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第234話 第三階層主との戦い⑥

 さて、僕の立ち去った戦場では、少しばかり変化があったらしい。

 それはダイヤモンド隊の統主マスタープセリが正気を取り戻したことだ。



 地面から身を起こした騎乗の悪魔、アザギュルは複眼の半分ほどを矢に潰されている。今もまだ矢は刺さったままであり、そのボヤけた視界の先には3名の女性が見えた。

 翼の生えた回復役ヒーラー、わずかに曲がった槍を持つ騎馬、そしてダークエルフらしき長耳の娘が。


「だからさぁー、プセリはもうちょっと融通を利かせられると良いと思うんだ。あたしたちを心配する気持ちも分かるし、統主マスターとして立派だけどさ」


 そう先頭を歩きながら、ダークエルフの娘は言う。

 レベル119もの悪魔を前に、そこまで落ち着ける理由は何があるだろう。身体の亀裂を修復しながら、悪魔は右腕を槍へと変えてゆく。

 今までは最も高レベルであるプセリを標的にしていたが、数が増えるほど厄介になる気がする。遠くから草原を駆けて来る者も2人ほどいるし、先ほどから続いている塔からの狙撃も面倒だ。


 ぐるりと周囲を見回して状況を理解したアザキュルは、すぐさま首の無い黒馬を走らせた。

 右腕の槍を突き出し、左手を5つの剣に分裂させ、最初の数歩で最高速度となる。ドオドオと蹄の音をたて、逃げもせずその場に立つダークエルフへと迫った。


「 あたしに宿れ、勇気ヴァルキリィ……! 」


 勇気の精霊、ヴァルキリィ。

 それは褐色の肌から白い煙をあげ、火を放ちそうなほどに体温を高める。鍛えた身体の筋肉はさらに密度を高め、しかしそれを押しつぶすべく悪魔は襲いかかった。


 ひゅる、という音がひとつ。

 褐色の手が馬体に触れたと気づき、すぐさま剣を閃かせる。5つもの斬激にも関わらず、すぐ目の前にダークエルフが着地したことへ驚かされた。身体をしならせ、理想的に空中で剣をかわして見せたのだ。


「…………ッ!!」


 驚いた瞬間に、しぱぱ!と短刀で斬りつけられ、またひとつ複眼がクロス状に断ち切られた。

 剣を振るう。かわされて、膝を顔面に叩きつけられる。

 槍を振り回す。脇の下を抜けてゆき、背後に回りこまれた。


「~~~……ッ!」


 ただ早いというだけでなく、恐ろしく勘が良い。小さなリスを相手に大剣を振り回しているようだ。

 仕方なくダークエルフを振り落とすべく、猛烈な速度で草原を駆け、でたらめに背後を斬りつける。本来ならば複眼により死角は一切無いのだが、先ほどの矢により潰されていて面倒だ。

 しかし隙間無く斬りつけたのだから、恐らくはもう馬上から離れているだろう。


 そう考えていたときに、きゅりきゅりと飛翔してくる物に気づく。ハッとそちらを見上げると、夜空から猛烈な速度で迫る斧があった。

 かわした場へドズン!と足元の草原に突き刺さり、その柄を持つ腕に気づく。回転した斧に乗り、やってきた蛮族の女がそこにいた。


「ハッハァーーっ! 行くぜぇっ、大海嘯ビッグウェーブ!」


 蛮族風の鎧を筋肉で膨れ上がらせ、男勝りな笑みと共に技能スキルを開放してきた。馬体の側面へと衝撃波を与え、軌道は大きく横にずらされる。

 しかし、ぎくりとしたのは別のことだ。


「あっぶない、あたしに当たるトコだったじゃんか!」


 すぐ背後から、そう聞こえたのだ。

 まだ乗っていたのか、と驚愕する間も無い。馬の進行先には剣を光らせた女が立っている。

 たなびく髪は青く、そこに魔族と分かる大きな巻き角が覗いている。体中につけた宝石には魔力増強効果でもあるのか、そこを通じてバチリと雷光が刃先を走った。


「では、早くおりたらどうだ、イブ?」


 チチチチッとさえずりに似た音をたて、刃の全て、そして瞳が輝く。

 隊長補佐である彼女は、極めて純粋な魔剣士だ。魔力を剣に集中させ、敵を倒す。ただそれだけの為に技能スキルの全てを注ぎ込んでいる。


 先ほどの大海嘯ビッグウェーブは、彼女へ向けて軌道を変える為のものだった。それに気づき、みるみるうち迫り来る光景に――悪魔は吠えた。


「オオオ……ッ! 業炎ナリ魔ノ処罰アビス・デシメート!!」


 どんと地面を蹄で踏むと、周囲一帯に破壊の力が吹き荒れた。

 はるか地の底に存在する魔界。ゲートを通じて呼び出したその力は、黒い波動となり、ずぼり、ずぼりと半径十メートルを穴だらけにしてゆく。虚無ともいえる闇が、存在自体を喰ったのだ。



