第196話 おいでませダイヤモンド隊③
長テーブルに皿を並べ、鍋に鰹節を入れていたころ、どやどやと騒がしくもダイヤモンド隊は戻ってきた。
たーん!と勢いよく襖は開かれ、迷宮でも見慣れた彼女らは鮮やかな浴衣をまとっていた。
特にダークエルフなどは、マッサージがいかに素晴らしいかを熱心に伝えていた様子だが、その青い瞳は僕らを見て丸くなる。
「おかえりなさい、皆さん。お風呂は楽しめました?」
「あれっ、カズ君とマリーじゃん! えーー、いまこれが来ちゃうかあーー。風呂あがりにニホン料理が来ちゃうの? ね、ね、ビールある?」
うわ、料理を見たとたん上機嫌になったなぁ。
僕とマリーの肩にドスンと抱きついてくるけれど、調理の邪魔をしてはいけないよ。
もちろんビールは仕入れてあるし、港町オッズロイの特上品をキンキンに冷やしてある。そう伝えると「やった!」とイブは嬉しそうに小躍りをした。
周囲の皆はきょとんとしているけれど、これから骨の髄まで楽しませてあげるからねぇ、などと僕とエルフはほくそ笑む。
この食事を通じて屋敷の魅力をたっぷり伝え、もしも興味を持ってもらえたなら従業員としてスカウトをしてしまうかもしれないよ。
しかし統主であるプセリにとっては、いたれり尽くせりの状況が気になるのか、襟を正しながら膝をついてきた。
「申し訳無いですわ、私たちと同じ攻略隊に料理していただくなんて」
「いえいえ、せっかくですから思い切り楽しんでください。以前は僕らも黒薔薇の館で歓迎を受けましたし、この屋敷を気に入ってくれたら嬉しいです」
うふふ、このまま住んでくれても構いませんよ。などという下心は、サラリーマンらしく面の皮の下へ隠しておく。
ふむ、社会人経験もたまには役立つものだねぇ。
さて、味噌や酒、みりんなどでベースを整えてゆくと、客間はふんわり優しい雰囲気に包まれてゆく。鍋の下ごしらえは簡単だけど、このような深みある香りというものがそもそも珍しいのかな。
皆は囲むように掘りごたつ風のテーブルに腰をおろし、奇妙な鍋料理というものへ視線を集めていた。
八名もの女性を相手にするには長テーブルに鍋が三つほど必要で、マリーと一緒にせっせと具材を運んだり火加減を調整したりする。
と、その様子を眺めていたプセリがぽつりと呟き、そしてダークエルフが反応をした。
「なんだか小さな夫婦のようで可愛らしいですわね、お揃いの格好をして。ふうん、割烹着と言うのですか」
「あれ、赤くなってる。ひょっとして結婚したいなーとか思ってるわけ? あはは、揃って赤くなっちゃった、可愛いなぁ!」
うわー、グイグイ絡んでくるね!
