表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
363/401

【番外編】真夏の夜の怖ーいお話②

遅れてしまい、また時季外れになってしまいすみません。

 明るい日差しを受けながら、皆と一緖に小道を歩いてゆくのはどこか心躍る。

 周囲からは絶えず明るい会話が響いており、木の枝から見下ろしてくるリスは、これからみんなでピクニックにでも行くのかなと思ったことだろう。


「ただし、この暑さがなければだけど」


 そうつぶやきながら汗をぬぐう。

 辺りはミーンミンとセミが鳴いており、うだるほどではないけれど夏の避暑地に訪れた気分だ。しかし周囲を歩く者たちは砂漠暮らしに慣れており、これでも過ごしやすい気候に入るらしい。羨ましいことだ。


 などと思っていると紫色の大きな瞳が覗き込んでくる。耳の長い彼女は、なぜか指先をくるくると回し始めた。


「見て、これが新しい精霊術」


 すると雪の結晶に似たものが彼女の指先にまとう。それが不思議でならず見つめていると……。


「わ、涼しい! 空気がひんやりするね!」

「ふふーん、驚いたかしら。これは氷精霊をほんの少しだけ具現化させたの。効果は弱いけど、こうしてかきまぜると空気を直接冷やしてくれるわ」


 くるくるーっと指を回すとさらに暑さは遠ざかる。

 すごいでしょうという表情を向けられたけど、普段よりずっと距離が近くてどぎまぎする。そういえば夢の世界のなかだと僕の背丈が低いから、自然と顔も近づくんだっけ……などといまさらに気づく。


「すごいね、マリー。それってアリライで心地よく過ごすために編み出したの? それとも日本の熱帯夜対策かな?」


 そう問いかけたのだが、なぜかマリーは得意そうな顔を脱力させて、はあと重いため息を吐く。


「いいわ、もう。あなたにこの術の難度を伝えようと思っていたのが間違いだったみたい。氷精霊は扱いがとても難しくて、それを長時間キープできることの難しさを……」


 う、これは長くなりそうだぞ。

 すぐ近くからエルフ族の心地よい声が響く。内容的には「クドクド」と言い表したいところであり眉を少しだけ逆立てているけど、しかし手を握ったまま放そうとしないのは正直なところ微笑ましい。


「もう、聞いているの?」

「うん、とても涼しくて心地よい精霊術だなと思っていたよ」

「まったく、もしもあなたに魔術か精霊術の素質があったなら、朝から晩まで教えてあげられるのに」


 ん、こんな可愛らしい先生にならぜひとも教わりたい。スパルタ教育でもぜんぜん気にしないよ。

 しかし残念ながら僕には素質がない。きっぱりとそう諭してくれたのは彼女の実の父親であり、こうして父娘から揃って落第点を与えられてしまったわけだ。


「その点、エルフ族はうらやましいよ。生まれたときから精霊に近しいんだし、なによりも森の景色が素晴らしかった」

「残念でした。やーい、うらやましいでしょう、人間族ー」


 反対側の手でにぎにぎと宙をにぎり、僕を可愛らしく挑発してくる。くったくない笑顔はまぶしいほどで、こんなに表情豊かな子がすぐ近くにいてくれたら、会社のストレスなんて簡単に消えてしまう。


 羨ましがられて気を良くしたらしく、エルフ族は美しい瞳を細めた。


「それに街と違って空気が綺麗だし、とっても過ごしやすいのよ。あなたにとっては憧れでしょうね」

「まあね、半年だけ一緒に暮らしたけど、あのころに戻りたくて仕方ない」


 目覚めるなり緑の色彩に包まれるというのは、僕ら現代人にとって驚きの領域だ。自然と一体になって暮らすというものを、あのときは堪能したっけ。


「ふふん、日本の車や電車はすごいけど、そのぶん足腰がなまってしまうのよ。便利なぶん失ってしまうことがあるのを忘れてはいけな……」


 言葉の途中でマリーは口を閉ざす。

 みればその先の道は急勾配であり、しかし他の者たちは足腰がたくましいのでひょいひょいと下ってゆく。

 じーっと足元を観察することしばし、彼女は「仕方ないわね」と言って、ごく当然のように僕の首元に抱きついてくる。こちらも自然と背を支えて、両足をかつぐようにすると……これ、お姫様だっこじゃない?


