【番外編】シャーリー様とおでかけ⑤
見あげれば羊模様の雲たちは、みな茜色に染まっていた。
訪れた際、華やかな演出をしていたステージも撤収作業を進めており、一日の終わりというものはどこか物悲しくウリドラの瞳に映る。
それから黒い瞳は、駐車場に向けて歩く北瀬と、彼へ寄り添うような姿のシャーリーを眺める。
普段であれば陽気に話しかけたいところだが、できるだけ彼らを二人きりの世界にしたい。その理由は、ウリドラが小さな任務を胸に秘めているからだ。
愛を知らねば女神にはなれない。
それは世界の理であって、決して覆せはしない。
真実を知っている彼女だけが、何かのきっかけになれば良いと思って仲を取りもったが……。
「こやつらはマリー以上にお子様じゃからな。そう一筋縄にはいかぬか」
思わずそうボヤいてしまうほど、何の進展もしなかった。
すこしだけ距離を近づけたので期待をしたが、それっきりだ。友達の枠を越えておらず、また困ったことにお互い今の関係を望んでいる。
北瀬は柔らかい物腰とは異なり、決して一線を超えなかった。
一人や二人、浮気をするのは男の甲斐性だというが……いや、悲しむ少女がいるのだから、そもそも無理なのか。
己としてもエルフの娘は可愛く、裏切りたいとは思わない。これでもずっと応援をしてきた身だ。
しかし誰とも知れぬ者にこの役目を任せたくないし、シャーリーが恋心を芽生えさせているのも確かだ。今さら代役などいるはずもない。
そのように悶々と自問自答する一日だったと思う。
解体の進むステージと、一日の終わってゆく空をウリドラは眺める。表情こそ落ち着いているが、内心ではひどく葛藤をしていた。
時間がない。
猶予がない。
運命の歯車は動き出し、こうしている今も秒針は進んでいる。
古代迷宮への入り口が開かれたときから――いや、きっと「人の時代」となってから、カウントダウンは始まっていたのだ。
しかし文句を言いたい気持ちもある。
腕を組んで歩く様子は、まるっきり恋人なんじゃがのう、とボヤきたくなるのだ。
たぶんシャーリーは犬属性なのだろうと思う。もしも尻尾があったなら、ぶんぶんと振って北瀬と散歩に行きたがる。
そのように感じさせる表情だった。
と、その彼女へ視線を向けた北瀬は「今日は楽しかったかい」と話しかける。
もちろんですと言うようにシャーリーが頷くと、彼もまた「なら嬉しいな」となかなかの笑みで答える。
はたから見ていても、それは彼の人となりの分かる笑みだった。
楽しんでくれると嬉しい。
寂しがったり不安になったりしなければ良い。
いつも友達がいて、今日は良い一日だったと思いながら眠りについて欲しい。
そう考えの伝わる笑みは、ひょっとしたら過去の生い立ちが影響しているかもしれない。彼こそが最も、そのような暮らしを望んでいたというのに。
いや、だからこそ、か。
トクンと胸が鳴るほど、彼の言葉には意味があり、そして強い望みそのものだ。
シャーリーもまた歩みを止め、彼の言葉を受け止める。
なにかしてあげられることは無いだろうか。そう彼女の青空色の瞳は揺らぎ、女神候補はゆっくりと両手を彼へと差し出した。
もしかしたら、人の願いを叶えたいと初めて思ったのかもしれない。
不思議そうな顔をする北瀬を前に、彼女は柔らかな唇を開く。
発声練習をするように、勇気を出そうとするように深呼吸をし――茜色の空の下、半ば解体されたステージの前でシャーリーの歌声が響く。
それは古に滅びたはずの愛の歌だった。
柔らかな声は二重となって広がり、交差をしながら旋律を刻む。つむがれる単語は古代語のものであり、今となれば理解できる者などほとんどいない。
しかし不思議と、その時代を思い浮かべられる。
宵闇色の空を見あげる巨大生物は、そこに安らぎを覚えたろう。やがて流星たちは銀河を飾り、これは良いものが見れたなと思いながら眠りについてゆく。
なんにもないそんな日が、きっと宝物になったと思う。
脈動するような歌声は肌を震わせて、ジンと頭の芯から痺れそうだ。
それは北瀬のみならず、たまたま周囲にいた者たちも同様だった。
形のない歌声は、形のない魂へと届き、ぱっと周囲を輝かせる。
これは……、と魔導竜でさえ思わず呻く。
そして静かに笑った。
あせらずとも兆しは見えている。ならば一人で葛藤などをせず、静かに成り行きを見守るとしよう。
そう思い、再び女神候補の歌声を楽しんだ。
――と思ったのだが、駐車場の車にたどり着くと魔導竜は再び葛藤した。
どどん、という表現が似合うほど、後部座席に何か大きな物が置かれていたのだ。
ハートマークなどを描いた可愛らしい包装紙に包まれているが……?
