第316話 猫トラップ発動!
ぱちりと僕は目を開く。
すると洗ったばかりの布団カバーが視界に入る。
吸い込む空気は冷たいけれど、夢のなかでもっと寒い思いをしたからあまり気にならなかった。
冬という季節はそう嫌いじゃない。もともと運動をあまりしないし、それなら家で静かに本を読んだり映画を観たりして過ごしたい。
だから冬という季節は僕にぴったりで……あれ、夏でも同じように過ごしていたかな? 外出を控えなければいけない真夏日であろうと、精霊たちが部屋を心地よく冷やしてくれていたからね。
この冬に嬉しいと思えることがひとつある。それは小さな女の子が布団のなかでしがみついていることだ。寝相を見ればぬくもりを得ようとしているのだとすぐ分かる。
真っ白い髪が僕のあごの下にすっぽりと潜り込み、すぴすぴと寝息を立てているのだから、我が家はいつの間に小動物を招いたのかなと錯覚する。
「うん、やっぱり夏よりもいいな」
いけない。つい本音が口から洩れてしまった。
きっと聞かれてしまったのだろう。ぴくぴく震えた笹穂のような長耳は、彼女が長命なエルフ族なのだと物語っている。
ゆっくりと開かれた瞳は薄紫色で、ぼーっとしているのか長いまつげに縁どられた瞳が幾度がまばたく。
「おはよう、起きた?」
そう声をかけても反応は乏しい。低血圧らしく寝起きに弱いのだ。やはり寝ぼけているらしく、ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
どうしよう。すごく可愛い。いつも意見をはっきりと口にする性格だし、おしゃべり好きなぶん、こうして猫みたいに動物的な甘えかたをされると僕はとても弱いんだ。
見えないけれど布団の下ではしっかりと太ももをのせており、温かい吐息を鎖骨のあたりに繰り返し当ててくる。髪の毛からすごくいい香りが漂ってきて、こんな朝を迎えられるのは最高だと思う。
「おまけに今日はお休みだしね」
だから僕の気も緩んでおり、華奢な身体を抱き返してみたら「んふふ」とくぐもった声で笑われた。どうやら彼女も嬉しかったらしく、顔は見えないけれど長耳の先端を大きく下に垂らしていた。
「それにしても今朝は温かく感じるね。ぬくぬくしているから、彷徨い犬をうっかり連れてきたのかと思ったよ」
「ふふ、まさか。あっちの世界で呼び出した精霊だから、きっと今ごろは精霊の姿に戻っているわ」
当たり前のようにそう言われたけれど、僕は精霊使いではないから理屈が今ひとつ分からない。
もぞりと彼女は布団から腕を出して、部屋の片隅に指先を向ける。ゴウ、という音と共に赤く灯ったのは、この部屋に精霊を呼び出したのだろう。きゅい、と小さな鳴き声も聞こえてきた。
「お休みならちょうどいいわ。部屋が暖かくなるまで、このまま過ごすことにしましょう」
まさかねぇ、マンションの一室に暖炉を置くことになるとは。
部屋の隅にデンと置かれているのは鉄製の四角いストーブで、見れば丸々とした火とかげが収まっている。焼け焦げた薪を枕のように抱えて、くああーと欠伸をしたのは主人の影響を受けているのか、それとも本来から朝に弱いのかは分からない。
言うまでもなくマンションで薪ストーブを所有するのは許されないことだ。しかしどういう理屈かは知らないが、煙突から先に煙が出ることはないらしい。途中にある小箱をたまに開いて、そこに溜まっている丸い煤のようなものを取り出せば済むのだとか。製作者が魔導竜なのだから、僕みたいなサラリーマンには理屈を知ることなどできないだろう。
また、暖房器具の登場に伴い部屋の模様替えもしている。
もともと広めのワンルームであり、ベッドとテーブル席のあいだに間仕切り用の棚を置いていたけれど、それをベッドの頭側に移動させた。暖かい空気がここまで届くためにね。
