【番外編】真夏の夜の怖ーいお話③
おぼろげに光る提灯。
真夏とは思えないひんやりした空気。
居並ぶ従業員たちはいずれも生気のない表情をしており、いらっしゃいませの言葉さえ発さない。そんな徹底したホラー演出に、ウリドラ一派はみんな凝り性だなぁと妙な感心を僕はした。
「おぉー、怖えぇ……。なんだこの雰囲気。古代迷宮より怖くねえか?」
「落ち着きなさい、ゼラ。いつもの威勢はどこにいったのよ」
などと下駄箱で通り過ぎてゆく二人は、攻略時にいつもお世話になっているゼラさんとドゥーラさんなのだが、なぜかしっかと手を繋ぎあっている。今日は人前でも気にしないんだなと再び妙な感心をした。
屋内のおどろおどろしい空気を感じてか、エルフさんは顔をひきつらせると脇の下に思いきり抱きついてくる。
ちらりと薄紫色の瞳を僕に向けてきて、それに見とれる間もなくなぜか彼女は背後に回ってしまう。どうしたのかなと思ったら、どうやら僕をおとりにしたかったらしい。
ぬう、と顔を寄せてきたお化け……ではなく耳の長い従業員に僕は笑いかけた。
「イブ、どうしたのその格好?」
「いいでしょ、可愛くない? タイショー風の使用人の格好なんだって。まあ、こんなメイクのせいで台無しなんだけどさ」
そうこそこそと小声で返事をしてくれる。周囲の女性から睨まれて、ぺろりと舌を出している通り、イブたちはホラーの演出を心がけているのだろう。
周りを見れば、皆は靴を脱ぐという異国の文化に戸惑いつつも指示に従っている。そして一人づつ手渡されるのは火の灯された蝋燭だった。
ふむふむ、ここまで手が込んでいるとなると、ウリドラは新しいアトラクションをお望みなのかもしれない。暗いしおどろおどろしい内装だけど、よく見れば建物の造りは真新しい。
などと納得しながら列の後に並ぶのだが、マリーの持つ蝋燭を乗せたお皿は先ほどからカタカタと震え続けており、いまにも倒れてしまいそうだ。
大丈夫? と視線を送ると、絶対にムリと首を左右に振られてしまう。なので落ち着いてもらうために僕は話しかけることにした。
「ずいぶん手が込んだ施設だね。それにこれだけ暗いと日本のお化け屋敷を思いだ……」
話し終える前にグイと袖を引かれてつんのめる。振り返るとそこには「信じられない」という顔をする少女がいた。
「まさか、日本にはお化けを屋敷に住ませているの!?」
「え、そうじゃなくて、単なる見世物だよ。前にも言わなかったっけ」
「お化けを単なる見世物にしてるって、どういうことよ!」
あれえ、どうして首を絞められているのかな。それにお化けなんて実際にいるわけが……。
――ずしん。
そんな足音に振り返ると、僕らをまたいでゆく者がいた。薄暗い廊下だ。見えるのはけむくじゃらの足と、おぼろげに光る目玉。肩にかついでいるのは棍棒だろうか。
あわわわという声が背後から聞こえるけど……そっか、こっちだと本物のお化け……いや、あれは妖怪か? ともかくシャーリーを魔導竜様に押さえられている以上、なんでもアリだと思ったほうがいい。
「ごめんね、やっぱりお化けはいるみたい」
にこりと笑いかけると、薄紫色の瞳はこれまでに見たことないほど見開かれた。
「いるじゃないの!」
「うん、みたいだね。でもさすがに危害は与えないと思う」
ちょうどそのとき、前を歩いていたザリーシュが太い指につままれる。
あっれぇ、【絶対領域】が簡単に解けちゃった。おまけに大きな口に飲み込まれたみたいだけど……。
「ごめんね、危害を与えるみたい」
「嘘つき嘘つき! 嘘つきカズヒホ! わああーっ!」
首をガクガク揺すったあとに正面から思い切り抱きついてきた。どうやら今日のマリーはとても忙しいみたい。
でもなんでかな。やんやんと言いながら足踏みをしているのはすごく可愛いし、会社のストレスまで消えてしまいそうだ。
