第7話 真夏の夜の宴会
その日はめでたくスリーピングシープが再開する、記念すべき日だった。
朝からくるくると働きまわって開店準備をしていると、めずらしく午前中からユーリが顔を出した……のだが。いつも自信満々のユーリから覇気が感じられない。
「ユーリ、あなたどうかしたの?」
「あー。いや、なんでもないけど」
「ウソおっしゃい。ちょっと色が白くなってるわよ。冒険してきなさいって言ったじゃない」
「ちゃんとギルドの仕事はしたよ」
「そうなの?」
「そうなの。コーベニアまで旅行したし」
コーベニアというのは、コーニア公国の首都で、ナーヴから北に丸1日ぐらいのところにある。
コーニア公国の、冒険者ギルド本部が設置されている街でもある。
「そこでちょっと事件に巻き込まれてさぁ」
「あ、それ閉店してから聞きます。今日は早めに……6時には閉めますから、パブで待ってもらっていいですか?」
「え、うん。いいよ?」
再開を心待ちにしていた地元のお得意様にマティアスさんが頭を下げ、ジェイさんが積極的に店頭作業を手伝い、私は丸1日表に出る事はなかった。あれー?
ちょっとここが誰の店だったかわからなくなった頃、今日の閉店時刻がやってくる。
マティアスさんが運営しているパブの一角、4人がけの丸テーブルにつき、それぞれがグラスをかかげる。
「おつかれさまでーす」
「おつかれー」
「お疲れ様です」
「さまです」
カチャンカチャンと控えめな乾杯の後に、ぐびーっと1杯目のエールジョッキをあおる。
「すみませんおかわりー」
空になったグラスを机の端に置き、懐から小さな手さげカバンを取り出す。
「はいユーリ。お誕生日おめでとう」
「あ、これそういう飲み会だったの」
ずいぶん間のぬけたことを言う主役に、手さげに入れた美髪セットを手渡す。
ユーリのために調整したシャンプーとリンスだ。
毎年これと同じものを送っているのだが、彼女のツンツンパサパサヘアーが改善された気配はない。
彼女のお母さんが会うたびサラサラ美人髪になっているので、たぶんそういうことだろう。
「言ってもらえれば、我々も用意したのですが」
マティアスさんの表情をうかがうと、純粋に残念そうな色が見て取れる。
正直この人が女性にプレゼントするような物をユーリが喜ぶとは思えなかったので、私が意図的に口をつぐんだのだ。
「マティアスさんにはお勘定を持ってもらえればと思って」
「わざと黙ってたと」
ユーリの鋭い突っ込みに、思わず言葉に詰まる。
「俺も出します」
「いや、従業員割りで安くなるから大丈夫だよ」
まあ、男同士で折半してもむなしいだろう。
「じゃあ……」
「今度手料理をご馳走してあげればいいと思いますよ」
私の提案に、大人しくうなずくジェイさん。
結局、自分が3人分のプレゼントを手配してしまった。
なんだかんだ言って彼女が私の1番の友人なので、無粋なプレゼントなんかされたくなかったのだろう。
ついつい口を挟んでしまった。
「そっか。今日で22か」
どこか遠くを見る様子のユーリに、思わず変な顔をしてしまう。
そりゃ21の女が誕生日を迎えれば22だろう。
「あの、ユーリやっぱりおかしくないですか?」
やっと来たおかわりに口をつけながら、温かい料理がテーブルに並ぶのを待つ。
「別に普通だし。変じゃないし。頭おかしくなったわけでもないし」
「久しぶりに聞きましたね、ユーリのネガティブ節。なんで言葉にはばを持たせると、一番下の意味を拾うんですか」
ぐびぐびっと2杯目を空け、店員におかわりを要求する。
「私が休んでる間に、何かあったんですか?」
黙りこくるユーリの向かいで、マティアスさんが思案気な表情をする。
彼は何か知っているらしい。
「私から話しても?」
「いやダメだし!!」
「何かあったんですね」
「実はですね」
「あー!!」
「ユーリ、他のお客さんに迷惑ですよ」
ユーリのまだるっこしい話を要約すると、つまり……
「恋!? しかもダンディな方に!! ジェイさんジェイさん、お赤飯ですよ!!」
「作れと?」
「違うし!! しかもジェイ、なんか乗り気じゃない!?」
思わず前のめりになっていた姿勢をただし、こほんと1つ咳払い。
「めでたいですよ。ユーリの初恋なんて」
「やめて!! 人の心を削らないで!!」
そういえば、私の事が初恋だったっけ。
私は、女性に対して恋愛感情を持ったことはないんだけど。
「って言うか、別に恋じゃないし。相手だって通りすがり同然で、名前も聞いてないし」
「ユーリ、よく知ってるから恋に落ちるわけじゃにですよ?」
「知ってる」
そういえば一目惚れしたとも言われたっけ。遠い昔に。
「にしても変ですね。ギルドの本部に魔物の襲撃なんて」
「んーまあ、本部にっていうかそのすぐそばに、ね。本部の建物自体が市街地からけっこう離れてるし、全方向安全ってことはないしね」
「へえ。それで、どうしてマティアスさんがその場に?」
「ちょっとここで冒険者といざこざがありまして。その対応のためにギルドに仲介を頼みにいったんです」
「そんな事もするんですね」
そして2人が偶然行きあったところに、魔物の襲撃と冒険者の招集があり、ともに戦った冒険者の1人に、心をうばわれたわけだ。
「どんな方なんですか?」
「聞いた話によると、精霊魔法の研究家の方で、ギルドには研究素材の提供を願い出ているとか」
「あたし隣で戦ったけど、ピアスが6個はついてたね。あと、魔法石でがちがちに固めた十字槍で、体術もけっこうできるよ」
思わず首を傾げる。
もうちょっとこう、見た目に関する話はないの?
