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第233話 第三階層主との戦い⑤

 ゆっくりと身を起こす巨体。これが僕の倒すべき相手だ。

 先ほどまで石と思えた皮膚は赤銅色へ変わり、紋様が全身へと浮き上がる。その光は心臓を基点としており、暗い紫色を帯びていた。


 黒頭巾をかぶった存在は、ぐぐぐ……と両腕を持ち上げる。節くれだった指を大剣に伸ばし、柄を力強く掴む。

 同時に、ばう!と両腕を覆うボロの布地は風にあおられ、宙を漂った。


 ――アドム・ツヴァイヘンダー。


 そのような名を魔物は示す。

 いまだにレベルは表示されていない。


 しかし後方で眺めている僕としては複雑な心境だ。

 出来ればボスの登場という胸の躍る演出を楽しみたい。だけど今は戦いの時であり、好きに暴れさせたら周囲の被害に繋がってしまう。


「ごめんね、ゆっくりしていられなくて」


 ヒィィィ、と手にした剣からは隕石の飛来に似た音が響く。

 星くずの刃アストロは僕の気を貪欲に吸い、しかし疲労をまるで感じないと気づき、もう一段階ほど高音へ変わる。もっと吸うね、という意味なのかな。


 これは老人ガストンと「気」の修行に明け暮れた成果だ。気錬成、体力、剣術、剣を使う体術と、第二階層広間で手に入れたものは大きい。

 エレマアダ・ラアアブという悪魔から生まれた剣もまた、主人の成長を喜んでくれたように思う。それと分かる歓喜の声を響かせた。


 キィィィィーーーーッ!!


 おや、と僕は片眉を持ち上げる。

 星くずの刃アストロに近しい音が、巨人アドムから発せられていると気づいたのだ。


 その正体は何だろう。そう思いつつ観察をしていると、空から巨人の元へと輪っかが降りてくる。その輪もまた暗い紫色をしており、天使のようと表現するには邪悪すぎる。

 シャンプーハットのように宙で固定されたのを見て――僕は星くずを解き放った。


 ――ずどおッッ!!


 吐き出した軌跡を、しっかりと観察する。

 多分これでは駄目だろう。そんな雰囲気じゃないし、僕としても不意打ちで終わるような結末なんて望んでいない。

 だから、この一撃がどうなるのかを確かめようと思う。


 ごぱり、と隕石が砕けるのを感じた。

 紫色の障壁が巨人の背を守り、衝撃インパクトの直前にざざざと複数層へ展開したのを確かに見た。星くずは砕け、四方へ飛び散り、辺りの土を巻き上げる爆風を生む。

 おんおんと反響するなか、僕はぽつりとつぶやいた。


「あ、こりゃあマズい。障壁持ち、しかも多重だ。マリー、剣に属性付与エンチャントをお願いしたいけど忙しいかな?」


 そう落ち着いた声で意思疎通チャットを送ったけど、内心ではドキドキしているよ。

 いまの一撃で砕けた障壁は2つきり。もうひとつにもヒビを入れたけど、層はあと半分残っていたからね。ちなみにほぼ全力だ。


「ええ、いつもの聖属性ね。あら、こちらに近づく必要は無いわ。この領域全てに私の術はかかるもの」

「んっ?」


 どういうこと?と塔に振り返りかけたが、ぶうんと発光した剣が少女からの答えだった。驚くべきは表示された能力「聖属性レベル142」であり、降りかかってきた草の破片をバチチと焼いた。


 うわ、早いし強い。それに付与レベルも大幅に記録更新だ。

 そういえば「死神の涙タナトス」があったか。事前に術を用意しておき、二重詠唱ダブル――ではなく三重詠唱トリプルを覚えていたっけ――の効果を発揮したのだろう。


 やあ、これはマリーの得意げな顔を思い浮かべられるぞ。たぶんフンスと鼻息を出しているんじゃないかな。


 そういえばずっと前に「いつか私がいなければ困ると思えるくらい成長してみせるわ」と言っていたけれど、もうとっくに辿り着いていると気づいて欲しいかな。


 宙に浮かび上がる巨人を見ながら、そのように僕は考える。

 土に埋もれていて分からなかったが、階層主アドムは四本足をしていた。それぞれ足首までしかなく、先端は極彩色に発光している。つまりは高度な魔術を身に宿す魔物だったらしい。


 ああ、強そうだ。

 勝てないなと思えるくらい。

 周囲に舞い散る草は、闇夜に溶ける色をしていた。


 ――ゾキンッッ!


