは少し過保護なの。私はもう子供ではないと、いつになったら分かってくれるのかしら」
「もちろん分かっているよ。あ、こうして刃が指に向かないようにすると良いかな」
うん、親になったような気分になるね。
まな板の上で一口大に切ってゆき、これで良いのかしらと少女は振り返ってくる。その度に簡単なアドバイスをし、穴あきボウルには次々と野菜が放り込まれていった。
「あとはこうして……」
少女が熱した鍋へ挽肉を入れると、ジャッ!と油の焼ける音が響く。頭に三角頭巾を巻き、両手万歳の格好をしているのは可愛らしい。
音に反応し、ピクンと長い耳は揺れた。
鍋があると少々高さがあるので、椅子へ膝立ちをさせる事にする。
ごろごろと野菜を加え、かき混ぜながら炒めてゆくころには少女も落ち着いてきたらしい。腰を支えている僕へ振り返り、むふんという不思議な表情をした。
「ふふ、こうしてあなたを見下ろせると気分が良いわ」
「そうなのかい。ああ、僕も新鮮な気がするよ。いつの間にかマリーが大人になったように思える」
「……だ、か、ら、私はもう大人なの。さっき言ったことをあなたは忘れてしまったのね」
あ、しまった。
とはいえ片眉を上げている仕草も可愛らしいし、こればかりは仕方ないと思うんだけどなぁ。
小さな手を握り、二人で野菜をしっかりと炒めてから水を入れた。あとは強火で煮て、頃合いを見てからアクを取り、そしてカレールウを入れれば出来上がる。
「えっ、それだけ!?」
「もちろん。和製カレーはとっても手軽な料理なんだよ。まあ本場のカレーもそう手間じゃないけどね」
本場のカレーはトマトの甘みを引き出したりスパイスを調整したりはするものの、実際の調理時間はそう長くない。大衆的な食事というのは得てして手軽になるものだ。
「ふうん、それなら分かるわね。向こうの世界でも手間をなるべく省いているけれど、肝心の味まで省いている気がするわ」
「それは僕も同感だよ。あっちでは食べれれば何でも良いところがあるからねぇ」
さて、一番の見せ場は、パキパキとカレールウを割り入れ、そしてどろりとした色へ変わる瞬間だろう。今まで野菜の匂いばかりだったというのに、一転してスパイスの香るカレーへと変貌してしまう。
「魔法っ……!」
「じゃないからね。いま入れたルウには、とろみと風味、そして色味がついているんだよ」
今度こそ間違いない、という表情で振り返る少女へと説明する。
後ろからはピーピーとご飯の炊ける音がするなか、ふわんと香る匂いへマリーは目を細めていた。そして小皿に取り、味見をしてもらうと薄紫色の目を丸くさせる。
「わっ、甘い、カレーだわ! んん、後味がほっとするー……」
「そういう味付けは和製ならではだろうね。じゃあ出来上がりだ」
椅子に立つ少女と手をパチンと合わせ、僕らの初めての料理は完成したわけだ。
さて、そうなると味を評価する人物が必要になるよね。
空にはぽっかりとした月があり、竜はじっとそれを見上げていた。
ときおりわずかに風が流れ、黒髪を揺らしはするがそれ以外の変化は無い。
たまに誰かが声をかけてくるが、彼女にとっては鳥のさえずりにも満たない内容だ。女性の身で迷宮なんて心配だとか、こちらで一緒に食事をしないかとか……。
中には憤りを露に立ち去ってゆく者もいる。
けれど黒髪の竜は知っている。
温泉のような空間や、エルフと歌い合うような喜びを彼らは与えないだろうと。
だからこそ、いつものように空を見上げ、そして時が流れるのをじっと待つ。いや、待っていたはずなのだが……。
「や、いい月だねぇ」
そう声をかけられて、竜は初めて瞳を丸くした。
振り返れば眠そうな顔をした少年がおり、そしてやはり欠伸を漏らしていたのだ。
「驚いたぞ……どうしたのじゃ、向こうで楽しくやっていると思うたが」
「うん、こういう夜にはさ、美味しいものをウリドラにも食べて欲しくてね。エルフと一緒に作った料理だけど、興味はあるかな?」