「そっか、気のせいだったのか。お腹のあたりにもこもこの毛皮がある気がして」
「ふふ、だからそんなことは絶対にあり得ないの」
ぎゅーっと抱きついてきたあとに、少女は可愛らしい欠伸をひとつする。まるっきり猫と同じ仕草であり、輝く髪をくしゃくしゃにさせてもぐりこんでくるのだから僕としてはたまらない。
「どうしてあり得ないのかな?」
「ええ、向こうで眠りにつくとき、鍵をかけてだれも入れないようにしたからよ。あなたは夢の世界でぼんやりしてしまうようだし、そのぶん私がきちんとしてあげないと」
くつくつと笑いながらそう言われた。
そういえばマリーは管理をきちんとする性格だったな。数え切れないほどの精霊を操れるようになったし、ひょっとしたら僕もそのひとつに加えられてしまうかもしれない。
これは大変だと思い、小さな子の頭を撫でていたときにふと気づく。マリーも同じく違和感に気づいたらしく、頭を起こすと足元あたりを眺めた。
――もぞもぞ、もぞ。
布団の隙間からゴロゴロという不思議な音まで聞こえてくる。よく見れば僕とマリーのあいだにこんもりとした膨らみもあった。
え、なんだこれ? そう僕らが目を見開いているあいだに、膨らみはもこもこと遠のいてゆき布団の向こう側にストンと落ちる。
ふぁっ!? という声を僕らは当時に発した。そこには毛むくじゃらで両耳をピンと立てた者がいたのだ。
その子は眠そうな動きでフローリングを歩いてゆき、暖炉の前にあるクッションを見つめる。あれはウリドラの特等席だ。猫に近しい種族の子がそれを見逃すわけがない。前脚で何度か踏み踏みしてからぐるんっと廻り、見事なまでの円形で寝そべった。
「…………ッ!?」
ついさっき「せっかくの休日だから、だらだらベッドで過ごしちゃいましょう♪」と宣言していたマリーも、この光景を見たら前言撤回せざるを得ない。僕、そして猫族のミュイを交互に眺めており忙しそうだ。
しかし表情はというと「困った」とはまったくの正反対であり、薄紫色の瞳をキラキラと輝かせているのだから、つい僕は吹き出してしまうよね。
「きっとあのときだよ。ほら、トイレに向かわせたのを覚えてる? 寝ぼけたミュイは、うっかり僕らの寝床にもぐりこんだんじゃないかな」
「ええ、悔しいけれどそうみたいね。私としたことが睡魔に負けて油断してしまうだなんて」
くっと下唇を噛みながらマリーは悔しそうに言い、それから彼女は異世界からの訪問者を持ち上げる。
脇の下に手を入れて、にゅーっと伸びているのは猫族だ。彼はまだ寝ぼけており、また普段と違って服を着ていないものだから本物の猫みたいに見えた。
ぽかぽかとした暖炉の前に座り込む少女は、そっと膝の上に猫族を乗せる。するとミュイは寝ぼけながらも丸まり、小さな鼻でふすふすと息をしてまた眠りにつく。
それがたまらなかったらしく、少女は両手で顔を覆った。
「なんということかしら。こんなの幸せ過ぎるわ……!」
かぶりを振ってそう言う様子に、僕はなんと言えば良いのか分からなくなる。この世界に辿り着けるという秘密を漏らしてしまったにも関わらず、少女の表情を見ていると「そんなに大したことじゃないのでは?」と思うのだ。
ごろごろ喉を鳴らしている様子を見て、僕は仕方なく立ち上がる。
「迎えてしまったんだから今さら後悔しても仕方ないね。せっかくだからおもてなしをしたいけど、外に連れていくのは難しそうだ」
「うーん、そうね。この姿だとさすがに目立ってしまうわ。カゴに入れたらどうにかなるかしら」
うん、上からタオルをかけたりして姿を隠せば平気かもしれない。そういった品は、ペット用品のお店に行けばいくらでも売っているだろう。などと算段をつけて少女に提案してみると、両手で猫族を抱えたままマリーは天井を見上げた。