 これをかわせたのは単なる運だ。

 瞬間的に身をかがめたすぐ上を、真っ直ぐの刃のように大剣が地面を分断する。ごばりと草もろとも大理石がめくれて、まばたきする間もなく今度は右上から左下へと直線がはしる。


 そのクロス状の斬撃は、恐らくあらゆるものを断つだろう。鋼鉄だろうと多重障壁だろうと。そのような特性を持った武器と考えておいたほうが良い。


 ただねぇ、こちらとしても伊達に長年フラフラと遊んでいないんだよ。勇者候補を打ち倒したほどの技、五重定義の過負荷オーバーロードは今の斬撃をしっかりと記憶したからね。


 だから2度目を避けれたのは偶然ではない。自動オートだ……と言うと手抜きをしているみたいに聞こえるか。まあ実際そうなんだけどさ。


「じゃあ始めようか、階層主アドム。あっと、もう始まっていたっけ」


 ひゅんと片手剣を振っただけのつもりが、ブブン、ブゥンと高位聖属性による効果音が響き、だいぶ格好をつけてしまう事になった。

 これは恥ずかしいね。誰も見ていなくて助かったよ。


 彼の推定レベルは140台かなぁ。うふふ、久しぶりにわくわくしちゃうね。

 そのように眠そうな笑みを僕は浮かべた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 どずん!と降り立った魔物を見て、すぐさま駆けたのはプセリだった。

 悪魔アザギュルは四足の騎馬兵に似た形状をしており、重装甲とは思えぬほど素早く動く。あれはものの数秒でアリライ国の陣地を破壊し始めるだろう。


 他の2体はともかく、あれを放置しては危険だと本能が告げてくる。幻獣の頭をそちらへ向けて、剣呑な気配を彼女は放った。


 プセリはダイヤモンド隊の統主マスターであり黒薔薇の館主であり、一流の血筋を継いだと分かる優雅さを併せ持つ。しかしそれとは正反対の闘争心が根づいていた。


 叩きつぶしたい。

 踏みにじりたい。

 私の仲間に脅威を与える者は、この槍を食わせて貫いてやりたい。


 そう心の底から思うのだ。


 後方に束ねた宵闇色の髪をザワザワと波打たせ、閉じた兜からは爛々と輝く瞳が覗く。

 幻獣にまたがり槍を構えて駆ける彼女は、もはや破壊と殺意の塊と化していた。だからこそ意志疎通チャットに参加することは出来ないと先ほど告げたのだ。あの敵を砕くまでは。


 コホォと吐き出された息は白く、対照的に地面の草は黒い。駆け出すとみるみる悪魔アザギュルの姿は近づいて、奴もまた黒薔薇の館主を敵とみなす。


 どろろっ、どろろっ!


 互いのひづめを草原に響かせて、直後にジャッ!と光線が薙ぐ。

 斜めにしてかわすプセリは、モンゴル騎馬のように馬体の側面から爛々と瞳を輝かす。そして「もっと加速しろ」と幻獣に命じた。


 普段、お嬢様らしい容姿を見て、魅力的だと感じる男性は数多い。高嶺の花でありおしとやかであり、貴族として気品ある所作に見とれてしまう。

 しかしこの本性を見たら、彼らは回れ右をするに違いない。


 獰猛どうもうわらう獣がいた。

 貫かれて死ね、と斜めの姿勢のまま宵闇色の獣は吠え、交差する一瞬に装甲の隙間へと槍を滑りこませた。


 ぱっと闇夜に火花が散り、しかし恐ろしい質量にはね除けられ、幻獣ごと軌道は斜めに変えられる。弾け飛びそうな衝撃を力づくで抑えたのだが、それがいけなかった。

 ねじ曲がった槍、そして半ばから折れた右腕が今の突進の結果だ。


「…………チッ!」


 どろどろと旋回をさせながら悪魔の様子を見る。脇腹あたりに青い血を流しているが、恐らくはこちらのほうがダメージは大きいだろう。

 どうすれば貫ける。より強い突進をすべきか。虚を突くべきか。


 奴と並走したまま勘だけで身をかがめると、首のあった場所を光線が薙いでゆく。はるか後方からズズズと響く音は、着弾した草原を爆破させたのだろう。


「プセリ、プセリってば! 腕折れてるよ!!」

「…………」


 さらに外側を並走をする仲間、ダークエルフのイブに気づく。この速度についてこれる者などまずいない。特殊な職業ジョブ、忍者である彼女を除いて。


 冷たい宵闇色の瞳を向ける。

 イブの場合、一撃が非常に軽い。並みの相手であれば構わないが、あの悪魔には傷を与えられないだろう。そう判断をし、ふいっと兜を悪魔へ戻す。今すぐに奴を潰さなければならないのだ。


