【番外編】シャーリー様とおでかけ③
陽がかげり、ウリドラの瞳は小説から車窓へ移る。
そこには見たこともないほど大きな建物があり、ふむと頷いて彼女は本を置いた。
車の後部座席へ優雅に寝そべり、本を楽しむ時間は終わったらしい。
「おお、でかいのう。ここは一体なんの店じゃ?」
ふああ、とシャーリーも瞳を丸くし、揃って窓の向こうを眺める。
ファンタジー世界から来た彼女たちには、こういう建物こそ珍しく感じるかもしれない。左手の視界はすべて建物で埋め尽くされ、まるで城壁のようだと感じただろうね。
それにしては近代的な構造であり、セールや新作映画の垂れ幕などもあって華やかだ。
窓に張りついて眺める二人へ、僕は返事代わりにハンドルを切る。すると大きな立体駐車場へ吸い込まれて、ふっと周囲は暗くなった。
そう、本日はこのショッピングモールで遊び、エルフさんにぴったりの誕生日プレゼントを用意しようと考えているのだ。
ここが目的地なのだと暗に伝えると、窓を眺めていた彼女たちはやはり輝くような瞳で振り返った。
「ようこそショッピングモールの世界へ……なんて言うと大げさだな。でもさっきの質問には答えられないよ。ここには200もの店舗があって、どんな店なのか一言で表せないからね」
「でかした、でかした! ようやった! それでこそわしの見込んだ男じゃ! くうーーっ、楽しみになって来たではないか!」
うん、思い切り肩を叩くのは、運転中だからやめてくれないかな。きゃいきゃいと二人が手を取り合って喜ぶのは微笑ましいけどね。
立体駐車場を5階分ほど上り続け、やがて鉄柵の向こうに海が見えると、車内はさらに華やかな歓声につつまれた。
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週末のせいか周囲の空気はどこか華やかだ。
特設ステージには新人らしいアイドルたちが新曲を披露しており、軽やかなダンスで客たちを沸かせている。
それをあちこちでスマホ撮影をしており、まるでお祭りのような雰囲気だ。けれどここに一人で来なくて良かったと心の底から感じているよ。根が青森からやってきた田舎者だということを、まざまざと自覚するからね。
きょときょとと周囲を見回し続けているシャーリーも、僕とあまり大差ない。いつも森と湖のある場所で、ひっそりと静かに暮らしている女性だからね。
いや、青森が山と海しかないって非難してるわけじゃないんだよ。まあ大体はその意見で合っているけど。あ、イカはすごくたくさん獲れるからね!
「あっと、あぶない」
正面の人とぶつかりそうになり、シャーリーの手首とほっそりとした腰へ手を置く。思っていたよりずっと彼女の身体は軽く、すんでのところでやり過ごせた。
いや、だけどこれはやり過ぎたかもしれない。青空色の瞳は見開かれ、唇は「あのののの」と言いたげに開いたり閉じたりと忙しい様子だ。
分かっていてもこれはちょっと恥ずかしいぞ。
ぽーっと頬を赤く染めてゆく様子は、花が咲いてゆくのに良く似ている。それでいて彼女もシャツを固く握りしめ、上気した空気が送られてくるせいで――至近距離だと困ります。
「ちょうど良い、そのまま北瀬のシャツを掴んでおれ。ぬしを見ておると危なっかしくて仕方ないからのう。ほれ、なにを恥ずかしがっておる。いつも肩を掴んで移動しておったじゃろうが」
こ、こくり……とぎこちなくシャーリーは頷く。そして彼女の指先がゆっくりと近づいてきた。
怖がりの小鳥が枝を探すように、ちょんとシャツを摘ままれる。より落ち着ける場所を求めてなのか、ちょん、ちょんとあちこちへ移る。
ここだ、と思ったのかもしれない。
肩にその唇を押し当て、すうと息を吸い込む。それから行き場のない手は、僕の腕を抱きしめた。
えっ?と思いながら振り返ると、ここでお願いしますと彼女の瞳は伝えてくるのだが……いや、うん、思っていたよりも近いな。彼女の鼓動まで伝わってきて、ちょっとだけ困るよ。
だけど青空色の大きな瞳でちらりと見上げられ、金色の長いまつげで瞬きをされるのは――直視できないくらい可愛らしい。
じっとり伝わる体温と、みるみる頬を染めてゆく様子にはこちらまで緊張してしまう。
「いや、それじゃ駄目だな――あっと、こちらの話だから気にしないで」
ハテナという瞳をした彼女へ、そう答えた。
シャーリーはとても純真な女性であり、かつこちらの感情を機微に感じ取ると思う。だから僕まで緊張してしまうのは、たぶんあまり宜しくない。こういう時こそ、明るく元気よく接した方が良いだろう。
「うん、迷子対策ができたところで、まずは洋服屋さんを見に行こうか。プレゼントの定番品だからね。シャーリーにはモデルになってもらおうと思うんだ。雰囲気が分かればあとはサイズを選ぶだけだし」
「……まるでマリアーベルのスリーサイズから何から把握しているような口ぶりじゃのう」
え、把握しているに決まっているよ。
もう半年以上ずっと一緒にいるんだし。
「自慢するわけじゃないけれど、僕くらいになると物を見ただけで点数が分かるんだ。マリーがどれだけ喜んでくれるのか、査定できる力が僕にはある」