「エルフ族は足腰が鍛えられているっていう話はどこに行ったの?」


 ふわりと羽のように軽いことに驚きつつもそう尋ねると、スカートの端を風にはためかせながら彼女は当然のようにこう言う。


「あら、それは偏見というものね。立派な精霊術士になるために、ここ数年はずっと本ばかり読んでいたもの。そうそう、日本に行ったらテレビというものがあって、室内でもこんなに素敵なものを楽しめるんだなって驚いたわ」


 にっこりと幸せそうに微笑まれたけど、テレビって立派な精霊術士になるために重要なのかなぁ。違うよね。

 そう問いかけたい気持ちもあるが、ぐっとこらえる。


 足を滑らせないよう慎重に降りてゆく。

 一方のマリーはというと転ぶことなどまったく考えていない普段通りのものだった。片手で僕につかまり、もう片方の手は風ではだけてしまいそうなスカートを押さえている。


 そして最近観ているアニメのことや流行りの恋愛ドラマのことをあれやこれやと教えてくれるのだが、まさかエルフ族からテレビ番組のことを教わるようになるとは思わなかった。


「ねえ、帰ったら一緒に観ましょう。週末あたり、一緒に部屋に引きこもるの」

「ん、半妖精エルフ族から引きこもりのお誘いか。なんだか面白そうで困ってしまうね」

「やった! なら決まり。私のお薦め作品であなたを唸らせてみせるわ」


 う、うん、その固い決意はなにかな。指をぎゅっと握っているし、薄紫色の瞳だって輝いている。急こう配の坂道じゃなくても、ずるっと脚が滑ってしまいそうだよ。


 ようやく坂道が終わり、そっと彼女を地面に降ろす。

 ありがとうとマリーは囁いて、それから片手を伸ばしてきた。いつの間にか手をつなぐことは当たり前のことになり、皆の前であろうと気にしなくなったらしい。


 指と指のあいだに彼女が滑りこむ。

 くすぐったいし、ぎゅっとにぎられたことに気を取られていると、すぐ近くに美しい少女の顔がある。色づいた唇には目を吸い寄せられるし、紫水晶(アメシスト)に似た瞳で、僕の心の動揺を見透かすようにじっと見つめてくる。


「ど、どうかした?」

「いいえ、なにも。眠そうな顔だから最初は分からなかったけど、あなたって顔に出やすいのね」


 木漏れ日を浴びながらエルフ族は笑みを見せる。それは眩しいとさえ思えるもので、そう思っている顔でさえ面白かったのか彼女は「くふふ」とくすぐったそうに笑う。


 マリーは可愛い。顔が整っているとか、希少なエルフ族だとか、そういうわけじゃなくて雰囲気が可愛らしい。たとえば話しかけるときに僕の親指をこするクセがあったりとかね。

 だからこそ愛らしい笑顔を守りたいと思うのは必然だ。


 しかし、その決意をした数分後……。


 どこからか流れ込む霧が、視界を乳白色に変えてゆく。

 太陽光が遮られてしまい、夏特有の暑さが遠のくと僕らだけでなく皆も不思議そうな顔をする。そのなかで金髪の青年、ザリーシュはというと黒髪の女性をじっと見つめていた。


「……ウリドラさん、さきほど『忌々しいのう』と口にしませんでしたか?」

「言うとらんぞ」

「ではその指を解いてもらえませんか? 操作の術をかけてますよね?」

「かけとらんぞ」


 うん、なにをしてるのかな、魔導竜様は。

 そう呆れはするものの、立ち込める霧のなかにいくつもの墓標が現れて、それがいかにもな雰囲気を生み出すと笑いごとで済まなくなる。正確に言うとエルフさんの笑顔をあっという間に凍りつかせてしまった。


 ああ、守れなかったなぁ、笑顔。

 そう落胆していたときに、マリーは大きな声を出した。


「ウリドラ、私たちを怖がらせようったってそうは……」


 ん、私「たち」って? 僕は落胆しただけで、別に怖くはないんだけど。

 そう言いたかったけど、僕を盾にするように背後に回り、ウリドラに人差し指をピッと伸ばしている。さらには、こちらを振り返る魔導竜が一瞬だけ「殺すぞ」という視線を僕に向けてきたら黙らざるを得ない。


「しっ、大きな声を出すでない。ここは先人たちの眠る地。声を荒げれば目覚めてしまうやもしれぬ。いや、もう手遅れであったか……」

「その不安そうな表情はやめて! ぜったいにウリドラが演出しているだけじゃない!」


 森に荒げた声が響いて、なにごとかと周囲の者たちも集い始める。この濃い霧だ。はぐれないためでもあっただろう。

 気づけば先ほどまでの浮かれた空気はすでになく、皆の視線を集めたウリドラは、ふうと大きな息を吐く。


「……皆を巻き込んでしまい済まなかった。単なる怪談だと騙していたことも謝罪しよう。今宵、開かれるのは忌まわしき過去の清算――この第二階層に眠る死者たちの弔いじゃ」


 あー、またなにかを始めちゃったかー。

 しかしこういうときのウリドラは雰囲気が上手くて、無表情でありながらも声の響きには独特の「味」がある。だから皆は耳を傾けてしまい、物語のページをめくるように次の言葉を待ってしまう。