ぽかんとした後に、腹の底から愉快な感情が持ち上がり、くつくつと笑みがこぼれてしまった。
まったくこの人間とエルフは、竜を相手に楽しませることしか考えていないとは。普通ならばどこまでも利用をしようと企み、そして自滅をしてゆくものだというのに。
「ふ、ふ、ふふふ! 招待にはもちろん応じねばならぬのう。ただし、わしの舌を満足させねば、おぬしの眠そうな顔は消え去ると思うが良い」
「どちらかというと眠そうな顔を治して欲しいくらいだけど……うん、それではこちらへどうぞ」
腰を上げ、いそいそと竜は少年の用意した寝床へと潜り込む。
本当は睡眠も食事も彼女に必要無いものなのだ。それほどに魔力などの力を完全に制御しているのだが、不思議と少年の声には誘惑がある。
やがて毛布に包まれると、少年からの眠気が伝わったのか竜はころんと眠りについた。
まるで赤子のようにあっさりと、あっけなく。
「うんーーーーっ!」
「むううーーっ!」
エルフと竜はスプーンを握り締め、そして眉間に大きな皺を寄せていた。
頬張っているカレーからは今もスパイシーな独特の味わい、そしてどこか甘さの残る風味を舌へ与えているだろう。そのせいで、感想を言うまでには一呼吸の溜めが必要だった。
そんな僕はというと、そんな反応が楽しすぎて一口目をまだ食べれない。
「うまいいいいっ! アホか! んまいわっっっ!」
「んはあっ! 自分で作ったのが信じられないっ! カレーの味がどんどん出てくるの!」
やあ、食べるよりも満足させてくれるなあ、二人の顔は。
竜はがふがふと勢いよく食べ、そして満足しきりの顔で咀嚼をする。そしてエルフは一口一口を大事そうに食べ、頬に手を置いて「むふんっ」と息を漏らした。
「自分で作ると美味しく感じるよねぇ。これは外で食べるとまた美味しくてね、暖かくなったら川原とかでキャンプしても楽しいかもしれないよ」
「やめてちょうだい。ただでさえ楽しい気持ちになっているの。これ以上ワクワクさせないでくれるかしら」
そう言いつつも笑みを零し、コップの水をエルフは飲む。
ウリドラの皿はあっという間に空となり「おかわりは?」と尋ねると「いただくのじゃ!」と元気良く皿を手渡される。
「それで、そっちのキャンプの様子はどうだった? 何か変わったことはあったかなぁ」
ぺたぺたとお米をよそいながら尋ねてみると、ウリドラは黒のワンピース姿で振り返る。
「んむ、あったぞ。何やら侵入者がおるようじゃ。上の連中は慌てておるが、どうやらそれ以外にも何かありそうな気配であるなぁ」
「ふうん……あっ、侵入者って賊のことかな。マリー、前に相手をした賊だけど、たぶん僕らより先に迷宮へ潜り込んでいると思うんだ」
そう言うと、とろんとした瞳はハッと我に返る。
「あー……ええ、そういえばいたわね。ただ、それほどの規模では無かったし、国を相手にできるとは思えないわ」
うん、それについては僕も同感だ。
となると、彼らは2つのうちのどちらかになる。
1つは彼らが間抜けであり、馬鹿な行動をしている。そしてもう1つは、国を相手にできると確信しているかだ。
楽しい食事時なのでその事には触れないが、やはり一癖も二癖もありそうな迷宮だと思わせるよ。
うん、でもそれくらいのほうが楽しめそうだ。
にんまりと笑いながら、僕はカレーの大盛りを手にテーブルへと向かう。
そして彼女の目前へ置くと、竜はウキウキと小躍りをした。
「んふっ、来おった来おった。いただきますなのじゃあ」
がつっ! がふっ! ングっ、ングっ!
相変わらず男子顔負けの食いっぷりだなぁー。
あれ、賊のことよりもカレー鍋の心配をしたほうがいいのかな。
なみなみと作られたカレー鍋は頼もしささえ覚えるほどなのに、竜の姿を見ただけで弱々しい印象へ転じてしまう。
まあ、仕方ないか。何と言っても魔導竜様だからね。
などと考えていると、恥ずかしげな顔をし、お皿を差し出す少女がいた。
うん、カレー鍋さんは長く持たなそうだね。