「ダメだ、ぜんぜん聞こえてない。ミリア、治してあげられる??」

「距離がありすぎます! ボクは羽を出せますので、そちらに飛んで……」

「待て、一人では行かせられない。キャッセ、ハクア、援護をしてやれ」


 代理隊長である魔族イスカは、そう淡々と指示をする。やや難度の高い任務ではあったが、半妖精エルフ族の築いた「塔」にいる2人から了解の言葉が返ってきた。


 ダイヤモンド隊としては開戦早々に統主が倒されるのだけは何が何でも避けたい。戦力としてだけでなく、彼女を心の支えとしている者もいるからだ。


 特に回復役のミリアーシャ、星占ほしうらのハクアという少女たちは、姉のように親のように頼りとしている。


 弓の援護を受け、どうにかミリアーシャは辿り着く。

 しかし馬の後ろへ羽の生えたミリアーシャが降り立つも、闘争心に呑まれたプセリは反応をしなかった。


「お姉さま、骨と骨を繋ぎます。ボクに腕を見せてください」


 それが必要なことだと判断したのだろう。ぐいと無造作に折れた右腕を出され、少女は泣き出しそうだった。固定もせず駆けていたせいで、骨が甲冑から突き出ているのだ。


 早くしてという瞳に促され、おそるおそる手を伸ばす。

 本当は傷が残らないよう丁寧に治療をしたい。陶器のように美しい肌をしており、いつも優しく頭を撫でてくれる手なのだ。


 涙をいっぱいに溜めながら、ミリアーシャは神族の血を引くとわかる羽をさらに広げる。これにより回復術は数段階ほど上となり、柔らかい光が傷を癒やし始めた。

 しかしそれは悪魔にとって無視できない行為だ。


「うわあっ、こっち来る! こっち来るよっ! キャッセえっ!!」


 猛烈な速度で駆けてくる悪魔アザギュルに、ダークエルフは悲鳴をあげた。直後、奴の頭部へ吸い込まれるようにガスガスと複数本の矢が突き刺さる。


 わずかに軌道は反対側へと逸れ、おかげで触れ合うこと無く交差した。

 ふぅぅーーという複数名の溜息が漏れる。


 もしも今の攻撃を見る者がいれば「まるで未来を見たように正確だ」と驚くだろう。

 実際、その通りなのだ。未来を詠み、矢を当てている。星占の民、ハクアによる技能譲渡ギフトにより数秒先を射手は見れる。だからこそ、猫族の娘は瞳を見開いた。


「ニャッ! 矢の魔石が爆発しニャいっ! なんでっ!」

反魔術アンチ・マジックか! あれに魔術は通用しない。隠れろ、奴はそっちを狙っているぞ!」


 イスカが叱咤するなか、ぎゅぎゅぎゅっと悪魔の複眼へと青白い魔力が溜まる。邪魔な者を蹴散らすために。


「…………ニャっ!」


 しかしそれを見て猫族は隠れもせず、連続的に矢を放つ。カーブを描いたそれは魔眼へと吸い込まれてゆくが、しかしそれよりも早く……!


 ――どどどオオッッ!!


 塔を貫こうとする爆裂光線が、空中に炎を生んだ。


「キャッセ! ハクア!」


 もうもうと流れる煙の向こうに、空中で大盾を構える魔装カルティナが現れる。それを見て、代理隊長はホッと安堵の息を吐く。

 未来を詠める仲間と戦うのは、こういうとき心臓に宜しくない。げほ、げほ、と煙で参っている様子に気を取られていると、直後にイブの悲鳴混じりの声が響いた。


「駄目だってばプセリ! あいつは突進だけじゃ倒せないんだって!!」


 今度は何だと首を向けると、治療を終えたばかりのプセリが、2人の制止を振り切って馬の軌道を大きく曲げてゆくところだ。

 そのめまぐるしく変わる戦況へ、代理隊長はこれまでにない重圧を受けた。


「~~~っ! 行くぞ、ダーシャ。私たちも最前線へ出る」

「だな。たまには良いと思うぜ。ダイヤモンド隊の全員で悪魔狩りとかさ」


 ニッと笑う蛮族と共に、草原を駈け出す。戦いを楽しむような状況では無いのだぞと、無表情なイスカにしては珍しく怒りを露にした。



 しかしこの状況で、馬と並走しながら悪魔にグングン近づいてゆくイブは、もう生きた心地がしない。

 ヤダアアア!と叫びはしても、統主マスターを放っておくこともできず……最後の最後に使おうと思っていた奥の手をダークエルフは行使した。


 その最後の手段とはつまり――。


「助けてカズ君ーーっ!! こんなのあたし死んじゃうっ!!」


 そしてはるか遠くから――。


「え、なにが?」


 と、やや間延びした声が意思疎通チャットから聞こえてくる。


 猫族のカウンターで、3つもの眼を潰された悪魔の叫びが周囲に響き渡った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 うーん、参ったぞ。