そう不審げに眺めていると、北瀬は申し訳なさそうな顔をひとつした。
「重いから先に乗せておいたんだ。ごめんね、マリーへのプレゼントが邪魔だろうけど、しばらく我慢してくれると助かるよ」
はあっ、これがプレゼント!?
なんじゃあ、コレは! めっっっちゃ中身が気になるわ!
てっきり洋服や小物でも買うのかと思いきや、意外や意外、これほど大きな贈りものを選ぶとは。
やや長方形をしており、反対側の窓を覆うくらいデカい。ちょんと指先で触れてみたが中には段ボールがあってよく分からない。となると好奇心がムズムズと刺激されてしまう。
「の、のう、わしらは仲間じゃろう? ちょっとだけ中を覗いても構わないじゃろう?」
運転席へ乗り込んだ彼に声をかけてみると、どうしようかという視線を助手席のシャーリーへ送られる。それから彼女は指先でバツマークを作り、こちらへ向けてきた。駄目ですという意味だ。
ぬう、新しい意思表示を会得しおって。
「仕方ないね、プレゼント選びに参加しないで本を読んでいたんだから。まあ明日の誕生日をウリドラも楽しみにしたらどうかな」
北瀬も北瀬で、シャーリーの心を読めるようになりおって……実に腹立たしい。
むぐぐと唸りながら、横目でプレゼントを眺める。
ああーー、腰のあたりがムズムズするのう!
ぐしゃあーーっと引き裂いてやりたいのう!
長い時を生きた彼女にとって、誕生日という風習は理解に苦しむ。
しかしこれほどまでに誕生日を迎える時を心待ちにしたことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
薄紫色の瞳は、とてもきれいな真ん丸になった。
頬を染めてゆき、瞳をきらきらと輝かせる表情を目にしただけで、北瀬の頬は崩壊の一途を辿ってゆく。
だけどそれを見とがめる者はいない。誰しもがプレゼント品に視線を向けていたからだ。
「わああ! 宝箱!!」
驚きと喜びを溢れさせる少女の声がマンションに響く。
解かれた包装紙の中には、とても大きな家具があった。くすんだ色のアンティーク調をし、金具とベルトで補強をしている。もちろん立派な錠前がついているのも、宝箱としての必須条件だ。
どうにか表情を取り戻した北瀬は、彼女の隣へしゃがみこみ、金色の鍵をマリアーベルに差し出した。
「マリーの私物も増えてきたからね。大事なものをしまっておける収納とかはどうかなってシャーリーと考えたんだ。ほら、僕らはいつも迷宮攻略をしているだろう? 宝箱には馴染みがあるからね」
きらきらと光る鍵を見て、それから少女は「すごくすごく嬉しいの!」と彼の首根っこに抱きついた。
むちゅりと彼の頬へキスをし、そのまま尻もちをついても続けてしまう始末なので……ウリドラはハートマークを乱舞するバカップルを放置して宝箱を覗き込む。
「おお、これは良いのう、実に良いのう! わしも欲しいのう! ふむ、今のうちに錠前へ細工をしておけば……ぐふふ」
なぁに、これは悪さなどではない。あくまで共用を目的としており、とても平和的な工作――おほん、バレなければ何も問題ないんじゃよ。
などと思いながらウリドラは錠前に触れようとしたが、視界に現れたのは指先のバツマークだった。
続けて「いけません」とたしなめようとするシャーリーの顔が現れると、その得もいえぬ迫力に喉をゴクリと鳴らす。
「ぐう、妙な貫録を得おって……。まさかこのわしに天罰を与えるつもりではないじゃろうな」
さて、どうでしょうとシャーリーの唇は笑みに変わる。
しかし、ほんの少しだけ成長を見せた様子は、魔導竜にとってもまた嬉しい変化だ。
くすりと互いに笑うと、手を取りあって立ち上がった。
テーブルを飾るのは誕生日らしい食事、それにデザートだ。
蝋燭に火をつけたら、まずは電気を消して雰囲気を楽しまなければならない。
それから「さん、はいっ」と皆で目配せをし、本日の主役へとお誕生日の歌が贈られる。
気恥ずかしさで勝手に笑みを浮かべてしまうけど、皆も同じなのだから気にしてはいけないよ。
歌声と手拍子にあわせ、ゆらゆらと蝋燭の火は揺れる。
灯火のおかげで皆の笑顔だけが視界に映る。
胸のドキドキを感じたら、今度はその火を吹き消すときだ。
大きく息を吸い、百本以上も乗せられないので省略をした蝋燭へと半妖精エルフ族は吹きかける。
真っ暗になったマンションで、誕生日おめでとうの声と幾重もの拍手が鳴り響く。
きっと来年は指折りしてこの日を待ち望んでしまうわ、と思うほどマリアーベルは嬉しかった。
マリーの誕生日は11月28日という設定です。
さて、活動報告とTwitterで書籍の近況を載せてゆきますので、そちらもご覧くださいませ。
https://twitter.com/maki4mas