 そのとき、背後からこそりと声をかけられた。


「もういいわ。怖いのは十分に堪能したし、一緒に帰りましょう」

「え、まだ始まったばかりだよ?」


 ぴしゃあ、と雷が落ちる。続いて雨の匂い混じりの風が吹いてきて、周囲はどよりとざわめいた。

 おかしいなと思うのは当然だろう。先ほどまで避暑地のような雰囲気だったのに、気づけば空が暗い。そんな疑問も見上げれば理由が分かるだろう。


「おい、太陽が……!」


 じわじわと浸食されてゆく光景は、日蝕と思わしきものだ。景色はだんだんと暗くなってゆき、皆の中央に立つウリドラは悲しそうな顔をする。


「始まってしもうた。各々よ、ここに留まるか、あの建物に向かうかを選ぶが良い。ただし後戻りだけは決して許されぬ。ここはすでに現世(うつしよ)などではないのだ」


 言葉の最後に、ちらりと僕に視線を向けられて戸惑う。

 さて、いまの意味ありげな目はなんだろう。後戻りできないと言っても、僕の長距離移動スキル【旅路の案内者(トレイン)】であればいつだって……。


「あ」

「どうしたの、一廣っ! ねえ、早く逃げましょう!」

「ごめんね、旅路の案内者(トレイン)が封じられちゃった」


 振り返ってそう言うと、少女はぞおっと顔を青ざめさせる。そうだった。マリーは魔物相手なら動じないんだけど、ことお化けに関するものは駄目なんだっけ。


 いや、どうして封じられたのかは分かるんだよ。向こうでシャーリーが「ごめんなさい」という申し訳なさそうな顔をしている通り、異なる神の干渉によって旅神が近づけないんだと思う。

 でも気になるのはそっちじゃなくて、彼女の手にしている魔物図鑑かなぁ。付箋(ふせん)も貼ってあるみたいだし、さっきウリドラと歩いているときに打ち合わせでもしたの?


 そのように皆がとまどっているなか、使用人の制服を着たザリーシュは背筋を正す。以前、黒薔薇の館で醜態をさらした姿はすでになく、紳士的で堂々とした立ち姿だった。


「では進むしかないようだ。皆の者、私についてこい」


 うわあ、周囲が青白いし、絶対無敵の【領域封殺】を使ってる! あっれぇー、それって君の奥義みたいなポジションじゃなかった!?


 などと先ほどから僕がまったく恐れないのには理由がある。

 いや、昔からホラーが良く分からないというのもあるけどさ、それより後ろから遠慮なく抱きつかれていることが大きい。


「やだ、やだ、こういうの私は嫌いなの!」


 ちょっ、マリーさん、背中側から思いきり抱きつかないで! 否応なくふたつのふくらみを感じてしまうし、嫌々と身体を揺すっているせいで社会人としてのモラルに苦悩する。

 ほら、怪談でホラーな雰囲気を味わうどころじゃないよね。


 などと声にならない悲鳴を上げるのだが、少女にとっては悲鳴どころでは済まされない。正確に言うと、がろりと墓石の動く音がしてビビクンと全身を震わせたのだ。

 気づけば皆は前に進んでおり、ぼくらだけぽつんと取り残されている。少女の唇はゆっくりと開かれてゆき、悲鳴を上げる顔に近づいてゆく。


「あの、マリー。アンデッドなら迷宮に山ほど……」

「ひゃあああーーっ! いやああーーっ!」


 あ、だめだ。撤退しよう。魔物うんぬんじゃなくって、雰囲気に呑まれてしまったみたいだ。

 ひっつかれた状態だし、よちよちよちと不器用に足を進めることしかできなくて、これならさっきみたいなお姫様だっこをしたいなぁと思ったよ。



 やがて霧のなかに、ぼんやりと提灯の灯りが浮かぶ。

 列を成すそれは道となり、ずっと先にある古ぼけた屋敷を照らし出す。大きな猫の置物や、朱色に塗られた柱などアジアを曲解したようなデザインであるものの、どことなく統一感があるのはさすがホテル経営者だと褒めざるを得ない。


「ねえ、あんまり離れないで、一廣」


 う、ん、とぎこちなくうなづく。彼女は両手で僕の腕にしがみついており、離れるのは無理じゃないかなと思うしさ。

 いや、でも、幼く見えてマリーも育っているんだなという男としての苦悩を味わいつつ、僕らは大きな玄関に吸い込まれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本へようこそエルフさん、第7巻がHJノベルスより発売中!
改稿・加筆などなど、Web版では見れなかったあれやこれやをお楽しみいただけます。
↓クリックすると特設ページへ。
日本へようこそエルフさん7巻

エルフさんコミカライズも5巻発売中。
半妖精エルフ族、マリアーベルの可愛さ大爆発!必見です!
↓クリックするとコミックファイアへ。
日本へようこそエルフさんコミカライズ1巻

2巻発売&コミカライズ連載中の「気ままに東京サバイブ」もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] 本編とは全く関係のない話で申し訳ないのですが、 ノベル版7巻表紙のウリドラさん、何度見ても浜田よしかづ先生の「つぐもも」14巻表紙の奏歌を連想させる。 他意はないので一読者の感想と言うことで…
[一言] お疲れ様でした。 次回を楽しみにしています。
[良い点] いいぞウリドラもっとやれ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