などと思いつつ危なっかしい蝋燭を受け取った。
そのときに、どしゃっと唾液まみれのザリーシュが降ってきた。彼はビクビクした様子のエルフさんに構うことなくうなだれる。いや、彼女よりもずっとずっと青白い顔をしていたか。なぜか体育座りになっているし。
「あ、だ、大丈夫?」
「……今日は厄日のようだ。すまないが私はもう帰る」
「あらあら、まだ帰れませんわよ、ザリーシュ」
ぬうっと背後から伸びた手は、がっしりと彼の肩を掴む。宵闇色の長い髪を見るまでもなく、相手はダイヤモンド隊の統主プセリさんだ。
同じ屋敷で働く仲にも関わらず、なぜかザリーシュは過呼吸を起こしそうなほど震えているし、それを見つめるプセリさんはたまらなそうな笑顔を浮かべる。
「困りましたわね、執事の貴方が道を忘れてしまうなんて。ならば私がお座敷に案内いたしますわ!」
「待ってくれ! 嫌だ、嫌だぁぁぁーーっ!」
「ふ、ふふ、うふふふふ!」
などと襟をつかんで引きずられてゆく様子だけど……うーん、あの二人は仲が良いのか悪いのかいまひとつ判断しづらい。いや、好きの反対は無関心ともいうし、完全に仲が悪いわけではない気もするな。
「やだやだ、もうやだカズヒホーーっ!」
しかし首根っこに抱きつかれている僕としては……あれ、ぜんぜん困らないぞ。それどころかこういうのも悪くないと感じていた。
正面から思い切り抱きついてくるし、汗ばむ肌と吐息を感じる。怖いあまりにへにょんと下がった長耳も普段と違う可愛らしさがあった。
えっと、だれも見ていないよね。
きょろきょろと辺りを見回して、それからマリーのほっそりとした肩に手を置く。彼女は大粒の涙を瞳に溜めており、くすんと鼻を鳴らしていた。
たぶん浮かれた気分もあったのだろう。いつもなら絶対にしないけど、こういう場なら平気かなとも考えた。
ほんのちょっと、愛でるくらいの強さで唇に触れると少女の顔は驚きに変わる。
「大丈夫だよ、僕がついているからね」
こくこくとうなずく様子に、つい口元がほころぶ。シャツを両手で握りしめてきて「絶対に助けてね?」という瞳もまた驚くほど可愛らしかった。
きっとそのせいだ。
薄暗い廊下のずっと向こう、開きかけの障子に手をかけて、女性が睨みつけてきた。
その人は長い黒髪をほつれさせており、紅を塗った唇がゆっくりと動いて「死ね」と伝えてくる。
横顔を蝋燭が照らしていたせいだろうか。その隣に立つシャーリーは笑顔を浮かべているというのに、見つめてくる青空色の瞳に冷たさを覚える。
遅まきながら、このお化け屋敷で僕は初めてゾッとした。
通された会場は無駄に広々としており、一面の板張り、また中央にだけ畳が敷かれている。あそこに座れという意味だろう。
先ほどから案内がまったくなく、あのような場と灯りだけで客を誘導している。館内ではお静かに、ということだろう。
ボォーン、ボォーン、ボォーン……。
唐突に壁掛け時計が鳴り響くと、ビクンと多くの者たちが震える。そして顔を見合わせて「ははは」と皆は笑う。身体が緊張すると、ああして弛緩するときに笑ってしまうものらしい。
「ああ、びっくりした、なにいまの!?」
「あいかわらずウリドラさんの施設は手が込んでいて面白いな。えーと、このクッションに座れって意味か?」
などと言いながら皆は適当に席についてゆく。
ことりと蝋燭を乗せたお皿が置かれてゆくと、障子はおぼろげな明かりで染められる。その障子は薄汚れており、たくさんの染み、そして周囲に乱雑に置かれた物が生活感を漂わせている。
「ほおっ!」
部屋の片隅におかれた木彫り人形を見て、エルフさんはそんな変わった声を漏らす。目が欠けていたり、歯だけが妙にリアルだったりと本当に気持ち悪い。
見ちゃだめだよと囁いて手を引くと、僕らもまた座布団に腰かける。
そしてこの場を仕切るウリドラが最後にやってきた。