「そうね、猫じゃらしや猫用ソファを見るのもアリかもしれないわ。猫砂……は、トイレを使うからきっといらないわね。一廣さん、あなたは聞いたことがあるかしら。猫というのは狭いところが大好きだということを」
なおもつらつらと猫知識を述べてゆく様子に「う、うん」とためらいがちに僕はうなずく。
以前から知っていたけど彼女の猫好きは本物だ。自然と密接に過ごすエルフ族だから……というわけではないことを長年接してきた僕は知っている。単なる猫好きだ。
「じゃあペット用品のお店に行く? ミュイが好きそうなものもたくさんあると思うし」
「行く行く! 絶対に行く! んふふ、すぐに着替えて……」
輝かしいほどの喜びの表情は、突如として陰ってしまう。ハッと気づいて見下ろした先には、とても気持ちよさそうに眠る猫族がおり、短い爪でしっかとマリアーベルを押さえていたのだ。
「な、なんということかしら、まったく動けなくなるだなんて。聞いたことがあるわ。猫トラップにハマると脚がしびれてしまうまで動けないのだとか!」
「はは、そんな大げさな。ちょっとどかすだけで……」
「嫌っ! どかしちゃ嫌っ! すごく温かくてゴロゴロ鳴いてくれるミュイちゃんをどかしちゃダメっ!」
うーん、なるほどね。この硬い守りは本物だ。ひとことも声を出せなかったけど、僕は「どうしろと?」と心のなかで思った。
こんな八方ふさがりの状況で頼れるのは一人……いや、一匹しかいない。僕はすぐさま踵を返し、ベッドサイドに置かれている不思議なアクセサリーを手にした。
ほうと吐き出した息は白く染まる。江東区の空は曇天で覆われており、からからに乾いた北風が流れてゆく。
後ろに手を伸ばすと手袋で覆われた指先がすぐにつかんできて、そういえばニット帽をかぶっているのはなつかしいなと思いつつ彼女につられ笑いをした。日本に辿り着いてしばらくはその姿だったっけ。
マリーと肩を並べて、普段よりも物寂しく感じる商店街を歩いてゆく。なぜ寂しいと思えるのかというと、人通りが少なくて、どこのお店も冷たい北風が入らないように戸をぴしゃりと閉じているからだ。
「まさか冬嫌いの私が、夢のなかでも日本でも寒さを味わうだなんて思いもしなかったわ」
「うん、昔から嫌いだったね。冬のあいだは冬眠をするみたいにお寝坊していたし」
幼少のころ、彼女とエルフ族の森で過ごしていた日々を思い出す。精霊の加護が与えられているのか大して雪は積もらず、動物たちの集う部屋で暖を取り、2人きりでエルフ語を学んでいたものだ。
「あら、暖かそうな毛皮に包まれたミュイちゃんだって暖炉の前を陣取っているのよ。毛皮も着ずに寒さを耐えられる人間族のほうこそずうっと不思議なのよ、きっと」
腕に抱きついてきて、駄々をこねるように彼女はそう言う。
確かに北風は冷たいし機嫌を損ねかねない天候だろう。エルフ族にとって忌むべき環境らしいのだが、しかしなぜか少女の足取りは軽い。それもそのはず、薄暗い小道の先にエルフさんお気に入りの店があるらしい。今日はそこに案内してくれるのだとか。
奥まった場所にその店はあった。
小さな白熱灯がゆっくり明滅して、黒猫を模した木製の看板を照らす。金色の目玉はどこか笑みを浮かべているようで、路地を歩く者たちに笑いかけているようだと思う。
窓辺にたたずんでいる黒猫の置き物もそうだ。まるで絵本のような雰囲気があるから、彼女にとってお気に入りのお店となったのだろう。
「へえ、こんな場所があったんだ」
「うふふ、すっかり私のほうがこの世界に詳しくなってしまったわね。早く入りましょう。でないとあなたのお手手がしもやけになってしまうわ」
