第111話 夢と魔法の国へ行きましょう⑤
梅雨の晴れ間、そして週末を謳歌すべく、僕らは近所のテーマパークへ足を運んでいる。やはり関東の誇るテーマパークだけあり、ただ道を歩くだけでも絵本のような光景を楽しめる所だ。
きゃいきゃいと散歩をするだけで彼女らははしゃぎ、初来日であるイブも次第に娯楽を楽しむことを覚え始めている様子だ。朝は泣き腫らしていたこともあり、そんな表情を眺めるだけで僕としてはかなり嬉しい。
もうひとつ思わぬ事があった。
幻想世界の住人である彼女たちはとても目立つ。しかしこのような華やかな場では周囲になじんでしまうのか、人目もさほど気にならない。蔑まれることさえあるダークエルフ族にとって、そういう意味ではベストな遊び場かもしれない、などという嬉しい発見をしたものだ。
だが、明るくはしゃいでいた彼女たちでも、ふと広がる光景には口を閉ざしてしまう。つい先程まで晴れていたというのに、進行方向には暗雲に包まれる屋敷が待っていたからだ。ゴロゴロと雷鳴は轟き、夢の国らしからぬ光景は恐ろしい事この上ない。
手をつないでいる少女は、怯えるように震えた声で話しかけてきた。
「……違う、わよね。あそこに行くわけじゃないのよね?」
「うーん、僕も初めて来るから建物を見ても分からないんだ。ええと、確か何とかマンションと言ったかな」
しまったなぁ、肝心な部分を忘れてしまったぞ。仕方無い、とりあえず前に進んで似たような名前のアトラクションが無いか探してみようじゃないか。
ちらりと魔導竜ウリドラを見てみると、心なしか口端を引きつらせているように見える。しめしめ……じゃなくって、どうしたんだろうウリドラは。
「ね、ねえ、さっきからなんだか屋敷に近づいていないかしら。周りも怖い雰囲気に変わってきているの」
「そういえば少し空気が冷たくなってきたかな。でも暑いくらいだったからちょうどいいね」
そう笑いかけると、何かを察したのかマリーはハッとした顔をする。考えてみれば彼女とはずっと一緒にいるのだし、考えを読まれてもおかしくないか。それに隠し事をしないという約束もあるのだった。
こそりと耳打ちをすると、少女は目を見開いたあと――にやっとした。
「んふっ、なんだかとっても楽しそう」
「あれ、なんだか悪い子の顔をしてますよ、マリーさん」
そう、とあることを僕はこのアトラクションで調べたいのだ。それはつまり「魔導竜ウリドラはホラーを苦手にしているか否か」である。
古今東西、娯楽にはホラーというものは数多くあり、定番であるともいえる。恐ろしさというものは生物としての本能をこれ以上なく刺激するもので、だからこそ人々は「怖いけど見ちゃう」という不思議な行動を取る。
そして以前、ウリドラはそのような物を怖がる発言をしていた事もあった。ならばぜひともこの場で暴いてやろう、という魂胆だ。
「ええ、実は私って悪い子なの。だけどあなたもとっても悪い人ね」
「いやいや、マリアーベルさんには敵いませんよ」
などと、ぐりぐり脇の下をヒジで突付かれてくすぐったい。悪巧みを楽しみ、ぐふぐふ笑い合う僕らへとウリドラは怪訝な表情で話しかけてきた。
「どうしたのじゃ、おぬしらは。それでアトラクションの場所はこっちで本当に合っておるのか?」
