表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
368/401

第308話 そのころ名もなき国では

 北瀬とマリーが(うつつ)の世界に戻ったころ、人の行き交う雑踏をウリドラは眺めていた。正しくは古代迷宮が名もなき国として(おこ)り、人々が移り住む過程を眺めていた。


「ふむ……」


 形だけなら国として成り立ちつつあり、しかし実体としてはまだまだだ。アリライ国とゲドヴァー国の戦争から逃れたに過ぎず、またそれは彼らの意思ではない。戦いにおいて役立たずだと判断された者たちなのだから、うつろいゆく景色のように希薄でもあった。


 ちんと陶器を鳴らしてスプーンをお皿に置く。澄んだ音色は心を落ち着かせてくれるし、淹れたての茶葉の香ばしさも同様だ。

 ではどうすれば正しい国になれるだろうか。そのことばかり考えていたせいか、正面に腰かける老人に気づくのが遅れた。

 ほとんどの頭髪を白く染めたその老人は、おっかなびっくり近づいてくる店員に「一番高い酒」と端的に頼むと、唇の端っこに笑みを浮かべながらこちらを向いた。


「よお、浮かない顔だなウリドラ。その悩みの原因を俺様が当ててやろうか?」


 老いてなお引き締まった身体つきであり、老獪さと屈指の戦闘力を誇る彼はガストンという名の老人だ。

 隠しているとはいえ魔導竜としての存在感や威厳というものは勝手に溢れる。なのに敬称をつけずに呼ぶ珍しい相手でもあった。対照的にうんざりとするウリドラだが、その表情を浮かべることは珍しくもなんともない。


「死地を求めてさすらったはずが、なぜかおぬしはますます健康になってゆくな。そんなおぬしがわしの悩みを言い当てるじゃと?」


「へっ、そんなの簡単に当てられるに決まってんだろ。お前さんはちっとばかし人間くさすぎる」


 はて、魔導竜であることは悟られていないはずだが。しかしいまはもう尻尾や角を隠してなどいない。ありのままの姿でいると決めたからであり、それは女神の生きざまを見て決めたことでもある。

 名もなき国には、世にも珍しいことに女神様が住んでいる。最近は神殿建築に関することでリザードマンからの質問攻めにあっており忙しいが、肉体を得てからというもの以前よりさらに生活を楽しんでいる。あれを見ては魔導竜でさえ考えを変える。


 では、わしの悩みを言い当てるがいい。

 そう横柄な態度で示すと、老人は「へっ」と再び笑う。

 彼はなんでもない仕草で後ろに手を伸ばすと、たまたまそこを歩いていた通行人を掴む。唐突であり唖然とした相手は「は?」と戸惑う。ガストンはなにも口にせず、腕力だけで「いいからそこに座れ」と無理やり隣の席に腰かけさせた。


「こいつらだろ。名もなき国に紛れ込んでいる連中ってのはさ」


「お、俺は別になにも……!」


 うるせえんだよと睨まれて、可哀そうなほど彼は委縮した。どうにも老人とは思えないほどの殺気を発する人物であり、頭から真っ二つにされたような顔を彼は浮かべていた。

 また一方のウリドラはというと、頬杖をついて面倒くさそうな顔をする。


「そうなんじゃあ。そやつらが案外と多くて、もはや砂漠に放り捨てるのも面倒で仕方ない。そこの貴様、名はなんという」


「も、モーゼスです」


 ふーむ、と再び思案をするウリドラは、黒曜石と似た瞳を夜空に向ける。ものすごく簡単に全てを解決できるウルトラでミラクルな方法はないだろうか、などと誠に都合の良いことを考えているらしい。


 ちょうどそのころに楽器の音色が通りに響く。夜に合うしっとりとした弦楽器の調べは、アリライの民にとってまったく知らぬ文化だろう。

 歩調と同じくらいのリズムを刻み始めて人々の興味を引く。やがてひとつずつ楽器の音色が加わってゆくのは、これが合奏(アンサンブル)なのだと告げていた。


 街のあちこちに「音楽祭」のポスターが張られていて、あれは屋敷に住む女性たちが勝手に描いたものだ。それをしろと命じたことはなく、せいぜい「愉快そうじゃなあ」と感想を口にしたくらいだ。あれを全て自主的に執り行っているのだから面白い。


 そして音楽祭なるものの意味を、いっときの滞在者たちはようやく知り始める。なんだなんだと戸惑いながらも歩き始めて、向かう先の広場にはすり鉢状の野外ホールがある。そこには女神様を楽しませる聖歌隊が腰かけていた。

 しかしあの女神様がお相手だ。調べは決して気取っておらず、おごそかでもなく、ボンボンと鳴る弦は「そっちはどう?」「俺は絶好調」と楽器同士の会話を眺めている気分でもあった。


 高く高く。低く低く。空気の震えは身体に入り込み、集った者たちを一人残らず音楽の世界へいざなってゆく。まるで魔法のように。奇跡のように。


 準備はいい? 心の準備はできている?