横を見ればマリーも長耳まで赤くさせているし、おぼんで口元を隠し、ちらりと見つめられると……気恥ずかしさでまともに見れないぞ。
もちろん今日は女性陣をもてなす日だけど、彼女らのパワフルさには負けてしまいそうだ。バツの悪そうな顔をすると、皆から愉快そうに笑われてしまった。
「それにしても、この屋敷はどこもかしこも異国情緒がたっぷりで驚きますわ。そうそう、あの湯質と景色といったらもう……反則ではありません?」
「あれな、あたいもヤバいと思った。ただ眺めが良いぶん、覗きをされないか気になるかな。こっちは別に良いけどさ、チビたちが可哀想だろ?」
「あ、そういえば途中でカリュブディスが暴れてたじゃん? あれってひょっとして覗きだったとか? だったら触手でひどい目にあったかもね」
「まさかあーー、ハハハ!」
そんなわけが無いと僕まで一緒に笑ったけれど、ちょうど同じ時刻、幾人もの精鋭らが衣服を水浸しのズタボロの半裸にさせ、森のなかでゼーゼーと荒い息をしていたことを誰も知らない。ひとつの激しい戦いが終わり、そして完膚なきまでに大敗北をしたのだ。
だが、彼らは腕をがっしりと組み「いつか必ず」と闘志を溢れさせる。確かにカリュブディスは無敵化を有している強敵でもある。普通にやればまず勝てない。
しかしギラついた目を見れば分かる通り、彼らは決して諦めない。
なぜなら本物の変た……戦士だからだ。
本日はダイヤモンド隊をもてなすため休日である。
しかし気力に満ち溢れた彼らは休んでなどはいられない。よし実戦並みの訓練をしようじゃないか、と集ったのは十八名。
結果、想定していた以上に過酷な任務であったし、疲労度も普段以上にある。
それでも彼らの瞳には、熱い炎が宿っていた。
かなわない夢などは無いのだ、と。
ガラスの向こうは緑豊かな和風庭園だ。
普段とはまったく異なる光景に、そして鮮やかな浴衣姿に、きゃいきゃいと彼女たちは賑やかに話をする。
しかし、その会話はゆっくりと途絶えてしまう。
なぜなら本日の主役ともいえる大皿がやって来たからだ。
上等な猪肉を薄切りにし、花のように飾っている。素人なので多少は不恰好だけど、わっと僕らの演出に盛り上がってくれた。
それらを次々と鍋へ投入してゆくけれど、当然のこと猪肉というのは豚や牛とはまるで異なるものだ。たっぷりの弾力と強いコクがあり、煮込めば煮込むほど美味さが増す。
匂い消しのゴボウなども一緒に入れ、時間を置いてから青菜やキノコ、大量のネギなどを鍋に投入してゆくと、今度は味噌仕立ての香ばしさが空腹を誘う。
お風呂でたっぷり汗を流して体力を使ったのだから、ごくりと喉を鳴らすのも仕方ない。
「ぐうっ、この香り……っ! 勝手にお腹が空いてくる!」
猪鍋というのは古い時代から愛されている。
確か縄文時代から続いているらしく、その深い味わいというのは、もし上等な肉を食す機会があれば病みつきになるほどだ。幸いなことに本日は最上級のものを選んでいる。
味噌の香りには肉汁と野菜の甘さが混じり、いやおうなく食欲をかきたててしまう。香りというのはとても大事で、味覚のほんの一部だけを教えてくれる。すると身体は勝手に、いつ舌に乗せても構わないよう準備を始めてゆく。
ごっく!という唾を飲む音が増えてきた。
しかし先ほど言ったよう、猪肉は煮込むほどに柔らかくなり美味くなる。くつくつ煮立つ鍋からは、もう美味しいと分かる香りが溢れており、皆は話すことも忘れて今か今かと待っていた。
それからようやくマリーが瓶ビールを並べ始めると、ついに豪華な食事をお披露目する時は来た。
ぱかりと蓋を開ければ、脂肪たっぷりの猪肉が表面を覆っていた。
「うん、食べごろですね。皆さんどうぞ召し上がってください。今日は女性の日だから、マリーも一緒にいただいたらどうかな?」
「わっ! 私まで良いのかしら。ああ、でもこの香りは……とても我慢できないわ」
どうぞどうぞ、僕は勧誘任務があるのでお構いなく。
その言葉に解き放たれたよう、わっと皆は鍋にむらがる。
小さな子らには僕とマリーで小皿に盛り、すぐに熱々な猪肉へとかぶりつく。
たっぷり脂肪だらけに見えて、猪肉の脂身というのは他の肉と大きく異なると僕は思う。
