第195話 おいでませダイヤモンド隊②
やあ、これは新鮮だ。
目を覚ますと日を浴びた障子が輝いており、銀世界を見たような思いを僕はする。
畳を敷いた和室、それに布団というのは、どうやら日本人なら誰でも「懐かしい」と思えるようだ。仮にそのような部屋で暮らした事が無くとも、こうあるべきと感じるかもしれない。
さすがは形にこだわる魔導竜様だ。短期間でここまで和の本質というものを理解するなんて。などと寝起きから感心してしまう。
くあ、と可愛らしい欠伸が聞こえ、そちらを見ると寝巻き姿のマリアーベルが手足を伸ばしていた。彼女は薄紫色の瞳をこすりながら、同じように障子へと顔を向ける。
昨夜は珍しく夜更かしをしてしまい、そのせいかまだ眠そうに見えた。寝巻きはわずかに乱れ、なだらかな鎖骨が眩しく思える。
瞳は幾度かまばたきをし、ようやくここが第二階層広間だと思い出したのか、僕と同じようにむくりと上半身を起こした。
「おはよう、一廣さん。読書の秋というもののせいで、だいぶ寝坊をしてしまったわね」
「たまには良いんじゃない? 真面目なマリアーベルが『寝ぼすけちゃん』とドゥーラから呼ばれるのも楽しそうだし」
そんな呼ばれ方は嫌っ、などと文句を言われながらも一緒に布団を片付ける。三つに畳んでから押入れにしまい、枕も放り入れ、それから障子を開け放つ。
どっと流れ込む新鮮な空気。左右に伸びる縁側は温められており、座布団でもあれば小さな池を眺めながら会話を楽しめそうだ。
「あら、ウリドラ。起きるのを待っていてくれたのかしら?」
そこに座る黒猫は、振り返って「にう」と無く。
もちろんこの世界に猫はいないので、この子は魔導竜の使い魔だ。
とはいえ僕らが起きているのを待っていたのではなく、これ以上のんびりしないよう気持ち良い縁側を独占していたんじゃないかな。
その証拠に、抱き上げようとするマリーの手をかわし、さっさと庭先へ歩いて行ってしまう。まるで「はやく母屋に来なさい」と言うように。
「ダイヤモンド隊たちは、もうとっくに着いているのかな。ウリドラも呼んでいるから僕らも行こうか」
「ええ、そうしましょう。それにしても素敵ね、散歩をして母屋に向かうだなんて。私、この池を眺めながら歩くのがお気に入りなのよ」
彼女の言う通り、僕らの寝床は離れにある。そのほうがゆっくり出来るだろうというウリドラからの好意であり、正直なところありがたい。日本と行き来する際、まったく人の目を気にせずに済むのは久方ぶりだ。
皮製のサンダルを履いて、よく整理された庭を歩く。ちゃぽんと池から音がしたのは、餌の時間と勘違いをした魚たちだろう。
それを覗き込むと、水面にはマリーと僕が同じくらいの背丈をしている様子が映る。顔つきも幼くなっているのは別に見間違いなどでは無い。
こちらの世界では年を取るのが遅いのか、だいたい十五歳程度の外見を僕はしている。その理由はまだ不明だけど、たぶん夢の世界にいるときだけ成長をしているからでは、などと僕は考えていた。
とはいえ、横を見ると普段よりもずっと近くに紫水晶じみた瞳があり、ゆっくりまばたきをされるだけで得をしたように思う。
彼女もそれを楽しんでいるのか、エルフはにこりと笑いかけてくる。いや、わずかに悪だくみをするような瞳は、これからのイベントを楽しみにしていたのか。
「うふふ、ついにこの日が来たわね。ダイヤモンド隊のスカウト大作戦が」
「そうだねぇ、従業員が足りなくて足りなくて仕方ないし、彼女らは普段からメイド服を着ているようなプロ集団だからね。ふふ、ぜひとも物にしたくてたまらないよ」
庭の手入れなどは、意外にもカルティナやリザードマン達が頑張ってくれている。しかし館内はというと、広くし過ぎたせいで手が足りない。
もちろん食事だってそうだ。幸いなことに食材には恵まれているが、調理をする手間と時間を考えると今後が不安で仕方ない。
