第235話 第三階層主との戦い⑦
塔から見下ろした先、黒い草原では戦いが繰り広げられている。
押し進む兵士らを、2頭もの悪魔らが牙を向けていた。
勇ましく、また鍛えられているとはいえ彼らは普通の人間だ。黒炎を吐きかけられ、盾を構えて耐える様子を、半妖精エルフ族の少女はハラハラと見守っていた。
「だ、大丈夫かしら。あんなに強い悪魔に襲われて、殺されたりしないかしら」
「すぐにはやられまい。私は陣頭指揮の訓練も受けていたから分かるが、彼らはよく鍛えられているし勇気もある」
背後から声をかけられ、マリアーベルは振り返る。そこには顔以外を魔装なる鎧で覆ったカルティナがおり、静かに塔の縁へと歩んでいた。
彼女は今でこそ皆と行動を共にしているが敵国の元騎士であり、この高台という視点もあって戦いの流れを正しく読んでいた。
「まず盾の布陣が良い。あのように密集して支えあうと、格上相手でも力負けをしない。面倒なのはあの炎攻撃だが、それも若き指揮者は心得ているようだ」
少女を落ち着かせようと、なるべくゆっくりとした声で話しかける。たぶん少年の癖を真似たのだろう。
しかしそれは、少しばかり現地で戦う者たちとの温度差がありすぎた。魔物の口内でゴウゴウと黒炎が踊り、熱量を高めてゆく様子に彼らは悲鳴を上げていた。
実際、意思疎通では悲鳴じみた声が飛び交っている。
「おいドゥーラ、ありったけの障壁を展開しろ! ヤバいのが来るんだぞ! 分かってんのかアッ!」
「うるさいッ、いまやっているッ!」
そう若き指揮官は叫び返す。
後方へ控えた彼女らアンダルサイト隊による聖歌はさらなる高みに至り、半透明のヴェールが一帯を幾重にも包む。その直後、広範囲の黒炎が吐き出された。
――ドドドオオッッ!
酸素を吸い込みながら進むそれは、舐めるように障壁を溶かそうとする。いや、こんな攻撃などで終わりはしない。この悪魔こそ、かつては人間の都市を一晩で焼き払った存在なのだから。
コッ、コオッと音をたて、黒炎吐息はより安定を見せる。その超高エネルギーにより、魔獣の口内は光り輝く。
――ギオ……ッ!!
金属をむしったように、嫌な嫌な音が響く。
みちみちと頬を引き裂きながら、十字型の吐息がいま吐き出された。
ずどお!と黒色の塊は障壁を大きくたわませ、秒もかからず貫通し、下から上への爆発を引き起こす。
スローモーションのように感じるのは、バラバラと吹き飛ぶ無数の兵士らを見たからだろう。死の間際、人というのは加速という技能を得たように知覚を最大限まで高めるものだ。最後のあがきと呼んでも良い。
しかし四足獣型の悪魔ゲヘロテは、まるで納得がいかないようにグルルと唸っている。
本来であれば広範囲に展開し、肺の奥まで焼き尽くすという黒炎吐息だ。しかし、あのように真上へと力を逃がされてしまった、と感じているようだ。
それはつまり、こういう事か。
全てを防ぐことは早々に諦め、爆撃中心地点へ守護障壁をかけた。それも恐ろしいほど徹底的に。
まさかだが、広範囲に被害が出ると予測をし、爆撃の中心地点を見破り、空から落ちてくる兵士らを回復しているとでも言うのだろうか。
有り得ない。
未来を読んでいるとでも言うのか。
そう悪魔ゲヘロテの目は語っていた。
ほうーーっ、と今日何度目になるか分からない溜息を、半妖精エルフ族の娘は吐く。
それはもちろん強烈な一撃を耐えたからであり、心臓はまだドッドッと鳴っている。
「……とても心臓に良くないわ。早死にしてしまいそう」