真鍮製のドアノブも金色で、それを両手で少女が引くと室内から暖かい空気が流れてくる。そして店の奥には温かそうなカーディガンを羽織った年配の女性がいた。
「あら、いらっしゃい。可愛い妖精さん」
ここを訪ねると、おばあさんは決まってそう言うのかもしれない。恥ずかしそうにはにかむ少女を見て、うふふと笑っていた。
かすかにお香が漂っており、花を模した色とりどりのランプが壁際に飾られている。置き物も数多く、古めかしい下町から突如として異国に迷い込むような雰囲気があった。
「今日は素敵な彼氏さんを連れてきてくれたのね。さあさ、こちらに座ってください」
きっと僕が仕事に出かけているあいだ、あちこちを散歩しているのだろう。エルフ族はいつの間にか下町を散策しており、いくつかのお店で常連になっている。いつもは黒猫さんを連れているだろうけど、なぜか本日のエスコート役は僕らしい。
少し戸惑っていると少女は手を引いてくる。うっすらと頬は赤く、だけど艶のある口元には笑みを見せていた。
売り物とは別のこじんまりとしたテーブルに茶器が乗せられてゆく。洋風を好む婦人というのはお店を見ただけで分かるけど、確か僕らは猫用品を買いに行くはずだった。しかしなぜアンティークのお店に入っているのだろう。
などと不思議の国に迷いこんだような思いをしているあいだ、ティーカップには琥珀色の紅茶が注がれる。ふわんと漂う優しい香りに、またも異国に訪れた思いを僕はする。
もうひとつ、まじまじと見つめてくるおばあさんにはどこか魔女のような気配があった。
「想像していた通り」
「え、なにをですか?」
「いいえ、気にしないで。マリーちゃんの彼氏がどんな人なのか、一人で想像していたの。きっと妖精の国にうっかり迷いこみそうな人だと思っていたわ」
そう言い、つられて僕まで笑みを浮かべるほどの表情を彼女は見せる。
長年住んでいる場所だけど、こんなお店があることを僕は知らなかった。つい先ほど、お勧めのお店があるからとマリーに言われなければ今後も立ち寄らなかっただろう。
ティーカップに口をつけるとほどよい甘さ、そして香ばしさが鼻を抜けてゆく。これはなかなかの高級品だぞと思いつつ、視線を横に向けると少女も口をつけながら笑みを浮かべていた。
骨董品の壁掛け時計が秒針の音を刻むなか、ゆっくりとおばあさんは口を開く。
「これは女の勘だけど……なんて、私みたいなおばあちゃんが言うのはどうかしら。だけどすごくお似合いだと思うわ。お店に入ってきたときに感じたけど、一緒にいると雰囲気がすごく優しくなって驚いたもの」
くすくすとおばあさんは上品に笑う。
気恥ずかしい思いをしているのかマリーは頬を先ほどよりも赤らめて、薄紫色の大きな瞳をくるんとお店の端っこに逸らした。
「た、たぶんもうすぐ彼と結婚します」
「あら、まあ、素敵!」
瞳をきらきらに輝かせて、おばあさんは両手をパンと合わせる。
それでびっくりしたのか窓辺にいた黒猫が床に降り立つ。まったく動かないものだからてっきり置き物だと僕は思っていた。
首輪にはチコとアルファベットで書かれていて、しばし警戒するような瞳を僕に向けてくる。半径2メートルまでが黒猫の許す領域なのだろう。
挙式はいつだとか、交際はいつからなのだとか、そんな世間話をしているあいだも猫は静かで動かない。
やがて替えのお茶をおばあさんが汲みに行ったとき、チリンと鈴を鳴らしてひとっ飛びする。狙いたがわずマリーの膝元に乗ったので、少女は薄紫色の瞳を真ん丸にしていた。はわわわと震えているのは、膝に乗ってくれるのはとても珍しいできごとだったのかもしれない。
彼女が手を伸ばしてくるので僕も迎える。すると、ぎゅうっと力強く握ってきた。
「信じられないわ。まさかここでも猫トラップが発動するだなんて……!」