「ええ、すぐ近くみたい。あら、小雨が降ってきたわ」
「大変だ。本降りになる前に……ちょうどいい、あそこで雨宿りをしよう」
2人の返事も待たずに、僕らはさっさと先ほどの屋敷へと足を向けた。
「なんじゃあ、その小芝居じみたい会話は! こら、待たぬか!」
「ま、待って! あたしを一人にしないで!」
わたわたと後を追う彼女らとともに、こうしてホラー系アトラクションは幕を開けたわけだ。
がろりと一際大きな雷に、屋敷は真っ白に染められた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中へ入るとアトラクションらしく人の列が出来ており、ウリドラとイブはほっと胸を撫で下ろす。しかし館内は薄暗く、なんとも表現のしづらい不気味な気配を漂わせている。
「うむう、気のせいか係員まで生気のない顔をしておるのう……」
「ちょっ……! やめてよ、あたしまで怖がらせるような事を言うのは!」
そう、係員はどこでもにこやかな応対をしていたというのに、ここに限っては場の演出なのか表情も服装もどこか控えめだ。
どうやらちょうど良い時間帯らしく、さほど列にも並ぶことはなく吸い込まれるよう奥の部屋へ通されることになった。
どやどやとお客さんの入室してゆくなか、ウリドラはまっすぐの黒髪を揺らして周囲を見回す。
「どうしたのかな、ウリドラ?」
「いや、ぐるりと壁に囲まれた小部屋であるか。ふうむ、構えて損をしたのう」
「えー、構えるってまさかウリドラってこういうの駄目とか? なんか子供っぽいんデスけどー」
にひっと八重歯を見せて笑うイブに、ウリドラは珍しくピクリと眉を震わせる。何かを言いかけたが、ちょうど扉を閉じる音が響き渡り、2人そろって背筋をビクンと硬直させていた。その彼女らへと白く綺麗な手が伸び、肩を鷲掴みにした。
「ひっ、いぃー……っ!」
慌てて横を見ると表情の乏しいマリーがおり、照明のせいか青白い肌に2人は再度息を呑む。
「2人とも静かに。ここは何か変よ……感じるかしら、この雰囲気。たぶん、いるわ」
「なにがじゃああ、主語ははっきり言わねばいかんぞ!」
「そうだよぉっ! なにその耳を澄ましているポーズ! なにも聞こえないじゃん!」
涙目で訴えているようだけど「静かに」と人差し指を口へ当てるマリーに、揃ってグビリと喉を鳴らす。そして同時に、やや不吉な声でのナレーションは始まった。
これは死者の声である。
死んだあとも成仏できず、現世をさまよう者の声だ。
死者の国から流れる声は、ときに背筋を、ときに首筋を撫で付けて彼女らの悪寒を誘う。
ただのアトラクションだと思っているときこそ危うい。
この部屋には仕掛けをほどこしており、ただの部屋とは思えぬ様子を映し出すのだ。
周囲にあった何気ない絵画。仕掛けと共にそれらが本当の顔を見せ、このマンションは呪われているのだと教えてくれる。
「こ、子供だましのトリック……そう、トリックじゃあ!」
「怖くないし、あたしは怖くないし、平気だし!」
ぎぃぃーーと開かれた扉に、そして通ったばかりの廊下がまるで異なる景色をしていても、彼女らは同じことを言えるだろうか? 薄暗い廊下には数え切れないほど多くの椅子があり、音も立てず流れていても?