例えば包丁で切るとき、まるで蝋燭のような硬さがあるというのに、煮込むほどトロトロに変わる点だ。噛めばシャクッと歯ごたえを残し、また煮込んだおかげで驚くほどあっさり千切れてしまう。
たっぷりの味噌を吸い、後から後から甘みが溢れてくる味に、目を輝かさない女性はいるだろうか。
「んんんーーーーっ!!」
ぎゅっと頬が痛くなるほどの唾液が分泌され、美味しいと言うこともできやしない。何しろ噛むたびに、じゅっ、じゅわっと肉汁があふれ出てしまう。
ほくほくの野菜と合わせて噛み、またこれにも肉汁がたっぷり絡む。
不思議なのは脂っこさを感じないことか。噛めども噛めども甘みは溢れ、しかし木の実のような素朴な後味が残る。
その表情を見るに、猪の脂肪はいくら食べてもお腹にもたれないというのは本当らしい。
そして赤身は驚くほどやわらかい。ぷつっと簡単に千切れ、こちらはまた一段と甘い。味としては豚と牛の中間くらいか。それにしては獣としてのコクが強く、またなめらかな舌触りだ。
日の差し込む明るい客間は、さらに幾つもの笑い声によって賑やかさを増す。そんな時にこそビールを勧めなければ。
良質な脂で舌鼓を打ち、そしてほど良く冷えた酒を飲む。
風呂上り、それも炭酸による清涼感のあるビールなら、例え百戦錬磨のダイヤモンド隊であろうとたまらない。喉をゴクリ、ゴクリと鳴らし、それから湯に浸かったよう「んはあーーッ!」という息を吐く。
「えーー、なにこれナニコレ、うっま! ああーー、もう駄目だってぇ! あたしもニホンに住みたいよおお!」
イヤイヤと首を振るダークエルフだけど、向こうでも牡丹鍋なんてそんなに食べれないからね。良いお店は当たりまえのように高いのだし、それとこの世界を行き来していることは秘密なんだから「日本」を連呼しないでくれる?
黙らせる意味でも彼女にお替りをそそぐ。瓶が当たるとグラスはチンと音を立て、とくとくと黄金色のビールは溢れていった。
美味しいものというのは、身体が求めている味だと思う。
そのためか普段よりもずっとたくさん食べることができ、困ったことにお腹が膨らんでも「もっと食べたい」と身体から訴えられてしまう。
そのようにたらふく食べたあとは、お腹をさすりながら窓一面の和風庭園をぼんやりと眺めてしまう。調和溢れる空間は日がゆっくりと傾き、食事とはまた異なる贅沢さを楽しめる。
そう、贅沢という言葉が頭に浮かんだのではと思う。欲しいものを全て手に入れたのに、さらに楽しませようとする客間というものはその一言に尽きるだろう。
たらふく食べ、たらふく飲む。
それは非常にシンプルな古来からある食事であり、また野生の肉ならではの強い活力を与えてくれる。
熱々の鍋料理ということもあり、自然と大量の汗を流し、また酔ったせいで浴衣も乱れてゆくけれど……あまり見ないようにしないと。ほら、彼女たちは色気が強すぎるから。
暑そうに太ももをこすり合わせ、そして注意力も散漫になったせいで浴衣の胸元も……ああ、もう本当に見ないようにしないと。
だらんと畳に寝そべる女性もいたが、うわごとのように「あぁ、こっちを裏切るなんてあり得ない」などと呟いていた。もちろん僕には言葉の意味が分からないのでハテナと首を傾げてしまう。
さて、人数も人数なので、あっという間に牡丹鍋は空になる……が、ここからが本番でもある。
粘りを洗った米をそれぞれの鍋に入れたのは、言うまでもなく雑炊をこしらえるつもりだ。投入したとたん、肉や野菜からたっぷり溢れたダシや旨味を、米はグングンと吸い始める。
これがまた、とびきりに美味い。
卵を溶き入れてから味を確かめて見ると、ぎゅっと僕の頬まで痛くなるほどだ。米には驚くほどの旨味が凝縮されており、料理の締めとしてはこれ以上無いと太鼓判を押す。
とっくに満腹だったはずの皆も、ひとくち食べるだけでまた身体から「食べろ」と言われてしまい、その美味と満腹感には身悶えることになった。
そのような歓待だったけれど、彼女らはすっかり満喫してくれたらしい。道具を片付けて部屋を後にする頃には、皆は畳に寝そべり、お花畑にいるよう緩んだ表情をしていた。
ひょっとしたら、すこしやり過ぎてしまったかもね。
ぽんぽこのお腹をしたマリーを連れ、僕らは客間を後にした。