そんな大げさなと笑ってしまうほど少女は必死な表情だ。
テーブルの隙間から覗き込むと金色の目玉で見返してきて「何か?」と言いたげだ。とても狭い場所で器用にぐるんと回り、心地よい寝床を陣取った。
「おや、本格的に発動したみたいだね。もしかしたらミュイの匂いが残っていたかな」
他の猫の匂いは嫌がられるはずなんだけど。いや、彼の場合は猫ではなくて猫族なのだから勝手が異なるのか。
そんなことを考えていると、おばあさんが奥から戻ってきて笑みを向けてきた。
「ウリドラちゃんとは別の猫を飼ったの?」
「ええ、今日来てくれたばかりで、せっかくだからグッズを揃えようと彼と一緒にお出かけしたんです」
「まあまあ、にぎやかでいいわね。ふうん、それでうちのチコも嫉妬したのね」
彼女も覗き込むと黒猫のチコはすっかりエルフさんの太ももを陣取っており、絶対に動いてなるものかという構えをしていた。くつくつとおばあさんは笑い、そして動けない彼女ではなく僕に手招きをする。
「こちらへいらっしゃい。私のお店だから好きなものも売っているの。どれもお勧めよ。保証するわ。このあいだ仕入れた品は特に……」
「まっ、待って! 待って待って、私も一緒に見たいの! お願いお願い!」
いやぁぁぁ、と嘆き悲しんでいるようだけど、猫トラップというのは恐ろしいものだからね。
などと思っていたら今度は僕の手がしっかと少女に握られてしまい、つんのめる。なるほどね、まさかエルフ族のトラップまで存在しているとは知らなかったよ。
くすくすとおばあさんに笑われながら、僕らはチコが許してくれるまで猫トラップを楽しんだ。
大きな紙袋を覗き込むマリーは、ほくほく顔をしており幸せそうだ。つい先ほどは寒さに文句を言っていたというのに、寒空の下を歩いていてもまったく気にならないようだ。
「嬉しそうだね。猫は前から飼っているのに」
「ウリドラとはぜんぜん違うわ。あの子はいつも寝てばかりだし、猫らしさのお勉強がまだ足りないと思うの。ご飯のときくらいしか近寄ってこないのよ」
うーん、あの性格だし仕方ないんじゃないかな。普通の猫じゃなくって、魔導竜の使い魔みたいなものなんだし。もちろん猫族だって普通の猫じゃないだろうけど。
そう思いながら僕も覗き込むと、おかしなものが目に入る。
「ブラシや猫じゃらしは分かるけど、猫用のおやつは……」
「分からないわ。大好きになってくれるかもしれないし」
もうひとつ、さっと背中に隠したものも気になる。ちょっとだけ見えたけど、恐らくあれは「またたび」だ。好奇心は猫を殺すということわざがあるけれど、エルフ族が好奇心を抱いた場合はいったいどうなってしまうのか。
そんなことを思いつつ、ガチャリと戸を開く。
やはり部屋からは暖かい空気が流れてきて、冬場において最も過ごしやすい特等席にはおまんじゅうのように丸くなった者がいる。
茶色の毛並み、それと黒い毛並みをした2匹であり、どうやら魔導竜の使い魔は不在のあいだミュイを見守ってくれたらしい。寝ていただけかもしれないけれど。
靴を脱ぎ、小走りに駆けてゆく少女を見たら、つい先ほどの杞憂も薄れてしまった。もしかしたら
冬というのは物悲しく、部屋で大人しく過ごすべき季節だろう。なのに今年はなぜかどこに行ってもにぎやかだ。思い返してみるとエルフの里に訪れた日から、ずっとそんな日々が続いているかもしれない。
ぱたりと後ろ手に戸を閉じ、それからお土産にもらった茶葉の袋を僕は取り出す。
はてさて、ミュイはエルフさんのおもてなしを楽しんでくれるだろうか。
そんなことを思いつつ、水を注いだやかんを薪ストーブにのせる。火とかげは冬眠したように丸まって動かず、目を覚ますことはなかった。