「ほんっっとうに自慢にならんな! あとそのポーズは心底腹が立つのう!」
別にウリドラは空気を読んだわけじゃないけど、その嫌そうな顔はナイスだよ。おかげでシャーリーがこらえきれずに笑ってくれたからね。
握る力も緩んでくれて、いつものようにぴとりと身体をくっつけてくれた。歩きづらいし気恥ずかしいけれど、お化けのころはこの距離感が当たり前だったのだから僕も慣れないと。
それにしてもウリドラが少しだけ気になるな。
いつもより言葉数が少ないし、僕らが近づきあうよう提案までしている。まるで仲を取り持とうとしているかのようだ。
さて、なにか思惑があるのだろうか。
ちらりと彼女に視線を送ると、魔導竜はさして興味もないだろうアイドルグループを眺めていた。
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吹き抜けを見上げたシャーリーは、ふわーと唇を開いてしばらく放心していた。
三階分ほどの高さがあり、天井にはガラスが柔らかな太陽光を届けている。人の数は多いけれど、混雑さを感じさせない開放感のある造りだ。
パースを感じるというのかな。奥行きがありすぎて、思わず美術の授業を思い出してしまうくらいだね。
そこをエスカレーターや渡り通路が行き交っているので、僕らみたいなおのぼりさんはポカンと口を開いてしまう。
「ちょっと広すぎるかなぁ。ほら、僕らは田舎者だろう? だから迷子にならないよう気をつけないといけないね」
僕の肩に唇を当てているので、そう話しかけると大きな瞳が待っている。開かれた瞳はやはり綺麗な青空色をしており、やや上気した頬でこくこくと小刻みに頷いてきた。
その真剣な瞳を見るに、この混雑さからもしも迷子になれば大変だと分かってくれたのだと思う。
まあシャーリーはくっついてくれているから平気だけど――それよりも心配なのは、あちこちの看板を眺めてウロウロしている黒猫さんだったりする。今日の彼女は黒っぽい服を選んでいるので、まんま猫のようだ。
「ふむふむ、ほうほう、広いスペースというのにこれほど店を密集させるなど、まさに発想の転換じゃなあ。客の目が飽きないよう、たくみに店の配置を……」
うん、厄介だ。好奇心の強すぎる黒猫は家に置いてくれば良かったかなぁ。
まあ彼女ならはぐれてもたぶん大丈夫か。そう考えた僕は「行ってくるよ」と声をかけ、洋服屋さんのブースへ足を踏み入れた。
しばらく経ち、魔導竜はゆっくりと振り返った。そしてエスカレーターを上ってゆくシャーリーが、寄り添うように北瀬へ触れているのを見て……わずかに唇を笑みに変える。まるで恋心を応援する友人のような表情だ。
「ふむ、奥手じゃからと心配しておったが、まずまずじゃな。しかしシャーリーが女神になれるのを、わしは見守ることしか出来ぬとはのう」
そう呟くと、視界に入った喫茶店へと彼女の脚は向く。
懐にある黒の巾着袋は、いつか半妖精エルフ族からプレゼントされたものだ。それを見て小さな笑みを浮かべると、さっさと一番眺めの良い通路側テーブルを陣取ることにした。
女神になるには条件がある。
それは人を愛すこと。
恋心を知り、己のなかで確かな形にすること。
かつてウリドラは、古代において神が生まれた瞬間を目にしたことがある。それこそが「夜の時代」から「人の時代」へ移り変わる瞬間だったのだろうと今にして思う。
「愛を知らぬ神は、悪神――つまりは魔族と変わりない。当の人間は知らぬようじゃが、小さな『好意』こそが世界を形成しておるのじゃ。それこそ第二階層広間のようにな」
クリームをたっぷりと入れ、珈琲のほろ苦い香りを楽しむ。
それから彼女は懐にあった本を取り出すと、栞の挟まっているページを開く。これはマリアーベルから薦められたもので、人と人の関係が意外とよく書けている。今では新刊を心待ちにしているほどだ。
がやがやと行き交う人の声は、いつから気にならなくなったのか。以前は騒音のようだったのに。
それよりも、恋心という単語を理解できたのはいつだったか。
どちらもそう昔のことではないなと思いつつ、創作の世界へと彼女は身を沈めた。
10か月ぶりでしょうか。
大賞受賞のご報告からずいぶんと経ちましたが、本作の発売日をご報告させていただきます。
・・・できればエルフさんとのお話の回でご報告したかったですねw
おほん、こちらでは第一章から二章まで、それと書きおろしも加えております。
ヒロインであるマリアーベル、それにウリドラも綺麗なイラストを描いていただいておりますよ。
今月の8月25日となりますので、ご興味のある方はぜひご検討くださいませ。
また店舗特典など詳しくは活動報告に記載しておりますので、そちらもご参考ください。
ここまで続けられたのは、皆さまのおかげだと思います。ご感想もたくさんいただけて、おかげさまで楽しく執筆をしておりますからね。
では引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