と、先導していた黒猫は急に小走りをし、それから道の先に立つ黒髪女性へと抱き上げられた。
彼女こそ使い魔の主であり、この屋敷の大部分を生み出した人物であり、伝説級の存在、魔導竜ウリドラだ。それにしては眉間に皺を寄せており少々不満そうにしている。
「たわけ、綿密な作戦を練っていたにも関わらず、読書などにうつつを抜かしおって。せめてアニメや映画にせぬか、そうすればわしも楽しめるじゃろう」
いーっ、と歯を見せて怒られたが、そのような仕草も可愛らしい。出会ったときは竜人としての経験が浅く、人としての感情表現を苦手としていたというのに。
しかし長いこと生活を共にするうち、いつしか女性的な魅力を持ち合わせるようになったと僕らの目からは映る。
「やあ、待たせてごめんね。それで今のところは作戦通りに行っているのかな?」
「無論じゃ……と言いたいところだが、風呂やマッサージだけではすぐに飽きられるじゃろうなぁ。さっさと食事の支度をせねばならぬぞ」
左右の髪はそのままに、後ろだけをまとめているので白いうなじが殊更に映える。目鼻立ちはくっきりしているのに、着物でさえも似合ってしまうのは不思議だ。
マリーが手を伸ばすと、ウリドラは猫を抱えなおして空いているほうの手を繋いでくれる。このエルフと竜は共に過ごすうち仲が良くなり、一緒にいると姉妹のような自然さを感じさせる。
どちらが姉に見えるかは、その時々によって変わってしまうが。
「まったくのうー、マリーがついていながら夜更かしするとはのうー」
「ごめんなさい、ウリドラ。ただ、あなたには分かると思うけれど秋は読書に最適で、物語をとても深く感じ取れるの。例えて言うなら、図書館にいるような感覚で……」
なおもつらつらと夜更かしの魅力を語るエルフへ、ウリドラは何かを言いかけてから唇を閉じる。それから瞳を僕に向け「おぬしが気をつけよ」と無言で伝えてきた。もちろんコクリと頷いたけれど、その決意もエルフさんの気分次第で変わるから信用してはいけないよ。
さて、当面の課題として館を維持するための従業員を雇わないといけない。
もしもダイヤモンド隊をスカウトできれば、屋敷の維持だけでなくサービス面も大充実するだろう。
しかし僕らよりずっとお金持ちであり、金銭などでは動かないのが厄介だ。
ならば居心地と住みやすさ、美味しい食事をご馳走しなければならない。たっぷりの魅力を知ることで、向こうから「ここに住みたい!」と思ってもらう必要があるわけだ。
「……というのが僕らの考えだけど、今のところどんな状況かな?」
「ふむ、あやつらの様子を映してみるかのう」
そしてこの映像化魔法こそ僕らにとっての奥の手、いわば切り札だ。好きなように彼女らの会話を聞けて、この施設への評判を直接耳にすることが出来る。
もちろん気取られる心配などなく、情報戦略において圧倒的に優位である。
しかし、ヴンという音と共に映し出された映像は、驚くほどの肌色だらけの桃源郷であり、ぱちん!とマリーの手から視界を覆われてしまった。
「まったくもう、そろそろ二人とも覗きは犯罪だと知ったほうが良いわ!」
「ああ、ごめん! ウリドラ、映像は無しでお願い!」
「む、そうか。ならば仕方あるまい、音声のみに絞るかのう。しかしこれでは臨場感がのう……」
ぶつぶつと文句を言われたけれど、風呂場の盗撮をする趣味はさすがに無いよ。
しかし流れてくる音声に、ぎょっと僕は目を剥いてしまう。
ああぁ、気持ちいっ、マッサージ凄いってコレぇーー。
そこそこっ、んっ、もっちょい奥ぅ……。
うーー、あっ、そこっ、そこそこっ! そこですぅーーっ。
流れてきた色っぽい声に僕らはわたわたし、後ろからエルフにしがみつかれて今度は耳までふさがれる。それよりもマリーさん、あわてるあまり背中に、その、当たってますから……。
ぎゅうと押し当てられる柔らかな感触といい、流れてくる音声といい、僕の心拍数は上昇してしまう。もちろん、エルフさんは目を三角にして怒った。
