【番外編】シャーリー様とおでかけ④
そっと開かれたカーテンからシャーリーが現れる。
長袖シャツの上にベスト、それに短めのパンツ姿というのは、どこか可愛らしい探偵のように思う。
横に引き結ぶ悲鳴じみた唇をしているのは、初めて太ももを露わにしたせいかもしれない。眩しいくらいの肌を少しでも隠そうと、手のひらで懸命に覆っていた。
雪のような肌、それにすらりと伸びる綺麗な脚を見れた僕としては得をした思いだ。
この場にいないエルフさんへのプレゼント品を求めに来たのだが、最初からなかなかの当たりを引いたかもしれない。
「うん、可愛い。文句なしだ。品があって、かつ健康的だからシャーリーの新しい魅力を見せている。ほら、君はとても鮮やかな瞳をしているだろう。だから、誰でも振り返ってしまうんだろうね。じゃあすぐに記念撮影を……」
話している最中に悲鳴じみた顔は最大値を迎え、無理です!と示すようにシャッとものすごい速さでカーテンが閉じてしまった。
あれぇ、褒めたつもりだったのに。
試着室の下側の隙間には、ハの字につま先を揃えた彼女の足が見えている。
うずくまっているようだけど、声をかけて良いのかどうなのか悩ましい。
マリーが着ているところを想像してしていたせいで、ひょっとしたら調子に乗り、困らせたのかもしれない。
と、そろりとカーテンが開いて、先ほどよりだいぶ下の位置に彼女の顔が現れる。うずくまったまま、顔だけ覗かせたらしい。
眉を傾けており、怒っているのか恥ずかしがっているのか分からない。だから、すぐ目の前にしゃがみこんだ。
「洋服は気に入ったかい、シャーリー?」
しばし言葉を吟味した彼女は、頬を赤くしたまま「いいえ」と首を横に振る。
ほんの少し涙を浮かべ、むくれたような顔をしている。
「写真に撮るのは嫌だったかな?」
そう問いかけると、カーテンの隙間から指が出てきてバツマークを作る。なるほど、これは確かに僕が悪かった。恥ずかしくても頑張って、太ももまで見せてくれたというのに。
もちろん、とても似合っていたけれど。
カーテンから蜂蜜色の髪をこぼし、頬を赤くさせているものだから、童話で読む赤ずきんちゃんのようだ。
その彼女の指先が、脇に抱えたもう一着の服を指さしてくる。
似合っていたのにと名残惜しく思いながら差し出すと、たおやかな腕が伸ばされてそれを掴む。
そして淡く色づいた唇は「待っていてください」と動いてくれた。
時間の過ごし方というのはいろいろあるけれど、こういうケースも面白いのだなと思う。壁に寄りかかり、服を着ることに慣れていない彼女をゆっくりと待つ。
ショッピングモールを行き交う人たちは、恋人同士だったり家族だったりと、休みの日らしい空気に包まれている。
ウリドラに習い、小説を持ってきても楽しかったかな。
そう思いながら吹き抜けを見下ろした先には、いつの間にやら喫茶店で珈琲を楽しむ魔導竜の姿があった。
長くて真っすぐの黒髪は異性からも同性からも格好良く目に映る。きっと周囲にいる人たちは、彼女の手にした恋愛小説へ興味を持つだろう。
ふと彼女はこちらを見あげてくる。
それから黒曜石のような瞳へわずかな笑みを浮かべ、手を振ってくるのは「わしも楽しんでおるからそちらも楽しめ」という意味かな。
だけどね、周囲の人たちからザアッと見上げられるのは、正直とてもおっかないんだよ。気づかないフリをしてくれたら良いのに、と冷や汗をかいていたとき、ゆっくりとカーテンが開かれた。
白いブラウスの首元はリボンで飾られ、裾広がりのスカートは落ち着いた紺色。お嬢様と思える品があり、わずかな胸を誇張した造りはゴシック調だろうかと考える。
気恥ずかしさに負けそうな顔をシャーリーはして、ぎゅっとカーテンを掴んでいた。
「とても……」
感想を言おうと開きかけた口は、今度こそ指先のバツマークにより封じられる。
そうだった。先ほどは下手にたくさん褒めたせいで、彼女を困らせたのだった。
ではシンプルに「可愛いですね」とだけ伝えると、彼女はむにむにと唇を動かし、困ったような笑みを浮かべてくれた。
あんなに駄目だと言ったのに、この人はすぐに褒めてくる。そう思っているような顔をしているけど、女神候補なのだから小さなことは許してくれないとね。
肩をすくめる姿がおかしかったのか、くすくすと彼女は笑ってくれた。
少しだけ気をよくしてくれたのかもしれない。次に彼女の指先が向けられたのは、またも僕の脇だった。
あれ、もう何も持っていないよ?
そう答えたけれど彼女は隣へ歩いてきて、そっと僕の肘に手を絡める。
柔らかく沈む腕に驚いたが、返ってきた瞳は「当然です」と言うように、つんと顎を反らしていた。
なるほど、先ほどの服で恥ずかしい思いをさせたのだから、エスコートで埋め合わせをしないと怒られてしまう。
ただし、次のプレゼント品を探す前に、その値札タグを取ってもらわないとね。
大型のショッピングモールは明るく、またプレゼントに向いた品はたくさんある。
僕も初めて訪れるアロマの店には、数えきれないほどの瓶が飾られており幻想的だった。
香りと雰囲気を楽しませることで、多少割高な価格でも財布の紐を緩ませる効果があるらしい。
とはいえ、これらは僕というより植物を愛する彼女にとって宝物に見えたと思う。
高いところにある瓶へ、懸命に指さしてくるのも微笑ましい。そのお試し品を手に取って、匂いを嗅いでもらうと「ふわー」という顔を見せてくれた。
お次は乾燥したラベンダーを束にまとめ、形の良い鼻でその香りを楽しむ。
それから思い出したように、どこからともなく大きめの本を取り出すと、せっせとスケッチを……こらこら、なにをしているのかな? その魔物図鑑は人前に出して良い品じゃないでしょう?