「ダンディな方、ですよね」
「言うほどの年齢ではないと思いますよ。30か……もう少し若いぐらいに見えましたね」
「なんか、熟練の魔術師、って感じがしてさ。ギルドのメンバーからも一目置かれてたし」
意外なほどドライな返答に、ちょっと自分の早とちりかと自信がなくなる。
「ただ……なんっか見覚えがあるって言うか、引っかかりまくるんだよね」
「それでさっきから様子が変だったんですか?」
「そうだけど?」
ガックリと肩が落ちる。なーんだ。
「自分から年齢の話するから、ついに春かと思ったのに」
「今真夏……」
ジェイさんの指摘に、さらに口がとがる。
「いや、ひと夏の恋でもいいんですけど?」
「何を勝手なこと言ってるかなメーディアは」
ユーリの話題がひと段落すると、今度は互いの年齢の話に移った。
「メーディアさんの年齢は入院したときに聞きましたけど。同い年だったんですね」
「どうせあたしはふけ顔ですよ」
「まだ何も言ってません」
「あ、一応断っておきますけど、私生まれ年が判然としないので、実は22じゃないかもしれません」
「……昨日までなら、年下である可能性に大いにうなずいたんですけどね」
私の前には、すでに5杯目のエール酒が置いてあった。
これには、付き合いの長いユーリも奇妙な目を向けている。
「メーディアってそんなに飲むほうだっけ?」
「今日は飲み明かしても送ってくれる人手があるので」
「送り狼されても文句言えないよ」
「狼より羊のほうが好きですね」
「うん知ってる」
お、この揚げ出し豆腐おいしい。
「マティアスさんっていくつなんですか?」
「えーっと、今25で、秋に26になりますね」
「ジェイさんは?」
「20」
サラッとカミングアウトされた意外すぎる事実に、思わずお酒が気管に入る。
「その顔で!?」
「もうユーリの自虐発言どころじゃないですよ!!」
心外そうに渋い顔をするジェイさんに、ちょっと口が滑ったなと反省する。
「うわぁ……このメンツで1番年下がジェイかぁ……」
「なんとなーくマティアスさんより年下なのは察しがついてましたけど」
「そういうことなので、さん付けしなくていいです」
「いい感じにお酒まわってますね」
サラッとはさまれた自己主張を華麗に流し、おつまみおいしいですよとすすめる。
もうこのさい、さん付けしてもしなくても同じじゃないだろうか。
「ジェイ。メーディアの心の壁は厚くて高いよ」
「ユーリが口説き落とせないぐらいに?」
「そうそう……ってやかましい!!」
日付が変わる頃、やっと私達はお開きにした。
酔いつぶれたユーリをマティアスさんに任せ、ジェイさんと夜道を歩く。
「あの2人、ずいぶん打ち解けましたよね」
「そうだな」
「もう、初対面でいきなりケンカしたなんて、とうてい信じられませんよ」
「ああ」
ふと、あの2人が初めて会った日のことを思い出す。
「あの2人、何が原因でケンカしてたんですかね」
「さあ……本人に聞いてくれ」
「そうですか」
「ただ、あれは男と男の戦いだった」
ジェイさんの声音はいたっていつも通りで、ボケているわけではなさそうだ。
「なんです? それ」
私から見れば、ユーリは少し少女趣味の入った、大人の女性だ。
いつかはウェディングドレスを着るのだと言っていたし、不器用ながらに炊事や裁縫だってできる。
そんな彼女を男だったと言われると……うーん。
結局その日は、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
これは深酒のせいであって、別に、ユーリが気になる男の人を見つけたせいとか、ジェイさんが私より年下だったせいとか、そんな青い春っぽい理由ではない。絶対に。
1週間後。しばらく姿を消していたユーリが、スリーピングシープの扉を叩いた。
「例の男、何とか接触してみたんだけど」
さすがユーリ。気になったらとことん追及するのは彼女の長所だ。
ただ、私に追及をかけるのはよしてほしい。
「けっきょく名前しか聞き出せなかったよ」
「へぇ。ずいぶんガードの堅い人ね」
「誰かさんと一緒でね」
「それで、なんて名前だったの?」
「もうちょっと間に受けてよ……」
「ユーディット=コリンズだって」
商品を並べていた手が滑ったのは、人としてしかたがない事だったと思う。