肌は青白く、ほつれた髪をそのままにしている様子に皆の顔は引きつる。しかし周囲を眺めて、彼女はうっすらと笑う。
「ただの遊びじゃぞ。忌まわしいことなどこの屋敷にはなにもない。ただ楽しく語り合い、夏の暑さを忘れよう。そのような趣旨で今宵は集ってもろうた」
あの、目だけ笑っていないのですね。
薄ら寒いものを覚えつつ、しかし集った者のなかには空気を読まぬ者もいる。その代表であるゼラさんはあぐらをかきながら片手を挙げて、いつものように笑いかけてきた。
「それで、怪談っていうのはなにをするんだ?」
「うむ、ひとりずつ怖い話を言い、そして手にした蝋燭を吹き消す。さて、最後の一人になるのはだれかのう」
そろりと皆は周囲を見回す。蝋燭で浮き上がる顔は不安に満ちており、いつもの勇ましさは感じられない。あ、いや、僕に関してはいつも通りというか、眠そうだし勇ましさは出てないんじゃないかなぁ。出て欲しいけど。
「怖い話、か。そういえば祖父の家でも、そんな話があったな」
ぽつりと口を開いたのは先ほどのゼラさんだ。
顎に手を置いて、昔のことを思い出そうとする顔をしていた。
「あれは戦時中だったかな。子供のころ、俺は祖父の家に預けられていた。いつもニコニコした気のいいじいさんで菓子とかくれたんだけど、ひとつだけ絶対にしてはいけないことを言った」
昔のできごとをひとつずつ思い出そうとしており、正しい記憶だというようにひとつうなずく。
「地下室に入ってはいけない。絶対に。そう言うんだ。最初は気にならなかった。でも毎晩、同じことを言う。ばあさんも、使用人も、その言葉にうなずいてから寝床に入る。その決まりがすごく気持ち悪くてさ、だんだん俺は眠れなくなってきた」
あっけらかんとした口調だけど、しかし内容は十分にホラーだ。怖がらせるつもりなどみじんもなく、そして外からはときおりゴオと風の音が響く。
「だけどさ、おかしいんだ。そもそもじいさんの家には地下室がない。間取りを見ればガキでもすぐに分かるし、やっぱボケてんのかなと思ったよ。あっちにもない。こっちにもない。そして気がついたら俺は一日中、その地下室を探し回っていた」
好奇心は猫を殺す。
残された文献をあさり、さりげなく使用人の会話に耳を澄まし、そして夜になると家の周囲を調べるという日々を送ったらしい。
子供とは思えない行動。それはそれで恐ろしく、室内はさらに静まり、ざざあと外から笹の鳴る音がする。
と、そのとき変な音がした。
かり、かり、となにかを爪でこする音だ。
「んで、見つけたよ――地下室を。ちょうどこんな風に、爪の先に引っかかる程度の穴があった」
床板に指をひっかけながらゼラさんはそう言う。そこで恐ろしいできごとでもあったのか、顔にはたくさんの汗をしたたらせている。
ただの昔話だ。ここで起きたことじゃない。皆はそう己に言い聞かせているようだった。
しかし、ぎぃぃと音を立てて目の前で板が開き、地下に向かう階段があり、そこからかすかに腐臭が漂うと……全員の顔が大きくゆがんだ。
「嘘だ、嘘だ、はは、ないない、ありえねえって……! こ、こんな、こんな恐ろしいことが起こるわけ……! なにかの冗談だ。そうだろう? なあ?」
隙間風で蝋燭の火が大きく揺らぐ。
そこに見えたのは皆の凍りついた顔であり、ザリーシュに関しては頭っから座布団をかぶって「無理無理無理」と言い続けている。
「だけどこの染みには見覚えが……お、おい、だれか手伝ってくれ。本物かどうかすぐに確かめる。ザリーシュ、早くこっちに来い」
「無理だと言っているだろうが!!!」
わっと泣きそうな声を出すザリーシュ。
しかし悲しいかな、この場合は皆の利害が一致した。エルフさんも含めて皆は大きく頷きあい、かつての勇者候補の腕を引く。つまりは単なる身がわりとなったのだ。