 もしも楽しみ始めたのなら、あなたは音楽の神髄を深く知るべきだ。そう伝えるように聖騎士ドゥーラは「カモン!」と叫ぶ。


 踊り子の衣装を着たダークエルフ、彼女は艶めかしく精油で肌を輝かせており、口元を布で覆っているけれど楽しんでいるのは明確だ。

 砂国におけるトップスター、魅惑のダイヤモンド隊を引き連れてダンスのステップを刻み始める様子に、オオウと人々は驚きの声を響かせる。しかしそれさえも旋律の一部に加えているのか、楽器はアップテンポを上り詰める。


 やがて月明かりの下で、忌み嫌われた種族であるイブは喉を震わせる。


 踊れ踊れ踊り子たちよ。

 今宵限りの夜ではないけれど、踊れ踊れ砂の民よ。

 あの月が照らす限り、夜はいつまでもあるけれど、踊れ踊れ全ての民よ。


 イブの肌はオイルを塗ったように輝き、クネらす身体は魅惑的だ。勢いを、情熱を、魂をゆさぶろうとするのもまた明確で、彼女は無数の汗を散らしながら誘いかける。

 ワッとたくさんの声に野外ホールが包まれるのは、事前にそう定められていたかのようだった。


 ドゥーラ率いる聖教会の者たちは歌を力とする。戦場では兵士を鼓舞して、怖れ知らずで獰猛な獣へと変えるのだが、今宵は人々を愉快な気持ちにさせたいらしい。


 ふ、ふ、とウリドラはそんな熱狂の渦を眺めて楽しそうに笑う。

 あの調子ではいずれ音楽祭を楽しみにする者たちで溢れるだろう。魔導竜が思い悩むまでもなく国は勝手に形となり、文化となり、人々に根づいてゆく。それがおかしくて笑ったのだが、老人と見知らぬ男は「なにか楽しい話題でもあったか?」「さあ」と顔を見合わせていた。


「ふむ、案ずる必要はなかったようじゃな。そしてガストンよ、こやつはアリライ国の内通者などではない。おぬしは少しばかりボケが深刻なまでに進んでおるのではないか?」


「俺が死ぬまでにボケるわけねえだろ。じゃあなんだ、こいつはどうしてバレバレで滑稽なまでの監視をしていた。無能と間抜けさを世間様にアピールして歩き回ったことにどんな意味がある」


「ちょっ、ちょっ、やめてくださいよ。だれがいつ監視なんてしたんですか!」


 そうわめく男は気のせいか泣きかけて見えるのだが、実はこの男、もはや覚えている者はいないと思うが怨霊隊の一員である。

 怨霊隊といえば泣く子も黙るゲドヴァー国の執行部隊だ。ウリドラの言った通り、もちろんアリライ国側の内通者などではない。

 狙った獲物は必ずしとめることから、勢いこんで真っ先に第二層に攻め入ったは良いものの、結局はだれにも知られることなくほうほうの体で逃げ去った。だから覚えている者はいないはずだ。きっと。


『どうする、退却するか! やっぱりこんなところに来るのは間違っていたんだ!』


『待ってくれ、俺を置いていかないでくれ! まだ正体はバレていない! 大丈夫だからいますぐ助けてくれえええ!!』


 彼らの脳裏にだけ響く悲痛な声は意思疎通(チャット)によるものであり、ガストンに捕まった男だけでなく周囲の茂みに隠れたものたちも汗をだらだら流していた。正確に言うと「助けて」という声に「それはちょっと」とかなり消極的だった。


 難民を受け入れるという混乱に乗じての潜入作戦だったのだが、早くもプランは崩壊しかけている。いや、根本から粉々に破壊されている。なにしろ魔導竜、そして人食い魚(バラク―ダ)の異名を持つルビー隊の長が相手だ。ムリムリムリと全員が一斉に首を振る。別れの言葉を送る者までおり、確保されている男は白目になった。


「ふ、ふ、今宵の音楽祭は実に騒がしい。意思疎通(チャット)のシステムなどとうに熟知しているというのに滑稽なことじゃ。それで、ようやっと思いついたぞ。ものすごく簡単に全てを解決できる方法をな」