ビクビクと震える彼女らへと、僕はそっと囁きかける。
「どうやら逃げ遅れたみたいだ。さっきが最後のチャンスだったのに」
「どこにチャンスがあったのじゃあ! どこじゃああ!」
人波に押されるよう歩かされながらもウリドラは「言うてみい、コラ!」と元気そうだ。
なら良かったよ。これから長いアトラクションを見ることになるけれど、きっと最後まで楽しんでもらえるはずだ。
そのときの僕の笑みに何を見たのか、ダークエルフは思い切りウリドラへと抱きついた。
仕方ない、仕方ないよ。
どうやら人を怖がらせるのは実はとても楽しいみたいだし。
マリーと一緒になり、くつくつ笑うと2人は互いにぎゅうと強く抱き合った。
まあそのようなオフザケをしたせいで、後ろの席からはぎゃあぎゃあと実に元気な悲鳴が聞こえてきたよ。
何しろ椅子は勝手に動くし、見たくなくてもそちらを向かされてしまう親切設計だ。ぐるぐる回る椅子と共に悲鳴を上げるだなんて設計者としては喜ばしいんじゃないかなあ。
しかし隣に座るマリーは平然としており、舞台の作りへ感心するように見入っていた。
「すごいわ。これは全部、作り物なのでしょう?」
「あれ、マリーはそれほど怖がらないね。そうか、精霊を見れるからか」
そういうこと、と微笑まれてしまった。
だから先ほどのアトラクションのように、愛らしいキャラクターの危機に陥る様子のほうが怖がるらしい。
それにこのマンションの乗り物は、それほど大きく動くことはない。おかげでそっと手を握り合い、すべすべの指と絡め合うことも出来る。
幽霊たちの見せる舞踏など、少女は「わあ」と目を輝かせて見入っている様子だ。
「それにたぶん、あなたと一緒なら平気。シャーリーとの戦いだって、実はぜんぜん怖くなかったの。それがとても不思議」
「あっちは本物のお化けだったけど、実は優しい女性だったからね。それより前に出てきたゾンビとかのほうが怖かったかもしれないよ」
違いないわ、と少女はクスリと笑いをこぼす。
しかしその瞳はゆっくりと見開かれ、恐怖の色を浮かべてゆく。振り返ってみると、そこには人形とは思えない生々しい女性の首があり、周囲の皆へとマンションから逃げるよう訴えていたのだ。
ははあ、見た目として怖ければまた異なるわけか。
とはいえ、ぎゅうと少女からすがりつかれると悪い気はまるでしない。まあ、これくらい怖がってくれたほうが、女性として魅力的だと思えるけれど。
ぶるぶる震える少女を見て、そのようなことを考える。
やはりしばらくすると、より大きな悲鳴が後方から轟いた。
さて、意外や意外、アトラクションを終えたウリドラは、スッキリした表情をしていた。
おかしいな、イブなんてぐったりして一人では歩けないくらいなのに。腰を抜かしたらしくマリーと共に肩を貸し、ハテナマークを頭へ浮かべてしまう。
あれえ、てっきり怖がってると思ったのに。
「うむ、もちろん怖かったぞ。しかしたまにあれくらい騒ぐと、逆にスッキリするようじゃ」
などと外へ向かう廊下を歩き、うーんと彼女は伸びをする。
手足はすらりと長く、白シャツに黒スカートというゴシック調の服を着ているものだから、ひとつの仕草でさえ魅力を感じさてしまう。
なるほど、サウナみたいなもので喉元過ぎれば何とやら、というわけか。
「あ、それなら私も分かるわ。思い切り震えたせいか身体がとても軽く思えるの」
「じゃあなに、腰を抜かして本気で怖がったのはあたしだけ? はあ、もう、お母さんに知られたらどうしよう……」
ぐすりと鼻を鳴らす様子だけど、お母さんという単語も気になるな。てっきり不良少女に近しく思っていたけれど、案外と家庭的な人なのだろうか。
「まあ、おぬしらの狙いも薄々分かっておったが、醜態をさらしてしもうたからのう。包み隠さず正直に言おう」
ブーツを鳴らして歩く彼女は、くるりとこちらへ振り返る。
「わしはのう、得体の知れない物の怪などは苦手なのじゃ。無論、霊体や死者など怖くは無い。しかしあのような物体など、よく分からないのに動くものは嫌である」
いーっ、という口をするのはまるで子供のようだ。しかし可愛らしい素の表情を見れたことに、なぜか嬉しい思いをしてしまう。いや、その貴重な表情を引き出したのは、童心をくすぐるこのテーマパークのおかげかもしれない。
最後に「内緒じゃぞ」とウリドラは片目をつむり、そして出口の扉は開かれる。すると先ほどの雨雲などすっかり晴れており、園内は明るい日差しに包まれていた。
「うん、良い天気だ。みんな、お腹はすいたかな?」
そう尋ねると皆は弾かれたよう、ぱっとこちらを振り向いた。
では、たくさん騒いでお腹も減ったろうし、そろそろ食事に向かいましょうか。もちろん普通の場所などでは無いし、暗くて騒がしくて大砲などの飛び交うレストランだけど。