「ははは、済まなかったな。だがアレを耐えたのは凄い事なのだぞ」
恨めしそうな顔をして振り返るエルフに、カルティナは思わず笑ってしまった。むすりと不機嫌そうに唇をとがらせた少女は、薄紫色の瞳を眼下に向ける。
石精霊を操ることで建てたこの「塔」には、遠隔に優れた複数の者たちがおり、多数の弓矢も含めて戦場のサポートをしている。
「やっぱりダイヤモンド隊は優秀ね。数秒先とはいえ、未来を読む力を与えるだなんて」
「ああ、技能譲渡と言ったか。文献に載っていないほど珍しいが、あれを指揮者に与えると戦場を大きく左右するようだ」
つまりは、それが今回の種明かしだった。実際に未来を読み、最悪な攻撃を最小限にして見せた。
無論、死が見えていても対策できるとは限らない。戦況を左右するのは、あくまで己の力量次第なのだ。
「おっと、動きがあるようだ。魔力を使いすぎた悪魔だが、かなりイラついているらしい。さて、どう出るか」
そう漏らしながらカルティナは足元を覗きこむ。その表情は魔族であるようには見えないほど楽しげだ。
エルフも不思議そうな瞳をしているけれど、それの理由は単純だろう。かつて彼女自身、しっかりと策を練って飛び込んだにも関わらず、良いところのひとつも見せられずに膝をついた経験がある。
だったら今度はこちらが楽しんでやろう、という考えだ。要は他人の不幸を笑っているに過ぎないのだが……まあそれは良しとしよう。
さて、業を煮やしたように四足獣型の悪魔、ゲヘロテは飛びかかる。
しかし、先ほどカルティナの言った通り、密集して組む盾というのは強力だ。互いに互いを支えあい、強固な壁として立ちはだかる。仮にこれを小学生がやったとしても、大の男を易々と跳ね除けてしまうという力学的な特徴がある。
それと同じように魔獣が踏みつけても、歪むだけで崩れはしない。
と、何かに気づいたようカルティナは彼らの布陣を覗き込んだ。
「あ、うまい。今のは誘いか」
疑問符を浮かべたエルフだが、すぐに答えは示された。ガリガリと盾をむしり、内側へ炎を注ぎ込もうとする悪魔へ、ずぶりと赤い剣が突き刺さったのだ。
ここからではよく見えないが、あれは大男ゼラの技能だろう。己の血を剣に塗り、それで鋭利さを高める者など他にいない。
そして魚の群れを放ったように、その傷めがけて大量の槍が押し寄せる。すかさず悪魔は跳躍をして逃げたが、着地の間際に――。
「良し、撃てッ!!」
――バババンッ、バババンッ!
盾の隙間から、十字型のクロスボウが弦を鳴らす。
右側面にびっしりと矢尻を埋め込まれたゲヘロテは、ギャンッ!と叫んだ。
並みの矢であれば怯みもしないが、聖なる加護、さらには魔石つきの鏃も混じっている。剛毛を青い炎に燃やされながら、さらなる後退を余儀なくされた。
「皆の者、進めえッ! 悪魔を殲滅せよッ!」
「応ッッッ!!」
指揮官の勇ましい号令に従い、どろりと盾の群れが前へと進む。それを見ていた蜘蛛型の悪魔も、草原へ産みつけていた卵を放棄してカサカサと後退を選択する。
それはすぐさま兵士らが踏み潰し、一匹たりとも産声をあげることは無かった。
無論、これは子蜘蛛を孵化させて、足元から兵士を食らうという悪魔側の策だ。密集陣形であることを利用すれば、あっという間に崩壊を誘うはずだった。
しかし冷静な指揮官は危機を嗅ぎ取り、多少のリスクを考慮した上で前進を選択したのだ。
また、これには領域内の敵感知を可能とする「塔の監視者」も大きく貢献をしている。
またひとつ進展してみせた戦況に、エルフはいつの間にか流れていた汗を袖で拭った。