 おんおんと大気が震えるなか、駆け抜けた悪魔はゆるやかに速度を落とす。それから死体を確認するため、ぐるりと馬体を反転させた。

 するとそこには「おっすー、遅かったじゃん」「ダーシャの脚が太くてな」「太いのは関係無えだろ!」などとやりとりをする会話があった。


 血管を浮かせた額に、ザスッ!とまたも矢が突き刺さる。

 こちらも腹が立つ。視界の狭さを利用して、油断すれば幾本も打ち込まれてしまう。

 先端に魔石なるものを付けているようだが、しかし反魔術アンチマジックを施しているためダメージは無い。


 そう、ダメージはまだほとんど受けていないのだ。

 彼女らは非力であり、効果的な攻撃力をまるで有していない。

 だからこそ悪魔アザギュルは落ち着きを取り戻し、一掃すべく疾走を始めた。


 メリメリと槍を分裂させ、しならせた5本の剣を振るい、先ほど以上の攻撃力をもって殺すとしよう。そして次にはあの邪魔な塔を駆け上がり、内側から破壊し尽くしてくれる。


 邪魔な人間ウルドどもめ!などと罵倒をしたが、それは半ば間違いである。何故なら彼女らの半数近くは魔族であり、一部には神族の末裔も混ざっているのだから。

 人間族と呼べるのは向こうの塔にいる星占ほしうらの民、斧使いの蛮族、それから猛烈な速度で左手から迫るお嬢様くらいのものだ。


「ッッ!!?」


 身をかがめ、槍を構え、矢のようにプセリは突き進む。

 兜を脱いでいるせいで、その長い髪は後方へとうねっている。普段と異なるのはその瞳だろうか。気迫を漲らせてはいるが、しかし狂気を見事に押さえつけている。


 しかし何故だ。何故このタイミングで襲いかかる。

 この装甲を超えるダメージは出せないと、彼女自身が理解していると考えていたのに。

 と、そのときダークエルフの娘が叫んだ。


「プセリーー!! 反魔術アンチマジックの術式は、首の後ろにあったよーー!」

「分かりましたわ! 私の華麗な槍さばき、皆に見せてさしあげましょう」


 にこりと優雅に微笑み、気合と共に馬をさらに加速させる。

 しかし悪魔としてはさらに混乱をする。術式の位置を調べる為だけに、あのダークエルフは危険を冒したのか。いや、そもそも彼女らの中には魔術を専門とした者はいない。

 一体なにをするつもりだ、と心中で叫びながらも側面から迫る黒薔薇の騎士への迎撃をした。


 触手から放たれた剣は、全部で5つ。

 その全ての斬撃は、鉄であろうと断ち切るほど強力なものだ。並みの人間ごとき、鎧ごと輪切りにする自信もある。


 しかし統主マスタープセリもまた強者。

 馬体ごと身をひねり、盾に滑らせて火花を散らし、頬や髪を切り裂かれてもなお瞬きのひとつもしない。

 コオオと凍える息を吐き――全てを穿つ一撃トラヴェルセ・ランス、と技の名を告げた。


 ぐしゃり、と頚椎を巻き込んで槍は貫通した。

 穂先は硬質な鎧を貫き、捻じ曲げ、真っ黒い血が溢れてくる。

 確かに彼女らの狙い通り、反魔術の仕掛けは死んだ。しかし膨大な再生力により、ものの数秒でほぼ完治をするだろう。


 彼女らは、何をしたかったのか。

 駆け抜けながら感じたその疑問もまた、すぐに教えられる事になった。


 頭の奥で、嫌な嫌な音がする。


 ダイヤモンドを砕いたような、ひどく硬質な音だ。カキ、カキ、と幾つもの音がして、そこで悪魔アザキュルはようやくハッとした。


 まさか、魔石つきの矢が……!



 ――――きゅどどオオッッ!!



 頭部に何本も突き刺さっていたままの矢が、一斉に破裂をしたのだ。

 反魔術アンチ・マジックを解いたのは、これが目的だった。発動を封じられた破魔矢を、一斉に起爆するという作戦だ。


 それは見事な一撃で、青白い爆風は胸から上までを吹き飛ばしてしまい、皆は一斉に歓声をあげた。


「ひゃーーーっ! 気持ちいいーーっ!」


 ついでにレベルアップの音楽も鳴り響いて、いつも冷静な隊長補佐でさえも、わっと統主マスターに向けて駆け出した。




 それを遠くから眺めていた僕は、戦闘の最中にも関わらず吹き出しかけてしまったよ。


 戦いの終わりは、あれくらい派手な爆発が良い。

 昔からハリウッド映画の爆発は馬鹿にされていたけれど、未だにその映像を使っているのには理由があるのだ。


 後腐れの無い、はっきりとした「終わり」を演出できるのは、ああいった大爆発くらいなのだろう。

 何よりも、女の子たちがきゃあきゃあと騒ぎ、両手をあげて喜ぶ姿は見ていて気持ちの良いものだからね。


 そう思いつつ、飛来する階層主を僕は待ち構えた。


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