第237話 古代人の遺したもの
長らくお待たせをして失礼いたしました。
新章の開始です。
「ハカム様、アジャ様、こちらです」
そう声をかけてきたのは、ドゥーラ率いるアンダルサイト隊の兵士だった。
宝物庫には唸るような財宝、そして魔石の輝きが棚を埋め尽くしている。手に触れながら、「これで邸宅が幾つ建つのやら」などと司令官、そして魔術師は呆れの顔を見せるほどだった。
この古代迷宮攻略も、元を正せばアリライ国を活気づかせるための施策だった。彼らは知らないが、ピラミッド建築のような公共事業は古代においては有効だろう。働き手の確保、技術開発、外交力や統治力の向上などという経済効果を得るための条件が揃っているのだから。
「これは……!」
「魔物の剥製……いや本物か。古代に生まれた技術が、いまも動き続けているとは」
そして案内された先には青白くおぼろげに光る通路が待っていた。左右を飾るのは見間違えることなく本物の魔物であり、見事に制御されているのだと分かる。
そのほとんどが二足獣であり、それぞれ得物を手にしている。すると使役に向いている種族なのかもしれない。
かつ、かつ、と人気の無い通路を歩んでいるうち、2人は押し黙る。この魔物制御の技術を突き詰めれば大陸の覇者になれるかもしれない。ちらりと互いに目配せをしあうと、どちらも「やめておいた方が良い」という表情をした。
「なんじゃ、その顔は。貴様はそのでかい身体だけが売りでは無いだろう。言いたいことがあれば言え」
「なら言わせてもらおう。この施設を管理していた古代人は、私達よりもずっと魔術に長けていた。それがこの有様だ」
視線を向けた先には、一面をヒビ割らせる壁があった。まるで巨大な竜が暴れ狂い、その爪により引き裂かれたかのようだ。
近くの瓦礫を見てみると、そう昔の出来事では無いように思える。しかし遺体は無く、どこかへ消え去った、あるいは溶けてしまったかのようだ。
「……ふん、引きこもっていた賊どもの頭領か」
「おそらくはな。ここで何者かから討たれた」
彼らの言う「賊」とはゲドヴァー国から送られた尖兵のことだ。魔物から襲われないという特性を活かし、第二階層において猛威をふるっていた。迷宮攻略を中断すべきではと一考するほどに。
「一人、恐ろしく腕のたつ者がいた。恐るべき指導者がいると考えていたが、まさか奴らの拠点で死んでいたとはな」
「何者かの怒りを買ったか。壁の傷を見てみろ。まるで巨大な竜の爪あとだ」
ハカムはその言葉に首をすくめた。私達など小さな存在で、ちょっとした不運があれば踏み潰されるだろう、というおどけた態度だった。
人間にはそれぞれ器の大きさという物がある。己の制御できる量を分からずに、大きな物に手を伸ばせば器ごと砕けてしまうのは道理だろう。
「願わくば、わしらも厄災には手を出さぬままでありたいな」
「同感だ。放っておいても数十年で死ぬ身だというのに、厄介ごとに手を出せるものか」
くわばらくわばら、と老人も同じように首をすくめて見せた。
魔物制御室と書かれた部屋は、ものの見事に破壊されていた。中央で爆風でも起きたのか、部屋の隅には残骸と化した椅子や机などがあった。それだけでなく壁や天井にまで引き裂かれた跡があり、きっとここから戦いは始まったのだろうと伺える。
と、調査をしている兵士たちの中に見慣れた顔があった。
「ドゥーラ、望みのものを見つけ出したようだな」
「ハカム様、アジャ様、よくぞこちらへ。何があるか分からないので火を焚かないようにしており暗いですが……」
もちろんそれで構わない、とハカムは鷹揚に頷く。
それから周囲をぐるりと見回し、赤い髪をした女性へと歩み寄った。
「道中で見かけたが、並みの扉では無かったようだな。厳重に隠し、魔術による制御もされていた。それをどうやって開けたのだ」
「こちらの鍵を使ってです。アメシスト隊からの預かりもので、魔物を倒したときに見つけたと言っておりました」
そう答え、指先に鍵をつまんで見せる。青白く燐光を放つ様子は、何かしらの魔力が残されているのだろう。
彼らは知らないが、これはエグリニィなる蜥蜴型の魔物を倒したとき入手したものだ。エグリニィは迷宮のあらゆる所に入る資格があり、地形や構造を変えるという特性を持っていた……のだが、彼らは見たことも無い相手なのだから、当然のこと何も知らない。
鍵をしげしげと眺める老魔術師は、すぐに違うものへ興味を奪われた。鍵を返し、ふらふらと部屋の中央へと歩き出す。
見上げる先には一体の像があった。円錐状の透明な壁に仕切られており、内部には水が詰まっているようだ。その白銀色の女性像は、周囲へと輝きを放ちながら水に漂っていた。
「ふむ! 魔物を制御するという古代の技術か!」
「よほど頑丈な造りのようですね。これほど部屋が破壊されていたのに、傷ひとつとしてありません」
先程の問いかけ、「望みのもの」とはこの事だ。
魔物を自在に使役するという古代の技術。しかし有効活用しきれずに古代人らが滅びた元凶でもある。
「アジャ様、これがどのような物か分かりますか?」
「詳しくは流石に分からぬが……怖ろしく純粋な魔力じゃ。人や魔物では決してこうはならん。恐らくは何者かを模した物じゃろうて。魔物を制御するという力だけを、こうして模倣しておる」