「ふぅーー、見ているほうが緊張しちゃうわね」
「ははっ、マリーには良い経験だろう。こうして戦いの流れを見る機会はそう無いからな。建造物を操るようなマリーなら、きっと今後の役に立つぞ」
「そうだけど、落ち着かないわ。今日はウリドラもシャーリーもいないのよ」
そう、困ったときに戦況を引っくり返せる者がいない。魔導竜としての大事な戦い、そして第二階層広間の守備を行っている最中だ。
それが心理的なストレスとなり、エルフは疲れを覚えている。
さて、落ち着けない理由とは何だろうか。そのように少女は疑問に思う。戦いを有利に進めているにも関わらず、一向に気分が晴れないのも不思議だ。
眼下を見下ろすと、凛々しい顔で指揮をするドゥーラの横顔が見える。彼女は戦いというものを知っており、戦闘を始める際には誰よりも苦悩していたものだ。
しかし、今ではそのような気配など微塵も無い。敵を打ち砕く。ただそれだけに思考を費やしていた。
若き指揮官とエルフ、その違いに何があるのか。
「戦いを理解しているか、否か……」
「ん、いま何かを言ったか、マリー?」
ぼそりと呟かれた言葉に、カルティナは顔を向ける。しかし塔の縁に手を乗せて、戦場を見渡しているエルフは何も答えなかった。
あちこち燃えてはいるが、この広間は夜のように暗い。草原には煤が舞い、煙が立ち上っている。
頬についた煤を、ごしりと手でこすると黒く広がった。しかし、紫水晶とよく似た瞳は、何かの答えを求めて戦場を見つめ続ける。
「ダイヤモンド隊、悪魔アザキュルLV119を撃破……」
「え、本当か? まだ何の連絡も受けていないぞ」
――ピピピッ!
電子音が鳴り、塔の監視者はまたひとつ戦況の変化を告げる。先ほど少女の告げたものと同じ内容であり、またブンとマリアーベルの右手に浮かぶものがあった。それは本来、魔具を使用して周囲の構造を表示する為のものだ。
そこへ塔の監視者による敵配置、仲間配置を追加すると、戦場全体の俯瞰図が出来上がる。
カルティナはその光景に瞳を見開いた。
「まさかこれは、この戦場全域を表しているのか!? 全ての兵士と敵を表示するなんて、私は聞いたことも無いぞ!」
「いま星占の民、ハクアに協力を要請したわ。技能譲渡により、範囲攻撃される場所も表示できる……と思うの」
はあっ!?と魔装は目を剥いた。
これがマリアーベルの答えだった。怖いのは戦場を理解していないからであり、何も出来ずにただ見ているだけの子供だったから。
ならば戦いを理解した上で、怖いと思える場所を叩けば良い。
その知らせを受けた指揮官ドゥーラもまた、ゾクゾクとした興奮を味わった。無理もない。戦場の全域を見れるなど、指揮を執り始めてからずっと願ってやまなかった代物だ。
今まで行えなかった戦略が、次々と現実味を帯びてくる。だからこそ、これからの戦いが楽しみで仕方ない。
「おいドゥーラ、鼻血が出てるぞ?」
「あら、そう? ふふ、興奮してしまったようね」
乙女のように頬を赤らめる様子へ、将来の旦那は気持ち悪そうな顔を返した。
ざう!と彼女が剣を掲げた瞬間、アリライ国における迷宮攻略隊はさらなる進化を遂げる。
それは百名規模が自在に動くという一体感、未来を知る事による理想的な狙撃、回避、さらなる追撃という結果を生み出す。後に「アリライ国の最強部隊」と呼ばれる事になるのだが……まあ今は気にしなくて構わない。
ここから先、強力な悪魔らは何もできずに戦いを終えた。