こういうとき、シャーリーは恐ろしく人の話を聞かなくなる。
駄目だと言っても僕の手をどかし、「邪魔です」という顔をする。
ある意味でマニアというかコレクターなのだ。珍しいものや気に入ったものがあると、彼女の宝物に加えたくて仕方なくなる。
店員さんからの目に耐えて、ようやくスケッチが終わってくれると……そこには無味無臭のラベンダーが生まれていた。
一体どうなったらこうなるの? 香りやラベンダーとしての本質を、その本に取り込んだというの? ここが江東区だといつになったら分かってくれるの?
「ありがとうございましたーー」
店員から頭を下げられ、アロマの店を後にする。手にする袋には先ほどのラベンダーが包装されていたのは言うまでもない。
もちろんシャーリーは「ありがとうございます」と綺麗な笑顔を見せており、大事そうに本をかかえていたよ。
ただ、少しだけ僕の笑顔が引きつっていたのは許して欲しいね。
身体を得たとはいえ、彼女はどこか軽やかだと思う。
小物屋さんにある時計をしげしげと覗き込み、満足して帰ってくるときもそうだ。唇には笑みを浮かべ、自然な仕草で僕の腕へ手をかける。
それからどう面白かったのかを、身振り手振りで教えてくれる。たぶん報告をするのが好きな子なのだろう。それは僕にとっても新しい発見だった。
凄いね、面白いねと返事をすると、決まってくすぐったそうに笑ってくれて、こちらも嬉しい思いをする。
お化けのころからそうだったかもしれない。驚くほどそばにいて、無防備で不用心で、すぐに誰かとぶつかりそうになる。
それは死神として第二階層へ君臨していたときと、まるで異なる姿だと僕は思った。
しばらくして、シャーリーは周囲をきょろきょろと見回した。
長く一緒に過ごしたから、彼女の考えることは大体なら分かる。なので進路を変更しながら彼女の疑問に答えた。
「ウリドラは喫茶店で休んでいたよ。これからフードコートに向かうから、目ざとい竜はすぐに来るんじゃないかな」
ふーどこーと? と、不思議そうな青空色の瞳がこちらを向く。
答えはその目で見たほうが早いかな。そう思いながら角を曲がると、海を眺められる休憩場、それと軽食を楽しむ人たちの姿が視界に入る。
ショッピングで歩き疲れたら、ここで休むのが定番なんだよ。そう伝えていたときに、案の定、ウリドラが足早に向かってくる姿が見えた。
うーん、良い笑顔だ。ネコまっしぐらというフレーズが浮かぶほどに。
ウリドラの提案で、軽食を手に外へ向かうことにした。外の空気は澄んでおり、わずかに海の香りがする。
目ざとい竜は休める場所も見逃さないらしく、水上船乗り場の近くには、おあつらえ向きの休憩場があった。
おお、と声が漏れてしまうのは、一面に海を望めるロケーション、そしてゆったり座れるベンチが幾つも用意されていたことだね。
その気になれば寝そべって、昼寝をすることだって許される。
ちょうど席を離れたカップルがおり、ありがたくそこへ座った。
どっこいしょ、と隣に2人も腰を下ろす。ウリドラはともかく、シャーリーは少しお疲れみたいだ。
「うーん、良い景色だ。せっかく海に来たんだし、楽しまないと勿体無いね」
じゃろう、とウリドラは頼もしい笑みを見せ、自慢するよりも先にクレープにかじりつく。
たっぷりの生クリームとイチゴの甘酸っぱさ、そしてバターをたっぷり塗った生地は、お礼としても十分だったらしい。
「むふーー、甘くて美味い! この地はデザートにも強いのう」
それを見ていたシャーリーも、恐る恐るという風に口を開く。髪がくっついてしまいそうになり、かきあげてからまずはひとくち。
小麦粉の香ばしさをバターが引き立て、クリームのせいで肉厚に感じるものを、ぷつんと噛み千切る。
包装紙を解くように、とろりと溢れ出てくる甘さ。乳脂肪たっぷりのクリームは疲れた身体にちょうど良い。
甘さに慣れないようにイチゴの甘酸っぱさが舌に触れ、彼女の表情は驚きから笑みへ変わった。
女子はやはり甘いものに目がない。
くるくる巻いただけの生地が、実はミルフィーユ状の層になっていると驚いたのかもしれないけど。
甘い!美味しい!と2人が瞳を輝かせているのは、やはり微笑ましい。
とびきりのプレゼントを選べた満足感もあり、僕はそのように思う。
あとひとつ、分からないのはウリドラだね。あれほどショッピングモールを楽しみにしていたのに、入店するなり喫茶店へ向かうだなんて。
なにか企んでいるのかな。
そう思いはするけれど、簡単に白状するとも思えない。
彼女の瞳を見たかったけれど、すべて食べ終えてもこちらを向くことはなかった。