「急ぎなさい、あなたにしかできないわ!」
「そうだそうだ、かつての勇者候補の意地を見せろ! たった一人でも軍隊に立ち向かえると豪語しただろう!」
「やあああーーーーーっ!!!」
えっと、僕はどうしたらいいんだろう。
あっちではウリドラが吹き出しそうな顔をしているし、ホラーの雰囲気も台無しだ。もしもこれが笑ってはいけない番組だったならアウトの判定になりかねない。
そのあいだもザリーシュは四つん這いで引きずられており「絶対無理! こんなの絶対無理!」と叫び続けている。そして迎えるゼラさんはというと、極めて真面目な顔で彼の肩をぽんと叩いた。
「ザリーシュ、これが灯りだ。ちゃんと両手で持て。なかに入ると小さな像があるから、そこでこの紙に書かれているのを読み上げろ」
「……あえ?」
ばたーんとウリドラが倒れた。お腹を必死に押さえており、息も絶え絶えの様子だけどどうしたのだろう。
もしかしてテレビ番組の悪影響でも受けたのだろうか。そう思っていたときにザリーシュはようやく口を開いた。
「み、皆で行くべきじゃないか? そう、そうだ、いい考えだ。そうしよう。そのほうが絶対にいい!」
「良く聞け。ここから先は一人で行かないといけない。でないとじいさんに見つかってしまうんだ」
「は? なんでおじ……」
バタンと閉じられてザリーシュの声は聞こえなくなった。
おかしいな。彼とは美しきエルフ族、マリアーベルをめぐって対決する宿敵だったはずなのに。
しかしウリドラが呼び寄せる先には暗視カメラからの映像が流れており、一歩も進めずにうずくまる姿を映している。それはまるでどこかのお笑い事務所に所属しているかのようだった。
彼はここから数々の苦難に遭遇し、そのリアクションに皆は口々に「美味しい」「いまの美味しいなぁ」と意味の分からないことを言う。
いつの間にかバケツを大事そうに抱えているザリーシュを見ると可哀そうであり同情もするけれど、僕の腕にしがみついて笑うマリーを見ていたら気にならなくなってきた。
会場は大いに盛り上がり、結局は「来年もやろう」というオチがついたそうな。
うーん、とマリーは大きな伸びをする。
手には紙製の箱があり、参加賞としてなかに新作ケーキが入っている。ぺたんと押されたハンコは第2階層の印であり、またその味は魔導竜のお墨つきなのだとか。
「ああーー、怖かった」
そう言って振り返る少女はほがらかな笑みをしており、真夏の暑さを忘れているようだった。
外に出て見ると日食はすでに終わっており、間もなくお昼を迎えると分かる明るさだ。振り返るとダイヤモンド隊の皆が手を振ってくれており、屋敷に入るときとはまるで異なる雰囲気になっていた。
「だんだんウリドラの手が込んできたな。しかしあの熱意はどこから生まれるんだろう」
考えてみれば彼女はいつも僕らを驚かせている。そのときの顔が好きなのか、あるいは単純に嫌がらせをして遊んでいるかのどちらかだ。
いや、両方かな。そう思ったときに、すべすべの指がもぐりこんでくる。お互いの指で握りあうと、少女すぐ近くから笑いかけてきた。
「ね、言ったでしょう、最後は絶対に大爆発するって」
「やっぱり前に観た番組のことを覚えていたの? 僕としてはその順応性の高さにこそ驚くよ」
などと言いながら、僕らは小道を歩いてゆく。
辺りからは絶えず明るい会話が響いており、それを木の枝から見下ろしてくるリスは、まさか怪談話の帰りだとは思うまい。
しかし木々に隠れながら進む魔導竜、そしてシャーリーがこちらに狙いを定めていたとは僕にさえも気づけない。
リア充どもを排除すべしというおかしな異国文化まで見習わなくていいと思うんだけどね。ははは。
なお、僕になにがあったのかは筆舌に尽くしがたいので、ここには記せない。絶対に。
【番外編】真夏の夜の怖ーいお話 END