 その言葉に怨霊隊はゾッとした。リー・チェイという隊を率いる者はすぐさま「転移」のサインを送り、また怨霊の名を示すかのように一同の姿はかき消える。

 いかなる場所であろうとももぐりこみ、後を追うことすらかなわない。それこそが彼らの強みであり、他にマネできるものなどいやしない。


 どろりと景色は移り変わり、騒々しかった音楽は唐突に途絶える。

 そこは寒々しい砂漠地帯で、脱出が成功したことを告げていた。男女合わせて計7名の者たちがうずくまっており、そろそろと安堵の息を吐く。しかしこれで終わりではなかった。


 すべての景色が変わったというのに、さきほどとまったく同じ位置に魔導竜が立っている。そのことに全員の心臓がドキンと痛いくらい鳴り、先ほど見かけた踊り子のようにとめどなく汗がしたたり落ちてゆく。

 長い黒髪をたなびかせる彼女は、皓々と注がれる月明かりによって肌を白く染めていた。


「ほう、闇渡りとは古臭い技を使う。しかしその技を生んだ者のことは知らぬだろう。どれ、じっくりと時間をかけて教えてやるとしよう」


 びょうと強い風が吹くなか、一歩ずつ近づいてくる様子に……わっと彼らは背中を向けて逃げ出した。その姿には怨霊隊としての誇りや威厳などすでに消え去っており、ものすごく綺麗なフォームで砂漠を駆けだした。絶対に無駄だと分かっていながら。




 ごん、と扉を叩かれて、詰所から顔を覗かせたのはロキという名の男だった。胸にかけたペンダントは信仰心を知らせるものであり、この国において最も存在意義の分からない親衛隊なるものの一員だと知らせている。

 なんでもシャーリーという女性を推しているだか祀っているだか尊いだかで、外敵から守るという勝手な名目で居座っているらしい。


 しかしそんな彼を戸惑わせるのは、複数名のズタボロな姿をした男女が石畳の上で体育座りをしている光景だった。


「えーと……。ウリドラさん、それにガストン隊長も。どうしたんです、その、そいつらは。あーあ、可哀そうに。みんな泣いてるじゃないですか」


 グスグスと響く泣き声に、困ったようにロキは短い髪の頭をかく。しかしケガなどはしておらず、ただ単に泥まみれにされて衣服を破かれただけらしい。

 冬服姿のウリドラは、月明かりの下でにっこりと笑いかけてきた。


「うむ、そやつらが女神親衛隊に入りたいと言って聞かなくてな。涙ながらに訴えるものじゃから、とうとうわしは折れてしもうた。これからたっぷり鍛えてやるといい。ほれ、挨拶はどうした」


「「「よろしくお願いします! 誠心誠意がんばります」」」


 生まれたての小鹿のように震える彼らを見て、ウリドラは満足そうに笑った。

 こういう面倒な連中は、さっさと国に組み込んでしまえばいい。古代迷宮の攻略は続いており、戦う者の人手不足だって解消できる。なによりもここは女神様のお膝元であり、このロキもまともそうに見えるが狂信的な男なのだからすぐに反抗心は消してくれるだろう。


 厄介払いをしたウリドラは、うーんと伸びをしてから夜道を歩きだす。こうして憂いが平和的に晴れてくれると、やはり名もなき国は過ごしやすいなどと思いながら。


「やっぱり人のことは人に任せるのが一番じゃなあ」


 変な顔をしたガストンに見送られながら、こうしてウリドラはさっさと音楽祭に加わることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本へようこそエルフさん、第7巻がHJノベルスより発売中!
改稿・加筆などなど、Web版では見れなかったあれやこれやをお楽しみいただけます。
↓クリックすると特設ページへ。
日本へようこそエルフさん7巻

エルフさんコミカライズも5巻発売中。
半妖精エルフ族、マリアーベルの可愛さ大爆発!必見です!
↓クリックするとコミックファイアへ。
日本へようこそエルフさんコミカライズ1巻

2巻発売&コミカライズ連載中の「気ままに東京サバイブ」もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] シャーリー「最近、私を怖がる人を見かけるんだけど?」 ウリドラ「そんな者達がおるのか。だが実害は出ておらぬのじゃろう?放っておけ。」 シャーリー「逃げようとしてケガしたから治したんだけど、そ…
[一言] 最近は日本の生活話よりも、シャーリー関連(本人、周囲問わず)やウリドラさんの国造り、ダイヤモンド隊などが関わる話が楽しくてたまりません。全てとは言いませんが1/3くらい、いや1/5くらいの割…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