「駄目です! 音声も無しっ! あなたたちはもっと常識で考えなさい!」
というわけでミッションを開始して早々に、僕らの切り札は消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
青菜をざくざくとまな板で切ってゆく。
この調理場は1DKのマンションよりずっと広いものの、幻想世界なのでところどころ変わっている。例えばコンロ代わりの場所には精霊の火とかげがデンと寝そべり、ゴマ粒のような目で「まだ?」と見上げて来るあたりが。
彼らはもっぱらコンロ代わりに召喚してばかりなので、最近はかなり慣れてくれた気がする。呼んですぐに「ああはいはい、鍋ね」という顔をするくらいだ。話したりはしないから、たぶんだけど。
面倒なのは冷蔵庫で、大量の食材を倉庫に集めているため何度も取りに行かないといけない。その倉庫もまた変わっており、空気を冷やすことなく食材を痛めないという術式が使われていた。
もちろん原理を聞いても理解できないので放置だ。
この森は土が豊からしく、山菜から魚までたくさん採れる。魂の循環なるものを元階層主であるシャーリーが行っているおかげだと思う。
最近になるとさらに安定し、増えた鹿や猪などの狩りも始めているらしい。これらは肉質も良いのだが、その理由はウリドラ曰く「魔素に汚染されていないから」とのこと。
話によると古代の戦いにより土が穢れてしまい、そのせいでこの世界の料理というのは味が落ちるのだとか。
そのため、もしも出荷をしたら高値で取引されそうだけど、目をつけられたり面倒になりかねないので地産地消を目標にしたい。
そういうわけで、ありがたいことに食材には事欠かない。もし何かあればウリドラと買い付けに行けば済むのだし。
ザルに入れた食材は、先ほどの猪肉、山菜、青菜、きのこ類とシンプルなもの。日本から持ち込んだのは味噌と卵、鰹節とネギくらいで、実はお弁当を持ち込むよりずっと安上がりだったりする。あくまで日本側の出費については、だけど。
「いつか昼寝をして、こっちのご飯を食べに来たりするのかな?」
「ええー、さすがに向こうでは日本の食事を楽しみたいわ。だってまだ料理の種類は少ないでしょう? もちろん魚はとても美味しいけれど」
そう答えるマリーは、すぐ隣で野菜の土を洗い流してくれている。先ほどの火とかげもそうだけど、調理のお手伝いレベルはこの幻想世界のほうがずっと上だ。
とはいえ、割烹着に三角頭巾姿のエルフさんというのはファンタジーと呼ぶには可愛いすぎる。
もちろん魚が美味しいというマリーの意見には僕も賛成だ。
魚介類というのは味に加えて鮮度こそ命であり、獲れたてにかなうわけが無い。特に貝類は時間が経つほど味のクセが増し、本来ある甘みまで損なわれてしまう。ここにはさすがに海は無いけれど。
「それよりも難しいのは猪だね。知らなかったよ、食べるまでの工程があんなに長いなんて」
「大変よ。肉質の良い時期のメスを選んで、内臓と血抜きをし、皮を取って熟成させて、それからようやく食べれるの。いつもスーパーで買っていると大変さに気づけないでしょうね」
この辺りの知識は森育ちだったエルフさんのほうが、現代人である僕よりずっと上だ。どうやら秋という季節も味方をしてくれたらしく、今日は脂肪たっぷりの上等な肉を手に入れることが出来た。
さらには低温熟成などの技法を、図書館で手に入れている。知識は荷物にならないと言うけれど、まさか猟師でもないのに実際に役立つとはねぇ。
後は見よう見まねで猪肉を薄く切り、皿へ盛り付けるくらいか。肉を扱うぶん普通の鍋よりも面倒だけど、今からどんな味わいになるのか楽しみだ。
いつの間にか寝ていた火とかげを起こさないよう、取っ手を掴んでコンロを客間へと運んでゆく。
もうそろそろ彼女たちも風呂から帰ってくるころだと思う。