人からすっぽりと感情を抜き去ったとき、このような気配になるのだとアジャは教えてくれた。となるとやはり、これは普通の代物などでは無いらしい。
女性の像を見上げながら、どこか安堵した表情でドゥーラは呟いた。
「でも私、ほっとしています。運良くこれを使わずに済みましたから。魔軍への切り札と考えておりましたが、そばにいると怖ろしく感じます」
「それで良い。人として正しい反応じゃ。わしらなんぞ部屋に入る前から震えておったぞ」
「ああ、間違いない。正しくはこれを知ったときの王族どもの反応が、だがな」
うえーっと三人は揃って嫌そうな顔をした。
権力に執着し、ことあるごとに力を求める連中だ。どのような結末を迎えるのか、ほぼほぼ分かってしまう。
「鍵が無ければ開かないのなら都合が良い。調査団が来る前にさっさと隠蔽しておくぞ」
「分かりました、すぐに兵たちも引き上げさせましょう。それでハカム様、調査団の話は初耳ですが、今さらこの地へ何をしに?」
「ああ、魔軍を撃退して、おまけに第三層を突破しただろう。俺たちが財宝を盗み出したりしないかと見張りに来るんだよ。あわよくば楽に手柄を得たい連中がな。どうだ、歓迎をしたくなったか?」
いいえ、まったく。と言うように、ドゥーラの瞳は呆れたように天井を見上げた。
安全になってから来る連中など、まかり間違っても歓迎などしない。しかしハカムのぽろりと漏らした「王族も来るぞ」という情報には……つい手荒い歓迎をしたくなってしまう。
部屋を後にする際、もう一度だけドゥーラは先程の像へと振り返った。
古代の残した何かは女性らしさと幼さを同居させる顔立ちをしており、石像でありながら妙な存在感を感じ取れる。異様に思えるのは、四肢と頭を根元から断たれている事か。それぞれ水中を漂っており、指先は一冊の本を掴んでいた。
――何者かの模した物。
その元となった存在は、どのような者だったのだろう。
しかし像を見上げてうちに、どこかで見たことある姿のように思えた。古代人の残した技術であり、そのような相手など知っているはずも無いのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕闇迫る砂漠地帯。
空は血のような色へと染まり、砂嵐でも迫っているのか地平線は煙で覆われていた。
ごくごく水筒の水を飲みながら、男はそれを眺める。
「もう間もなく来る頃だな。援軍として駆けつけたが、噂に聞く魔軍がどれほどか私が確かめてやろう」
「ですが古代迷宮を守っていた者らに追い返されたとも聞きます。2個中隊程度の数に負ける相手ならば、ウォルス王子が出るまでも無い相手でしょう」
「んー? 分からんぞ、雷光の騎士。あまりの手ごたえの無さにやる気を削がれ、引き返したのかもしれぬ。あそこには女子供、果ては老人までいるらしいからな」
くぐもった笑い声が周囲に響いた。誰も信じられはしないのだ。数万ものモンスターの群れから、たかだか二百程度の兵数で守りきれるなど。
また彼らの背後、砂漠の丘陵地帯には、地形を生かした形で数え切れぬ兵隊たちが身を隠している。砂国の兵らしく半ば砂へと埋まっており、頭から全身に巻いた衣服も同色のそれだった。
いずれも決戦前のピリピリとした空気を感じとっており、彼らのように軽口を叩く余裕などは無い。
「おっと、あれは何だ。こちらへ向かってくるようだが……」
「伝令でしょうか。私が聞いて参りましょう」
ざざ、と砂を滑り落ちてゆく様子は、金属鎧に身を包んでいるとは思えない身のこなしだ。要所のみを覆い、光を反射しないよう特殊な加工をしているらしい。
彼こそは王国の懐刀と呼ばれる存在だ。王族の身を警護する任に着いており、一騎当千と認められた者だけが選ばれる。
親衛隊を戦地で見かける機会などまず無く、兵士たちの誰もが熱い視線で見つめていた。
彼は伝令からの言葉を聞き、王子殿下の元へと戻る。
それまで愉快そうにしていたウォルス王子だったが、その内容を聞いて激昂をした。調査団を編成し、すぐに古代迷宮へ向かえという指示だったのだ。
「~~~……っ! 戦略に長けたこの私を戦地から遠ざけるだと!? よほど我らのアリライ国を崩壊させたいと見える!」
そうは言うが、彼が参加を決めたのは数日前だ。後から割り込んできた者として、第一王子から追い出されるのは当然なのでは……と周囲の者たちはひっそりと思う。
彼らの言い分としては、魔軍を撤退させるなど流石に出来すぎているという事だった。つまりそれは古代迷宮で何らかの遺産を見つけ、王国からの許可を得ずに使用したのではという疑惑へと繋がっている。
長期に渡って連絡が取れない間に、一大戦力が組まれていたとしたら問題がある。そのため王子への嫌がらせなどではなく、国の統治のために必ず調査をしなければならないのだ。
無論、口うるさい厄介者を、どこかへ追い払いたいという気持ちも少なからずあったが……。
こうしてウォルス王子の選んだ精鋭による調査団が組まれ、急遽として古代迷宮へ送られることになった。
やがて夜を迎えると、砂漠一帯は紅蓮色に輝いた。
どろろ、どろろと鳴り響く様は、まるで雷雨が訪れたかのようだと人々は噂をしたらしい。