 目の前には階層主アドムがおり、今も足元にズドンと大剣を突き刺して来たところだ。もちろん彼は地面をごっそりとえぐる一撃になど満足せず、さらなる追撃としてゴオオと黒い煙を吐きつけてくる。


 これに触れたらどうなるのか好奇心を刺激されるけど、別に触りたいとは思わない。

 奴の右側面へ転移をし、光そのものと化した剣を振るう。

 ぱっと周囲へ火花を散らすものの、多重障壁を貫くには至らない。これでは大したダメージに至らないようだ。


 先ほど「参った」と言ったのは障壁のことではなく、ダイヤモンド隊の危機が訪れているからだ。そもそも、どのような危機なのかも分からなくて困る。


 仕方なくやや遠方へ瞬間移動をし、戦場を眺めてからようやく理解をした。4体もの悪魔が出てきたせいで、戦場は大混乱を起こしているらしい。


 中央に降りた2体は、今のところゼラおよびドゥーラの厚い守りにより耐えている。

 片方の毒々しい蛍光色をした蜘蛛はちょっと嫌な感じがするかな――おっと、背後に残してきた僕の残像が、次から次へと穴だらけにされているぞ。


 うーん、もう少し撹乱をしてみるけど、いつ殺されてもおかしくない状況だと分かって欲しいかな。二度寝をするのもちょっとだけ面倒なんだよ?


 そして視線を戻してみると、プセリさんが悪魔へ特攻をしかけようとしている。彼女らしい正々堂々とした戦いだけど、悪魔にそれは通用しない。イブが救いを求めて来た理由もこれでやっと分かった。


「仕方ない、試しに行ってみよう。ただし階層主も連れて行くけど、文句は言わないようにね」


 そう呟いた僕の上半身が、ごっそりと削り取られた。それは黒色のガスにより溶けたもので、また当然のように今のも分身だ。

 気を活用すると、相手はなかなか分身と気づけないんだよね。


 さて、言うは易しとはこの事で、猛烈な速度でぶつかり合おうとする車同士を「どうにかしろ」と言われたのが今回の任務ミッションだ。そして僕もまた後方にダンプカーを連れている。


 などと具体的に考えたおかげか、ひとつの対処法を思いついた。


「あ、ダンプカーか、それで行こう」


 すぐさま転移先を彼女らの交差するだろう直前へセットする。この場合は距離があるため、複数回の転移は必須だ。しかし僕には「五重定義の過負荷オーバーロード」がある。


 ぶぶぶうんっ、と複数回を転移した感覚が残り、気がつけば右手にプセリさん、左手に悪魔さん――っと、さんづけはいらなかったね――という状況だ。


 さらには後方からアドムが渦を巻いて迫りつつあり、なんだか僕だけがピンチなんじゃないかなあという思いをする。


 まあ、このようにゴールを定めると自動で転移をしてくれるので、咄嗟の判断でものんびりとしていられるのが「五重定義の過負荷オーバーロード」の良い所だったりする。


 といっても今回は大した事をするわけでなく、とことこ前に進むだけだ。


「ええと、これくらいで良いかな?」


 などと悠長に振り返ってはいけなかったらしい。

 バアンッ!と階層主と悪魔がクラッシュし、その大質量が僕に迫ってくるというアクション映画そのものの状況になっていた。


 おかげで「ダンプカーでクラッシュさせよう大作戦」は成功したけど、やはり僕だけが損をしているみたいな状況だ。


「わーーっ! イブ、これで良かった!?」

「ナイスぅーー、カズ君っ! 恩に着るからねっ!」


 そのように、わたわたと僕は再び転移をした。

 去り際の一瞬で様子を伺うと、あまりの光景を見たせいかプセリさんはきょとんとしていた。

 目の前にいたはずの悪魔が、ダンプ――ではなく階層主から吹き飛ばされたのだから当然か。


「仲間と協力しあってくださいね、プセリさん」


 転移先は彼女の隣であり、そう声をかけるとビクッとしつつ、小刻みに頷いてくれた。

 まあ正気を取り戻してくれたなら大丈夫かな。ダイヤモンド隊は連携上手だし、きっと強力な悪魔を片付けてくれるはずだ。


 そう思い、今度こそ遠方へと僕は瞬間転移をした。

 ぶぶぶんっという複数回の移動は、やはりちょっと気持ち悪いね。


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